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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-22

 冷たく澄んだ空気が、間近に迫った冬の訪れを感じさせる日、我がカペラ家は、運命の〈勝負〉に挑もうとしていた……なんて、物語の書き出しを真似まねて、自分に気合を入れているんだけど、実際には、深刻な問題が起こったわけじゃない。わたしたちは、ある人に、お父さんの料理を食べてもらうために、出かけようとしているんだ。
 
 わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんが、フェルトさんと一緒に王城に行ったのは、一昨日おとついのことだった。オディール姫が、女大公にょたいこうになって、フェルトさんが、その後継あとつぎになる以上、宰相閣下たちとの打ち合わせが必要だったんだって。大公家っていえば、ルーラ王国でも最高位の大貴族なんだから、当然といえば当然だろう。
 その王城で、何と、王太子殿下が乱入してきて、話はめちゃくちゃになっちゃった。だって、神霊王国の王太子殿下が、神霊さんを必要としないような、とんでもなく罰当たりなことをいい出したんだから。宰相閣下たちは、何となく余裕のある感じだったけど、わたしは、この先の騒動を予感して、暗い気持ちになったんだよ。
 
 王城に行った翌日は、アリアナお姉ちゃんはもちろん、鏡越しに見ていただけのわたしや、お父さん、お母さんまで、精神的な疲れでぐったりしていた。それでも、時間がくればお腹が減るし、夜が来たら眠くなるし、朝が来たら目が覚めて、新しい一日が始まるわけで……。今朝はもう、元気いっぱいのチェルニ・カペラなんだ。
 
「用意はできた、チェルニ? お迎えの馬車が来てくれたわよ。もう少し待っていてもらいましょうか?」
 
 そういって、わたしの部屋の扉を開けたのは、アリアナお姉ちゃんだった。今日のお姉ちゃんは、秋らしい葡萄色ぶどういろのドレスで、胸元や襟元えりもとの白いレースが、可憐さを引き立てている。小さな白い顔は、内側から光をともしたみたいに輝いていて、つまりは、強烈に美しい。
 
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。もう用意はできたから、すぐに行けるよ。わたし、おかしいところはない? このドレス、派手じゃないかな?」 
 
 上品で可憐なアリアナお姉ちゃんに比べると、今日のわたしは、ちょっと派手だと思う。柔らかなクリーム色の生地で、フリルやレースがいっぱいのワンピースの上に、少し短いたけで前開きの、フリルだらけのワンピースを重ね着するデザインになっている。上に着たワンピースは、光沢のある薔薇色で、とにかく可愛らしいんだ。
 このドレスは、お母さんが大好きな王都の人気店、〈花と夢の乙女たち〉から届けてもらった、自慢の新作らしい。わたしとしては、ここまで可愛らしいドレスは落ち着かないんだけど、可愛いものが大好きなお母さんに、強引に押し切られちゃったんだ。
 
「アリアナお姉ちゃんは、すっごく綺麗。落ち着いているし、上品だし、可憐だし。まあ、お姉ちゃんは、何を着ても綺麗だけどね。わたし、もうちょっと大人しいドレスに着替えようかな。紺色に白いえりのワンピースとかの方が、今日のお出かけには良いと思わない、お姉ちゃん?」
「ふふ。〈花と夢の乙女たち〉のご主人が、ものすごく張り切って作ってくださったんですものね。わざわざ、ご自分で届けにいらしたとき、〈ここまで容赦ようしゃなく可愛いドレスを着られるのは、十五歳までよ!〉って、絶叫が聞こえたもの。本当に、とっても可愛いわ。チェルニなら、何を着ていても可愛くて綺麗だけどね。よく似合っていて、まるで物語に出てくるお姫様みたいよ」
 
 わたしに向かって、優しく微笑むお姉ちゃんこそ、お姫様みたいだった。ふふふって、軽く耳をくすぐる響きは、笑い声なのか、羽根の舞う音なのか……って、ちょっと詩的な表現だよね? 誰もほめてくれないから、こっそり自画自賛じがじさんしておこう。
 ともあれ、アリアナお姉ちゃんが、似合うっていってくれるなら、今日のところは、少女趣味な少女でも良いだろう。馬車に待ってもらっているんだから、そろそろ〈勝負〉に行かないといけないし。そう。わたしたちは、〈野ばら亭〉の王都支店にしたいと思っている、特上の物件を売ってもらうために、持ち主さんに会いにいくんだよ。
 
