連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 幕間書簡(11) ダニエル・サンスとトニー・マクエル
幕間書簡(11)
ダニエル・サンスとトニー・マクエル
〈王都を中心に手広く不動産業を営むダニエルと、同業で宅地開発なども手がける商会を経営するトニーとの書簡〉
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親愛なるトニーへ
ちょっとご無沙汰だな、トニー。元気か? 定期的に会っていないと、何となく物足りないな。近いうちに、飯でもどうだ?
あ、いや。そうじゃなくて、今日はビジネスの話だった。是非とも懇意にしておきたいお客様をご紹介いただいたんで、トニーにも力を貸してほしいんだよ。話の規模としてもけっこう大きいし、この話はおれたちの今後に影響すると思う。おれの勘が、そう囁いているんだよ。
サンス不動産商会に声をかけてくださったのは、マティアス・ド・ロザン様なんだ。法理院の高等審問官で、サンス子爵家のご三男だった方だ。トニーって、ロザン様と面識がなかったよな?
ロザン様は、長年の功績を認められて、退官と同時に男爵位を授けられ、今はキュレルの街で法理事務所を営んでおられる。男爵位を授けられるくらいだから、審問官としては素晴らしく優秀で、政治的なセンスも鋭い。王都に事務所を出さず、生まれ故郷のキュレルを選ぶあたりもさすがだと思う。結局、仕事の依頼が殺到して、王都にも支部を出しておられるけどな。
そのロザン様に、王都事務所の物件をご紹介させていただいたのが、わがサンス不動産商会だったのは、ありがたいご縁だった。しかも、今回はロザン様から直々に、〈親友の娘のために、不動産探しを手伝ってやってほしい〉って、ご依頼をいただいたんだ。
ロザン様に評価されたら、当然、この先の仕事につながるだろう。ご注文通りの物件を、何としてでも探し出したい。情報収集を頼むよ、トニー。
概略を説明すると、今回の依頼主は、キュレルの街で高級宿兼食堂を営んでおられる、〈野ばら亭〉様だ。まだ極秘だが、〈野ばら亭〉が王都に支店を出すそうで、一等地に物件を探しているんだってさ。ご依頼いただいたのは、オーナーご一家の王都での自宅と、料理店の物件、職員寮にする集合住宅の三つだ。
基本的には購入希望だが、良い物件が賃貸だった場合は、それでも良い。予算的には、相場の範囲内なら問題ないそうだ。最近の王都は、売り物件そのものが激減していることを、ちゃんとご存知なんだろうな。
明日、トニーのところに行っても良いか? マクエル不動産開発事務所におじゃまするのも、久しぶりだしな。可能なら、時間を知らせてくれ。よろしくな。
ダニエルより
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ダニエルへ
おまえに手紙をもらって、びっくりしたよ。というのも、ご依頼いただいた〈野ばら亭〉様の名前を、よく知っているからなんだ。
トニーは、食べ物にこだわりのない男だから、〈美味天空ー星々が選ぶ美味いものー〉っていう雑誌は、読んでないだろう? 〈美味天空〉通称〈うま天〉は、ルーラ王国を代表するグルメ雑誌で、一部では〈食のバイブル〉って呼ばれている。おれ自身、毎号必ず熟読している、熱心な読者なんだ。
その〈うま天〉の中で、熱烈に賛美されているのが、キュレルの街の〈野ばら亭〉でさ。敏腕編集長のミランダ女史が、〈生きている喜びを感じさせてくれる、最高にして至上の美味〉って、太鼓判を押しているんだ。
憧れの〈野ばら亭〉が、王都に支店を出してくれて、そこにおれたちが協力できるなんて、本当に最高だ。声をかけてくれてありがとう、ダニエル。
ちなみに、何とかして〈野ばら亭〉の予約を取りたくて、キュレルの街にいる同業に頼んでいた関係で、いろいろと噂も耳に入っている。〈野ばら亭〉は、すっごい美人の女将さんと、料理人の婿さんが経営しているんだけど、この女将さんっていうのが、〈豪腕〉って呼ばれるくらいの経営者らしいんだ。
もともと人気のあった高級宿の〈野ばら亭〉を、あっという間に大きくして、しかも味とサービスには、絶対に妥協しない。その一方で、成長株の商会に投資したり、経営の助言をしたりして、キュレルの街の経済に貢献しているんだ。もちろん、不動産投資も実行していて、かなりの物件を所有しているらしいぞ。
おまえのいう通り、このご縁は大切にしたいし、おれたちにとって、大きな分岐点になる案件だと思う。明日、夕方からなら空いているから、飯でも食いながら、ゆっくり話そう。待っているよ。
ダニエル
追伸/
なあ、トニー。予感がしないか? ほら、不動産商会泣かせで有名な、曰くつきの物件だよ。とびきりの立地と建物なのに、オーナーが自分の口に合う料理人でないと、絶対に売らないって断言している、あの有名な建物だよ。〈野ばら亭〉なら、ひょっとするとひょっとして……。