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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-30

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 わたしは、耳障りな声のする方に向かって、冷たい視線を投げかけた。そこにいたのは、やたらにきらきらした服を着た、同じ年頃の男の子だった。後ろにお付きの人っぽい子がいるから、多分、地方の貴族なんだろう。内部進学じゃない地方貴族の子たちは、平民と一緒に試験を受けるからね。
 子どものくせに偉そうな態度からして、間違いないと思う。顔は……妙に赤い気がするけど、別にどうでも良いや。わざわざ立ち上がるのも面倒なので、わたしは、どっしりと椅子に座ったまま、男の子にいった。
 
「初対面の相手を、いきなり〈おまえ〉呼ばわりするような無礼者に、返す言葉なんてないよ。もうすぐ試験なんだから、話しかけないで」
「おまえ! 何だ、その無礼な態度は! ぼくが誰だか知っているのか!」
「知らない。わからない。興味もない」
「無礼者! ぼくは子爵家の嫡男だぞ! そんな安っぽい服を着ているということは、おまえ、平民だろう? 謝るなら今のうちだぞ。さっさと名乗って、ぼくの質問に答えろ!」
「へえ〜、すご〜い、お貴族様、かっこ良い〜。さあ、これで良いでしょう? 気がすんだら、もう話しかけないで」
「おまえ、無礼にもほどがあるぞ! 不敬罪になりたいのか!」
「あのね、ルーラ王国の不敬罪は、十八歳の成人を迎えていない者には適応されないんだよ? 貴族、貴族っていうわりに、その程度のことも勉強していないの? 王立学院を受験して、通るの、それで? あ、思い出受験っていうやつ? それとも、詰め込みの暗記だけは得意なの? そもそも、わたしが成人していたとしても、無礼なのはそっちなんだから、不敬罪にするのはむずかしいよ。ルーラ王国は、わりと進歩的だし、法治国家なんだから、裁判で〈悪意のある不敬〉だって認められない限りは、有罪にはできないよ。あれ? わたしってば、さっきは悪意を持ってからかったから、大人だったら不敬罪なのかな? いや、まあ、先に無礼な態度を取ったのはそっちなんだから、大丈夫だな、やっぱり。初対面の相手を〈おまえ〉呼ばわりするような礼儀は、ルーラ王国にはないんだよ。貴族だろうと平民だろうとね。だいたい、試験の直前にもかかわらず、嫌がる相手に会話を強要するって、強要罪とかじゃないの? 悪いことはいわないから、今のうちに心を入れ替えて、対人関係っていうものを、ちゃんと勉強した方が良いよ? そうでもないと、大人になったら転落人生、待ったなしだよ。あっという間に犯罪者だよ? 怖い怖い。ああ、怖い。他人事だから、別にどうでも良いけどね」
 
 ……ふう。お姫様の真似をして、一気にいい切ったら、酸欠で息が止まりそうになっちゃった。長台詞を息継ぎなしで浴びせられるオディール様って、やっぱりすごいよね。
 わたしを〈おまえ〉呼ばわりした男の子は、トマトみたいに赤くなって、口をぱくぱく開け閉めしている。どこかで見たような気がするなって、記憶を探ってみたら、すぐに思いついた。あれだよ、金魚にそっくりなんだよ。
 
 まあ、わたしが、こういう対応をするのは、ちょっとずるいなっていう気はする。金魚少年に対してじゃなく、世間っていうものに対してだけど。普通なら、明らかに貴族の子どもらしい相手に、ここまで強気には出られないからね。
 
 わたしには、いつも守ってくれる神霊さんのご分体が、二柱ふたはしらもそばにいてくれる。今も、金魚少年に怒り心頭で、〈神の業火にて燃やし尽くさん〉とか〈我が慈悲たる《罪人つみびとうてな》にて、千年万年、心の修行を致させん〉とか、めちゃくちゃなことをいってくれる、過保護な神霊さんなんだ。尊い気配は漏れ出していないし、まだ〈荒御魂あらみたま〉になっちゃう気配もないから、本気じゃないとは思うんだけど……多分。
 わたしは、神霊庁から〈神託しんたく〉だって認定されているから、その意味でも、ある程度は守ってもらえると思う。ルーラ王国における神霊庁の権力は、王家にだって負けないし、わたしが悪いことをしない限り、大丈夫じゃないかな? ネッ、ネイラ様も、〈王立学院に無礼な者がいたら、すぐに相談するように〉って、手紙に書いてくれているしね。えへへ。
 
