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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 65通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 いろいろとご心配をおかけしましたが、復活しました。今、混乱はおさまり、新たな問題に直面しています。何かっていうと、わたし、チェルニ・カペラ十四歳が、今までに経験したことのなかった感情に、振り回されちゃったという事実です。人生って、一筋縄ではいかないものですね、ネイラ様。
 こういう書き方をすると、また心配をかけてしまいそうで、すごく申し訳なく思います。でも、年頃の少女には、いえることといえないことがありますので、無視してもらえるとありがたいです。別に現実的な問題はありませんので、そこは安心してくださいね。(しかし、何でもかんでも手紙に書いて、後で〈心配しないでください〉っていうのも、失礼な話ですよね。今後は、手紙を出す前に、よく読み返すようにしますね)

 前回と前々回の手紙に書いた、フェルトさんの大公家後継こうけい問題は、今のところ答が出ていません。最初は、速攻で断っていたフェルトさんですが、マチアス様とオディール姫に説得されて、気持ちが揺らいでいるようなんです。
 もちろん、あのフェルトさんですから、大公家の後継っていう地位に、心を動かされたわけではありません。交渉上手なオディール姫が、〈アリアナさんを守るには、大公騎士団の存在があった方が良い〉って、何とも的確に誘惑してきたんです。お姫様の隣で、にこにこと微笑んでいたマチアス様といい、フェルトさんのお祖父さんとお祖母さんは、フェルトさんの気持ちを良く理解していると思います。

 フェルトさんは、大公家の後継になっても、無事にアリアナお姉ちゃんと結婚できるのか、真っ先にたずねました。〈正式な唯一の妻ですよ〉って、何度も念を押して。オディール姫とマチアス様は、〈当然〉だって即答していました。まあ、うちの家で話しているのに、そうじゃないなんてことになったら、フェルトさんだけじゃなく、お父さんとお母さんも鬼になっちゃいますけどね。
 オディール姫の答を聞いたフェルトさんは、真剣に考えてみるそうです。わたしたち家族も、フェルトさんの気持ちは良くわかりました。本当だったら、気軽な平民が良いんですが、あまりにも美し過ぎるアリアナお姉ちゃんは、大公家のお嫁さんになった方が、安心なんじゃないかと思うから。混乱中のわたしは、アリアナお姉ちゃんの美貌が、羨ましくないこともないんですが、美し過ぎるのも大変ですよね、やっぱり。

 ネイラ様の手紙を読んで、宰相閣下やコンラッド猊下げいかまで、フェルトさんとアリアナお姉ちゃんの結婚を応援してくれているんだって、すごく安心しました。安心して、うれしくて、お父さんとお母さんとアリアナお姉ちゃんにも、ネイラ様の手紙を見せてしまいました。(勝手な真似をして、本当にすみません。口で説明すれば良かったのに、ついうっかりしちゃったんです)
 アリアナお姉ちゃんは、真っ白な頬を薔薇色に染めて、〈まあ、何てありがたい〉って、エメラルドみたいな瞳をうるませていました。お母さんは、満面の笑顔で、アリアナお姉ちゃんを抱きしめていました。お父さんは……お父さんは、なぜか真っ青な顔をして、ふらふらと外へ出ていってしまいました。アリアナお姉ちゃんがお嫁に行くのが、そんなに嫌なんでしょうかね? ちょっと変なお父さんです。

 フェルトさんが、どの選択肢を取ったとしても、わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんと、お兄ちゃんになってくれるフェルトさんが、二人で幸せになってくれるのなら、それで十分です。物分かりの良い妹としては、静かに二人を見守りたいと思います。

 では、また。次の手紙では、別の話題で会いましょうね。

     新しく生まれた感情を制御すべく、精神統一に努めたい、チェルニ・カペラより

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多くの人々が理想とするであろう、優しい妹であるチェルニ・カペラ様

 今回の手紙を読んで、きみが何に混乱し、どのような感情に直面したのか、とても知りたいと思いました。わたしが、そんな気持ちになったのは、生まれて初めてです。きみが、無視してほしいと望むなら、えて問いただすことはしませんが、話しても良いと思えるようになったら、是非とも教えてください。これは、約束ではなく、わたしからのお願いです。

 大公騎士団によって、きみの姉上を守った方が良いのではないかという意見は、オディール姫とマチアス卿だけでなく、宰相閣下やコンラッド猊下の意見でもあります。皆、パヴェルの鏡の術を通して、アリアナ嬢を目撃していますからね。
 そう。きみは、わたしがアリアナ嬢を見たことがないと思っているようですが、事実とは異なります。元大公の屋敷で、神鏡しんきょうが大公騎士団の蛮行ばんこうを映し出したとき、アリアナ嬢も姿を見せていたのです。

 大公騎士団の襲撃を受けた際、抜刀ばっとうした騎士達を前にして、神霊庁に告発すると宣言したアリアナ嬢の存在は、皆に強い感銘を与えました。夜目よめにも鮮烈な絶世の美貌に、凛々りりしい勇気と聡明さ、控えめで愛情深い人間性……と、あの場にいた皆が、口々に絶賛していました。
 オディール姫は、〈この素晴らしいお嬢さんが、フェルトのお嫁にさんになってくれるのね〉と、目に涙を浮かべ、マチアス卿は、〈フェルト、でかした〉と満面の笑み。宰相閣下とコンラッド猊下は、〈何という素晴らしい令嬢か〉と、何度もうなずいていました。わたしは、さすがにきみの姉上だけのことはあると、単に納得しただけでしたけれど。

 わたしから見ると、アリアナ嬢を傷つけることのできる者は、あまり多くはありません。〈スイシャク様〉と〈アマツ様〉の眷属であるきみが、心から慕う姉上ですから、神々の恩寵おんちょううちるのです。さらに、アリアナ嬢自身も、神霊の加護を得ており、固く守られていると考えて良いでしょう。
 ただし、神霊には神霊のことわりがありますので、人の子を守るには、人の力も必要です。大公騎士団という直接的な武力と、大公家の夫人という地位は、アリアナ嬢を守るに足るものだと思いますよ。

 では、また、次の手紙で会いましょう。きみ自身のことも、もっと教えてくださいね。

     きみの容姿を、とても好ましいものだと思っている、レフ・ティルグ・ネイラ