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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 16通目

レフ・ティルグ・ネイラ様
 
 今日は、アリアナお姉ちゃんの秘密をひとつ、ネイラ様に打ち明けます。お姉ちゃんに聞いてみたら、〈恥ずかしいけど、かまわないわよ、チェルニ〉っていってくれたので。
 わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんの、繊細な初恋の話なので、ネイラ様の心の中に留めておいてくださいね。
 
 ネイラ様にもらってもらおうと思っていた、綺麗なグレーの毛糸のセーターが、大惨事を引き起こしたことは、前に書いた通りです。あんまりにもひどくって、それ以来、わたしはお姉ちゃんに編み物を教わっています。
 アリアナお姉ちゃんは、昨夜も部屋に来てくれて、〈ふわっとね、ふわっとね〉って、何かの呪文のように唱えていたんですが、そのお姉ちゃんの手には、落ち着いた水色の編み物がありました。すごく凝った模様のカーディガンで、お店で売っているものよりも綺麗なくらいでした。
 
 ここで、わたしはピンときました。今年のお姉ちゃんの編み物は、わたしのための真っ赤なカーディガン、お母さんの黒いセーター(黒なんですけど、フリルの編み込みがいっぱいで、金色の髪のお母さんが着ると、すっごく華やかです)。お父さんには、濃い緑色のセーターです。じゃあ、水色は誰かというと、キュレルの街の守備隊分隊長の、フェルトさんしかいないじゃないのって。
 
 フェルトさんは、二十代の前半くらいの歳で、高等学校を卒業してから、守備隊に入隊したそうです。家族はお母さんだけで、守備隊に入るまでは、そこそこ大きな商会を経営している、伯父さんのご一家と一緒に暮らしていたんですって。
 どうして、わたしが、フェルトさんの家族関係まで知っているかというと、フェルトさんは〈野ばら亭〉の常連のお客さんだからです。(まあ、フェルトさんに限らず、守備隊の人たちは、しょっちゅう来てくれるんですけど)常連さんは、結束が固いみたいで、いろいろな情報が入ってくるんですよ。
 
 フェルトさんは、いつも街のお姉さんたちに大人気です。見た目もかっこいいし、将来性もあるし、性格も良いし、すごくキラキラしているので。ああいう人って、〈華がある〉っていうんでしょうか?
 そういえば、ネイラ様とわたしが出会ったとき、わたしはフェルトさんの馬に乗せてもらっていました。ネイラ様が覚えているはずはないと思いますが、あのときのかっこいい男の人が、フェルトさんなんです。
 
 フェルトさんが守備隊に入って、一人で下宿をするようになって、〈野ばら亭〉にご飯を食べにくるようになったのが、五年くらい前でしょうか? お姉ちゃんは、十二歳くらいから、時々お昼に食堂のお手伝いをしていたので、それが二人の出会いみたいです。
 
 うちのアリアナお姉ちゃんは、そりゃあもう、すっごい美少女で、可憐で、優しくて、賢くって、鈴の音みたいに綺麗な声で、いつも良い匂いがします。王都にだっていないし、何ならルーラ王国中を探したっていないくらいの、最高のお姉ちゃんです。
 だから、わたしは、お姉ちゃんには絶対に幸せになってほしいし、最高のお姉ちゃんにぴったりの、最高の男性と結婚してほしいと、心から願っています。
 
 フェルトさんが最高の男性かどうかは、正直、まだわかりません。でも、子供たちの誘拐事件のときのフェルトさんは、お姉ちゃんのお婿さんにしても良いと思うくらい、とっても素敵でした。
 お姉ちゃんは、万事に控えめな箱入り娘だし、フェルトさんも、モテるわりに真面目一方で、恋の噂なんて聞いたこともありません。(そんな噂があったりしたら、その時点で失格ですけどね!)わたしから見ても、進展するのに百年くらいかかりそうな二人なので、頭が痛いところなんです。
 