 そして、何よりもずるいって思うのは、教室の入り口で、さっきから聞き耳を立てている人たちがいるって、わたしが、ちゃんとわかっていることだろう。そうじゃなかったら、ここまで正面を切って対立せず、別の方法でやり返したと思う。喧嘩けんかの仕方はお母さん譲りで、意外と戦略的なところのある少女なのだ、わたしは。
 
「試験の直前になって、何を騒いでいるんだ? 他の受験生に迷惑だ。受験する気がないのなら、さっさと退出しなさい」
 
 ほらね。試験の開始までは、かなりの時間があるのに、威圧感のある声と一緒に、もう試験官が教室に入ってきた。王立学院では、貴族の子と平民の子が衝突したりしないように、早めに試験官が待機しているんだって、おじいちゃんの校長先生が教えてくれたんだよ。
 
 わたしたちの前に登場したのは、三人の大人たちだった。厳格そうな壮年の男の人と、優しい雰囲気の中年の女の人。そして、見るからに上品で清々しい気配をまとった、まだ若い男の人だった。
 でも、その人たちの顔を見て、わたしは、ぱかんと口を開けた。壮年の男の人は、王立学院の先生だと思うんだけど、後の二人って、どこからどう見ても、クローゼ子爵家の事件のときに〈野ばら亭〉に来てくれた、〈黒夜こくや〉のすっごく強い女の人と、神霊庁のパレルモさんじゃないの! これって、偶然ってことはないよね、さすがに?
 
「何を騒いでいたのか説明しなさい。そこの男子」
 
 壮年の男の先生に見つめられた金魚少年は、さっと青い顔になって、口をぱくぱくさせた。もう金魚っぽくはなくなったけど、ぱくぱくは変わらないんだね。呼び方を変えるのも面倒だし、二度と会うことはないだろうから、金魚少年って呼び続けよう。
 金魚少年は、おどおどと視線を泳がせて、お付きっぽい子を振り返った。これは、あれだ。何とかしろっていう合図だよね。そういう姑息な手を使うのって、やめた方が良いと思うよ?
 
「あの、その、何でもありません。ぼくたち、ちょっと、二人ではしゃいでしまったんです。すみません」
「きみには聞いていない。そちらの少年が話している間、きみは後ろにいただけだろう。虚偽の申告は誰のためにもならないよ」
「……」
「そちらの少年、質問に答えなさい」
「えっと、本当に、その、何でもないんです。そこのピンクの髪の女が、暇そうにしていたので、話しかけてやっただけなんです。なあ、そうだよな、おまえ?」
 
 金魚少年の発言を聞いて、わたしは、思わず震えそうになった。だって、穏やかな顔をした〈黒夜〉の女の人が、表情を変えないまま、すっさまじい殺気を放ったんだから! あの〈白夜びゃくや〉の悪人たちを、ばっきばきに骨折させちゃったときより、今の方が目が怖いよ、お姉さん……。
 パレルモさんなんて、指が不気味に動いている気がするんだけど、あれって、何かの神霊術を使おうとしているんじゃないよね? お願いだから、空気まで凍りそうなくらいの冷気を出すのは、やめてほしい。教室に集まり始めた受験生たちが、すっかり怖がっているじゃない……。
 
「はい! はい!」
「……。何ですか?」
「その少年の説明は、個人的な心情を抜きにすれば、おおむね間違っていません」
「個人的な心情を抜きにすれば、ですか。では、その個人的な心情とは?」
「試験前で集中したいのに、勝手に話しかけてきてめんどくさかったです。初対面の相手に〈おまえ〉呼ばわりされるのも、とっても不愉快でした。でも、わたしもいい返したので、大人は無関係っていうことにしてもらえないでしょうか?」
「ほう。この少年をかばってあげるのですね?」
「いえ、全然。何の興味もないし、どうでも良いです。ただ、他の受験生の迷惑になるので、放置してもらえるとうれしいです」
 