 うちのお母さんは、〈豪腕〉ってあだ名がついているくらいの、すごく優秀な経営者で、不動産もたくさん買っているらしい。そのお母さんによると、ルーラ王国の王都は、何年も物件の値上がりが続いていて、大変なことになっているんだって。
 王都に人気が集まっているのは、〈神威しんいげき〉で、王国騎士団の団長でもある、レフ・ティルグ・ネイラ様が原因だっていわれている。最強の騎士として名高いレフ様が、王都に暮らしているんだから、この世で一番安全なのは、ルーラ王国の王都だって考えられているらしい。実際、王国騎士団と王都の守備隊のおかげで、他の国の王都とは比べ物にならないくらい、ルーラ王国の王都は治安が良いって有名なんだ。
 
 〈野ばら亭〉が王都支店を出すって決まってから、お母さんは、すぐにお店の場所を探し始めた。できるだけ条件の良い場所に、できるだけ大きな店舗を出したいって。キュレルの街で大人気の〈野ばら亭〉は、王都でも人気になるのは確実だし、わたしの大好きなお父さんとお母さんは、孤児院の子たちをお店で雇って、生活を支援するっていうことを続けているから、たくさんの子供たちを雇うためにも、大きなお店を確保したいんだって。
 物件の少ない王都でも、〈豪腕〉のお母さんのところには、たくさんの候補が上がってきた。その中から、お父さんとお母さんが、特別に気に入ったお店が一つ。王都でも格式の高い表通りから、何本か道を入ったところに建っている、素敵な二階建ての建物が、新しい〈野ばら亭〉の最有力候補だった。
 
 そのお店は、表通りに面してはいないんだけど、その分だけ、敷地そのものが広かった。土地不足の王都の中心街に、よくこれだけの土地があったなって、びっくりしちゃうくらい。品の良い煉瓦れんが造りの外塀そとべいに、ぐるっと囲まれた門をくぐると、手入れをしてもらうのを待っているような庭があって、その奥に二階建ての洋館が建っているんだ。
 建物の中は、広い玄関ホールと、すごく広い厨房と、ものすごく広い食堂があった。食堂なんて、八十人くらい座れそうな広さだったと思うし、二階には、大小の個室もあるみたいだったから、全部で百人以上はご飯を食べられるだろう。キュレルの街で、連日超満員のお客さんを集めている、大人気の大食堂が、同じくらいの客席数で、その意味でも、理想通りの物件だろう。
 
 敷地の広さと良い、立派な建物といい、すごく値打ちのある物件だっていうことは、十四歳の少女にだって理解できた。当然、めちゃくちゃ高い買い物になるんだけど、〈豪腕〉のお母さんは、平気な顔で即決した。〈この物件の購入を希望します。お値段は、公示通りでけっこうですわ〉って。お母さんってば、かっこ良い!
 ただし、これだけの物件が売れていなかったのには、それ相応そうおうの理由もあった。持ち主さんは、王都でも指折りの大商会の会頭かいとうさんで、お金はいくらでもあるから、金額以外の条件をつけているんだって。味にうるさい会頭さんが、毎日でも通いたいくらいの料理を作れる人じゃないと、どんなに高値でも絶対に売らないって、いい続けていたんだよ。
 
 お母さんは、その条件を聞いて、にんまりと笑った。にっこりじゃなく、にんまり。娘であるわたしには、お母さんの不敵な笑顔の理由が、よくわかった。どう見ても、〈うちのダーリンの料理が気に入らない人なんて、いるわけがないじゃない。この勝負、もらったわ!〉って、勝利を確信したんだろう。
 
 アリアナお姉ちゃんと一緒に、玄関まで降りて行くと、フェルトさんと総隊長さん、アランが待っていてくれた。お父さんたちは、準備のために、ずっと前から出かけているから、わたしとアリアナお姉ちゃんは、フェルトさんたちに連れて行ってもらうんだ。まあ、わたしは〈おまけ〉で、目立ち過ぎるアリアナお姉ちゃんを守るために、フェルトさんたちがついてきてくれるんだと思う。
 いつも、わたしと一緒にいてくれる、世にも尊い二柱ふたはしらの神霊さん、純白の巨大雀のスイシャク様と、真紅にきらめくアマツ様は、今日もすぐそばにいる。スイシャク様は、わたしの腕の中で、アマツ様は、わたしの肩の上。二柱とも、重みなんてあってないようなものだから、只々ただただ軽く、ふんわりと寄り添ってくれているんだ。
 
「遅くなってごめんなさい、フェルトさん。わざわざ来てくれて、ありがとうございます、総隊長さん、アランさん」
「少しも遅くないよ、チェルニちゃん。時間通りだ。いつも可愛いけど、今日も特別に可愛いね。そのドレス、とっても似合っているよ。おれの妹になってくれるお姫様は、物語の妖精みたいに可憐だな」
「……フェルトさんって、アリアナお姉ちゃんが相手じゃなければ、わりと普通に女の人をほめられるんだね。アリアナお姉ちゃんも、新しいドレスだよ? 綺麗でしょう? ちゃんとほめたの?」
「え? も、もちろんだよ。アリアナさんは、その、今日も、ものすごく、きっ、綺麗だと思う。ほっ、本当に」
 
