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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 2-5

 クローゼ子爵家のお屋敷にいる雀は、一羽だけじゃなかったみたい。入り口に張り廻らされている、神霊さんからの〈縁切り状〉を見て、わたしが硬直していると、今度はヒョイって視点が上がったんだ。
 
 目に入ってきたのは、大きくて立派な部屋だった。多分、応接間とか居間とか、人が集まる場所なんだろう。そこには十人近い人たちがいて、怖い顔で何かを話し合っていたんだけど、わたしは話の内容どころじゃなかった。だって、その人たち、顔が大変なことになっているんだよ!?
 
 その人のたちの額の真ん中には、灰色の文字がぽっかりと浮かび上がっていた。大きさは、ちょうど親指と人差し指で丸を作ったくらい。文字の種類はそれぞれで、ぱっと見た感じだと、同じ言葉の人はいなかったと思う。
 神霊さんの〈縁切り状〉と一緒で、この文字は、本当なら人の目には見えなし、読むこともできないはずのものだ。その人の性格とかじゃなくて、もっと本質的なもの、いってみれば〈魂の形〉を表している特別な文字だから。
 神霊さんの恩寵おんちょうを受けている間は、額の文字はその人の性格に応じた色をしていて、〈神去かんさり〉になると同時に、薄い灰色になるんだよ……って、まだ十四歳になったばっかりの少女なのに、こんなことを教えてもらっていいんですか、スイシャク様……。
 
 何だかいろいろと不安になったんだけど、ふすーっ、ふすーって微かに聞こえてくる、スイシャク様の可愛い鼻息に励まされて、わたしは、部屋にいる人たちを観察してみることにした。
 
 神霊さんをお祀りする〈神座かみざ〉を背にした席に、どっかりと座っているのは、多分、当主のクローゼ子爵だと思う。すごく堂々としていて、偉そうな感じなんだけど、額にはべったりと灰色の文字が見える。〈瞋恚しんに〉って。
 すぐにスイシャク様が教えてくれたところによると、瞋恚っていうのは、人を妬んで、憎んで、いつも怒っている状態をいうんだって。
 
 一番年配の女の人で、キツイ感じの目鼻立ちをしている人は、フェルトさんのお母さんをいじめていた、先代のクローゼ子爵夫人じゃないかな。額には、ひときわデカデカと〈毒念どくねん〉って書いてあるし。
 スイシャク様がイメージを送ってくれるまでもなく、わたしにもわかる。この人は、すごく意地が悪くて、悪意で人と接する人なんだろうな。
 
 それ以外でも、書いてある文字はひどい意味のものばっかりで、見ているわたしまで落ち込みそうになった。
 色欲っていうものに執着するらしい〈色貪しきとん〉、過剰なうぬぼれを持っている〈増上慢ぞうじょうまん〉、いろんなことを怠けてばっかりの〈懶惰らんだ〉、人としての倫理に外れている〈乱倫らんりん〉……。
 うん。本当に嫌な気持ちになりそうだから、もういいや。
 
 ここで一つ、不思議に思ったことがあったので、わたしは声に出さず、心の中でスイシャク様に質問した。額の文字が魂の形だっていうのなら、クローゼ子爵家の人たちは、ずっと前から問題があったんじゃないかな。それなのに、〈神去り〉になるまでは、たくさんの神霊さんに印をもらっていたのは、どうしてなんだろう? そんな人でも、神霊さんによっては、気に入ったりするのかな?
 
 スイシャク様は、〈よく気がついたね〉っていうみたいに、優しく乳白色の光を強くしてくれた。それから、わたしに許される範囲で、理由を教えてくれたんだ。
 
 人は誰でも、あらかじめ決められた条件のもとに生まれてくる。身分とか能力とか美醜とかがそうだし、身体の強さや性格、魂の形さえ、やっぱりある程度は決められている。人の一生は、決められた条件から始まって、いろいろな形で自分を磨いて、より良い人になるためのものなんだって。
 〈決められた〉っていうのは、何も神霊さんの決定じゃないよ。もっと大きな運命の流れとか、世界の成り立ちとか、わたしには理解できないし、まだ理解するべきではないところで、決まっていくんだって。魂が成長したり、逆に劣化したりしたら、ちゃんと書かれている文字も変わるらしい。
 
