連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 78通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
わたしが聞いちゃっても、良い話なのかどうか、かなり疑問なのですが、思い切って書いてしまいます。もし、差し障りがあるようなら、そう教えてください。すっぱりと割り切って、考えないようにしますので。
わたしが気になっているのは、前回の手紙で、ネイラ様が〈一つ一つが統帥権を意味する〉って教えてくれた、星の刺繍のことなんです。王国騎士団の漆黒の団服の襟元に、銀色の糸で星が刺繍されているのは、ものすごくカッコいいんですけど……本当に素敵だったんですけど……あれって、大丈夫なんでしょうか?
統帥権っていう言葉は、歴史小説で見た記憶があります。改めて調べてみると、〈軍隊の最高指揮権〉で、〈国家元首が掌握するのが通例〉だそうです。ルーラ王国の場合だと、元首は国王陛下だから、本来は、陛下が持っているはずの指揮権なんじゃないでしょうか?
わたしは、ネイラ様に出会ってから、王国騎士団に興味を持ちました。ルーラ王国の王国騎士団といえば、もともとルーラ王国民の誇りではあるんですけど、ネイラ様に助けてもらって、文通してもらって、友達だっていってもらって、もっともっと王国騎士団のことを知りたいと思ったんです。
何冊も本を読んで、新聞記事や雑誌にも目を通して、わたしは、十四歳の平民の少女としては、かなり王国騎士団の組織編成に詳しくなっています。それこそ、ネイラ様の団服に、五つも銀の星があることが、〈異常事態〉だってわかるくらいに。
いつも行く大きな本屋さんで、ご主人に推薦してもらった、王国騎士団の組織編成に関する本は、今ではわたしの愛読書の一冊です。そこには、〈王国騎士団の統帥権は、国王陛下が保持しておられる。有事の際には、王国騎士団の団長は、この統帥権を陛下より貸し与えられ、一時的に統帥権保持者となる〉って書いてありました。注釈として、〈王都守備隊の統帥権についても、一時的に王国騎士団長が保持者となる場合がある〉とも、書いてありました。
これって、逆にいうと、王国騎士団の団長は、最高でも二つの統帥権を、陛下から〈貸し与えられる〉っていう意味ですよね? それなのに、わたしが鏡越しに見た、ネイラ様の銀の星は五つ。ネイラ様が、統帥権を持っているって教えてくれたのも、王国騎士団、近衛騎士団、各地の守備隊、地方領主の領軍、必要に応じて召集される国民兵の五つ……。わたしが疑問を持つには、十分な状況だと思うんです。
クローゼ子爵家の事件や、〈神託の巫〉の宣旨の影響で、わたしは、大人の政治の世界っていうものを、少しだけのぞき見してしまいました。王城っていう、政治の中心ともいえる場所にいるネイラ様なら、わたしなんかとは比べ物にならないくらい、権力闘争っていうものにさらされているんじゃないでしょうか。
ルーラ王国にある、すべての統率権を持っているっていうことは、武力として国の頂点に立っているのは、ネイラ様だっていうことになりかねません。だとしたら、力を持ちすぎたネイラ様が、危険な目に遭うんじゃないかって、わたしは、それが心配で仕方ないんです。
ここまで書いて、自分でも呆れてしまいました。失礼っていうか、余計なお世話っていうか、かなり生意気な手紙になっちゃってますね。しかも、なぜか重苦しい感じを出しているし。本当に、すみません。
次こそは、明るい内容にしますので、またお会いしましょうね。
ネイラ様が心配で、ちょっとだけ情緒不安定になった、チェルニ・カペラより
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常にわたしの心を温かくしてくれる、チェルニ・カペラ様
分かってはいたことですが、きみという人は、実に勘が良く、聡明でもありますね。わたしの襟元の銀の星が、ルーラ王国の歪みを体現していると、わずかな情報だけで見抜いてしまうのですから。お世辞抜きに、とても感心しました。
きみの鋭い指摘の通り、わたし一人が、五軍の統帥権を持つ現状は、明らかな〈異常事態〉です。まして、戦時下に〈貸し与えられる〉のではなく、平時から有している権利なのですから。
遠い過去のルーラ王国では、王国騎士団が王都を離れて出陣する際にのみ、陛下から統帥権を貸し与えられていました。その証として、軍服に銀糸の星が刺繍されるのは同じですが、場所は胸元と決まっており、大きな一つ星だったとか。出陣が終わったら、即座に軍服から星の刺繍が切り取られ、最大の褒賞として、王国騎士団長に下賜されたそうです。
わたしの持つ星は、そうした非日常的なものではなく、邪魔にならない小さな刺繍でありながら、常に五つが並んでいます。統帥権は、国家の最高権力といえるものですので、一部の派閥の貴族たちが反発しているのも、当然のことでしょう。
すべては、わたしが〈神威の覡〉であり、八百万の神々が、何人たりとも、わたしの上に立つことを許さないからに他なりません。わたし自身は、別にかまわないのですけれど。
それにしても、きみに心配してもらうというのは、とても新鮮な喜びでした。わたしの周りにいる者たちは、対立派閥の貴族たちを疎ましいと思いこそすれ、わたしを案じたりはしないからです。
副官のマルティノのように、すぐに敵対勢力を〈殲滅〉しようとする者ばかりで、それが当たり前になっている中、わたしを案じてくれる、きみの健気さに、心が温かくなりました。本当にありがとう。
きっと今夜は、何度も何度も、きみの手紙を読み返すことでしょう。次の手紙で、きみに会える瞬間が、いっそう楽しみです。では、また。
せめて近衛騎士団の統帥権だけは、放棄したいと思っていた、レフ・ティルグ・ネイラ