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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-14

 フェルトさんに連れられてきた、お姫様のお屋敷で、わたしたちを出迎えてくれたのは、床に両手をついて頭を下げた、お姫様とマチアスさんだった。〈野ばら亭〉で一緒にご飯を食べたときにも、同じ状況だったから、ちょっとだけ慣れちゃったよ、わたし。
 神霊術の使い手であり、神霊さんたちから強い加護を受けている二人は、はっきりとは姿を現していない、スイシャク様とアマツ様の存在を、きっと明確に感じ取っていたんだろう。
 
 お姫様に寄り添うようにして、堂々とした風格の座礼を取ったマチアスさんが、深い響きを持った声でいった。
 
おそれ多くもかしこくも、ご顕現けんげんくだされましたおん二柱ふたはしらに、感謝の祝詞のりとを奉りたく、おん願い申し上げます、お嬢様」
 
 年齢を感じさせない、朗々と張りのある声は、まるで上位の神職さんみたい……って、待って、待って! マチアスさんってば、今、お嬢様っていった? もしかして、もしかすると、お嬢様って、わたしのことだったりするの?
 びっくりして、思わずきょろきょろと周りを見回すと、アリアナお姉ちゃんもフェルトさんも、何だったら総隊長さんまで、じっとわたしを見ていた。これは、あれだ。〈さっさと神霊さんに取り次いでくれ。この状況は、自分たちも居た堪れないんだから〉っていう視線だよね? 意外と大物っぽいルルナお姉さんだけは、ほわんとした笑顔を浮かべて、わたしとマチアスさんたちを、交互にながめていたけど。
 
 十四歳の平民の少女で、ちょっと前までは貴族の人と話す機会さえなかったわたしには、これって、わりと過酷な状況だよね? わたしは、座礼を崩そうともしないマチアスさんとお姫様を、なるべく視界に入れないようにしながら、スイシャク様とアマツ様から送られてくるメッセージを、二人に伝えたんだ。
 
「えっと、スイシャク様とアマツ様は、祝詞は必要ないとおっしゃってます。受けたくないっていう意味じゃなくて、わたしの身内に連なる人たちだから、儀礼は省いても大丈夫だそうです。今後ともよろしく、って仰ってます」
 
 マチアスさんとお姫様は、びっくりした表情で頭を上げ、お互いに顔を見合わせた。この二人って、本当に仲が良いんだね。あ、愛し合ってるご夫婦っていう感じがして、とっても微笑ましい。二人のつらい歴史を知っちゃったから、余計にそう思うんだよ。
 マチアスさんは、もう一度額を床につけてから、さっきの神職さんみたいな声じゃない、おおらかな口調でいった。
 
「いとも尊き御二柱の、大慈大悲だいじだいひ御心みこころに、深甚なる感謝を奉る……限りなく広く大きなお慈悲に、心からの感謝を申し上げるという意味ですよ、お嬢様。お取り次ぎを賜り、誠にありがとうございます」
「あの、この間も気になったんですけど、お嬢様じゃなく、チェルニって呼んでもらって良いですか、マチアス様? わたしなんて、スイシャク様とアマツ様の通訳っていうだけの少女なので」
「これはまた、無理を仰る。御二柱の眷属たるお方を、呼び捨てになどできませんよ」
「このやり取りって、もう何回目になるんだっけ?」
「何か仰いましたか、お嬢様?」
「いえいえ、すみません。とにかく、お嬢様とかは、なしでお願いします。居た堪れない気がするので」
「ふむ。では、オルソン猊下にならい、チェルニちゃんと呼ばせていただいてもよろしいですか?」
「もちろんです、マチアス様。それから、マチアス様もお姫様も、どうかお立ちください。お願いします」
「わたしのことは、マチアスと呼び捨て、あるいは〈お祖父様〉でいかがでしょうか、チェルニちゃん?」
「あら、ずるいわ、マチアスったら。わたくしも、チェルニちゃんと呼んでもよろしくて、お嬢様? それから、お姫様なんて他人行儀に呼ばず、〈お祖母様〉と呼んでくださいな。了承してくださったら、長椅子に座りますわ」
「無理です。いきなりの無理難題です。このやり取りにも慣れちゃったので、マー様とディー様あたりで、ささっと手を打ってもらえませんか? お願いします」
「仕方ない。今はそれでよしとしよう。どうですか、姫?」
「チェルニちゃんは仕方ないわね。今はディー様でよろしいわ。そんなふうに呼ばれたことがないので、嬉しいわね。あっ、でも、アリアナさんは、〈お祖母様〉と呼んでくださらないと嫌よ? フェルトのお嫁さんになってくれるということは、本当にあなたのお祖母様になるのだし」
 