 そういいながら、わたしは、必死にパレルモさんに目配めくばせした。〈黒夜〉の女の人は、仕事の性質からいって、この場で発言したりしないだろうし、一番立場が上なのはパレルモさんだろうって、何となく思ったんだ。だからね、パレルモさん。その怖い目つきをやめて、〈黒夜〉の女の人のこともなだめてください。お願いします!
 わたしの懇願こんがんが伝わったのか、パレルモさんは、大きく息を吐き出してから、視線だけで合図をしてくれた。良かった。わたしの知っている、優しいパレルモさんに戻っているよ。
 
「その少女の発言は、にかなっています。この場の静寂を守るよう、口頭で注意するにとどめましょう」
かしこまりました。ご指示の通りにいたします。二人の少年は、自分の席に着きなさい。以後は、行動に注意をするように」
「はい! ありがとうございます! ほら、坊っちゃんも、お礼をいって!」
「……ありがとう……ございます」
「この程度の出来事を、不合格のいい訳にすることは許されない。少年たちも、教室にいる皆も、試験までに気持ちを集中させなさい。良いですね?」
 
 大丈夫、大丈夫。〈黒夜〉の女の人は、金魚少年をばっきばきにしなかったし、パレルモさんは、神霊術を行使しなかった。何よりも、わたしの両肩に乗ったスイシャク様とアマツ様が、〈荒御魂〉にならなかったんだから、無事に収まったことにしよう。そうしよう。
 不愉快な金魚少年のことは、さっさと記憶から消し去って、わたしは、試験に向けて気持ちを切り替えた。命を狙われたり、誘拐を企まれたりした経験のあるわたし、十四歳のチェルニ・カペラは、この程度のことでは、全然、まったく動じないのだ。
 
     ◆
 
 早めに教室に入ってきた、三人の大人たちは、そのまま試験の監視をするみたいだった。壮年の男の先生が、教室の前に置いてある、教員用の机に座る。〈黒夜〉の女の人は、教室の右側の一番後ろ、神霊庁のパレルモさんは、左側の後ろの机に座って、静かに試験の開始を待っているんだ。
 わたしと金魚少年の口喧嘩で、迷惑をかけてしまった受験生たちも、段々と落ち着いてきたんだと思う。会話をする子もほとんどいなくて、皆んな、教科書を見直したり、お手洗いに行って準備を整えたりしていたからね。
 金魚少年は……お付きっぽい少年に、小声で話しかけようとして、さすがに注意をされていた。そのたびに、〈黒夜〉の女の人が、優しくて穏やかな顔のまま、すっごい殺気を飛ばしているのに、まったく気が付かないんだから、すごいよ。鈍感であることって、ある意味で幸せなのかもしれないね。
 
 時間が経つごとに、少しずつ少しずつ、受験生たちの緊張感が高まっていく。間もなく試験の開始時間だなって思ったとき、男の人がもう一人、紙のたばを持って、教室に入ってきた。もちろん、その人の持っているのが、今回の問題用紙なんだろう。
 男の人は、職員用の机に座っている壮年の男の先生に、紙の束を差し出しすと、〈よろしくお願いいたします〉って声をかけて、教室を出て行った。それとほぼ同時に、校舎に予鈴よれいらしき鐘の音が響く。いよいよ、王立学院の試験が始まるんだ!
 
「全員、注目。只今から、問題用紙と答案用紙を配りますので、筆記用具と受験票を机の上に置き、他はすべてしまってください。用紙の配布以降、鞄に手を入れたり、前後左右をのぞき見ようとした生徒は、不正を行なっているものとみなしますので、注意すること。本鈴ほんれいがなり、始めの合図があるまで、用紙に手を触れてはいけません。お手洗いに行きたくなった生徒や、具合の悪くなった生徒は、その場で挙手きょしゅをして、試験官が行くのを待ってください。何か困ったことが起きた場合も、必ず挙手を忘れないように。何か質問はありますか?」
「……」
「よろしい。それでは、用紙を配布します。制限時間は三時間です。すべての回答を終えた生徒は、用紙を裏返しにして、退出することを許可しますが、再度の入室は、いかなる場合も認められません。よろしいですね? では、先生方、お願いします」
 
 壮年の男の先生が全体を監視している中で、〈黒夜〉の女の人とパレルモさんが、一部ずつ用紙を配っていく。わたしがいる教室には、三十人くらいの受験生がいるんだけど、その一人一人の机を回って、伏せた状態で机の上に置いてくれるんだ。
 わたしに試験用紙を配ってくれたのは、パレルモさんだった。もちろん、何も言葉はない。〈黒夜〉の女の人とパレルモさんが、入試の試験官になっているのは、わたしを見守ってくれるためだったとしても、ここで特別扱いはできないからね。用紙を置いてくれたとき、一瞬だけ目が合ったパレルモさんは、すごく優しい顔をして、微かに会釈えしゃくをしてくれただけだった。
 
 全員分の用紙が配られて間もなく、校舎に本鈴の音が響いた。同時に、壮年の男の先生の声がかかった。〈始め〉って。いっせいに紙をめくる音がして、生徒たちが身を乗り出して、何ともいえない緊張感に包まれて……いよいよ、王立学院の入試本番が始まったんだ!
 
