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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 77通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 混乱だとか反省だとか謝罪だとか、暗めの話ばかり書いてしまいましたので、この手紙は、気楽な感じの内容にしたいと思います。何かっていうと、今日、〈花と夢の乙女たち〉から、大量の荷物が届けられたんですよ。

 王都でも人気の服飾店である〈花と夢の乙女たち〉については、以前の手紙で、書いたことがあったと思います。うちのお母さんの好きなデザイナーさんが経営していて、王都の少女たちに大人気で、とにかく可愛らしい洋服ばっかり置いてある店なんです。
 お店の中に飾ってあるのは、レースとフリルと刺繍ししゅうとビーズがいっぱいで、白やピンク色や黄色や水色が多用された、ひたすら可愛いドレスの数々……。お母さんは、瞳を輝かせて見入っていましたが、わたしとアリアナお姉ちゃんは、実は、ちょっとだけ苦手です。あまりにも派手だし、容赦ようしゃなく可愛らし過ぎますから。年頃の少女って、実は大人っぽいドレスを着たいものなんですよ、ネイラ様。

 その〈花と夢の乙女たち〉から、大量の荷物が届けられた原因は、もちろん、うちのお母さんにあります。お母さんってば、アリアナお姉ちゃんの〈婚約時代用〉にって、お姉ちゃんにも内緒で、たくさんのドレスを注文していたそうなんてす。(嫁入り道具としてのドレスならわかりますが、〈婚約時代用〉って、わりと斬新ですよね。お母さんによると、〈可愛いドレスを着て、婚約時代を楽しんでほしい〉んですって)
 アリアナお姉ちゃんのドレスは、十五着くらいあったと思います。おまけに、わたしとお母さんのドレスが、それぞれ五着ずつ……。運び込まれた箱の多さに、わたしの口は、開きっぱなしになっちゃいましたよ。

 アリアナお姉ちゃんは、〈こんなにたくさん……〉っていったきり、しばらく沈黙しちゃいました。きっと、ドレスの数に驚いて、お母さんに申し訳ない気がしたんでしょうね。フリルとレースの量にびっくりした……わけじゃないと思います、多分。
 秋の空みたいにえとした水色のドレスには、襟元えりもとと胸元に純白のレースがあしらわれ、すそからは、たっぷりの白いチュールレースがのぞいていました。光沢のある葡萄色のドレスは、上から薄紫のレースのオーバースカートを合わせるデザインでした。深い緑色のドレスには、クリーム色の絹に真珠をあしらった花が、いくつも縫いつけられていました。ふわふわのカシミアのコートは、雪みたいに白くて、薔薇色のリボンで結ぶようになっていました。一言でいうと、とにかく、めちゃくちゃに可愛いくて、目立つドレスばっかりだったんです……。

 お母さんに押し切られて、次々に着替えをしたアリアナお姉ちゃんは、それはもう、ため息しか出ないくらい綺麗でした。どんなに豪華で派手なドレスでも、〈着負きまけ〉することはないし、アリアナお姉ちゃんが袖を通した瞬間から、可憐で上品で優雅になっちゃうんですよ。美しいって、すごい力なんですね。
 わたしも、アリアナお姉ちゃんとお母さんに勧められて、買ってもらったドレスを着てみました。柔らかなクリーム色のドレスの上に、薔薇色のオーバードレスを重ねるデザインの、フリルとレースだけのものなんて、可愛くて可愛くて、着ていて落ち着かないったらありません。新しいドレスはうれしいし、〈花と夢の乙女たち〉のデザインは、やっぱり素敵なんですけど、着るにはなかなかの勇気が必要なようです。

 考えてみれば、男性であるネイラ様には、わたしたちのドレスの話なんて、退屈だったかもしれませんね。すみません。次の手紙は、もう少し気のいた内容にしますので、お許しください。
 ということで、また、次の手紙で会いましょうね。

     自分が着るんじゃなければ、レースもフリルもリボンも大好きな、チェルニ・カペラより

追伸/
 ネイラ様は、普段はどんな服装なんですか? 王国騎士団に出勤するときは、団の制服なんですよね? 鏡を通して見た、あの漆黒しっこくの制服は、ものすごくカッコよかったです。襟元の銀色の星の刺繍ししゅうって、何か意味があるんですか?

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リボンもフリルもチュールレースも似合うに違いない、チェルニ・カペラ様

 宛名あてなを書いたところで、少し考え込んでしまいました。深刻なことではないのですが、わたしは、きみが書いてくれた手紙の内容を、正確には把握していないのだと、気づいたからです。
 リボンは、わたしにもわかります。フリルとは、布地を寄せ集めて作った、ひだのことだったでしょうか。チュールレースは、恐らくレースと呼ばれるものの一種ではないかと想像されますが、はっきりとした答はわかりません。この手紙を書いたら、副官であるマルティノかブルーノにでも、たずねてみようと思います。彼らも、婦女子の服装にはうとい可能性があるものの、わたしよりは詳しいでしょう。

 お察しの通り、わたしは、女性の服装に関心を持ったことはなく、その場に相応ふさわしいものであれば、何を着ていても気にめません。より正確にいうなら、単なる情報としてしか、目に入ってこないのです。
 母などは、夜会で着飾ったときでも、わたしが何もいわないものですから、すっかり諦めているそうです。わたしからすれば、その分、父が賛辞さんじていするのですから、構わないと思うのですが。

 そんなわたしでも、きみの手紙に書かれていたドレスの話は、とても楽しく読ませてもらいました。派手なドレスであっても、きみが着ていれば、きっと清楚で可憐で愛らしいのでしょう。微笑ましいことです。

 ちなみに、王国騎士団の制服の襟元にある、銀糸の星の刺繍ししゅうは、ルーラ王国の持つ戦力を意味しています。近衛騎士団と王国騎士団、各地の守備隊、地方領主の領軍、さらに必要に応じて召集される可能性のある国民兵です。
 一つの軍に対して一つ、指揮権を持つ者の襟に、銀の星が刺繍されます。大きな星は、統帥権とうすいけんと呼ばれる最高指揮権。小さな星は、統帥者の代行となり得る、非常時指揮権の象徴なのです。現在は、わたしが、五軍全ての統帥権を持っていますので、わたしの団服には、大きな星が五つ刺繍されているのです。

 普段のわたしの服装は、正直なところ、よくわかりません。母や女官にょかんによって用意されたものを、そのまま身につけているからです。ときには、パヴェルが選んでくれたりもしますが、いずれにしろ、わたしが抵抗なく着られるような、落ち着きのある服装を選別してくれているようです。

 きみとの文通であれば、服装の話であっても、興味深くやり取りができるのだと知り、少し不思議な気がしています。結局のところ、服装とは、何を着るかよりも、誰が着るかの方が、より重要なのでしょう。

 では、また、次の手紙で会いましょう。冷たい風に当たって、風邪などひかないように、気をつけてくださいね。

     王国騎士団の制服は、非常に着やすくて便利だと思っている、レフ・ティルグ・ネイラ