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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 90通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 ……宛名を書いたところで、しばらくの間、硬直してしまいました。何を書いたらいいのか、何を書いていいのか、あんまりわかっていなくて、戸惑う気持ちばっかりが大きくなっています。ぐるぐるぐるぐる、まるでこんがらがった毛糸玉みたいです、わたし。
 人って、あまりにもうれしくて、信じられないことが起こると、喜ぶだけの余裕もなくなるんでしょうか? わたし、チェルニ・カペラは、今まで生きてきた中で、最高に混乱しているのかもしれません。

 今朝、スイシャク様とアマツ様の温もりを感じながら、目を覚ましたとき、わたしは、ものすごく幸せな気持ちでした。理由もわからないまま、楽しくて、うれしくて、幸せ過ぎて笑いそうになったところで、ようやく気づきました。わたしってば、びっくりするくらい厚かましい夢を見たんだなって。
 夢の中のわたしは、ネイラ様と並んで、巨大な満月を見上げる月船つきふねに乗っていました。そして、自分でも信じられないことに、ネイラ様に、こっ、告白してしまって、それを聞いたネイラ様は、わたしに、きっ、求婚してくれて……。
 こうして書いていても、転げ回って叫びたいくらい、図々しくて厚かましい夢ですよね。それなのに、あまりの恥ずかしさに、一気に目を覚ましたわたしに、お母さんたちがいったんです。ネイラ様からの求婚のお使者が、家に来られたよって。

 月の銀橋で、ネイラ様と会ったとき、わたしは、魂魄こんぱくだけだったんですよね? だから、いつもよりも素直で、嘘をついたりごまかしたりすることができなくて、正直な気持ちを打ち明けてしまいました。わたしは、ネイラ様のことが、好きになっちゃったんだって、告白してしまったんです。
 魂魄が身体に戻って、普段のわたしになると、自分のしでかしたことに、青くなる思いでした。十四歳の少女として、男の人に告白するだけでも一大事なのに、その相手が、〈神威しんいげき〉で、侯爵家の後継者で、王国騎士団長のネイラ様だなんて! 一年前の自分に教えたら、つまらない冗談だって、お腹を抱えて笑い出しちゃうと思います。

 でも、わたしは、本当にネイラ様に告白していて、ネイラ様……レフ様は、わたしの気持ちを受け止めて、求婚してくれました。戸惑いは大きいし、とても現実とは思えない気持ちもありますが、本当にうれしいです。これまでの生活の中で味わってきた幸せとは、まったく違う色合いで、とてもとても幸せです。

 わたしが、現実なんだって実感できるように、レフ様が書いてくれた手紙は、一生の宝物です。〈わたしの大切なチェルニちゃん〉なんて書いてもらって、恥ずかしいのにうれしくて、ベッドの上でごろごろと転げ回ってしまいました。(もう少しで、スイシャク様とアマツ様を下敷きにしちゃうところだったので、ちょっと怒られました。えへへ)
 平静を保てるようになったら、わたしも〈わたしの大切なレフ様〉とか、書いてみたいと思います。心理的にものすごく高い壁があるので、いつになるのかわかりませんが、案外すぐな気もしています。

 今日、ヴェル様に教えてもらった予定では、王立学院の入学式までに、レフ様たちが来てくれて、正式に婚約が決まるんですよね? こうして書いていても、本当に不思議で、信じられない気持ちでいっぱいです。
 レフ様に会えたときに、わたしが泣き出したりしても、心配しないでください。もう会えないんじゃないかって、無意識に諦めかけていたレフ様に、ついに生身なまみで会ったりしたら、喜びと緊張のあまり、平静を保てないかもしれないので。十四歳の少女は、わりと繊細なのです。

 では、また。最後に、王城の塔の上から飛び降りるくらいの気持ちで、一言だけ。わたしは、レフ様が大好きです!

     レフ様からもらった宝物の手紙は、すでに丸暗記してしまった、チェルニ・カペラより

追伸/
 この手紙は、どうやら、わたしが初めて書いたラブレターのようです。

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何ものにも代え難く大切なチェルニちゃんへ
 
 きみの手紙、とてもうれしく読ませてもらいました。きみが、わたしからの求婚を受け入れてくれたことは、わかっていましたが、きみ自身の言葉でつづられた手紙は、より大きな喜びを与えてくれるものですね。
 わたしを好きになってくれて、どうもありがとう。わたしの求婚を受け入れてくれて、本当にありがとう。きみの言動に浮き立つのも、きみからの返答を待ちびるのも、きみの心を推測おしはかって不安を感じるのも、得難い経験でした。〈神威の覡〉として生まれ、心を揺り動かされることの少ないわたしにとって、それがどれ程の感動であるのか、きみに伝えられたらと思います。

 平和なキュレルの街で、素晴らしいご両親と姉君に囲まれ、幸福な生活を送ってきたきみにとって、わたしと共に生きる未来は、必ずしも幸せばかりではないのかもしれません。また、可憐な十四歳の少女であるきみに、今から将来を決めてほしいと望むのは、分別のある大人のやり方とはいえないでしょう。
 それでも、わたしは、きみを望みました。きみにも、わたしを望んでほしいと願っていました。迷いなく覚悟を決めてくれたきみに、深い感謝と共に、わたしの心を捧げます。本当にありがとう、チェルニちゃん。

 求婚の使者を受け入れてもらいましたので、次は、両親や伯父、仲立ちのコンラッド猊下げいかと共に、きみのご自宅に伺います。その場で、正式に婚約の書類を交わし、王城への届出を終えれば、わたしたちは、正式な婚約者となります。
 わたしは、自分が婚姻を結ぶ可能性があるとは、まったく考えていませんでしたので、とても不思議な気持ちです。初めてきみに出会った、あの夏の日、一目できみにきつけられ、強いえにしを感じましたけれど、まさかこんな形での結縁けちえんになるとは。人と人との結びつきとは、誠に得難いものですね。

 では、また。正式に婚約が整い、発表されるときまで、今しばらくは、このままで。

     前回の手紙から、誰かに見せるのをやめることにした、レフ・ティルグ・ネイラ


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 いつも『神霊術少女チェルニ 往復書簡』をお読みいただき、ありがとうございます。

 今話にて、『神霊術少女チェルニ 往復書簡』は一旦休載となります。
 『神霊術少女チェルニ〈連載版〉』第5部のスタートと併せての再開を予定していますが、詳細な日程は現時点で未定です。
 現在、著者の須尾見蓮さんは、『小説家になろう』での『神霊術少女チェルニ〈連載版〉』の連載を一旦お休みされ、『神霊術少女チェルニ』の書籍版続刊作業、そして、別名義である菫乃薗ゑさんとして執筆している『フェオファーン聖譚曲オラトリオ』シリーズ書籍の執筆作業を行っています。
 連載再開・第5部スタートの詳細な日程が決定次第、note及び公式Twitterなどでお知らせさせていただきます。


▼須尾見蓮さん公式Twitterはこちら
@suomi_ren

▼opsol book公式Twitterはこちら
@opsolbook


 また、明日からは、チェルニとネイラ様以外の、ほかの登場人物のお手紙のやりとりを覗いていただける、『神霊術少女チェルニ 往復書簡』幕間書簡をnoteにも投稿いたします。こちらもぜひ、お楽しみください!