 ……だめだ、これ。あの王太子殿下なんて、全然、まったく熱のこもらない瞳で、さらっとお姉ちゃんを絶賛してたのに。〈この世で最も美しい、薔薇と黄金の乙女よ〉って。もちろん、アリアナお姉ちゃんの相手に相応しいのは、今も真っ赤な顔で硬直している、フェルトさんなんだけどね。
 
 ということで、わたしたちは、お迎えの馬車に乗り込んで、すぐに出かけることにした。目的地は、〈野ばら亭〉の王都支店の候補地になっている、素敵な二階建ての洋館。お父さんの料理を食べて、物件の持ち主である会頭さんが何ていうのか、今から楽しみだよ!
 
     ◆
 
 フェルトさんたちは、ルーラ大公家の所有している馬車の中でも、地味で質素な〈お忍び用〉の箱馬車を用意してくれていた。大公家の紋章が刻印された馬車だと、目立っちゃって目立っちゃって、どうしようもないから、とってもありがたかった。
 ぱかぱかぱかぱか、ぱかぱかぱかぱか。軽やかに王都の馬車道を走り抜け、馬車は目的地に近づいていく。スイシャク様とアマツ様は、いつものように、揃って窓に張り付いて、楽しそうに王都の景色を見つめている。丸くて可愛いお尻と、しゅっとして可愛いお尻が、ふりふりと揺れているのも、すっかり見慣れた光景になったよ。
 
 目的の場所に着いたわたしたちは、御者ぎょしゃさんに馬車を預けて、洋館の扉を叩いた。中から出て来てくれたのは、前回も案内してくれた不動産屋さんたちと、先に来ていたお母さんだった。
 不動産屋さんの一人で、優しそうな若い男性は、アリアナお姉ちゃんを見た瞬間、今日も真っ赤になっちゃった。すぐに気づいたフェルトさんが、アリアナお姉ちゃんの肩を抱き寄せたら、わかりやすく落ち込んで、ちょっと涙を浮かべていたのは、見なかったことにしてあげよう。
 
 艶やかな髪の毛を巻き上げて、エメラルドみたいな瞳を輝かせたお母さんは、若い方の不動産屋さんに、そっと憐れみの視線を送ってから、総隊長さんたちにいった。
 
「いらっしゃいませ、皆様。王都の〈野ばら亭〉へようこそ……なんて、いえるようになるといいわね。今日は、個室の一つを貸していただいているので、ゆっくり召し上がっていってくださいね」
「ありがたい話だが、良いのか、ローズさん? まだ、この店を借りられるとは、決まっていないんだろう?」
「大丈夫よ、総隊長さん。売り主様にお願いして、皆様や、不動産仲介の労を取ってくださったダニエルさんたちにも、一緒に召し上がっていただくことにしたの。だって、料理の仕込みは、ある程度の量を一度にした方がいいって、ダーリンがいうんですもの。無事に話がまとまれば、そのままお祝いの席にもなるし、一石二鳥よ」
「売り主であられるロッサリオ商会のサミュエル会頭は、二つ返事で了承してくださいました。料理人のご家族とお会いすれば、なおさら味がよくわかるというのは、少々意味がわかりませんでしたが」
「今までは、どれほどの名店でも、お気に召しませんでしたのね?」
「まあ、料理に関しては、独特のこだわりを持っておられますからな、サミュエル会頭は。今回は、ご自身も奥様を同伴なさるそうですので、大いに期待しております。それに、わたくしどもまで、ご相伴しょうばんにあずかれるとは、誠にありがたいことです。厚かましいとは存じますが、わたしの事業上のパートナーであり、〈野ばら亭〉に憧れてやまない、マクエル不動産開発事務所のトニー・マクエルも、同席させていただきます。いやはや、トニーが喜んだのなんの……」
「マクエルさんは、キュレルの街の〈野ばら亭〉にも、予約を入れてくださいましたもの。かなり先にしかお席をご用意できなかったので、先にお楽しみいただければ、うれしいですわ。今日は、きっと素晴らしい食事会になります。そんな予感がするんですの」
 
