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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 2-8

 神去かんさりのクローゼ子爵家から、フェルトさんとアリアナお姉ちゃんを守り、子供たちの誘拐事件の真相に迫るために、ネイラ様と王城が罠を仕掛ける一日目……って、長いな。この先は、単に〈作戦一日目〉とかにしよう。
 
 作戦一日目は、気持ちの良い快晴だった。朝起きると、左の肩口にスイシャク様、右の肩口に紅い鳥のアマツ様がいて、わたしの頬にぴったりとくっついて眠ってた。
 柔らかくて、温かくて、すごく気持ちがいい。これが本当の羽毛布団だねって、わたしは軽く現実逃避しながら思った。畏れ多いのが限界突破しそうなんだけど、可愛いから、もういいや。
 ともかく、今日からスタートなんだから、しっかりしなくっちゃ!
 
 作戦に先駆けて、昨夜、わたしはお父さんと約束をした。この十日間が終わるまで、わたしとアリアナお姉ちゃん、フェルトさんの三人は、絶対に一人にならないように、お父さんに固くいい含められたんだ。
 お父さんとの約束は絶対だし、危険なときに勝手な行動をとるとか、正気の沙汰じゃないからね。わたしたちは、必ずそうするつもりだし、何かの理由があってできなかったときのために、ちゃんと打ち合わせもした。家族に心配をかけるような真似はしないから、大丈夫だよ、お父さん。
 
 もうひとつ、スイシャク様のご好意で、お父さんたちは一人に一枚ずつ、真っ白な羽根をいただいたんだ。その羽根を、肌身離さず持っていれば、瞬時に居場所がわかるし、いざとなったら助けることもできるから、しばらく貸しておくって。
 あまりのありがたさに、お父さんたちは、全員が涙を浮かべながら、スイシャク様にぬかずいた。アリアナお姉ちゃんの蜃気楼の神霊さんもそうだけど、神霊さんたちの慈悲深さには、感謝を捧げるしかないよ……。
 
 感極まったわたしが、お礼をいいながら、べそべそ泣いていると、スイシャク様は可愛い薄茶の羽根先で、そっと涙を拭いてくれた。そして、ふすーっ、ふすーって膨らんでから、小さくて柔らかそうな羽根を一枚、乳白色の光の上に浮かべたんだ。
 すると、わたしの肩に留まったままだったアマツ様も、紅い羽根を一枚、朱色の光の上に浮かべる。
 白い羽根と紅い羽根は、引き合うみたいに近づいて、そのまま少し斜めにずれて重なり合った。周りを漂っている二色の光は、軌道をずらしながら回っていたかと思うと、不意に羽根に吸い込まれていったんだ。
 
 スイシャク様が羽根先を振ると、二色の羽根は、わたしの方に飛んできた。思わず両手を差し出すと、ふわっと手のひらに乗ったのは、紅白の羽根が組み合わさった形の、小さくて可愛い飾りのついた、金色のペンダントだった。
 
 びっくりして固まっているわたしに、スイシャク様が、すぐにイメージを送ってくれた。現世の人の子に、印以外のものを授けることはできない決まりだけど、眷属だけは別なんだって。自分と□□□□□□□の眷属となった記念に、いつも持っておくといい。この飾りがどう変化していくのか、楽しみにしているよって。
 飾りが変化するって、どういう意味なのか、スイシャク様に聞いてみたけど、そこは答えてもらえなかった。いつものように、自分でゆっくり答えを探しなさいって、優しいイメージが送られてきたんだ。
 なるほどってうなずくと、次の瞬間には、手のひらのペンダントが消えて、わたしの首にかかっていた。神霊さんのなさることは、本当に不思議に満ちているね。
 
 こうして、いろいろな準備を終えた今朝、フェルトさんとアリオンお兄ちゃんは、守備隊に出勤していった。ネイラ様が手配をしてくれた、王国騎士団の人たちが来てくれるから、総隊長さんも含めて、詳しく打ち合わせをするんだ。
 〈野ばら亭〉の看板娘のアリアナお姉ちゃんは、隣街に住んでいるおじいちゃんの看病っていう名目で、二週間くらい留守にすることになっている。卒業目前で女学校を休むのは、寂しいんじゃないかと思うけど、フェルトさんには代えられないからね。
 アリアナお姉ちゃんは、晴々とした顔で、騎士志望のアリオンお兄ちゃんとして、フェルトさんと一緒に出かけて行ったよ。
 
