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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 幕間書簡(4) トマス・ド・ベルクマンとエルヴェ・ルクラ・クラルメ

幕間書簡(4)

トマス・ド・ベルクマンとエルヴェ・ルクラ・クラルメ

〈ルーラ王国王立学院の入試課の課長であるトマスと、王立学院の前学院長であるエルヴェとの書簡〉

   ∞

エルヴェ・ルクラ・クラルメ先生 御机下おんきか

 王立学院の前学院長であられ、現在も名誉学院長の座に君臨しておられるクラルメ学院長閣下に、数ならぬ身のわたくしが、御手紙を出させていただきますご無礼を、何卒なにとぞ御許しくださいませ……。

 先生! クラルメ学院長先生! わたし、困っております。手紙の儀礼を守っている余裕とかも、全然ありません。もう進退しんたい極まった状態です。今、おすがりすることができるのは、先生だけなんです。不肖ふしょうの教え子を哀れとおぼし召し、どうかお救いくださいませ。お願いでございます、先生!

 ことの発端は、わたくしの上司にあたる事務局長から、今年度の特待生の存在を教えられたことでした。映えある王立学院に特待生とは、諸外国の王族の留学を認めるとき以外、聞いた記憶がありませんでしたので、わたくしは、当然のように詳細を質問いたしました。
 ところが、事務局長からのお返事は、実に不可解なものでした。キュレルの街の平民の少女を、特待生として最上位学力のクラスに迎え入れる。入学許可は、さる貴族からの要請によって、現学院長が特別に出したもので、詳しい事情はわからない。どうやら、キュレルの田舎町で、困っていた貴族を、たまたま通りがかった少女が、神霊術で助けたらしい……。こんな説明で納得する教職員など、王立学院にいるはずがないではありませんか!

 正直に申しまして、わたくし、不愉快だったのです。ルーラ王国における最高の教育機関である王立学院が、どこの誰ともわからない平民の少女を、よりにもよって特待生として入学させるなんて、あまりにも非常識な話だと思いました。
 特待生とは、王立学院が礼をもって招き入れる存在であり、王立学院の誇りとなる生徒のことです。その特待生が、わけのわからない無理押しで入学させることになった、平民の少女だなんて!

 失礼いたしました。ともあれ、そうした義憤ぎふんに駆られたわたくしは、大きな失敗をしてしまいました。当の少女が通う町立学校の校長から、力試しに少女に入試を受けさせたいといわれ……浅はかにも、無礼極まりない返事を出してしまったのです。

 手紙を出した翌日、顔色をなくした事務局長が、わたくしを訪ねてこられました。特待生とする少女の推薦者が判明したので、万が一にも無礼のないよう、万全を期するべしと申しつけられたのです。
 問題の推薦者は、神霊庁の大神使であられるコンラッド猊下げいかと、宰相であられるロドニカ公爵閣下と、法務大臣であられるネイラ侯爵閣下という、考えられない組み合わせ。おまけに、温厚な人格者として有名なコンラッド猊下からは、〈チェルニ・カペラ嬢に無礼があれば、神霊庁は王立学院の敵となる〉って、宣言されているというのです。めちゃくちゃですよ、こんなの!

 しかし、事務局長の連絡は、たった一日、遅かったのです。わたしは、その……自分でも無礼だと思う手紙を、校長先生に出してしまっていたんですから……。
 すぐに新しい手紙を書いて謝罪をしたものの、相手からは手紙の受け取りさえ拒否され、封も切られないまま返されてきました。その後、毎日手紙を送り続け、直接会いに行ったりもしましたが、完璧に無視されていて、謝罪さえできていないのです。

 先生! 先生は、その校長先生(あの有名な学会の反逆児、ユーゼフ・バラン先生でした。どうして、バラン先生が田舎町で校長なんてやってるんですか!?)の恩師であられたと聞いております。
 どうか、どうか、バラン先生に取りなしてはいただけませんでしょうか? 不出来ながら、先生の教え子の一人であったトマス・ド・ベルクマン、一生のお願いでございます!

     取り急ぎ、トマス・ド・ベルクマン拝

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トマス君へ

 きみは、相変わらず困った人ですね。目先の損得そんとくとらわれず、物事の本質に向き合うように心がけなさいと、あれほどいい聞かせたのに、忘れてしまいましたか? きみ自身が、今回の失敗の根本を理解しない限り、状況は好転しないでしょう。

 まず、きみの貴族主義的な考え方は、この機会に改めなさい。われわれ学究がっきゅうは、学問という深淵しんえんの前に、等しく平等な存在です。平民であれ、貴族であれ、それが学問の探究に関係するのでしょうか? 人の定めた身分制度によって、生徒に対する扱いを変えるような者が、教育者といえますか?
 現実には、王立学院といえども、身分によって多くの隔たりが生まれています。その矛盾があればこそ、わたしも、きみを厳しく注意することをためらってきました。わたしの怠慢が、結果的に、きみの成長の機会を奪ってしまったのではないかと、心が痛みます。

 また、きみはもう一つ、大きな間違いを犯しています。推薦者が権力者だから、無礼を詫びるのですか? コンラッド猊下のお怒りが恐ろしいから、詫びの手紙を出したのですか? ユーゼフ・バランが手強い相手だから、謝罪するのですか? きみは、教育者としての自身の未熟と、人を身分や権力によって判断しようとする愚かさをこそ、悔いるべきではないのですか?

 ユーゼフは、わたしの愛弟子ですが、きみが自らの欺瞞ぎまんに気づかない限り、謝罪を受け取ろうとはしないでしょう。許されるためでなく、一人の学究の徒であり続けるためにこそ、自らを省みなさい。

     エルヴェ・ルクラ・クラルメ

追伸/
 問題の本質に気づくことができたら、相談に乗りましょう。手始めに、入学試験の日に、特待生であるチェルニ・カペラ嬢の実技試験を見学してみなさい。きっと感じるものがあるはずですよ。