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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-32

 ここは、神前裁判の舞台となった、神霊庁の〈神秤しんしょうの間〉。重々しくもおごそかに、四度目の鐘の音が響き渡った後、いよいよ裁判が始まった。裁判官の役割を担う神使しんしの一人、神器じんぎである〈神秤〉の印を持つ、クレメンス・ド・マチェク様が、最初に呼んだのは、フェルトさんの名前だった。
 
 フェルトさんは、アリアナお姉ちゃんに微笑みかけてから、堂々と証言台に向かった。フェルトさんやお姉ちゃんたちが座っている、告発者のための席から、マチェク様が指し示した証言台に進み出て、フェルトさんは何回か礼をした。もっとも高い位置にいるレフ様に一回、マチェク様とご神秤に一回、左右の貴賓席に一回ずつ。最後に、傍聴席に一回、きびきびと頭を下げたんだ。
 王太子殿下や宰相閣下まで傍聴している、重大な神前裁判の場でも、少しも物怖ものおじしていないみたい。わたしの義兄になってくれるフェルトさんは、アリアナお姉ちゃんにはめろめろだけど、それ以外は、本当に凛々しくてカッコいいよね。
 
 マチェク様は、礼を終えたフェルトさんが、証言台に立って姿勢を正したのを見て、すぐに口を開いた。少しの戸惑いも感じさせない、厳粛げんしゅくな声だった。
 
「告発者、フェルト・ハルキス殿。これ以降、貴殿が口にされた言葉は、すべてが証言として記録される。よろしいか?」
「承知いたしております、マチェク猊下げいか
「では、これより、いとも尊き御神霊より、神霊庁がたまわりし御神器がいち、神々の裁きをつかさどられる御神秤に、御霊みたまが御降臨遊ばされる。本日、曙光しょこう輝く夜明けより、神霊庁が儀式の間において、御降臨の神事しんじは終えているけれど、皆々、今一度、その場で立礼りつれいなされませ」
 
 マチェク様の言葉に、〈神秤の間〉にいた人たちが、いっせいに立ち上がった。宰相閣下やコンラッド猊下、王太子殿下も、洗礼された所作しょさで席を立ち、静かに頭を下げる。わたしたちも、もちろん、すぐに同じようにした。被疑者である元大公たちだけは、ご神秤から目をらしたまま、身動きもせずに座り込んでいるけど、それは、良いんだろう、多分。
 マチェク様は、目の前の大机に載ったご神秤に向かって、深々と三度、お辞儀じぎを繰り返してから、歌うように詠唱した。
 
「掛けまくも畏き御一柱 真偽 正邪 是非を看破す 御神秤を司らるる御神霊に希う 神使たる証にと与え給いし印を以て 御神秤を顕現あれかし 迷いの霧をば打ち祓い 秤傾け裁き為す 神の御業を現わし給へと 畏み畏み物申す 対価は我らが宿したる身の力 神使神徒の連帯にて 尊き御神霊に捧げるもの也」
(かけまくもかしこきおんひとはしら しんぎ せいじゃ ぜひをかんぱす ごしんしょうをつかさどらるるごしんれいにこいねがう しんしたるあかしにとあたえたまいしいんをもって ごしんしょうをけんげんあれかし まよいのきりをばうちはらい はかりかたむけさばきなす かみのみわざをあらわしたまへと かしこみかしこみまもうす たいかはわれらがやどしたるみのちから しんししんとのれんたいにて とうときごしんれいにささげるものなり) 
 
 マチェク様は、祝詞のりとの形をとった詠唱を終えると、両手を使って印を切った。ものすごく複雑でむずかしそうな印なのに、悠々ゆうゆうと優雅に、目にも留まらないくらいの速さで切っていく。
 マチェク様から少し下がった位置で、裁判官用の席に座っていた四人の神職さんたちも、マチェク様とは別の印を、素早く切っていく。四人の神職さんたちって、神前裁判の内容を記録する係なのかと思っていたけど、それ以前に、マチェク様と一緒に、ご神秤の顕現をになう役割があったんだね。
 