 あれ? まだ、話の出だしを書いただけなのに、もういつもの長さを超えそうになってますね? なぜなんでしょう?
 仕方ないので、続きは次回に持ち越します。というか、この話にお付き合いしてもらってもいいですか、ネイラ様? だめならだめって、教えてくださいね。
 
 今日、お付き合いのある農家の人が、ご飯を食べに来てくれて、早生わせの栗の話を聞かせてくれました。普通よりも早く収穫できるのが早生で、後半月もしたら、今年最初の栗を持ってきてくれるそうです。
 うちのお父さんは、初物の栗で、毎年マロングラッセを作ってくれます。お酒の風味のする濃厚な甘味が、濃い紅茶にぴったりで、本当においしいんですよ。紅い鳥にお願いしたら、ネイラ様にも届けてくれるでしょうか? 神霊さんだから、重さは大丈夫ですよね? お父さんのマロングラッセなら、甘いものが好きじゃないネイラ様にも、喜んでもらえると思うんですけど……。
 
 では、また。次の手紙でお会いしましょう!
 
 
     ネイラ様と交わしたい約束なら、たくさん思いついている、チェルニ・カペラより
 
 
 
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お姉さんを大切にしているところが、とても素敵だと思う、チェルニ・カペラ様
 
 もちろん、覚えていますよ。何かというと、きみと初めて出会ったとき、きみを馬に乗せていた青年のことです。
 きみは気づかなかったと思いますが、話しかけるために近づいたわたしに、彼は、深々と頭を下げてくれました。そして、礼を尽くすと同時に、油断なく身構えて、自分の剣に意識を向けていました。万が一、わたしがきみに危害を加える素振りでも見せたら、本気で斬りかかるつもりだったのでしょう。
 
 一人の騎士として、彼の行いは、大変に行き届いたものでしたし、きみが書いていた通り、無意識に人をきつける魅力がありましたね。あれを〈華がある〉といわれたら、とても納得できるところです。
 彼の周りには、数多くの神霊の気配が漂っていたので、かなりの神霊術の使い手でもありますね? きみの大切なお姉さんのお相手として、良き人のような気がします。きみの次の手紙と今後の進展を、わたしも楽しみにしています。
 
 きみがマロングラッセのことを書いてくれたので、好意に甘えたくなりました。きみのお父さんのお手製なら、とてもおいしいのでしょうね。ご迷惑にならないのであれば、ほんの少しだけ、分けてもらってもかまいませんか?
 紅い鳥は、きみのことが大好きですから、喜んで手伝ってくれると思います。小さく愛らしい鳥の姿を取っていますが、本質はまったく別の存在ですから、重さなどは問題ではありませんし。
 
 サクラ色のマフラーは、もう完成に近づいています。わたしの父が、自分もほしいといい出し、母までそれに便乗しましたので、今のものを試作品として、両親用に回すことにしました。
 実をいうと、赤い鳥が、自分の羽根を糸にしたものを織り込むようにと、主張して譲らなかったため、サクラ色の毛糸には、ほんの少しだけ紅い糸が混じっているのです。試作品とはいえ、その毛糸で編んだものですから、両親の守りには良いだろうと思います。
 
 もう少し技術を上げたところで、きみのマフラーに着手します。大したものはできませんが、必ず完成させますので、もらってくださいね。
 
 きみとの間に、たくさんの約束をしても良いのなら、とても嬉しく思います。前の手紙をもらってから、じっと考えてみたところ、最初にひとつ、絶対に交わしておきたい約束がありました。
 もしも、この先の人生で、きみが困難に遭遇したら、わたしを頼ってほしいのです。数多の神霊に愛され、ご家族や周りの人たちの愛情を、いっぱいに受けているきみには、助けとなる人は、いくらでもいるでしょう。しかし、わたしの立場だからこそ、きみの力になれることもあると思うのです。
 困難や危険に直面したときには、迷うことなく、遠慮もなく、何度でも繰り返し、必ずわたしを頼って下さい。約束ですよ?
 
 では、また、次の手紙で会いましょうね。
 
 
     マロングラッセは、蒸留酒にも合うと思う、レフ・ティルグ・ネイラ