 万事に思慮深いアリアナお姉ちゃんは、わたしみたいに、ほいほいと交渉に応じたりはしない。陶器のお人形みたいに白く透き通った頬を、うっすらと薔薇色に染めて、お姫様に微笑みかけただけだった。うるんで輝くエメラルドの瞳に、感謝と親愛の情を浮かべて。わが姉ながら、絵に描き残したいくらいの可憐さだよ。
 アリアナお姉ちゃんは、フェルトさんが何らかの決断を下さない限り、自分から踏み込んでいくような真似はしない。勉強だけは、わたしの方がずっと優秀だけど、本当に賢いのは、わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんの方なんだ。
 
 アリアナお姉ちゃんが、親しく接してくれることへの感謝と、フェルトさんの立場を重んじる配慮を、微笑みひとつで表現したことが、お姫様にはわかったんだろう。微かに目を見開いてから、にんまりと笑った。にっこりじゃなくて、にんまり。うちの〈豪腕〉のお母さんに、ちょっと似た感じの笑顔だった。
 十四年もお母さんの娘をやっているわたしには、何となくわかった気がする。お姫様……ディー様は、〈孫息子の嫁予定〉っていうだけじゃなく、この瞬間、アリアナお姉ちゃん自身を見込んだんだよ、きっと。
 
 おもしろそうに瞳を輝かせて、ディー様の表情をうかがっていたマチアスさん……マー様は、ディー様の手を取って、二人で長椅子に腰かけてくれた。相変わらず、ぴったりと寄り添っていたけどね。
 マー様に勧められるまま、わたしたちも席についた。フェルトさんとアリアナお姉ちゃんは、二人の正面の長椅子で、わたしと総隊長さんは、一人用の椅子。ものすごく高そうで、見るからに上品な椅子は、わたしが座ったことがないくらい、ふっかふかだった。
 
 フェルトさんは、ルルナお姉さんのことも、ちゃんと紹介してくれた。メイドさんの役割のルルナお姉さんは、明るい笑顔でご挨拶をしてから、わたしたちの後ろに立とうとしてくれたんだけど、ディー様が優しく押しとどめた。
 
「少し内密の話をしたいの。茶菓さかの用意が整ったら、皆、下がってちょうだいな。メイド風のドレスが、とても可愛らしいルルナさんは、お庭の散策の後、東屋あずまやでお茶はいかが? クローゼ子爵家の使いで、〈野ばら亭〉に押しかけていった者たちが、今はこの屋敷にいるので、案内をさせるわ。ギョームというのだけれど、お嫌かしら?」
 
 おお。ディー様ってば、ルルナお姉さんと使者Bのことを、応援するつもりなんだね? 〈野ばら亭〉に来てくれた日も、帰りがけに〈相手が嫌がっていなければ、取り持っても良い〉って、使者Bにいってたもんね。
 
 いきなり尋ねられたルルナお姉さんは、まったく嫌がらなかった。むしろ、ぽっちゃりした可愛らしい頬をゆるめて、視線を泳がせたんだ。さりげなく大物ぶりを発揮していたルルナお姉さんの、この動揺ぶり。わかりやすいにもほどがある。
 スイシャク様とアマツ様は、〈人の子のいじらしきこと〉〈善良なる者によりて、端境はざかいなる者も、良き道へと引き戻されん〉〈魂魄こんぱくけがれが去りて、印も戻らん〉って。スイシャク様にいたっては、こっそり〈我が使いたる雀らに、逢瀬おうせの様子をのぞかせん〉とかいうから、それは止めておいたけどね。
 