 マチェク様と神職さんたちが、印を切り終わったとき、〈神秤の間〉は、清らかな白い光で満たされた。光は、目を射るほどにまぶしくはなく、只々ただただ、荘厳な神気しんきをまとって、ゆるやかに明滅めいめつする。やがて、光がたなびきながら消えていったとき、〈神秤の間〉に残されたのは、巨大な神々のはかりだった。 
 ご神秤は、いつの間にか、足台だけで大机がいっぱいになるほどの大きさになっていた。普通の箱馬車と比べても、ほとんど同じくらい。傍聴席からは、見上げるくらいに大きくて、現世うつしよの金銀とはまったく別の、どこまでも深く清らかな光沢で、銀色に輝いていた。
 
 あまりの変化と大きさに、わたしは、ぱかんと口を開いたまま硬直した。驚いたのは、他の人たちも同じみたいで、貴賓席に座っている人たちや、神前裁判に関わっている神職さん以外の人たちは、呆然とご神秤に魅入られている……。
 マチェク様は、着物のそでから、小さな銀色の金槌かなづちを取り出して、ご神秤の載っている大机を軽く叩いた。机を金槌で叩いたりしたら、傷になるだけだと思ったけど、金属音が美しく響いてきたから、あの小さな金槌か大机のどちらか、あるいはどちらもが、普通の金槌や机じゃなかったんだろう。
 
「静粛に。おそれ多くも、御神秤の顕現を賜りましたので、これより、証言を始めます。これ以降、神前裁判の終わりまで、御神秤は顕現し続けてくださいますので、くれぐれも不敬のなきように。では、フェルト・ハルキス殿」
「はっ!」
「まず、ご自身の身上しんじょうを述べられよ。フェルト殿とルーラ女大公殿下とのつながりや、継嗣予定者けいしよていしゃとなった経緯については、王家より内達ないたつが行われているため、今は省略されるがよろしい。今後のご発言は、ご神秤のろしめすところなれば、真実のみを口にするようお勧めいたす」
御意ぎょいにございます、マチェク猊下。では、わたくし、フェルト・ハルキスにつきまして、言上ごんじょういたします。わたくしは、平民であるサリーナ・ハルキスの婚外子こんがいしとして生を受け、成人を迎えると同時に、キュレルの街の守備隊に奉職ほうしょくいたしました。その後、守備隊で分隊長を務めておりました今年、クローゼ子爵家の事件に巻き込まれたことによって、紆余曲折うよきょくせつの末、ルーラ大公家の継嗣予定者として迎えられ、現在に至っております」
「よろしい。引き続き、今回の告発に至った経緯を述べられよ」
「今回の告発は、クローゼ子爵家からの接触が発端でございます。ある日、突然、クローゼ子爵家から使者が訪れ、面会の機会を設けるよう、半ば命令されました。わたしを、クローゼ子爵家の後継者として迎えるので、クローゼ子爵家の令嬢であるカリナ殿と、急ぎ婚約せよという、無茶な要求でございました」
「なるほど。その要求に対し、ハルキス殿は、どのようにご返答なされたのか?」 
「もちろん、その場で、完全にお断りいたしました。わが母は、行儀見習いとしてクローゼ子爵家に勤め、子爵家の三男であった、わが亡父と出会いました。わたしにとってクローゼ子爵家は、母と亡父の婚姻を認めず、母をいじめ続け、父が亡くなった途端、幼いわたしと共に母を追い出した家です。今頃になって、耳障りの良いことをいわれても、信じられるはずがございません」
「ハルキス殿が拒絶した後、クローゼ子爵家は、すぐに諦めましたか? あるいは、何らかの接触をしてきましたか?」
「クローゼ子爵家には、わたしを取り込まなくてはならない理由があったのでしょう。はっきりと断ったにもかかわらず、次は、カリナ嬢が、自ら説得に訪れました。そこの被疑者席にいる、ミラン殿も一緒です。クローゼ子爵家は、再度の拒絶にも納得せず、悪辣あくらつな手段に出ようとしたのです」
 