 でも、神霊さんたちは、人に上下をつけたいわけじゃないし、あまりにも酷い苦労をさせたいわけでもないから、その人がきちんと魂を磨けるように、気に入らない人にでも、助けになるような恩寵を与えてくださる。それが、神霊さんたちの間の決まり事なんだよって。
 
 クローゼ子爵家の人たちは、神霊さんのお気持ちを無視し、自分たちが優れた人だって傲慢になって、いくつも罪を犯したらしい。
 スイシャク様は、何だかちょっと悲しそうで、わたしまで切ない気持ちになった。もう耳に馴染んじゃった可愛い鼻息も、ふすっ、ふすって弱々しいし。
 
 このとき、わたしは初めて、クローゼ子爵家の人たちに腹が立ったんだ。神霊さんたちの好意を無にして、許されないほどの罪を重ねて、おまけに可愛くて優しいスイシャク様を悲しませてるんだよ?
 アリアナお姉ちゃんとフェルトさんを守るのは当然だけど、クローゼ子爵家の罪を暴くために、わたしにできることがあったら、ちゃんと協力したい。お父さんにそういって、ネイラ様にも手紙を書いて、スイシャク様に助けてくださいってお願いしよう。わたしは賢い少女だから、大人の迷惑になるような無茶はしないのだ。
 
 わたしがそう思っていると、スイシャク様はすっかり気を取り直したみたいで、鼻息も荒く、ふすーっ、ふすーっていってくれた。そして、わたしが元気が出るように、特別に家族の分だけ教えてあげるよって、謎のイメージを送ってきてから、一瞬で視点を切り替えたんだ。
 
 スイシャク様の視点を通して、わたしが見たのは、心配そうな顔でわたしを見つめている、お父さんやお母さん、アリアナお姉ちゃんだった。でね、三人の額には、やっぱり大きな文字が浮かび上がっていた。
 お父さんの額の文字は、すごく深みのある綺麗な紺色で、〈真誠しんせい〉。お母さんは、赤とピンクの中間みたいな可愛い色で、〈熱誠ねっせい〉。アリアナお姉ちゃんは、柔らかな薔薇色で、〈衣通そとおり〉って。
 
 お父さんとお母さんは、すごく正しくて誠意のある人と、すごく情熱的で誠意のある人っていう意味で、良い両親に恵まれたねって、スイシャク様に褒めてもらった。
 アリアナお姉ちゃんの文字は、とってもめずらしくって、魂の形というよりは、存在のあり方を示しているらしい。洋服を通してでも透けて見えるくらい、身も心も綺麗な人だって。本当にその通りだと思うから、わたしはどうだ! って胸を張っておいた。
 
 〈縁切り状〉を見たときの怖さと、クローゼ子爵家の人たちの文字を見たときの悲しさから、わたしが復活できたのがわかったんだろう。スイシャク様は、もう一度クローゼ子爵家の応接間に視点を戻して、今度は声も届けてくれた。
 
 誰が誰かはわからないけど、全員で言い争いをしていたみたい。最初に聞こえてきたのは、クローゼ子爵よりもちょっとだけ若い、でもよく似た面立ちをした、〈懶惰〉の男の人の声だった。
 