 ルルナお姉さんは、頬をゆるめたまま、丁寧に庭へ案内されていった。同時に、執事さんぽい人の指示で、数人のメイドさんたちが、てきぱきとお茶やお菓子を運んでくる。
 その洗練された動きを見ていると、やっぱり王族のお屋敷なんだなって、感心しちゃったよ。高級宿の〈野ばら亭〉も、従業員さんの教育には力を入れているんだけど、さすがに上品さが違っていたからね。
 
 待つほどの間もなく、用意が整って、わたしたちだけになったところで、マー様がフェルトさんにいった。
 
「よく来てくれたな、フェルト。連絡をもらって、姫君もお喜びだったし、わたしも嬉しいよ。話したいことがあるということだったが、何でも遠慮なく話してくれ」
 
 フェルトさんは、無言で頭を下げてから、マー様を見つめた。フェルトさんの気持ちは、きっと固まっていたんだろう。きりっとした顔で、口を開いたんだ。
 
「本日は、突然の先触れにもかかわらず、ご訪問をお許しいただき、ありがとうございます。先日、マチアス閣下とオディール様から、お聞かせいただいたお話について、お尋ねしたいことがあり、まかり越しました」
「いいですとも。何でも尋ねてくださいな。わたくしもマチアスも、あなたに隠すことは何もないし、言葉を飾ることもしないとお約束しましょう。ね、マチアス?」
「もちろんです、姫。何でも聞いてくれ、フェルト」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、率直に申し上げます。先日、大公家の後継あとつぎにという、信じられないご提案をいただきました。普通では考えられない、夢のようなお話だと思います。ですが、すでに身にあまる宝を得たわたしには、大公家からいただきたいものは、何ひとつありませんでした。ただ、わたしが守るべきもの、守る権利を与えられたものを、この手で守れるのであれば、その力を得たいとも思うのです」
 
 そういって、アリアナお姉ちゃんの手を、そっと握りしめたフェルトさんは、まるで物語に出てくる騎士みたいにかっこ良かった。率直っていうわりに、話はわかりにくかったけどね……。
 
     ◆
 
 わたしのアリアナお姉ちゃんは、とっても慎み深い性格だから、ディー様たちの前で手を握られたりしたら、普通はちょっと困った顔をすると思うんだ。でも、今日のアリアナお姉ちゃんは、フェルトさんの大きな手を、自分でもきゅっと握り返している。これからの話が、フェルトさんにとって大切なことなんだって、お姉ちゃんは思っているんだろう。
 フェルトさんは、お姉ちゃんの真っ白な手を、すがるみたいに握りしめたまま、こういった。
 
「まず最初に、どうしてもお聞きしたいことがあるんです。わたしの身分では、到底許されない発言でしょうし、お二人のお心を傷つけるかもしれませんが、父を失った息子として、どうしてもお尋ねせずにはいられません」
「いいとも、フェルト。何を聞かれ、何をいわれてもかまわない」
「ええ、ええ。よろしいのよ、フェルト」
「では、お尋ねします。お二人は、わたしの父を〈婚外子〉にしないために、クローゼ子爵家に引き取らせたと仰いました。理屈としては、わからないではありません。けれども、それは、父にとって幸せだったのでしょうか? お二人は、その選択を悔いてはおられないのですか? アリアナさんのお父上、わたしの義父にもなってくださる方は、大公家の話など知りもしない、ただの〈婚外子〉のわたしを、一切の躊躇ちゅうちょなく受け入れてくださいました。娘の幸福には、身分や血統など不要だといって。わが父も、それではいけなかったのですか? 同じ〈婚外子〉のわたしは、今、こんなにも幸せなのに」
 
 ディー様とマー様は、何もいわなかった。ううん。正確にいうと、何もいえなかったんだと思う。フェルトさんの言葉は、多分、二人の心を鋭くえぐっちゃったから。
 
 ディー様は、何度も口を開いたけど、一言も言葉にならないまま、静かに涙を流した。マー様は、音が鳴りそうなくらい歯を食いしばって、泣かないように耐えていた。あっという間に赤く充血した瞳は、マー様の意志を裏切っていたけどね。
 