 何らかの神霊術なのか、それほど大きな声で話しているわけでもないのに、〈神秤の間〉のすみずみにまで、フェルトさんの声が響いている。フェルトさんは、淡々とした口調で、クローゼ子爵家との関わりを説明していった。
 クローゼ子爵たちが〈神去かんさり〉になり、フェルトさんを養子にする必要があると知っていたこと。アリアナお姉ちゃんと婚約しているし、それ以前に、お母さんのサリーナさんをいじめたクローゼ子爵家なんて、絶対に継ぎたくなかったこと。フェルトさんが断ったら、クローゼ子爵家が強硬手段に出ようとしたこと。クローゼ子爵たちと、子供たちの誘拐犯であるセレント子爵が、裏で結びついていたこと。わざと誘拐されて、〈百夜びゃくや〉っていう裏組織の人たちを、犯人として捕まえたこと。犯人たちを、キュレルの街の守備隊に連行したら、元大公の騎士団が襲撃してきたこと……。
 
 フェルトさんの証言は、かなり長かったけど、とってもわかりやすかった。傍聴席にいる人たちは、証言が進むにつれ、身体を乗り出したり、うなずいたりして、熱心に聞き入っている。さわやかで誠実そうなフェルトさんが、心を込めて口にした言葉には、それだけの真実味があったんだよ。
 
「一つ、質問させていただきたい」
「何なりと、マチェク猊下」
「フェルト殿は、クローゼ子爵家の内情や、王国の政治情勢について、ずいぶんと詳しいように思われる。言葉は悪いけれど、地方都市に住む一介いっかいの守備隊員が、容易に知れるものではなかろうに。また、近衛騎士団の団長をも排出はいしゅつしてきた、クローゼ子爵家を相手に、そこまで強気に出られるのは、何か理由があるのだろうか?」 
「ございます。畏れ多いことに、たくさんのお味方がございました。その方々のお力添えがなければ、死を覚悟して、クローゼ子爵家と刺し違えるしかなかったかもしれません」 
「フェルト殿のお味方とは?」
「ルーラ王国が誇る王国騎士団と、神聖なる神霊庁、王国の安寧あんねいを守る〈黒夜こくや〉の皆様に、お助けいただきました。それもこれも、現世うつしよに並ぶものなき至尊しそん御方おんかた、ルーラ王国騎士団長にして、世にもありがたき〈神威しんいげき〉、レフヴォレフ・ティルグ・ネイラ様のお下知げちにございます」
 
     ◆
 
 レフ様の名前が出た瞬間、〈神秤の間〉の雰囲気が変わった。重々しくて厳粛で、緊張感があるのは変わらないけど、目に見えるくらいはっきりと、空間が揺れ動いたんだ。クローゼ子爵家の事件の最初から、レフ様が関わっていたっていう事実に、傍聴席にいる誰もが驚愕きょうがくし、畏れを感じているのは、明らかだったと思う。
 マチェク様は、小さな金槌を取り出して、一度二度、ご神秤の載った大机を叩いてから、こういった。
 
「静粛に。ここは神聖なる裁きの場にして、皆様の目の前には、〈神託しんたく〉と〈神威の覡〉が、共に御坐おわします。く、落ち着かれよ。さて、フェルト殿」
「はい、マチェク猊下。何でございましょう?」
「我ら神霊庁が、至尊のきみとして崇敬すうけいたてまつる、レフヴォレフ様とは、事前に面識があられたのか?」 
「ございません。正確には、守備隊の一員として、孤児院の子供たちの誘拐犯を追っておりましたとき、団長閣下にご助力を賜り、お助けいただいたことがございますが、面識と呼べるほどではございません」
「では、何故なにゆえ、レフヴォレフ様がご登場になられるのであろう?」
「わたしの婚約者であるアリアナ・カペラ嬢は、先ほど、〈神託の巫〉としてご紹介のありました、チェルニ・カペラ様の姉君にございます。団長閣下は、文通相手であるチェルニ・カペラ様からのお手紙によって、アリアナ嬢とわたしとの婚約をお知りになられ、クローゼ子爵家とのつながりにまで、お気づきになられたのです」
 
