連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 75通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
まだ王都にいる、チェルニ・カペラです。これから何通も手紙を送る間、ずっと王都にいる見込みの、チェルニ・カペラです。だって、ネイラ様に聞いてほしいことや、教えてほしいことが多過ぎて、一日に何回も手紙を書いてしまうと思うんです。
わたしの予定では、キュレルの街に帰ってから、ゆっくりと手紙を出すつもりだったんですけどね。大きな問題に直面したわたしが、心を落ち着けるには、すぐにでもネイラ様に手紙を書くしかないみたいなんです。
ということで、今回は、衝撃の事実から書かせてください。キュレルの街に住んでいる、十四歳の平民の少女であるわたし、チェルニ・カペラは、畏れ多いことに……信じられないことに……〈神託の巫〉なんだそうですよ、ネイラ様!!
今、ペンを握っていた手が硬直して、しばらくの間、呆然としてしまいました。薄々、本当に薄っす薄、そうじゃないかとは思っていました。スイシャク様やアマツ様を始めとする神霊さんたちが、わりとあからさまに、そういう態度を見せていたので、〈もしかすると〉って、予想はしていました。
ただ、漠然と予想するのと、事実を突きつけられるのって、全然、まったく、違うんですね。逃れようのない運命に、怖気づいているっていうか、〈神託の巫〉っていう言葉の重さに、打ちのめされているっていうか……。わたしの心は、嵐の中の小舟みたいに、頼りなく揺れ動いています。
わたしが、〈神託の巫〉だって教えてくれたのは、神霊庁のコンラッド猊下でした。アリアナお姉ちゃんとフェルトさんが、ルーラ元大公を告発した件で、神霊庁に行ったら、いきなり〈神託の巫〉の宣旨をされちゃったんです。わたしも、お父さんやお母さんも、何も聞かされていなくて、本当に突然のことでした。
神聖な気配に満ちた、荘厳な〈神座の間〉で、大神使のコンラッド猊下が、深く平伏したまま、こういったんです。〈貴方様こそは、数百年ぶりにルーラ王国にご誕生になった《神託の巫》。お目もじ叶い、誠に光栄と存じます、チェルニ・カペラ様〉って……。
こうして書いているだけで、わたし、ちょっと泣きそうになっています。重くって重くって、どうしようもないんです。神霊庁ではいえなかったし、スイシャク様やアマツ様に聞きにくいんですけど、わたしって、本当に〈神託の巫〉なんでしょうか? 疑っているわけじゃなく、皆んなの期待に応えられるのかどうか、不安しかないんです。
わたしは、神霊術が得意です。神霊さんたちにも、好かれていると思います。スイシャク様もアマツ様も、〈眷属〉だっていってくれます。それって、確かにすごいことかもしれませんが、わたし自身は、わりと普通の少女です。物語の主人公みたいに、圧倒的な力なんて、わたしには少しもないんです。
生まれついての〈神威の覡〉で、神霊さんの化身でもあるネイラ様は、わたしみたいに、悩んだり戸惑ったりはしないんでしょうね。それはわかっているのに、他の誰でもなく、ネイラ様に聞いてみたいんです。
わたしが〈神託の巫〉で、問題はありませんか? わたしは、〈神託の巫〉の役目を果たせますか? 厚かましいとは思いますが、ネイラ様は、わたしの相談相手になってくれますか? どうか教えてください。
混乱している、チェルニ・カペラより
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〈神託の巫〉たるチェルニ・カペラ様
突然のことに混乱する、きみの幼気な様子に、心が痛んでなりません。月の銀橋で会う約束を待たず、すぐにでも、きみに会いに行きたい。今のわたしは、そうした衝動を抑えながら、この手紙を書いています。
神霊庁を訪れたきみに、〈神託の巫〉の宣旨を行うということは、爺……コンラッド猊下から、事前に聞いていました。正確にいうと、きみの存在を探し当てようと、国内外の勢力が動き始めたため、大神使の宣旨という形で、早々に手を打った方が良いのではないかと、協議していたのです。
協議の席に着いたのは、宰相閣下とわたしの父、コンラッド猊下を始めとする神霊庁の神使たちです。国王陛下にも伝えず、これらの人々とわたしとで、〈神託の巫〉の宣旨を決定しました。つまり、今、きみが混乱し、苦しい思いをしているのは、わたしの責任でもあるのです。謝って済むことではないけれど、とても心苦しく思います。
わたしは、生まれついての〈神威の覡〉であり、魂のあり方も、現世の人々と同じではありません。自らが〈神威の覡〉である真実に疑いはなく、そこには迷いも悩みもありません。そういう意味では、今のきみの混乱が、わたしには理解できていないのかもしれませんね。
ただ、それでも、わたしは、きみの力になりたいと願っています。いくらでも相談に乗りますし、きみの心の平安のためになら、わたしは、あらゆる力を行使するでしょう。ルーラ王国の宝たる〈神託の巫〉にも、可憐で愛らしい、一人の少女としてのチェルニ・カペラ嬢にも、必ず手を差し伸べましょう。わたしときみとの、約束です。
きみは、紛うことなき〈神託の巫〉です。天上の神々は、きみが〈神託の巫〉である定めを言祝ぎ、歓喜しています。きみには、重い役目がありますが、きみ一人が、その重荷を背負うわけではありません。
きみのご両親を始め、数多くの人々が、きみの力となるでしょう。ありとあらゆる神霊が、きみと共に在るでしょう。もちろん、わたしは、未来永劫、きみの味方ですからね。
では、また、次の手紙で会いましょう。つらい気持ちが続くようなら、手紙ではなく、本物のきみに会いに行きますので、教えてください。
どうやって、きみを慰めたら良いのかわからない、レフ・ティルグ・ネイラ