 わたしの方は、王立学院の入学準備っていう理由で、十日間は町立学校を休むことになった。授業はほとんど終わっていて、あとは卒業式の準備くらいだから、先生もすぐに許可してくれた。学校の行き帰りとか、一番襲われやすいし、友達が巻き込まれたりしたら大変だもんね。
 この十日間は、本当に家で勉強をしようと思っている。町立学校始まって以来の秀才、なんて呼ばれているわたしだけど、どうせなら王立学院でも上位を狙いたい。せっかく推薦してくれたネイラ様に、恥をかかせてしまうのは、絶対に嫌だ。
 神霊術だけじゃなく、成績的にも王都の高等学校を勧めていた先生たちは、わたしの決意に大喜びだったらしい。学校まで連絡に行ってくれたお母さんは、先生たちが貸してくれた、たくさんの参考書を持って帰ってきたんだよ。
 
 自分の部屋にこもって、肩にはアマツ様、膝にはスイシャク様っていう状態で、なぜか集中して勉強していると、お母さんがそっとドアを叩いた。
 
「お客様がこられたわよ、チェルニ。早く応接間にいらっしゃい」
 
 そういいながら、お母さんは、にんまりと笑っている。これは、お母さんが大満足のときにする表情だ。大きな子供が二人もいるとは思えない、少女みたいに可憐なお母さんが、何だか悪い顔になっている。
 
「お客様って、誰? ひょっとして、執事さん?」
「そうなの。すごいわよ、チェルニ。もうね、物語に出てくる執事さんみたいに威厳があって、この人が王様じゃないのって思うくらい。チェルニに会いたいって仰ってるから、早くいきましょう」
 
 おお! いよいよ伝説の執事さんとの遭遇だ! スイシャク様とアマツ様に聞くと、一緒に行くっていうことだから、わたしは両肩に紅白の鳥を乗せて、元気よく応接間に向かったんだ。
 
 わたしの愛読書のひとつに、〈騎士と執事の物語〉っていう小説がある。わたしが小さい頃から大好きな、とっても素敵なお話だよ。
 昔々、ある国の近衛騎士だった人が、王子様を守って戦って大けがをする。王子様が無事だった代わりに、騎士は右腕を失くしてしまうんだ。
 片腕で騎士はできないから、その人は田舎に帰ろうとするんだけど、王子様が必死で止めにきた。自分は末端の王子で、すぐに〈臣籍降下しんせきこうか〉して、伯爵の位と領地をもらうことになっているから、一緒に来てほしい。命をかけて守ってくれた、その人のことだけは信じられるから、自分の執事になってほしいって。
 
 執事っていうのは、領地のことも貴族家のことも含めて、ご主人の片腕になる人のことなんだって。
 その人は、騎士の道しか知らない自分には無理だって、何回も断ったんだけど、王子様は納得しなかった。でね、根負けしたその人は、元王子様の執事になって、必死にご主人を支えていくんだ。
 そこは小説だから、伯爵になった元王子様は、怒涛の展開の末に王様になって、元王子様の片腕だった執事は、宰相として大活躍することになる。物語の最後に、老人になったその人が、〈片腕のわたしが、陛下の片腕と呼ばれる栄誉に恵まれた。幸せな一生だった〉って、微笑んで死んじゃうところで、感動のあまり号泣しちゃったよ、わたし。
 
 その小説の影響で、わたしは執事さんっていう存在に、すごい憧れがあるんだ。鮮やかに難題を解決したり、ご主人を叱咤激励したり、命がけで主家を守ったりするんだよ? 
 ちょっと夢見がちなのは認めるけど、とにかく楽しみだ。ネイラ様が信頼している執事さんなら、きっと素晴らしい人に決まってるからね。
 
 どきどきしながら応接間に入っていくと、〈神座かみざ〉を背にした席に、一人の男の人が座っていた。五十歳くらいだと思うんだけど、全体的に若々しい活力があって、ものすごく有能そうだ。それに、威厳っていうのか、ちょっと〈神威〉に似た気配が漂っているから、この執事さんを怖いと思う人は、きっとたくさんいるんじゃないかな。
 
 執事さんは、わたしを見た瞬間、目を大きく見開いた。まあ、スイシャク様とアマツ様が一緒なんだから、当然といえば当然だろう。
 執事さんの視線は、わたしとスイシャク様、アマツ様を往復してから、わたしのところでピタッと止まった。それから、威厳のある表情を崩さないまま立ち上がって、わたしの前まで歩いてくると、流れるみたいな優雅さで、片膝をついたんだ。
 
 執事さんは、ネイラ様の片腕なんだから、スイシャク様とアマツ様のことも知ってるんだろう。神霊さんのご分体を前にしたら、そりゃあ、礼を尽くすのが当たり前なんだけど、この体勢だと、わたしにひざまずいているみたいに見えるよ、執事さん。
 
 わたしは困っちゃって、自分も慌てて跪いたんだけど、紅白の鳥はちっとも動いてくれない。スイシャク様なんて、ふっす、ふっすって、上機嫌に膨らんでるし。どうすればいいの、これ!?
 
