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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 59通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 すごく怖いです、ネイラ様……。

 何がっていうと、前回の手紙でネイラ様が書いてくれた、けがれた魂が、やがては黒い〈ちりになる〉っていう話です。〈鬼成きなり〉になるほどの情念のないまま、穢れ続けた魂は、いつか粉微塵こなみじんに砕け散り、大気に漂って、人の心に沈澱ちんでんするって……。
 さらりと教えてくれましたけど、これって、あまりにも怖すぎますよ、ネイラ様! 学校の授業でも習わなかったし、誰も教えてくれませんでしたけど、めちゃくちゃに怖い話じゃないですか!

 ネイラ様の手紙を読んで、すぐに思い出した光景があります。クローゼ子爵家に利用されていた使者AとBのこと、覚えていますか? クローゼ子爵に命令されて、悪い人たちのところにお使いに行かされていた、あの使者AとBです。
 わたしたちを殺すようにっていう依頼文を、悪人たちに渡したAとBは、帰りの馬車の中で、命がけでわたしたちを守るんだって、宣言してくれました。(正確にいうと、使者Bが、一目惚れしちゃったルルナお姉さんを傷つけないようにって決意して、使者Aが賛成したんですけど)

 使者Bは、ルルナお姉さんの名前を出して、〈頼みもしないのに、自分の飯をくれるような女を、傷つけてたまるか!〉って、叩きつけるみたいな勢いで宣言しました。その瞬間、使者Bの身体から、黒い塵が弾き出されて舞い上ったんです。ぶわって!
 あの黒い塵って、魂の穢れなんじゃないかって、予想はしていました。偵察のついでに、〈野ばら亭〉のご飯を食べたAとBの身体から、ほんの少しずつ、黒いものが落ちていくのも目にしていました。でも、その穢れが、もともと人の魂だったものだなんて、想像もしていませんでしたよ……。

 心に穢れを溜めている人って、悪い人たちの魂を、自分の身体の中に取り込んでいるっていうことですよね? それって、誰かに取りかれたわけじゃないんですか? ネイラ様の手紙には、記憶や人格を失って塵になるって書いてありましたけど、人の魂だったことには、変わりないですよね?
 正直、怖すぎるし、それ以上に気持ち悪いです。わたしは、わりと清く正しく生きているつもりですけど、大好きなアリアナお姉ちゃんほど、性格の良い少女ではないので、万が一にも黒い塵を寄せ付つないように、しっかりと生きていこうと思います。

 それから、小雀ちゃんのことを教えてくれて、ありがとうございます。小雀ちゃんてば、スイシャク様に守ってもらえなかったら、命の危険もあったんですね。小雀ちゃんを守ってくれたスイシャク様にも、頑張ってくれた小雀ちゃんにも、感謝しかありません。
 アリアナお姉ちゃんにも、そのことは伝えました。お姉ちゃんは、エメラルドみたいに綺麗な瞳をうるませて、小雀ちゃんにお礼をいっていました。小雀ちゃんは、ふすっふすって、小さな鼻息を吹いて、喜んでくれていました。わたしも、小雀ちゃんとは〈眷属けんぞく仲間〉になったことですから、今後とも仲良くしていきたいと思います。

 では、また、次の手紙で会いましょうね!

     ある意味、〈鬼成り〉の蛇より黒い塵の方が怖いと思う、チェルニ・カペラより

追伸/
 ベーコンと魚の燻製を、おいしく食べてもらえて、うちのお父さんもすごく喜んでいます。今回、お送りしたのは、海のお魚の燻製だったんですけど、次回は川魚の燻製も用意してくれるそうです。ほんの少し苦味のある川魚もあって、それがまたおいしいんですよ。わたしも大人になったら、燻製でお酒を飲んでみたいです。

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黒い塵など寄せつけるはずもない、強い魂を持っている、チェルニ・カペラ様

 わたしの手紙で、きみを怖がらせてしまったのですね。いつかは知らせるべき話だったとしても、もう少し伝え方を考えるべきでした。これだから、〈アマツ様〉にも〈野暮やぼ〉だといわれてしまうのでしょう。反省し、繰り返さないように注意します。申し訳ありませんでした。

 黒い塵の話は、あまり世間には知られていません。絶対的な秘密というわけではなく、神霊庁の神職たちには、教育課程の中で教えているようですが、神職以外の人々に対して、進んで開示する情報ではないのです。
 黒い塵は、強い神霊術を使える人にしか見えません。いったん人の魂に沈殿してしまった塵は、その人自身の魂の輝きでしかはらえないため、目にする機会も多くありません。つまり、簡単に実証することのできないものだけに、大々的に喧伝けんでんしにくいのでしょう。

 正直にいうと、わたしは、黒い塵に対する恐怖と嫌悪感など、まったく理解していませんでした。もとは人の魂だったとしても、記憶と人格を失った時点で、神世かみのよではただの〈物質〉として扱われるからです。
 また、魂に穢れを宿した者は、決して少なくはありませんので、無意識のうちに無視する癖がついているのかもしれません。貴族社会には、黒い塵におおわれた者など、めずらしくもありませんでしたし。 

 数多あまたの神霊は、黒い塵を嫌い、魂の穢れが目にあまる者からは、印を剥奪はくだつしようとします。〈神去かんさり〉の理由は一つではありませんが、黒い塵の蓄積は、その代表的なものだといっていいでしょう。
 きみが黒い塵を恐れたのは、人の子としての意識、嫌悪感を抱いたのは、神の眷属としての意識なのかもしれませんね。いずれにしろ、きみやご家族に近づける塵などありませんので、そこは安心してくださいね。

 そうそう。前回の手紙に、書くのを失念していました。きみの大好きなアリアナ嬢は、もう小雀に名前をつけたのでしょうか。もし、まだなのであれば、名前をつけるように勧めてください。
 神霊や、神霊に連なる者にとって、名は大きな意味を持っています。心を込めてつけた名は、アリアナ嬢と小雀との、良きよすがとなるでしょう。

 では、今日はこのあたりで。また、次の手紙で会いましょうね。

     今回も、〈アマツ様〉に無神経だと叱られてしまった、レフ・ティルグ・ネイラ

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