 フェルトさんが、はっきりと宣言した途端、〈神秤の間〉に広がったざわめきは、ものすごく大きかった。マチェク様が、金槌で大机を叩き、綺麗な金属音を響かせても、しばらくは落ち着かなかったくらいだった。
 傍聴席の人たちは、口々にささやき合っている。〈まさか《神託の巫》と《神威の覡》がつながっているとは!〉〈文通? 文通とは、どういう意味だ? まさか、言葉通りではあるまいな〉〈これは、何の予兆よちょうなのだ? 王家にとって、是か、否か〉〈否であろう。《神託の巫》の出現によって、わずかでも《神威の覡》の権力が分散されるかと期待したが、逆効果ではないか〉〈これは由々ゆゆしきことだぞ〉って……。
 
 傍聴席の人たちは、貴族が多いみたいだから、王家と神霊庁とレフ様との関係が、気になって仕方がないんだろう。わたしの隣で座っているヴェル様は、アイスブルーの綺麗な瞳を、ぎらぎらと光らせて、ささやきに耳を澄ましている。きらきらじゃなく、ぎらぎらっていうあたりに、ものすごく不安なものを感じたのは、わたしだけの秘密にしておこう。
 わたし自身は、そんなささやきよりも、レフ様との文通を発表されちゃったことに、思わず動揺した。隠したいわけじゃないけど、わたしとレフ様だけの内緒にしておきたかったっていうのが、正直な気持ちだった。十四歳の少女は、繊細なんだよ!
 
 それからも、マチェク様が、いろいろな質問をして、フェルトさんが、丁寧に答えて……いよいよ、証言も終わりに差しかかったらしい。マチェク様は、少し下の席に座る神職さんたちに目を向け、うなずき合ってから、フェルトさんにいった。
 
「証言、ご苦労でした、フェルト殿。後ほど、改めて問いただすかもしれぬが、まずはこれまで。最後に、フェルト殿から、申されるべきことはおありか?」
「ありがとうございます、マチェク猊下。わたくしからは、一つだけでございます」
「よろしい。どうぞ」
「今回、我らが神霊庁に告発させていただいた目的は、我が身の安全ではございません。身を守るだけでしたら、他の方法もございましたので。わたくしが、御神霊の御前おんまえで訴えたいのは、さらわれた子供たちについてでございます。我らは、ルーラ王国から人知れず拐われていった、多くの子供たちを救い出し、犯人を厳しく罰さなくてはなりません。そのためにこそ、誘拐事件に関わったと思われるクローゼ子爵らと、クローゼ子爵の後ろ立てであったルーラ元大公を、共に告発いたしました。子供たちの存在をお忘れなく、裁きを行なってくださいますよう、してお願い申し上げます」
 
 フェルトさんは、そういって、深々と頭を下げた。アリアナお姉ちゃんの婚約者で、近い将来、わたしのお兄ちゃんになってくれる人は、本当にカッコいい。マチェク様も、少しだけ表情をゆるませて、フェルトさんにうなずきかけているからね。
 子供たちを心配する言葉を最後に、フェルトさんの証言は、とりあえず終わったらしい。マチェク様は、小さな金槌で大机を叩いてから、厳かに宣言した。
 
「これにて、フェルト・ハルキス殿の、最初の証言が終了した。今回、傍聴に集まった人々の中には、神前裁判の進行を知らぬ者もいるであろうから、簡単に説明いたそう。神霊庁において行われる神前裁判は、現世うつしよの裁判にあらず。双方のいい分を聞き、証拠を吟味するのが、現世の裁判であるならば、一人一人の証言がなされ、一つ一つの証拠が示されるたびに、尊き御神秤にお尋ねし、その秤を傾けていただくのが、神前裁判の作法である」
 