 わたしは、すごく落ち着いた気持ちで、答案用紙を確かめた。王立学院の入試は、他の高等学校とは違う、独特のやり方をする。各教科ごとに試験時間を決めるんじゃなく、全部の問題を一度に渡して、生徒自身に時間の配分をさせるんだ。
 今日の試験でいうと、科目は六つ。王国語、理科、数学、社会、古語の五教科と小論文が設定されている。試験時間は三時間だから、どうやって試験を進めていくかっていう判断そのものが、一つの試験なんだろう。
 
 小論文以外の問題用紙を机に並べて、わたしは、ざっと内容を確かめた。過去の入試問題を解いてきたから、問題の量や試験方法に戸惑うことはない。難易度としても、特別にむずかしいものは……ないな。落ち着いて回答すれば、大丈夫だろう。
 小論文は、三つ題が書かれていて、そのうちの一つを選択する形式になっている。今年の題は、〈将来の夢〉〈神霊術を使う場合の注意点〉〈今まででもっともうれしかった瞬間〉だって。
 入試での小論文って、内容そのものよりも、形式を採点するらしい。ちゃんと書き上げられたのか、制限の文字数を守れているのか、論理的に展開できているのか、題と内容が適合しているか……そんなことが重要なんだ。まあ、今回の入試で選ばれたみたいな題で、斬新な内容の文章を書けっていわれても、むずかしいと思うけどね。
 
 配点は、小論文が五十点満点で、他の教科はそれぞれ百点満点だから、まずは五教科の問題に取りかかろう。正解が一つしかなくて、迷う余地のない科目から終わらせたいから、まずは数学と理科。それから、社会、王国語、古語の順に問題用紙をそろえる。あせったりしないで、ひたすら丁寧な字で回答すること。そう自分にいいきかせて、わたしは、どんどん回答用紙を埋めていった。
 正直なところ、ほぼ全問正解できると思う。字が汚いっていわれるのは、ちょっと心外なんだけど、あれだけ皆んなに心配されちゃったから、ゆっくりゆっくり、回答欄をうめていく。例えていうなら、〈野ばら亭〉のメニューに、お客さんへのご挨拶を書いているような気持ちだね。
 
 五教科の問題を解き終わって、教室にある大時計を見ると、まだ半分くらい時間が残っていた。見直しをするのは最後にして、次は小論文に取りかかろう。どの題にするか、ちょっと迷った後、わたしは〈将来の夢〉を選んだ。神霊術については、簡単に語りたくなかったし、〈今まででもっともうれしかったこと〉っていうのも、いろいろと書くのに差しさわりがあるからね。
 
 わたしの判断は、受験生としては正しいものだと思う。ところが、わたしが、〈将来の夢〉っていう題を書いたところで、ずっと気配を消して見守ってくれていた、スイシャク様とアマツ様が、一気に騒がしくなったんだよ。
 〈あなや!〉〈奇怪なこともあるもの也〉〈我らが《神託しんたく》たる雛が、何故なにゆえ、他の題を選びたる〉〈人の子が《神霊術》と名付けたる術をば、雛の言葉にて語るらん〉って、正直、うるさいくらい。要は、わたしは〈神託の巫〉なんだから、神霊術を題に選ばないのはおかしいっていうことだよね?
 
