連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 28通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
巨大な雀ですよ、ネイラ様! どれくらい巨大かというと、わたしの大好きなお父さんの頭と同じくらいはありそうです。ふわっふわの純白の羽毛で、全体的にまん丸で、羽根先だけが可愛い薄茶で、くりくりとした目は黒曜石みたいで。それはもう、身悶えしそうに可愛い、巨大な雀なんです!
失礼しました。ネイラ様が、書きたいことを書けばいいっていってくれたので、とりあえず、前回の手紙で我慢していたことをぶつけてしまいました。すみません。
この巨大雀は、雀を司る神霊さんに力を貸してもらえるのか、直接聞いてみようとしたときに、突如、うちの家に出現しました。
可愛い見た目を裏切るような、畏れ多さと神聖さをまとった存在なので、すぐに紅い鳥と同じ存在だと気づきました。そうです。ただの平民の家に、またしても尊い神霊さんのご分体が来ちゃったわけです。
雀の神霊術は、わたしがよく使う術のひとつで、ほとんどの場合、アリアナお姉ちゃんの見守りをしてもらっています。アリアナお姉ちゃんったら、ものすごい美少女で、性格も本当に良いので、誰かに拐われたりしたら、大変ですから。(お姉ちゃんは、強い神霊術を使えるので、実際は大丈夫なんですけどね)
実は、ネイラ様の紅い鳥のご分体が、わたしに印を授けてくれてから、わたしの中で、何かが変化していたような気がしていました。全然、まったく、悪いことなんかではなくて、神霊さんとの距離がぐっと縮まったみたいな、ありがたい感覚です。
もう少しはっきりしたら、ネイラ様にご報告しようと思っていたんですが、巨大な雀の出現によって、自覚してしまいました。
神霊さんと、わたしたちの間には、細い回廊みたいな、〈道〉がつながっているんですよね? そして、その〈道〉の太さや長さによって、神霊術の威力が変わったりするんですよね?
紅い鳥が、わたしに〈道〉の存在を教え、それを広げてくれたから、巨大な雀が現世に顕現できた……。わたしは、そんなふうに思いました。
もしかしたら、〈神威の覡〉であるネイラ様と出会ったことこそが、〈道〉の開くきっかけだったのかもしれませんけど。
純白の巨大雀は、なぜか神世には帰らないつもりらしく、今もわたしの部屋にいます。もっと正確にいうと、この手紙を書いている、わたしの膝の上に座って、興味津々っていう表情で手紙をのぞいています。(鳥形なのに、すっごく表情が豊かな神霊さんです)
ふふふっす、ふふふっす。上機嫌な鼻息は、ネイラ様とわたしの文通を、〈良きこと〉として喜んでいるみたいです。多分。
手紙を書き出す前までは、ネイラ様にもらったショートマフラーを見て、ふっくふくにふくらんでいました。ネイラ様の手作りだっていうことも、紅い鳥の羽毛が織り込まれていることも、ひと目でわかったみたいです。
わたしに送られてきたメッセージでは、〈其に我が羽を下賜せん〉とか、〈羊を司る□□□□□□□に助力を得るべし〉とか、〈灰と白の糸にて縁を編まん〉とか、楽しそうにつぶやいている気がしたのですが、気づかなかったことにします。そうします。
ともあれ、ネイラ様にお伝えしたいことが、増えに増えてしまって、自分でも困っています。たくさん手紙を書き続けると思いますので、よろしくお願いします。
では、また。次の手紙(きっとすぐ書いちゃいます)で会いましょうね!
猫と犬が大好きだったけど、雀派に鞍替えするかもしれない、チェルニ・カペラより
追伸/
あまりにもネイラ様にお世話になっているので、うちのお父さんは、毎月ブランデーケーキを送らせていただくことにするそうです。よろしければ、お受け取りください。
追伸の追伸/
ネイラ様のお父さんは、ネイラ様と一緒に食べるから、ブランデーケーキがお好きなんだと思います。まあ、お父さんのケーキが、絶品なのは事実ですけどね。
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素晴らしい成長を遂げている、チェルニ・カペラ様
悪辣な者たちの話を聞かされて、不安な思いでいるはずなのに、きみは感動や驚きをひとつひとつ拾い上げながら、前を向いているのですね。その姿勢は大変に美しく、活力に満ち、清々しい限りです。
この現世で、わたしの友達になってくれたお嬢さんは、本当に頼もしい。一度しか会っていないのに、きみの明るい笑顔が目に浮かぶようで、とても安心しました。楽しい手紙を、本当にありがとう。
神霊と人の子をつなぐ回廊については、おおむね正しいと思います。〈おおむね〉とつけているのは、神々の存在も、人との関わりも、人の言葉で説明するにはあまりにも複雑であり、刻一刻と形を変える概念であるからです。
明確に説明はできない〈そのようなもの〉として、ゆるりと受け止めてもらえれば、結果的に実相に近づくのではないでしょうか。きみならば、いつの日にか、神世の〈理〉を仰ぎ見るかもしれませんね。
さて、今の問題は、雀を司る神霊です。巨大な雀の顕現と聞いて、わたしは思わず笑い転げてしまいました。紅い鳥も、大変に愉快だったようで、部屋中を高速で飛び回り、朱色の鱗粉を撒き散らしたので、我が家の者たちは、とても狼狽えていました。
最近、王国騎士団では、妙に怖々とした表情で、わたしの様子をうかがう部下たちがいますので、自宅で読んで良かったと思います。
それにしても、純白で巨大で〈ふっくふく〉の愛らしい雀とは! なぜ、わたしが笑い転げてしまったのか、そのうちにお教えしましょうね。巨大雀の許可が下りたときには、ですけれど。
巨大雀が、羽を下賜しようと申し出てくれるのは、滅多にあることではなく、大変な恩寵だといっていいでしょう。わたしよりも、きみの身につける物にこそ、その糸を使いたいところですね。
紅い鳥に頼んで、白い糸を運んでもらい、もうひとつ、ショートマフラーを編み直しましょうか? サクラ色に紅白の糸が混じるのも、大変可愛らしいと思います。
わたしの父に、ブランデーケーキを定期的に送ってもらえると伝えたところ、大変に喜んでいました。そして、わたしと一緒に食べることを、楽しみにしてくれているのかと尋ねると、赤い顔をしてどこかに行ってしまいました。
いつもながら、きみの洞察力は素晴らしいですね。今度は、母も一緒にと誘ってみます。ありがとう。
では、また。次の手紙で会いましょうね。
きみを、人間関係における師としつつある、レフ・ティルグ・ネイラ