     ◆
 
 ネイラ様の執事さんは、片膝をついた姿勢のまま、右手を胸に置いて頭を下げた。威厳に満ちた大人の男の人だから、すごくカッコいい。銀色の髪と口ひげが、まるで物語の登場人物みたいだ。
 そのままの体勢で、うやうやしく礼をした執事さんは、深みのある声でいった。
 
「いとも尊き御神霊、二柱ふたはしら御神おんかみにおかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます。我が主人、レフ・ティルグ・ネイラの命により、本日より十日間、御神々に連なる御方の、護衛に当たらせていただきとうございます。ご許可をいただきますよう、こいねがたてまつります」
 
 ん? スイシャク様とアマツ様へのご挨拶かと思ったら、何だか微妙に変じゃない?〈御神々に連なる御方〉って、まさかわたしじゃないよね?
 びっくりして固まっていると、スイシャク様がイメージを送ってくれた。目の前の執事さんに、〈許す。励め〉って伝えなさいって。アマツ様はアマツ様で、〈至誠の者だから、頼りなさい〉って。
 
 お父さんたちがそうであるように、執事さんも、スイシャク様やアマツ様の御言葉がわからないみたいだから、ここは仕方がない。何だか生意気な気がするけど、わたしが執事さんに通訳をすることにした。
 
「あの、御分体からのメッセージを、お伝えしてもいいでしょうか? わたしはチェルニ・カペラ、十四歳です。ネイラ様には、いつもお世話になっていて、心から感謝しています。ありがとうございます」
 
 我ながら、なかなか丁寧なご挨拶じゃない? そう思って自画自賛していると、ゆっくりと顔を上げた執事さんが、優しく微笑んでくれた。
 
「ご丁寧にありがとうございます、お嬢様。御分体の御言葉を感知できるとは、誠に素晴らしいことでございますな。どうぞ、お教えくださいませ」
 
 おお! 本当にカッコいい! ネイラ様の執事さんともなると、挨拶ひとつでも品格を感じさせるものなんだね。
 
「はい。白い雀のスイシャク様は、〈認めるから頑張って〉って仰ってます。それから、紅い鳥のアマツ様は、〈執事さんは信頼できる人だから、頼らせてもらいなさい〉って、わたしに向かって仰ってます」
「それはそれは。身に余る光栄でございます、お嬢様。また、いつもお世話になっておりますのは、我が主人の方でしょう。仲良くしてくださって、ありがとうございます」
 
 そういって、悪戯っぽく微笑んだ顔を見て、わたしは執事さんのことが大好きになった。ネイラ様を子供扱いするいい方は、きっとわざとだから。わたしを緊張させないように、気を遣ってくれているんだね。
 わたしたちが、にこにこと微笑み合っていると、なぜか眉間をグリグリしながら、お父さんがいった。
 
「チェルニ。御分体へのご挨拶がすんだようなら、椅子に腰掛けていただきなさい。その方は、ネイラ様の執事を務めておられる、パヴェル・ノア・オルソン子爵閣下だ。くれぐれも失礼のないようにな」
 
 なるほど。ネイラ様の執事さんは、子爵様だったのか。そういえば、高位貴族の執事さんともなると、ご主人より二つか三つくらい下の爵位を持っている人がほとんどだって、〈騎士と執事の物語〉にも書いてあった。
 
 最初の冒険の帰り道に、ネイラ様は侯爵家の後継なんだよって教えてくれたのは、フェルトさんだった。ネイラ様は、本当に住む世界の違う人なんだなって思ったら、何だか落ち込んじゃって、泣きたくなりそうだったから、わたしはブンブン頭を振って、気持ちを切り替えた。
 