 二人の動揺ぶりを見て、フェルトさんは顔をくもらせた。ディー様やマー様に悪気がなかったことも、その選択を深く後悔していることも、フェルトさんにはわかっていたんだろう。
 瞳を揺らして、話を続けようかどうか迷っているフェルトさんは、そっとアリアナお姉ちゃんの表情をうかがった。優しくて思いやりがあって、平和主義のアリアナお姉ちゃんは、フェルトさんを止める気はないみたいで、微かにうなずくだけだった。
 うん。何となくわかるよ、お姉ちゃん。フェルトさんとディー様、マー様が、本当に〈家族〉になるためには、一度は本音をぶつけちゃった方がいいもんね? こ、恋とか、あ、愛とかいう問題を別にすれば、察しの良い少女なのだ、わたしは。
 
 アリアナお姉ちゃんに励まされたように、フェルトさんは、改めて二人に向き合うと、深々と頭を下げた。
 
「ひどいことをいってしまって、申し訳ありません、マチアス閣下、オディール様。お二人のお苦しみは、わかっているつもりです。亡くなった父が、お二人を恨んでなどいなかったことも、理解しています。ただ、自分自身の気持ちに整理をつけるために、どうしても一度だけ、お尋ねしてみたかったんです」
「いや……おまえの疑問は、当然のものだろうと思うよ、フェルト。本当に申し訳ないことをしてしまった。クルトにも、フェルトにも」
「わたくしのせいなのよ、フェルト。マチアスは、強く反対していたの。クローゼ子爵家で育てるなんて、クルトを不幸にするだけだと。けれども、わたくしが泣いて泣いて、とうとう押し切ってしまったの」
「……オディール様は、なぜ、そこまでして父をクローゼ子爵家の籍に入れたのですか? オディール様の息子だなどと、公表できない状況であったことは、わたしにも察しがつきます。けれど、〈婚外子〉にしたくなかったのなら、他家に養子に出せば良かったのではありませんか? その方が、むしろ父にもお会いになりやすかったのではありませんか?」
「嫌だったのよ、フェルト」
「何がお嫌だったのです?」
「クルトが、わたくしが命懸けで愛した人の子が、マチアスの息子だと公にできないことが、死ぬほど嫌だったの。わたくしが、正式に母と名乗れないのは、まだ耐えられた。けれど、クルトの父がマチアスだと認められないなんて、絶対に許せなかった。たとえ、あのエリナを母にしてでも、マチアスの正当な息子だと公表したかったのよ」
 
 そういって、ディー様は大粒の涙をこぼした。うわごとみたいに、〈ごめんなさい、ごめんなさい、クルト〉っていいながら。何十年経っても忘れることのできない、悲しみと苦しみがあるんだって、痛いほどわかる涙だった。
 マー様は、ディー様の背中をでるだけで、何もいおうとはしなかった。ずっとずっと、長い長い時間、そうして二人で耐えてきたんだろうな、きっと。クルトさんが今も生きていてくれたら、簡単にぬぐい去れたかもしれない悲しみは、もうどうすることもできないよ……。
 
 すっかり悲しくなって、わたしまで泣いちゃって、なぜか〈鬼哭きこくの鏡〉を思い出したとき、静かに動いたのは、アリアナお姉ちゃんだった。お姉ちゃんは、握られたままだった手をやんわりと振り払うと、フェルトさんの目をのぞき込み、二人に向かって視線を流したんだ。
 いつもみたいに優しい表情だけど、エメラルドの瞳だけは、強い光を放っている。これは、あれだ。アリアナお姉ちゃんは、フェルトさんをけしかけているんだと思う。〈もう気が済んだんでしょう? だったら、さっさと行け。行って慰めろ〉って。もちろん、控えめで上品なお姉ちゃんは、そんな言葉は使わないけどね。
 
 フェルトさんは、困った顔でお姉ちゃんを見て、泣いているディー様と、背中を撫でるマー様を見て、眉間にしわを寄せた総隊長さんを見て、鼻をすすっているわたしを見て、もう一度お姉ちゃんを見た。
 アリアナお姉ちゃんは、優しく微笑みながら、ますます強い視線でフェルトさんを見つめている。フェルトさんは、そんなお姉ちゃんの視線に背中を押されて、とうとう立ち上がったんだ。
 
