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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 83通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 今夜は、キュレルの街の家で、この手紙を書いています。王都の家も気に入っているんですが、いざ生まれ育った家に戻ってくると、やっぱり安心しますね。キュレルの街の夜空にも、美しい月と星が輝いていて……ただ、王都で見た月と比べると、ほんの少しだけ、寂しいものに思えるのは、ネイラ様と遠くなったからかもしれません。

 自分では意識しなくても、それなりに疲れていたようで、家に帰ってきた途端、大きなため息をいちゃいました。それは、お父さんやお母さん、アリアナお姉ちゃんも同じで、全員が顔を見合わせて、苦笑いを浮かべました。
 それで、晩ご飯も、簡単なものが良いねっていう話になって、〈野ばら亭〉から届けてもらいました。籐籠とうかごに盛った焼き立てパンと、野菜いっぱいの鶏肉のシチュー。小さめに野菜を切り揃えたサラダは、しゃりしゃりと新鮮でした。王都では、ご馳走ちそうばっかり食べていたので、こういう料理を食べると、何だかほっとしますね。(家の向かいが食堂だと、本当に便利です。お父さんの料理には及ばないけど、腕利きの料理人さんばっかりの〈野ばら亭〉は、簡素なメニューでも、ものすごくおいしいんです)

 ゆっくりとお風呂に入って、ちょっとだけ本を読んで……今は、寝る前にこの手紙を書いています。膝の上にはスイシャク様がいて、ふすっふすって、可愛い鼻息をらしながら、上機嫌に膨らんでいます。
 アマツ様は、いつも通り肩の上なんですけど、今日の体勢は、ちょっとおもしろいです。ぐてっと身体を伸ばして、肩にかかったタオルみたいに、ひっかかっているんですよ。アマツ様からは、〈が心情をあらわしたる〉っていう、笑いを含んだイメージが送られてきたので、つまりはそういうことなんでしょう。

 スイシャク様もアマツ様も、世にも尊い神霊さんたちで、体温や体重なんて、あるはずがないのに、わたしの膝と肩は、ほんのりと暖かくて、それなりの重さを感じています。これもまた、二柱ふたはしらの優しさなのかもしれませんね。だって、わたし、いつの間にか、すっかりやされちゃっているんですから。
 柔らかな羽毛の感触と微かな吐息といき、寄り添う体温、心地良い重み、親密な気配……人の疲れを取ってくれるのって、案外、こういう触れ合いなんじゃないのかなって、改めて実感しています。

 ネイラ様は、きっと毎日忙しくて、わたしには想像もつかないような、重圧にさらされているんですよね? 疲れたなって、思ったりしませんか? ネイラ様は、どんなときに癒されますか? もし良かったら、教えてください。
 コンラッド猊下げいかから、〈神託しんたく〉の宣旨せんじを受けたからっていって、十四歳の少女に過ぎないわたしに、できることは多くないとは思いますが、ほんの少しでも役に立って、ネイラ様の疲労を軽減することができるんだったら、とってもうれしいです。
 
 今日は、このあたりで終わりにして、ゆっくり休もうと思います。明日からは、元気いっぱいのチェルニ・カペラに戻りますので、また次の手紙で会いましょうね。

     神霊庁って、やっぱり疲れる場所だと思ってしまった、チェルニ・カペラより

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やがて、神霊の存在に癒やされるということの意味を知るであろう、チェルニ・カペラ様

 ペンを取り、宛名を書いたところで、少し考えてしまいました。今の書き方だと、きみを不安にさせてしまうかもしれませんね。もちろん、悪い意味ではありません。きみは、神霊に近しく接しながら、優しい、癒やされるというのだと、微笑ましく思ったのです。

 人は、神霊をの当たりにしたとき、無意識におそれ、敬わずにはいられないものです。神威しんいとは、それほど重く、圧倒的で、好むと好まざるとにかかわらず、人の魂を萎縮させてしまうのです。
 〈スイシャク様〉や〈アマツ様〉ほど高位の神になると、神威も自由自在であり、人の子の負担にならない形で、顕現けんげんすることもできます。それでも、常に側にいて、それに耐えられるばかりか、安らかに癒やされているのは、きみが特別な存在であるからこそでしょう。神の眷属けんぞくと呼べるのは、ルーラ王国千年の歴史の中でも、きみだけなのですから。

 きみが、わたしを案じてくれること、とてもうれしく思います。わたしは、肉体的に疲労したという経験は、ほとんどありません。夜は眠りますし、時間になれば食事もしますが、数日程度であれば、寝食を忘れても問題はありません。病気になったことも、記憶にある限りないようです。
 ただ、精神的に疲労しないのかというと、それは違います。魂をけがし、我欲に溺れ、妄執もうしゅうとらわれた人々と接すると、心が疲れたりもします。今のわたしは、まぎれもなく〈人〉なのですから。

 貴族たちの視線がうとましく、疲労を感じたとき、以前のわたしなら、心を閉ざしてやり過ごしていました。現世うつしよにおいて、わたしに干渉できる存在はいませんので、無視してしまえば、やがては気にならなくなるからです。我ながら、陰険いんけんなやり方ではありますけれど。
 そして、今は、きみが送ってくれる手紙こそが、わたしの癒しです。何度も読み返し、きみへと思いをせているうちに、わたしの心は満たされ、疲労という名の〈魂のおり〉は、はらうまでもなく霧散むさんします。本当ですよ。

 きみにゆっくり休んでほしいから、この手紙を届けるのは、明日にしてもらいましょう。ゆっくりお休みなさい。また、次の手紙で会いましょうね。

     きみの父上の菓子を、ネイラ侯爵家の癒しとして提供している、レフ・ティルグ・ネイラ

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