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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 11通目

レフ・ティルグ・ネイラ様
 
 ネイラ様が送ってくださった手紙を、何回も何回も読み直しました。わたしのことを嫌うなんて、絶対にないって断言してもらったので、すごく安心して、嬉しくなって、一人でベッドの上を転げ回ってしまいました。
 わたし、チェルニ・カペラは、ネイラ様に嫌われないってわかったら、あんまり怖いものがないみたいなので、正々堂々と受験します。目指すは上位合格!
 
 町立学校の方は、わりと落ち着いています。可愛いって評判の同級生に、王立学院の受験をやめるようにいわれた翌日、教室で彼女たちと顔を合わせたときも、つーんとされただけでした。
 自分で書いていても、頭の悪そうな表現だとは思いますが、つーんとしているとしか、いいようのない感じだったんです。ちょっとあごを上げて、わたしの目を見てから、プイって顔を背けて……。
 あまりにもわざとらしいので、何だか腹も立たず、代わりに笑いが込み上げてきて困りました。今でも、思い出すたびに、腹筋に力を入れて我慢しています。(だって、小さい子供でもないのに、つーんって。いかにも深刻な顔をして、つーんって)
 
 それから、おじいちゃんの校長先生から、不思議なことを聞きました。わたしが王立学院を受験することに、今になって競争心を刺激されたのか、一緒に受験したいっていう同級生が、けっこういるんですって。成績の良い生徒を中心に、十人以上の男子が、先生たちのところに相談にきたそうです。
 校長先生は、ため息を吐きながら、「努力の方向性が間違っておると、教えてやった方がいいのかのう。罪作りなことじゃ、サクラっ娘」っていってました。全く意味がわからなかったので、いろいろと質問したんですが、教えてもらえませんでした。
 結果的には、学校から推薦できる基準に達している生徒は、わたしだけなんだそうです。王立学院って、推薦を受けなくても受験できましたっけ? いずれにしろ、勉強は自分一人でやるものなので、わたしには関係ないんですけど。
 
 つまらない話題はこれくらいにして、重要課題のショートマフラーについてです。正直に経過を報告すると、大変に苦戦しています。チェルニ・カペラは、すでに満身創痍まんしんそういの状態です。しかし、意気は依然として高く、前進あるのみです。(この間、新しい歴史小説を買ったら、こういう文章がありました。〈我が国軍は、すでに満身創痍にして、敗北は目前に迫っている。しかし、我らの意気は依然として高く、一歩たりとも退くことなく、ただ前進あるのみ! これこそを、不退転というのだ!〉って。考えてみたら、歴史小説って、ページの半分くらいは戦ってますね)
 
 具体的にいうと、わたしって、やっぱりお母さんの娘なんでしょうね。何回やっても、ギッチギチの編み目になってしまうんです。
 つきっきりで教えてくれるアリアナお姉ちゃんは、まるで呪文みたいに、〈ふわっと編んでね、チェルニ。ふわっとよ、ふわっと〉って、延々と繰り返しています。めん棒みたいなショートマフラーになったら、こっそり泣いちゃうんじゃないでしょうかね、アリアナお姉ちゃん。
 
 ところで、わたしの分のショートマフラーって、本当にネイラ様に編んでもらってもいいんでしょうか? わたしはすごく嬉しかったんですけど、ネイラ様が毛糸を仕入れてくれたことを話したら、お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、そろって絶句していました。きっと、ルーラ王国の英雄であるネイラ様に、編み物をする時間を取らせるなんて、厚かましいと思ったんだと思います。
 本当に本当に、無理はしないでくださいね。わたし、ずっとずっと、何年でも待っていますので。
 
 では、また。次のお手紙でお会いしましょう!
 
 
     今日、初物の栗のタルトを食べさせてもらった、チェルニ・カペラより
 
 
 
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意志の強いところが大変に素晴らしい、チェルニ・カペラ様
 
 前回の手紙をもらってから、きみの学校生活がとても気にかかっていました。摩擦が収まっているのであれば、何よりです。とりあえず、安心しました。
 
 それにしても、きみが書いてくれた、〈つーんとする〉という表現が楽しくて、わたしまで笑ってしまいました。実際、そういう態度を取る女性は、少なくありませんね。
 わたしの知人の中にも、すぐに〈つーんとする〉女性に振り回されて、苦労している者がいます。相手の話をずっと聞いていて、些細なことでもほめそやし、常に贈り物を欠かさず、洗練された対応を心がけないと、機嫌が悪くなるのだそうです。
 
 また、女性に限らず、男性でも同様の対応を取る者がいます。王国騎士団では、さすがに淘汰されるようですが、貴族男性が集まっている場では、あちらこちらで〈つーんとしている〉ようなのです。
 正直なところ、わたしは、そうした人々の相手が、あまり得意ではありません。何よりも、大した理由もなく〈つーんとする〉精神構造が理解できず、交流を持つ必然性を見出せないのです。
 わたしの知人は、〈そういう女性だから可愛い〉のだといいますが、わたしが彼の気持ちを理解する日は、きっと永遠に来ないだろうと思います。誠に幸いなことです。
 
 
 王立学院の入試は、大半が貴族の子弟による内部進学となりますので、高等部から外部進学をする場合は、町立学校などの強い推薦がないと受けられず、その推薦枠も各校に一人までと決められていたのではないでしょうか。そうでないと、受験生が殺到してしまい、実技試験が終わらなくなってしまいますからね。
 町立学校の推薦を受けられない者は、一年前から各地で行われる筆記試験を受け、何段階にも選抜されてから、数名の一般入試枠に入れられるのだと聞いています。
 こうした経緯からすると、今の段階で突然受験を希望してきた男子たちは、どうあっても試験を受けることはできませんね。どうしてもというのであれば、来年以降、一般入試枠を目指す方法がありますので、きみは何も気にせず、入試に挑んでください。
 
 ショートマフラーについては、わたしの方でも、困ったことがありました。王国騎士団での執務中に、私事の作業をするのはよろしくありませんので、自宅に持ち帰って試行錯誤していたところ、父の執務室に呼び出されたのです。
 わたしの父は、ネイラ侯爵家の当主で、王城では法務大臣の職を拝命しています。厳しい見た目とは違い、大らかな人なのですが、その父が、真剣な顔をして、「何か悩みがあるのか?」と聞いてきました。どうやら、一人で毛糸と格闘している息子の精神を、父なりに危ぶんだらしいのです。
 
 少し気恥ずかしい気はしたものの、仕方なく事情を説明しました。父は、何ともいえない表情で唸っていましたが、話そのものは理解してくれたようです。今度はすっかり面白がって、自分にもショートマフラーを編んでくれと、頼まれてしまいましたが。
 わたしの父も、きみに会いたいと願っています。いつか、顔を見せてやってください。
 
 先日、きみが送ってくれた手紙を読み返していたら、文通を始めてから、まだひと月ほどしか経っていないことに気づいて、驚愕してしまいました。ずいぶん長い間、手紙のやり取りをしているような気がしていたのですが。また、次の手紙で会いましょうね。
 
 
     編み物用の棒針は、一種の武器になるのではないかと思う、レフ・ティルグ・ネイラ

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