「わかりました! スイシャク様もアマツ様も、儀礼は必要ないって仰ってるので、椅子におかけになってください、子爵様」
 
 自分でも感心するくらい、大人っぽく話せたはずなんだけど、執事さんで子爵のオルソン様は、そっとわたしの顔をのぞき込んできた。冷たい氷みたいに見える、綺麗なアイスブルーの瞳が、とっても優しい。
 
「どうかなさいましたか、お嬢様?」
「あの、わたし、ただの平民の少女ですから、チェルニって、呼び捨てにしてください」
「とんでもない。主人の〈お友達〉を、呼び捨てにはできませんよ。お嬢様がお気に召さなければ、チェルニ様と」
「いやいやいや。ますます無理ですって。チェルニで」 
「呼び捨てになどしたら、わたくしが主人に叱られてしまいます。では、仕方がありませんので、チェルニ嬢では?」
「それって、何か変じゃないですか? チェルニですね」
「ギリギリまで譲って、チェルニさん」
「わたし、まだ十四歳の少女ですから。チェルニと」
「困りましたね。では、失礼して、チェルニちゃんはいかがですか? 親しい感じがして、いいと思うのですが」
「むぅ。わかりました。それで我慢します、オルソン子爵様」
「では、よろしくお願いいたします、チェルニちゃん。わたくしのことは、パヴェルと呼び捨てにしてください」
「まさか。無理です。子爵様を呼び捨てとか、不敬罪でわたしの首が飛びます。そうでなくても、わたしが嫌です。こちらもギリギリ譲って、パヴェル様で」
「まあ、一理ありますね。ですが、もう少し親しみがほしいので、ヴェルさんでは?」
「すでに馴れ馴れしい気がしますけど、わたし。思い切って、ヴェル様でどうです?」
「よろしい。手を打ちましょう、チェルニちゃん」
「ありがとうございます、ヴェル様」
 
 後から考えると、すごくおかしな会話だったけど、わたしたちの距離が縮まったのは確かだから、まあ、いいか。
 
 改めて、お父さんとお母さん、わたしとヴェル様の四人は、応接間で向き合った。ヴェル様は、可能な限りっていうことで、ネイラ様と王城の思惑を教えてくれたんだ。
 
「本日の朝一番に、王城から使者が出され、クローゼ子爵家に向かいました。使者の用向きは、当主の交代を命ずるものです。本日付けでクローゼ子爵は当主から外れ、一時的に先代がクローゼ子爵に復位。十日の間に〈神去り〉ではない直系の成人男性を、正式な後継者として届け出るか、王家が選定した養子を迎えなければ、クローゼ子爵家の爵位と領地は、全て没収となります。ここまでは、ご存知ですね」
「はい。そうした内容の通達が行われることは、ネイラ様が娘に送ってくださったお手紙によって、教えていただきました」 
「結構。今は昼前ですから、すでにクローゼ子爵家が動き出している頃でしょう。チェルニちゃんが報告してくださった情報から考えても、即日、ハルキス分隊長に接触を試みるものと思われます。ハルキス分隊長をクローゼ子爵家に戻すか、元クローゼ子爵の令嬢との婚姻を画策するか。ハルキス分隊長は、そうしたクローゼ子爵家の申し出を、すべて拒否するのですね?」
「そうです。クローゼ子爵家とは、いかなる関わりも持ちません。フェルトは、完全に縁を切る決意です」
「そうなったとき、クローゼ子爵家は三つの方法のうちのどれか、あるいはすべてを実行してくるものと予想されます。そのうちのひとつは、子供たちの誘拐事件につながることであり、今はお話できませんが、罠は完璧に張られています。ですから、こちらにとって問題となるのは、残り二つの方法を取られたときです」
 
 そういって、ヴェル様は、厳しい目で宙を見据えた。うん。絶対にろくな話じゃないね、これは。
 わたしたちが覚悟して身構えていると、ヴェル様は、重々しい声でこういったんだ。
 
「ハルキス分隊長の実情は、すでにクローゼ子爵家でも調べているでしょう。ですから、協力を断ったとなれば、一気に実力行使に出るものと思われます。ひとつは、ハルキス分隊長にとって大切な相手、母上やアリアナ嬢を人質にして、要求を飲ませる方法。もうひとつは、ハルキス分隊長を殺害して、クローゼ子爵家の協力者とすり替える方法です。後者の場合も、秘密が露見することを防ぐため、ハルキス分隊長に近しい人たちをも、道連れにしようとするでしょう」
 
 ……わたし、チェルニ・カペラは、十四歳の少女にして、命を狙われてるのかもしれないよ……。