連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 27通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
わたしは、今、とっても困っています。ネイラ様への手紙に、何と書けばいいのか、ぐるぐると悩んでいるんです。
ネイラ様が送ってくれた手紙は、すぐにお父さんに渡しました。お父さんは、わたしが差し出した封筒を見て、むずかしい顔でつぶやいていました。〈いや、別に、娘の文通を盗み見るつもりはないんだ〉とか、〈しかし、チェルニの年齢を考えると、読んでおいた方がいいのか?〉とか。
ついには、〈心の準備、心の準備……〉って、脂汗を流していたんですけど、大丈夫なんでしょうか、お父さん? きっと、アリアナお姉ちゃんの事件のことを、何かを予感していたのかもしれませんね。
手紙を読んだお父さんは、無言のまま、隣にいたお母さんに手紙を回しました。そして、お母さんが目を通したのを確認してから、はっきりといいました。〈ありがとう、チェルニ。おまえのお陰だ。すぐに総隊長たちに連絡する〉って。
わたしは、このとき、まだ手紙を読んでいませんでした。ネイラ様は、読んでもいいよって書いてくれたけど、最初にお父さんに読んでもらうべきだと思ったんです。
お父さんは、わたしとお姉ちゃんにも、手紙を読ませてくれました。ネイラ様の丁寧で綺麗な文字が、ちょっと読みにくいなって気がしたら、わたしの手が小刻みに震えていました。だって、〈神去り〉だなんて、ルーラ王国では、これ以上ないくらいの大事件ですから!
わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんと、お義兄ちゃんになってもらうフェルトさんが、何も知らないまま、こんな大事件に巻き込まれていたらって考えると、ぞっとします。ネイラ様が教えてくれて、本当に本当に良かった!
大切な情報を教えてくれたこと、わたしたちを心配してくれたこと。そして、わたしの〈友達〉だって書いてくれたこと、心から感謝しています。ありがとうございました。(お父さんからも、お礼と報告の手紙が届くと思います)
それで、です。何を悩んでいるかというと、この文通のことなんです。お姉ちゃんたちの未来が、心配で心配でたまらないのは事実ですが、その話題だけの手紙って、ちょっと味気ない気がしませんか?
もちろん、クローゼ子爵家の情報も知りたいし、ネイラ様にも相談したいです。でも、事件とは関係なく、ネイラ様のことを教えてもらって、私のことも知ってほしいって、何故か思ってしまうんです。
今日は、いろいろと考えすぎて、頭が働いてくれないので、もう寝ることにします。ネイラ様が贈ってくれた、可愛いサクラ色のショートマフラーに、顔を埋めて寝たら、安眠できると思います。
では、また。次の手紙で会いましょう!
ネイラ様への感謝のあまり、今もちょっと涙ぐみそうになっている、チェルニ・カペラより
追伸/
今回のお礼に、お父さんがブランデーケーキを焼くんだと、意欲に燃えていました。蜂蜜漬けのナッツを入れたものと、たっぷりのドライフルーツを入れたものと、苦いチョコレートを入れたもので、ブランデーの種類も変えるんだそうです。ネイラ様のお父さんと一緒に、召し上がってください。
追伸の追伸/
ネイラ様のこと、本当に友達だと思っていいんでしょうか?
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非常事態にも落ち着いて対応できる、チェルニ・カペラ様
大変なことを聞かされたにもかかわらず、きみは、とても落ち着いているのですね。お姉さんたちを心配して、優しい胸を痛めていることは、ひしひしと伝わってきますが、それと同時に、困難にも流されない強い意志を感じます。
きみの強靭な精神は、尊敬に値するものです。ただし、わたしには、一切の遠慮は必要ありませんので、少しでも不安を感じたり、悩んだりすることがあれば、すぐに教えてください。絶対の約束ですよ。
また、こんな状況のなかでも、わたしと普通の文通をしようと考えてくれること、とても嬉しく思います。きみと同じ思いは、わたしの胸の内にもありますので、余計に嬉しいのでしょうね。
そこで、提案です。今回の事件に関係のないことだけを書こうとするのも、それはそれで不自然ですので、連絡や報告ではなく、〈事件に関係して感じたこと〉を伝え合うというのは、どうでしょうか?
たとえば、事件解決のために、わたしが派遣する部下について、きみがどう思ったか、といったことです。きみのことですから、さぞかし生き生きとした文章で、気持ちを綴ってくれるのではありませんか?
きみは、とても真面目で誠実な人ですから、〈事件のことは手紙に書かない〉と決めてしまうと、無理をしてでも、それを守ろうとするでしょう。けれども、そんなふうに自分を縛る必要は、どこにもありませんからね?
きみは、書きたいときに、書きたいように、書きたいことを書いてください。それがわたしへの手紙であれば、尚更に。いいですね?
報酬を期待して、情報を提供したわけではないものの、きみの父上のブランデーケーキをいただけるのは、大変に嬉しいことです。いつの間にか、わたしの父の大好物になってしまって、困っていたのです。販売しているものならともかく、きみの父上のご好意による贈り物ですからね。(気の早い父は、〈野ばら亭〉から取り寄せができないものかと、調べさせていたようです。非売品だと知って、愕然としていました)
厚かましくも頂戴して、大切に分け合います。ありがとう。
では、また。次の手紙で会いましょうね。
きみの友達であり、今後はもっと親しくなりたいと願っている、レフ・ティルグ・ネイラ