 フェルトさんは、ぐるっと回り込んで、ディー様とマー様の座っている長椅子の後ろに立つと、長くてたくましい両腕で、二人の肩を抱き寄せた。
 
「悲しませてしまって、すみません。お二人が、どれほど父を愛してくださったか、どれほどの苦しみの上でクローゼ子爵家の子にしたのか、よくわかりました。本当に、気が済みました。二度といいませんので、どうかお許しください……お祖父様、お祖母様」
 
 フェルトさんの言葉を聞いて、ディー様は、声を殺してむせび泣いた。マー様も、とうとう堪えられなくなったみたいで、唇を噛み締めながら涙を流した。でも、さっきまでの悲しい涙とは、どこかが違う。二人とも、肩に回されたフェルトさんの腕を握りしめていて、涙に濡れた顔には、ちょっとだけ明るい色が浮かんでいたんだ。
 
 良かったなって、嬉しくなって、でも、亡くなったクルトさんのことを思うと切なくて、わたしまで涙が止まらなくなった。そうしたら、アリアナお姉ちゃんが、フェルトさんと同じように、椅子の後ろから抱きしめてくれた。ぎゅって。お姉ちゃん、大好き。
 熊みたいにいかつくて、とっても優しい総隊長さんも、片手で顔を覆っている。総隊長さんは、フェルトさんのお父さんみたいな人だから、いろいろと思うところもあったんだろう。必死に声を殺しているけど、微かに嗚咽おえつが漏れちゃってるよ。
 
 どれくらいの時間、そうしていたのか、ようやく皆んなの涙が乾いた頃に、目を赤くした総隊長さんがいった。
 
「おまえらしくもなく、過去を責めるような真似をしたのは、けじめをつけたかったからなんだろう? 気が済んだか、フェルト?」
「はい。つきました。申し訳ありませんでした、総隊長」
「いい。おれは、おまえの親代わりだ。何にだって付き合うさ。ただな、フェルト。マルークやローズさんが、平気な顔でおまえを受け入れたからといって、それが普通だとは思うなよ。ルーラ王国は、やっぱり身分社会なんだ。マチアス閣下やオディール様は、クルト様の将来のために、苦渋の決断をされたんだと思うぞ」
「はい。納得しました。もう二度と、お二人を責めたりはいたしません。約束します」
「よし。身分のない平民だろうと、大逆罪に問われかねない男だろうと、大公家の後継ぎだろうと、まったく態度が変わらない家なんて、カペラ家くらいのものだ。おまえは、幸せ者だよ、フェルト。良かったな」
 
 熊みたいな総隊長さんは、そういって、フェルトさんに笑いかけた。優しくて思いやりがあって、深い深い愛情のこもった笑顔だった。総隊長さんってば、また泣けてきちゃうじゃないの!
 わたしの腕の中と肩の上で、邪魔にならないように気配を消してくれていた、スイシャク様とアマツ様からも、何となくしみじみとした感じのメッセージが送られてきた。〈善き益荒男ますらお也〉〈過ぎたる刻は、神のわざにても戻すべからず。只、流れるのみ〉〈死して生るる営みこそ、人の子の愛おしさ〉って。
 
 総隊長さんは、深い笑顔のまま、フェルトさんに尋ねた。
 
「納得したといったな、フェルト。なら、決めたのか?」
「いえ。今はまだ、決めることはできません。わたしの母と総隊長、カペラ家のご家族、そして誰よりも、アリアナさんの気持ちを確かめないといけないので。ただ、わたし自身の気持ちは、ようやく固まりました。皆さんが了承してくださるのなら、わたしは、オディール様のご提案を、受けさせていただこうと思います。それが、どんなに厳しい道だろうと。わたしの愛するアリアナさんと、可愛い義妹のチェルニちゃんを守るには、大公家の力が必要だと思うからです」
 
 おお! かっこ良い! フェルトさんってば、大公家を継ぐつもりなんだね? ものすごく心配だし、問題は山積みだと思うけど、絶世の美少女であるお姉ちゃんを守るには、確かにその方がいいかもしれない……って、あれ? あれれ?
 フェルトさんってば、わたしのことも守るっていった? なんで? わたしってば、大公家の力で守られないといけないほど、危なかったりするの……?