 マチェク様は、深々と座礼を取りながら、複雑な印を切っていく。裁判官の席に座っている、四人の神職さんたちも、同じように印を切っていく。そして、マチェク様が、〈フェルト・ハルキス殿の証言について、天秤をお示しあれかし〉っていうと同時に、ご神秤が柔らかく発光し始めたんだ。
 それまでも美しく輝いていたご神秤は、内側から光を発し、思わずひれ伏したくなるくらい神々しかった。やがて、ご神秤の光に誘われるように、どこからともなく色とりどりの光球が現れ、〈神秤の間〉のあちらこちらを飛び回る。大きな光球もあれば、小さな光球もあり、濃く色づいた光球もあれば、淡い色の光球もある。どんどんどんどん増え続け、〈神秤の間〉を埋め尽くす光球は、もう数も分からないくらいだった。
 
 最初に動いたのは金色の大きな光球で、くるくるくるくる、空中で回ってから、ご神秤の片側、傍聴席から見て左側の秤皿はかりざらに飛んでいった。金色の光球が、左側の秤皿の上で、鮮やかに明滅すると、それが呼水よびみずになったんだろう。〈神秤の間〉を埋め尽くしそうだった光球は、勢い良く秤皿に向かっていった。すべて、一つ残らず、左側の秤皿に。
 わたしが、両手を広げても足らない、大きな大きな秤皿は、色とりどりの光球でいっぱいになった。こんもりと山になった光球に、誰もが目を奪われている中、光り輝くご神秤は、不思議な音を立て始めた。かちかちかちかちと、何かを数えているような無機的な音なのに、それはとてつもなく尊くて、美しくて、大いなる神威に満ちていたんだよ。
 
 かちかちかちかち、かちかちかちかち。勢い良く鳴り続けた音は、不意に静かになった。目をらして見ると、さっきまで山盛りになっていた光球が、一つ残らず消えている。あれって、首を傾げた瞬間、マチェク様の鋭い声が響いた。〈神判しんぱん〉って。
 
 マチェク様の声に応じるように、巨大なご神秤が、微かに震えたかと見えたとき、変化は起こった。左右の秤皿が、それぞれに上へ下へと揺れ動き、まぶしい光を放ったかと思ったら、一気に左側に傾いたんだ。
 なるほど。秤皿に集まった光球は、神霊さんの力の欠片かけらで、わたしたちが神霊術を使うときに、顕現けんげんするのと同じものなんだろう。たくさんの光球は、たくさんの神霊さんの意思であり、それが左側の秤皿に載ったことで、ご神秤が傾いたんだろう。
 
 マチェク様は、不敵な感じに微笑むと、〈神秤の間〉にいるすべての人たちに向かって、朗々ろうろうとした声で宣言した。
 
「神霊庁が神使しんしいち、畏れ多くも神器じんぎたる御神秤の印をたまわりし、クレメンス・ド・マチェクが宣言いたす。現世うつしよに神の奇跡をもたらしたもう御神秤、御名ぎょめい銀光ぎんこう〉様は、フェルト・ハルキス殿の証言のすべてを、真実とお認めになられた。これこそが、御神々が裁きたもう、〈神判〉にござる」
 
 すぐ目の前で、ご神秤の神威に当てられ、さすがに強張った表情になっていたフェルトさんが、マチェク様の言葉を聞いて、大きく息を吐き出した。フェルトさんは、本当に本当のことしか証言していないんだから、当たり前といえば当たり前なんだけど、やっぱり緊張するよね。
 〈神秤の間〉にいた人たちの中には、初めて神前裁判を傍聴した人も多かったんだろう。あまりにも尊く、圧倒的なご神秤の力に、〈神秤の間〉のあちらこちらで、驚きと畏れに満ちたささやきが広がっていく。神霊庁の神前裁判は、わたしたち、人の子が裁く裁判とは、何もかもが違っているんだろう。
 
 マチェク様は、フェルトさんにねぎらいの言葉をかけてから、元の席に戻るようにうながした。そして、二度、三度、金槌を振るって、〈神秤の間〉を静かにさせてから、こういったんだ。
 
「続いて、新たなる告発者に移ろう。第一の告発者でもある、カペラ家長女、アリアナ・カペラ殿」
「はい」
「証言台に進まれよ」
「畏まりましてございます、マチェク猊下」
 
 鈴を振ったみたいに可憐な声で、ものすごく堂々と返事をしたのは、わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんだった。神前裁判は、こうして勢い良く進み始めたんだよ……。