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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 15通目

レフ・ティルグ・ネイラ様
 
 ネイラ様ってば、あの素晴らしい書店のご主人と、親しいお知り合いなんですね! ご迷惑でないのなら、ぜひ一度、お会いしたいです。
 あんなに巨大なのに、本が好きで好きで仕方がない人が作っているお店だって、ひと目でわかりますからね。いろいろな本について、お話を聞かせてもらえるんじゃないかって、今から楽しみです。(わたし、同世代の友達は少ないんですけど、おじいちゃんたちには、いつもとっても可愛がってもらえるので、多分、嫌われないと思います)
 
 それにしても、蔵書が五十万冊なんて、気が遠くなりますね。一日に三冊読んだら、十日で三十冊、百日で三百冊。一年中本を読んでいたとして、一年間に千冊も読めたら最高ですよね? その速度で、五十万冊を読破するのにかかる時間は……五百年!?
 計算してみて、あまりにもすごい数字に、頭がくらくらしてしまいました。できるだけたくさんの本を読みたいけど、気に入った本は何回も何回も読みたいし。勉強だって、家のお手伝いだって、ちゃんとしないといけないから、実際には、一日に三冊読むのは無理だと思うんです。
 世の中には、星の数くらいたくさんの本があるのに、読むことができるのは、ほんのひと握りなんですね。少し悲しいような気もしますが、その分だけ、お気に入りの本に巡り合えた喜びは、大きいものになるんでしょうね。
 
 今、思いついたんですけど、あの素敵な書店のご主人が、本を司る神霊さんに印をもらったということは、ひょっとすると、速く本を読んだりもできるんでしょうか? 普通の人だったら、一日に平均三冊が限界だったとして、ご主人は十冊とか二十冊とか百冊とか、軽く読めちゃったりするんでしょうか? そうだとしたら、何てすごいことなんでしょう。
 読書家の端くれとしては、本を司る神霊さんについて、興味津々きょうみしんしんです。もしも、失礼なことでないのなら、いろいろと教えていただけると嬉しいです。
 
 そして、大好きな〈騎士と執事の物語〉が、ネイラ様の愛読書でもあったなんて、本当に感激です。同じ本を好きな人同士って、特別な感じがしませんか? それだけで、親友の一人になれたみたいな……。まあ、あの本は、ルーラ王国の大ベストセラーですから、王国中に親友がいることになっちゃうんですけどね。
 
 愛蔵版が出版されることも、ネイラ様が予約してくれたことも、嬉しくて嬉しくて、ベッドの上をごろごろ転がってしまいました。新装版を読み返しながら、楽しみにお待ちしています。本当に本当に、ありがとうございます!
 
 今朝、わたしたちの〈野ばら亭〉では、いっせいに冬仕様の寝具に替わりました。薄めの上掛け布団に、もう一枚、普通のお布団が追加で用意されるんです。お客さんの中には、暑がりの人も寒がりの人もいるので、本格的な冬になるまでは、自分で調節してもらうようにするのが、〈野ばら亭〉の流儀です。
 倉庫からお布団を出してきて、綿を打ち直して、お日様に干してふかふかにして、カバーを洗い上げて。それからやっと、それぞれの部屋に運び込みます。
 わたしは毎年、神霊術を使ってお手伝いしているので、お布団のお手入れは慣れたものです。こういうことも、〈季節の風物詩〉だって、いっていいですよね?
 
 きょうのおやつは、栗をいっぱい使ったケーキだって、お父さんが教えてくれました。黄色く着色したマロンクリームじゃなくて、本物の栗の香りのする、素朴でおいしいケーキです。食べ物で季節を感じるって、とっても幸せなことだって、しみじみと思います。
 
 では、また。次の手紙で、お会いしましょう!
 
 
     愛蔵版のお返しをどうしたらいいか悩んでいる、チェルニ・カペラより 
 
 
 
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鋭い着眼点を持っている、チェルニ・カペラ様
 
 いつものことながら、きみの洞察力は、とても素晴らしいですね。きみが予測した通り、王都一の巨大書店の主人は、本を司る神霊に印を与えられたことによって、凄まじい速度で本を読んでしまえるのだそうです。
 
 店主が、過去に何度か実験したところによると、速読の神霊術を連続で行使する場合、三時間程度が限界値だそうです。その間に読める量は、最大で百冊程度だとか。対価さえ別に用意すれば、一日のうちに複数回は術を行使できるので、過去最高で一日に四百冊を読破したと聞いています。
 この速読の神霊術を、店主は週に五日、一日に一度の割合で使っています。単純に計算すると、一週間に五百冊、年間で二万五千冊程度となります。常人には到底考えられない、とてつもない量ですね。
 
 一方、この店主が面白いのは、自分が好んで読もうとする本に関しては、決して速読の神霊術を使わないところです。王都一の書店の主人として、速読術を使って、新刊には全て目を通す。その代わり、それ以外の自由時間には、好きな本だけを、ゆっくりゆっくり、自分の目で読んでいくのです。
 店主の気持ちは、読書家には共感できるものだと思います。子供のとき、感動に胸を熱くした〈騎士と執事の物語〉にしても、一枚一枚、宝箱を開けるような気持ちでページをめくったからこそ、今も鮮明に記憶に残っているのではないでしょうか。
 
 そして、もう一つ。本を熱愛する店主は、本を司る神霊から、素晴らしい力を与えられています。秘密ではないのですが、店主はきっと、自分できみに話したいと望むでしょうから、わたしは口を閉じておきますね。
 王都に暮らすようになったら、早速、面会を手配しましょう。きみの期待を裏切らない話が聞けると思いますので、期待して待っていてください。
 
 秋といえば、昨日、わたしの補佐をしてくれている副官の一人が、大きなかご一杯に栗を入れてきて、騎士団の皆に配っていました。彼の母君は、数種類の果樹を司る神霊から、それぞれ印を授かっており、屋敷の庭中に果樹を植えているのです。
 りんご、栗、桃、蜜柑みかん、キウイ、ブルーベリー。そして、きみの美しい髪の色を思わせる、桜の花が散った後には、可愛らしいさくらんぼが実をつけるのだそうです。きみの〈野ばら亭〉の、マロンケーキの話を読んで、そのことを思い出しました。
 
 では、また。次の手紙で会いましょうね。
 
 
     前回の手紙から、きみと交わす約束事を考え続けている、レフ・ティルグ・ネイラ
 

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