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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 39通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 マルティノ様と奥様のお話、とっても知りたいです。というか、ネイラ様と手芸屋さんの話が、知りたくて仕方ありません。ネイラ様のことだから、っていうのもあるし、マルティノ様と奥様にも興味があるし。そして、何よりも、王国騎士団の中で、ネイラ様の毛糸購入が、どう受け取られているのか、気になって気になって……。
 知らずに不安に駆られているよりは、いっそはっきりと聞いておきたいと思います。マルティノ様たちのいう、〈王国の危機かとばかりの騒ぎ〉って、いったいどういうことなんですか、ネイラ様?

 まあ、手芸屋さんのことはともかく、ネイラ様の副官の方々には、だんだんと驚かされるようになってきました。どういうことかっていうと、皆さん、ネイラ様のことを崇拝しすぎなんじゃないでしょうかね?
 ルーラ王国の英雄で、世界一強い騎士で、王国騎士団長で、〈神威しんいげき〉でもあるネイラ様ですから、尊敬するのはわかります。
 ネイラ様は、とっても優しくて、親切で、誰が見たって素敵だから、大好きになるのもわかります。(改めて書くと、何だか恥ずかしい気がするのは、なぜなんでしょう?) でも、ものには限度があると思うんですよね。

 一番若い美青年で、すっごく生真面目なリオネル様は、ネイラ様が話題になるたびに、若草色の瞳を輝かせます。きらきら……を通り越して、きらっきらです。きらっきら!
 普段は、ほのかな微笑を浮かべるだけで、きりっとした表情を崩さなくて、わりと冷たそうにも見えるのに、ネイラ様が話題になったときだけは、生まれたての子犬みたいになるんですよ、リオネル様。
 かなり冷静な少女であるわたしは、男性を〈子犬〉扱いして、喜ぶような趣味はないんですが、あれはそうとしか表現できません。〈まるで酔っ払いじゃない?〉とか、〈変な洗脳とかされてないよね?〉とか、他にも感想は浮かぶものの、ここは〈子犬〉にしておいた方が、いろいろと無難だと思うんです。

 財務担当のシモン様は、ある意味、リオネル様よりもたちが悪いです。〈つーんとする〉婚約者様のことを、〈わがままなところが可愛い〉って、甘やかしているらしいのに、優先順位は高くないらしいんです。

 晩ご飯を食べながら、ヴェル様が、ちょっと意地悪な質問をしました。〈ならば、そなたの婚約者が、王国騎士団を辞めてくれなければ、婚約を破棄するというわがままをいったら、どうするのですか、シモン?〉って。
 シモン様は、余裕の笑みを浮かべて、即座に答えました。〈いうまでもないことでございますよ、オルソン猊下げいか。可愛い婚約者のわがままは、わが信仰の妨げにならない範囲においてのみ、愛でられるものでございましょう。わたくしを、崇拝する団長閣下のお側から引き離そうとするのなら、そのときは……〉。
 ヴェル様にそっくりな笑顔で、口をつぐんだシモン様は、かなり、相当、怖かったです。あと、信仰って、何……?

 王国騎士団の副官方を見ていると、ネイラ様も大変だなって、ちょっと心配になりました。子犬みたいなリオネル様は、ネイラ様のためなら簡単に狂犬になりそうだし、冗談ばっかりの楽しいシモン様は、笑顔のままネイラ様の敵をぶった斬りそうだし。もう、あれです。心の支えは、すごく温厚で良識に富んだ人格者である、マルティノ様ですよね。

 あれ? あれれ? まだ、書き始めたばっかりなのに、もう定量になっちゃいました。仕方ないので、また、次の手紙で会いましょうね!

     ネイラ様の副官方っていう、共通の話題が楽しくて仕方ない、チェルニ・カペラより

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優れた感受性と、深い思いやりに溢れた、チェルニ・カペラ様

 そうなのです。わたしの副官たちは、少しばかり冷静さにかけるところがあり、わたしを不安にさせる瞬間があるのです……。

 きみの理解と受容が嬉しく、頼もしく、いきなり愚痴のような言葉から、手紙を始めてしまいました。きみが、わたしの気持ちをおもんばかってくれて、本当に嬉しく思います。ありがとう。

 わたしの副官たちは、どの者も非常に有能であり、誠実に職務に邁進まいしんしています。その真摯しんしな姿には、わたしも感心させられることが多く、王国騎士団の団長として、とても頼もしく思っています。
 ただ、何というか、職務に忠実な副官たちは、副官という立場をまっとうしようとするあまり、わたし個人に対してまで、熱く忠誠を誓ってくれるので、実は、少しばかり困っています。

 何事もない日常であれば、さほどの問題もないのですが、彼らの独特の感性において、わたしへの不敬があったとみなした場合は、相手がどれほど高位のものであっても、間髪入れず剣を抜こうとします。物理的にも、その他の意味においても。
 それが無頼ぶらいであれば、殺さずに捕縛するよう命じれば済みます。しかし、わたしの部下たちは、相手が近衛騎士団であろうと、高位貴族であろうと、か弱い令嬢であろうと、王族であろうと、まったくお構いなしなのです。

 相手が王族であれば、王国を揺るがせる問題になりかねませんし、か弱い令嬢に斬りかかりでもすれば、王国騎士団の名誉にも関わるでしょう。
 かくして、自衛策のひとつとして、できるだけ王国騎士団と神霊庁の者としか、業務外の接点を持たないようにすることが、わたしの日常となっています。(彼らが、こうしたわたしの気持ちを知ってしまうと、それはそれで厄介……面倒……いや、悲しませてしまうので、内密にしてくださいね)
 きみが書いてくれた通り、筆頭副官であるマルティノが、穏やかな人格者であることが、わたしにとっても、ひとつの支えとなっています。

 手芸店については、なぜ騒ぎになるのか、わたしにはまったく理解できません。マルティノの奥方が懇意こんいにしている手芸店を紹介してもらい、きみの美しい髪色に合わせて、サクラ色の毛糸を集めてもらうよう、依頼しただけのことなのです。
 毛糸を見せてもらう場所として、王国騎士団の執務室を指定したのが、良くなかったのでしょうか。公私混同といえばそれまでながら、執務外の時間でしたので、問題もなかろうと考えたのです。家の方となると、両親が騒ぎ出すのが目に見えていたため、苦肉の策ではありました。

 と、ここまでで、わたしも定量となってしまいました。きみの愛らしい表現を真似ると、〈あれ? あれれ?〉ですね。
 続きは、次回に譲りましょう。また、次の手紙で会いましょうね。

     きみの父上のお陰で、少し甘いものが好きになりつつある、レフ・ティルグ・ネイラ