 ちょっと迷った末、わたしは、〈将来の夢〉っていう題を消して、〈神霊術を使う場合の注意点〉って書き直した。わたしの両肩に乗って、答案用紙をのぞき見していたスイシャク様とアマツ様は、これで満足してくれたんだろう。スイシャク様は、ふっっすふっっす、大きな鼻息をもらしているし、アマツ様は、皆んなに見えないのを良いことに、赤から青、青から白へと、燃え盛っているんだよ。
 神霊さんのご分体を二柱ふたはしらも伴って、入学試験を受けるなんて、ずるをしたことにならないかって心配していたんだけど、大丈夫かもしれない。どっちかっていうと、邪魔されてる気がするからね、わたし。
 
 それから、たっぷり時間をかけて、小論文を書き上げた。スイシャク様やアマツ様たち、神霊さんが教えてくれた話じゃなく、わたしの大好きなおじいちゃんの校長先生が教えてくれた内容を、思い出しながら書いた。二柱のご神鳥は、ちょっと不満そうだったけど、〈他の受験生に対して不公平になりますから〉って、イメージを送ったら、しぶしぶ納得してくれたみたいだった。
 ものすごく丁寧な文字で、指定された文字数ぴったりに、小論文を書き終わったとき、壁の大時計を確認すると、まだ三十分以上も残っていた。改めて、五教科の回答用紙を見直して、ちょっとだけ乱暴な文字を見つけたら書き直して、もう一度小論文を読み直して、もう十分だと思って試験を終えたら……ちょうど十分前だった。
 
 わたしは、机の上に答案用紙を伏せて、軽く目を閉じた。大丈夫。全力は尽くしたし、解けなかった問題は一問もない。というか、わりと簡単だった。皆んなに心配されちゃった文字も、めちゃくちゃ丁寧に書いたから、さすがに減点されたりはしないだろう。わたしは、目を閉じたまま、試験の終わりを待つことにしたんだ。
 両肩に乗ったまま、ずっと静かに見守ってくれていた、スイシャク様とアマツ様は、もう大丈夫だと思ったのか、急にイメージの交換を始めた。〈人の子の作りたる入試問題とは、面白きもの也〉〈雛は優秀、優秀〉〈の《神威しんいげき》は、如何いかがか〉〈わずかなる時を経て退出したり。彼の御方おんかたに解けぬ問いなど、現世うつしよになかりせば〉〈彼の御方の神力しんりきは、雛の言う《ずる》には当たらずや〉〈微妙也〉って……。
 
 二柱の会話が面白くて、笑っちゃったりしないように、唇をむにむにしているうちに、終鈴しゅうれいが鳴り響いた。壮年の男の先生は、壁の大時計を確認して、大きな声で宣言した。〈そこまで!〉って。
 
「全員、ただちに筆記用具を置いて、両手を机の上に置いてください。百五番のきみ、今すぐ指示に従わなければ、失格とみなします。よろしい。では、先生方、回収をお願いします。皆さん、ご苦労様でした。全員の回答用紙が回収されたら、退出してよろしい。昼休憩は二時間です。午後からは、神霊術の実技試験を行いますので、心身を整えておいてください。実技試験の集合場所は、校庭です。私語を慎み、試験番号の順に整列して待っていてください。では、解散」
 
 壮年の先生の合図とともに、生徒たちは教室から退出していく。その瞬間、優しくて清浄な空気が、そっとわたしを包み込んだのは、二柱のお力なんだろう。金魚少年が〈熱っ、熱っつつ!〉って叫んでいるのは、偶然じゃないよね?
 〈雛は我らが眷属なれば、不届き者が寄らぬよう、衣をば与えたり〉〈我からは《炎荊衣えんけいのころも》也。雛に邪念を持ちたる者は、我が炎のいばらにて打ちえられん〉〈我からは《蓮華衣(れんげの衣)》也。度し難き衆生しゅじょうが、雛をわずらわせぬよう、が光を隠したる〉って。ありがたいけど、ありがたいけど、金魚少年ってば、たったあれだけのことで、アマツ様の炎の荊に打たれちゃったの?
 わたしが呆然としていたら、優しいスイシャク様が、すかさずイメージを送ってくれた。アマツ様のことは、自分がなだめてあげるから、大丈夫だよって。金魚少年も、ちょっととげが刺さっただけだから、すぐに熱さは消えていくよって……。
 
 いろいろといいたいことはあるけど、ともかく、筆記試験は終了した。お昼ご飯を食べて、お父さんたちに筆記試験のことを報告したら、いよいよ神霊術の実技試験なんだ。周りの受験生たちがどんな心霊術を使うのか、とっても楽しみだし、わたしも、精一杯がんばろうと思う。チェルニ・カペラは、やるときはやる少女なのだ!

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