「だから、大切なのはクローゼ子爵家を守ることだと申し上げているんですよ、母上。いつまでも同じことを仰るのなら、部屋に戻られてはいかがですか」
「この母に向かって、よく生意気な口がきけるわね、ナリス。平民の侍女の産んだ子供など、わたくしの孫とは認めません。まして、由緒あるクローゼ子爵家の後継に据えようものなら、わたくしたちは貴族社会の笑い者になりますよ」
「クルトの息子を後継にしようとしまいと、わたしたちはもうすでに笑い者ですよ。近衛の騎士が、一族そろって神去りになったことなど、ルーラ王国千年の歴史の中でも、一度としてなかったんですから。外聞などより大切なのは、この家の爵位と財産ですよ」
「ナリスのいう通りだ。忌々しいが、わたしが当主を続けることは、王家が認めないと宣告されてしまったんです。我々は選べる立場にないのですよ、母上」
「ですから、カリナに婿を取ればいいだけでしょう。そうすれば、クローゼ子爵家の直系の血は守れるのだから」
「一族そろって神去りになった家に、まともな縁談があるものですか。実際、どこから聞きつけたのか、決まっていたはずの婚約も流れたんですからね。ああ、ナリスの息子のどちらかとの縁組など、論外ですよ。神去り同士の婚姻で爵位を継承してくれなどと、願い出るだけ無駄というものです」
「では、他家から養子を迎えて、その者にカリナを添わせればいいでしょう。そうすれば、産まれてくる子は直系になるのだから」
「それも却下されますよ。王家の意向は、すでに成人しているクローゼ子爵家の直系で、神去りになっていない者、ということなのですから。該当者を選定できない場合は、爵位は没収ですよ」
「ああ、本当に、何ということなのかしら。あんな下賤な女の産んだ子に、このクローゼ子爵家を与えるなんて、耐えられないわ」
「まったく、セレント子爵さえ捕まらなければ、神去りをごまかせたかもしれないのに。威張っていたわりに、使えない男だったな。何とか魔法を……」
「黙れ!! ナリス、その名前は口にするな。この家の中であっても、何も話すな」
「いいわよ、お祖母様。わたしがクルト叔父様の息子と結婚してあげるから。名前だけの子爵にして、働かせておけばいいのよ」
「ああ、カリナ。かわいそうに。下賤の子と、可愛いカリナが結婚だなんて、わたくしは認めませんからね」
「カリナ姉上のことより、わたしはどうなるんだ。クルト叔父上の息子ごときに、クローゼ子爵位を取られるなんて、我慢できない。わたしは、この家の嫡男なんだぞ」
「だから、わたしが形だけの結婚をしてあげるから、あなたはその男をこき使ってやればいいじゃないの。わたしが息子を産んだら、早々にクルト叔父様の息子を追い出して、実権を握ったらどう?」
「それは、誰の子を産むつもりなんですか、カリナ。あなたの遊びが過ぎたのも、神去りの原因なんじゃありませんか」
「何ですって! 従兄弟ごときが口出ししないで。あなただって、嫌がる女を……」
 
 言い争いの内容に驚いて、わたしの頭が真っ白になったところで、ふいに会話が聞こえなくなった。これ以上、卑しい言葉を聞かせると、わたしの教育上悪いからって、スイシャク様が遮断してくれたんだ。少女の教育に気を配る雀って、何かすごいな。
 
 スイシャク様は、乳白色の光を薄くして、ゆっくりとわたしとのつながりを解いていった。気がつくと、わたしは家の応接間に戻っていて、スイシャク様を抱っこしたまま、呆然と皆んなの顔を見ていたんだ。
 わたしの家族も、フェルトさんたちも、皆んな心配そうにわたしを見つめている。愛情に溢れた優しい顔。嫌味をいう人もいないし、汚れた言葉を使う人もいない。スイシャク様がいってくれたみたいに、わたしは本当に恵まれているんだね。
 ありがたいなって、思わず心の中で手を合わせたら、スイシャク様が、ふすーっっ、ふすーっって、勢いよく鼻息を吐いて、ふっくふくに膨らんだ。良くできました、いい子だねって。スイシャク様ってば、わたしの保護者みたいだよね。
 
 ともかく、クローゼ子爵家の雰囲気はわかったし、あの人たちの考えていることもわかったと思う。お父さんたちと今後のことを相談して……って、ここまで考えてから、わたしはパカンと口を開けた。  
 
 え? 待って、待って。ナリスって呼ばれていた〈懶惰〉の男の人は、誰の名前をいってたっけ? 聞き間違いじゃなければ、〈セレント子爵〉っていったよね。それって、わたしがネイラ様と出会った、あの誘拐事件のときの〈シャルル・ド・セレント子爵〉じゃないの? 
 
 最悪。クローゼ子爵家、子供たちの誘拐事件にも関わっているかもしれないよ!
 
     ◆
 
 シャルル・ド・セレント子爵は、アイギス王国から派遣されてきた外交官だった。わたしの最初の冒険は、街の子供たちがさらわれて、羅針盤の神霊さんのお力で追跡することだったんだけど、そのときの犯人だったのがセレント子爵だ。
 外交官特権だとか転移魔術だとかで、もう少しで逃げられそうになりながら、結局はちゃんと捕まえられた。王国騎士団長のネイラ様が、力を貸してくれたおかげだった。
 
 セレント子爵は、今、ルーラ王国のどこかに幽閉されて、取り調べを受けているんだと思う。アイギス王国に連れて行かれて、行方のわからなくなっている子供たちが、まだ二十人は残されているからね。
 ネイラ様の手紙には、セレント子爵のことなんて一行も書いていないけど、わたしが聞いてもいい時期がきたら、きっと教えてくれるだろう。誰にいわれなくても、わたしはそう思っているんだ。
 
