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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 9通目

レフ・ティルグ・ネイラ様
 
 わたし、チェルニ・カペラは、〈世界に数多ある真実のひとつ〉にたどり着いたのかもしれません。(この間読んだ冒険小説が、〈隠された世界の真実〉を求めて、巨大湖の底に潜っていくお話でした)
 何のことかというと、早く結果を出したいときほど、小さなことから始めるべきだと学んだんです。
 
 ネイラ様からの手紙で、〈手編みのセーターを着てみたい〉と書いてもらったので、早速挑戦してみることにしました。
 まず、いつも行く本屋さんで、〈素敵な手編みのセーター 図案集〉っていう、すごく綺麗な挿絵のついた本を購入。ネイラ様の瞳の色にちょっとだけ似ている、柔らかな灰色の毛糸も買いました。何種類かの灰色が混ざり合った、なかなか高級っぽい毛糸です。お父さんにもらったお小遣いが貯まっていたので、悩まずに買えました。
 ネイラ様のルビーみたいに綺麗な髪には、きっと似合うだろうなって嬉しくなって、この時点で、半分以上成功したようなものだと思っていたんです、わたし。
 
 家に帰って、目的のセーターの図案を開いて、編み棒を手に取って、慎重に編み始めて、本を一冊読み終えるくらいの時間がたったところで、ようやく気づきました。チェルニ・カペラは、全然、まったく、少しも、手芸には向いていません。
 編み物の図案って、古代の暗号か何かなんでしょうか? 編み物用の棒針って、手を傷つける凶器として開発されたんでしょうか? まっすぐに編んでいるはずなのに、どうして放射線状に広がっていくんでしょうか? そもそも、三百ページの小説を読破するだけの時間をかけて、ほんのちょっとしか編めないって、おかしくないですか??
 
 ショックを受けたわたしは、どう見てもネイラ様が二人くらい入りそうな、〈二目ゴム編みの裾五段分〉を持って、アリアナお姉ちゃんに相談に行きました。(なんとなく恥ずかしくて、お姉ちゃんにも内緒で編みはじめたんです)
 わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんは、わたしの差し出したセーター予定の物体を見て、〈あ〉の形に口を開けたまま、ちょっとだけ固まりました。そして、エメラルドみたいに綺麗な瞳を泳がせながら、〈チェルニには、セーターは、ほんのちょっとだけ早いかもしれないわね〉っていったんです。
 
 アリアナお姉ちゃんからの、実質的な敗北宣告を受けて、わたしは悟りました。初めての編み物で、不器用なわたしが、〈超絶技巧の編み込みセーター〉は無理でした。ネイラ様に良い格好をしたくて、やりすぎました。反省しています。
 お姉ちゃんに慰めてもらい、いろいろと教えてもらったので、今は〈かぎ針編みのショートマフラー〉の制作に移行しています。今年は、それで我慢してくれますか? 同じ毛糸を使うので、とっても素敵な灰色なんです。
 あんまり下手だと、ネイラ様に差し上げるわけにはいかないので、受験勉強の合間に頑張ってみますね。十年くらいしたら、それなりに技術も向上すると思いますので、セーターの方は、それまで気長に待っていてもらえると嬉しいです。
 
 あれ? まだセーター制作に挫折したことしか書いていないのに、すでに長くなってしまいました。〈巫覡ふげき〉のこととか、受験勉強のこととか、お父さんの作ってくれるご飯のこととか、校長先生のこととか、神霊術の実技のこととか、書きたいことはいっぱいあるのに。
 ネイラ様に手紙を書いていると、どんどん長くなって、あっという間に時間が経ってしまう気がします。不思議ですね。
 
 というわけで、また次の手紙でお会いしましょう!
 
 
     お姉ちゃんに手伝ってもらわず、自力で完成させる決意のチェルニ・カペラより
 
 
 
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常に真実に向き合っている、チェルニ・カペラ様
 
 わたしが不用意なことを書いてしまったばかりに、きみに多大な労力を使わせ、お小遣いまで減らしてしまったのですね。とても申し訳なく思いますが、反面、わたしのことを考えて、きみが心を砕いてくれたことに、喜びを感じている自分もいます。
 わたしにとって、寄せられる好意のほとんどはわずらわしく、押し付けがましいものだったというのに。現金なことだと、我ながら呆れています。きみのおかげで、わたしは日々、未知の自分自身と向き合っているのでしょうね。
 
 ともあれ、きみに大きな負担を強いるような真似はできませんので、セーターやショートマフラーというものについて、わたしの方でも少し調べてみました。
 王国騎士団で、わたしの副官を務めてくれる騎士の一人が、手芸の得意な奥方を自慢していたことを思い出し、いろいろと教えてくれるように依頼したのです。
 
 わたしが知りたかったのは、セーターやショートマフラーを編むために必要な時間、毛糸の購入にかかる費用、製作の難易度といったことです。
 それほどむずかしい質問ではないと思ったのですが、話を聞いてくれた副官は、目を見開いて絶句していました。意図を正確に伝えるために、きみとの手紙のやり取りについても、大まかに説明したのに、なぜか理解が追いつかなかったようです。いつもは、とても優秀な副官なのですが。
 
 結果的には、その副官が、奥方から答えを聞き出してくれました。わたしが想像していた以上に、セーター製作というのは、根気のいる作業なのですね。わたしは、十年でも二十年でも待っていますので、どうか気にしないでください。
 そして、きみが作ってくれるショートマフラーも、楽しみでなりません。きみの行為に甘えるようで、大変申し訳ないのですが、よろしくお願いします。
 
 お返しに、わたしもきみのためにマフラーを編もうかと思ったら、部下たちから真剣に止められてしまいました。きみを幻滅させるだけだから、止めておいた方がいいそうです。世間一般の常識というのは、わたしにはむずかしい面があるのかもしれません。
 試しに、紅い鳥にたずねてみたら、〈羽根をあげるから、それを編み込め〉とか、〈羊を司る神霊に毛を分けてもらおう〉とかいう意味のことをいわれてしまいました。それはそれでどうかと思い、少し悩んでいるところです。
 
 きみと同じように、編み物の話題だけで、手紙が終わりそうな長さになってしまいました。わたしも、とても不思議な気持ちになります。
 
 本格的に秋の気配が漂ってきたので、きみの父上が焼いておられたりんごパンも、今年は終わってしまったのでしょうね。いつの日にか、きみの大好物のりんごパンを食べさせてもらいたいと、心待ちにしています。
 
 では、また。次の手紙でお会いしましょう。
 
 
     サクラ色のショートマフラーを編む気になっていた、レフ・ティルグ・ネイラ