 そのセレント子爵、ルーラ王国にとって大罪人である人と関わっているとしたら、本当に大変なことになる。一応、血がつながっているんだから、フェルトさんが罪に問われる可能性だって、絶対にないとは言い切れないよ。
 
 わたしは、お父さんたちに、慌てて説明しようとした。
 
「お父さん、どうしよう。もしかすると、困ったことになるかもしれないよ。あのね……」
 
 お父さんは、少しだけ右手を上げて、わたしの話をさえぎった。わたしが興奮しすぎたとき、たまに出される〈待て〉のポーズだ。何となく犬になった気がするけど、大好きなお父さんだから、わたしはピタッと口を閉じた。もう条件反射だね、これは。
 
「大丈夫だ、チェルニ。わかってるから。おまえな、クローゼ子爵家の様子とか、会話の内容とか、ずっとぶつぶつ話し続けていたんだぞ。覚えているか?」
「まったく覚えてない。というか、そんなこと、したつもりもないよ、お父さん」
「おまえは、そうなんだろうな。しかし、俺たちにはちゃんと聞こえていたから、内容はわかっているんだよ。ありがとうな、チェルニ」
 
 そういうお父さんは、何だか変だった。お母さんやアリアナお姉ちゃんを見ても、お父さんと同じように変だった。寂しくて、切なくて、でも嬉しい……そんな顔に見えた。どうして?
 慌てて理由を聞こうとしたら、腕の中にいるスイシャク様から、優しいメッセージが流れてきた。皆んなは、わたしの成長を目の当たりにして、少し寂しい気持ちになっているだけだから、心配はないよって。子供が大人に近づくときは、必ず起こることなんだよって。
 
 ほんのちょっと、本当かな? って疑問に思う気持ちもあったけど、あんまりこだわらないようにしよう。もし、スイシャク様が何かを隠していたとしても、それはわたしのために必要なことに決まっているんだ。
 神霊さんのお力を借りる以上、委ねるべきところは委ねよう。お互いの信頼関係がなくて、対価と交換に助けてもらうだけなんて、それこそ寂しいしね。
 わたしが、そう思っていたら、スイシャク様は、謎の鼻息を漏らした。ふふふっっっす、ふふふっっっす、って。よくわからないけど、すごくご機嫌みたいだから、別にいいか。
 
 ともかく、今はクローゼ子爵家のことだ。わたしは元気よく、お父さんに向かって手を上げた。
 
「はい! はい!」
「何だ、チェルニ。いってみろ」
 
 お父さんは、もういつものお父さんに戻っていて、目で笑いながら、話を振ってくれた。
 
「クローゼ子爵家の人たちが、子供たちの誘拐に関わっていたりしたら、大変なことになるよ。フェルトさんは無関係なんだって、しっかりとわかってもらうように、手を打つべきだと思います!」  
「ああ。おまえのいう通りだ。よくわかったな、チェルニ。アリアナとフェルトの身の安全が第一だが、フェルトの名誉も重大だ。どうしたらいい、ヴィド?」
 
 そういって、お父さんは総隊長さんに尋ねた。総隊長さん、ヴィドールさんっていう名前だったもんね。愛称で呼ぶなんて、本当に仲良くなったんだね、二人とも。
 総隊長さんは、むずかしい顔をして、重々しい声でいった。
 
「セレント子爵の事件は、ルーラ王国的には外患誘致罪に該当する可能性が高いと思う。アイギス王国に対して、王家が〈解決できなければ開戦〉だと宣言したからな。王国法の規定の通りなら、外患誘致罪の犯人は例外なく死刑。一族郎党についても、死刑か収監、もっとも軽くて一定期間以上の公民権剥奪だ。その罪を逃れるのは、簡単なことじゃない」
 
 怖っ! 総隊長さんの説明に、わたしたちは真っ青になった。予想していたよりも、もっと深刻だよ。公民権の剥奪って、公的な仕事にも就けないし、結婚もできないんじゃなかったっけ? わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんは、どうなるのさ?
 
 フェルトさんのお母さんは、わたしが見てもわかるくらい震えながら、総隊長さんに懇願した。
 
「何とか、何とかならないのですか? 一族だなんて、フェルトは認知すらされていないんですよ。クローゼ子爵家のために、この子が罪に問われるなんて、あまりにも理不尽ではなりませんか」
「わかってるよ、サリーナさん。俺も、まったく同じ気持ちだ。しかし、大逆罪、内乱罪、外患誘致罪の三罪だけは、血のつながりがある限り、処罰の対象になるんだよ。ルーラ王国だけじゃない。どの国でも同じことだ。フェルトの場合、事情が事情だから、目こぼしをしてもらえる可能性が高いとは思うが、クローゼ子爵家と何らかのつながりがあると判断されたら、むずかしくなるかもしれない」
「そんな……」
 
 フェルトさんのお母さんは、そういって言葉をつまらせ、綺麗な紅茶色の瞳から涙をこぼした。横に座っていたフェルトさんは、お母さんの背中をなでてあげながら、きっぱりと宣言した。
 
「皆さん、俺のことでご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません。万が一、俺が公民権を剥奪されたら、即座にアリアナさんの前から消え失せます。でも、どうか、それまでは側にいさせてください。最悪の事態を回避できるように、やれるだけのことをやります」
 
 フェルトさんに答えたのは、やっぱりお父さんだった。お父さんは、厳しくて引き締まった顔をしていたけど、フェルトさんに話す声は優しかった。
 
「心配するな、フェルト。おまえはもう、俺の息子だ。最悪の場合でも、うちで働いてくれればいい。アリアナは、きっと何年でも待つさ。それよりも、今は、降りかかる火の粉を払うことを考えよう。そうだな、ヴィド?」
「ああ、そうだ。さっき俺が話したのは、原則論だからな。俺たちができる範囲で、根回しをしておこう。御神霊とチェルニちゃんが教えてくれた情報は、普通なら絶対にわからないものだからな。今なら先手が打てるはずだ」
「まず第一に、クローゼ子爵家とつながりを作らないことだな。どうすればいいと思う、ローズ?」
 
 ローズっていうのは、うちのお母さんの名前だ。薔薇の神霊術を使うローズって、すごく可愛いよね。大好きなお母さんに、本当にぴったりだ
 豪腕のお母さんは、とにかく先を読むのが得意だから、お父さんはいつも意見を聞いているみたい。お母さんは、ちょっと目を細めて考えてから、テキパキと話し始めた。
 
「あなたのおっしゃる通り、クローゼ子爵家とのつながりを断つのが一番だと思うわ。関係を持たないっていうだけじゃなく、向こうが一度でも接触してきた時点で、こちらから積極的に動くべきね」
「手があるのか、ローズ?」
「養子縁組と婚姻について、不受理申し立て制度を使いましょうよ。フェルトさんの意思を無視して、勝手に養子縁組をしたり、カリナとかいう人と婚姻届を出されたりしないように、あらかじめ王都の法理院に申し立てをしておくの。今後、養子縁組や婚姻の届けが出されても、自分は了承していないので、受理しないでくださいってね。申立書の理由欄に、〈クローゼ子爵家とは一切の交流がなく、血縁かどうかもわからない〉って書いておけば、かなり有利だと思うわ」
「確かに。チェルニの教えてくれた話からすると、勝手に婚姻届くらいは出しそうな相手だからな。どうだ、フェルト?」
「さすがです、ローズさん。いえ、お母さん。もちろん、すぐにそうします」
 
 ここで、ずっと黙って聞いていたアリアナお姉ちゃんが、そっと手を上げた。真っ白で細くって、爪が桜貝みたいに可憐な手だよ。
 
「はい。お父さん、お話してもいいですか?」
「当然だ。おまえも当事者だからな。何でもいってくれ、アリアナ」
「考えたんですが、不受理の申し立てと合わせて、フェルトさんがこの件に関して功績を上げた方がいいんと思うんです。そうすれば、王家や法理院の温情を得やすいはずですから」
「具体的な案はあるのか、アリアナ」
「はい。クローゼ子爵家とセレント子爵がつながっている可能性があるのなら、フェルトさんの手で、先にクローゼ子爵家を王家に告発したらどうでしょうか」
 
 お姉ちゃんの言葉に、わたしたちは皆んな、パキッと固まった。腕の中のスイシャク様まで、ふっっっすっ?! ってむせこんでるよ。小首を傾げて、優しく微笑むアリアナお姉ちゃんは、内心ではずっと激怒してたんだね。
 
 我が姉ながら、ちょっと怖いよ、お姉ちゃん……。