 笑顔のお母さんの案内で、わたしたちは、二階にある個室の一つに通してもらった。不動産屋さんたちは、わたしたちとは別の個室で、売り主さんたちと一緒に食べるんだって。わたしたち……というよりも、わたしは、二柱の神霊さんにお給仕するから、事情を知らない人たちと、一緒の部屋っていうわけにはいかないんだ。
 わたしの腕の中のスイシャク様と、肩の上のアマツ様は、神々しい存在感を消し、ただの巨大な鳥みたいな顔をして、お店の中を見回している。〈我らの新しき《やしろ》の一つは、中々におもむきのある所也〉〈の清らかなるは、ひな相応ふさわしきと覚ゆ〉〈個室とは、佳きもの也。我らもここで食すべし〉〈也、是也〉って、送られてくるイメージも、すごく楽しそうだった。
 
 しばらくすると、お母さんが、わたしとアリアナお姉ちゃんを迎えに来てくれた。売り主さんのご夫婦が、お店に到着したから、わたしたちもご挨拶するんだよ。わたしは、意欲と自信に満ちあふれた感じで、胸を張って玄関に向かった。
 わたしの大好きなお父さんは、最高の料理人で、お父さんの料理が気に入らない人なんて、いるはずがない。すごく味にこだわるらしい売り主さんだって、きっと幸せな気持ちになって、お母さんに物件を売ってくれるはずなんだ。一瞬だって、その結果を疑ったりしないよ、わたし。
 
 お母さんとアリアナお姉ちゃん、二人と不動産屋さんが勢揃いする中、中年の男の人に案内されて、ゆっくりと玄関の扉をくぐったのは、五十代くらいに見えるご夫婦だった。ふくよかで優しそうな女の人と、口ひげをはやした威厳のある男の人。王都でも指折りの大商会の会頭さんだそうだけど、高位貴族だっていう方が、しっくりくるような気がするよ。
 ものすごく綺麗なお母さんと、絶世の美少女であるアリアナお姉ちゃんを見ても、態度を変えるでもなく、売り主さんは、よく響く声でいった。
 
「本日は、お招きをいただき、どうもありがとうございます。高名こうめいな〈野ばら亭〉様の料理をいただけると聞いて、とても楽しみにして来ました。わたしは、ロッサリオ商会を営んでおります、サミュエル・ロッサリオ。同行いたしましたのは、妻のグロリアと、不動産開発事務所のマクエル氏です」
「ご丁寧に恐れ入ります、ロッサリオ様。奥様もマクエル様も、ようこそお出でくださいました。わたくしは、〈野ばら亭〉のローズ・カペラでございます。横におりますのは、娘のアリアナとチェルニでございます。主人は、お料理の仕込みの最中でございますので、この場は失礼しております」
「噂に聞いておりましたより、遥かにうるわしいお嬢様方ですな。大抵たいていの場合、噂の方が上回るものなのですが。もちろん、奥様の美貌も、噂など足下にも及びませんな。〈野ばら亭〉様のお料理も、噂以上であろうと期待がふくらみますよ」
「まあ! 過分かぶんなお言葉、ありがとうございます。主人の作ります料理は、〈野ばら亭〉とわたくしども母娘の誇りでございますの。どうかお楽しみくださいませ」
 
 お母さんは、微妙に威圧感を漂わせながら、にっこりと微笑んだ。これは、あれだ。サミュエル会頭の言葉を、お父さんへの挑戦と受け取ったんじゃないかな? お父さんのことが大好きで、お父さんの料理も大好きなお母さんは、すっかり戦闘態勢に入った気がするんだけど……気にしない、気にしない。
 
 微笑みを浮かべたままのお母さんは、サミュエル会頭たちを、二階の大きな個室に案内する。わたしは……わたしは、サミュエル会頭が間近に現れたときから、ずっと目が離せなくって、今も螺旋らせん階段を上がっていく後ろ姿を、視線で追いかけている。だって、サミュエル会頭の頭の上には、犬が、犬が、べったりと張り付いているんだよ!
 
 その犬は、もちろん、普通の犬じゃなかった。サミュエル会頭の頭と同じくらいの大きさで、つやつやの毛が美しい黒い犬。顔と胸元の毛は純白、足の毛は綺麗な茶色をしている。丸くて可愛い瞳は、黒曜石みたいな黒で、先だけが茶色のふっさふさの尻尾が三本、ゆるゆると振られている。
 黒い犬は、わたしの腕の中のスイシャク様を見て、がちんと硬直し、肩の上のアマツ様を見て、身体を震わせた。そして、わたしと目が合った瞬間、優しく笑ってくれたんだよ。犬が笑うなんて、不思議といえば不思議なんだけど、それは笑顔としか表現できない、うれしそうな表情だった。
 
 うん。サミュエル会頭の頭の上で、ずっと尻尾を振り続けている犬は、神霊さんっぽい何かだと思う。スイシャク様やアマツ様、ムスヒ様やクニツ様と比べると、ずっと庶民的っていうか、親しみやすいっていうか、あんまり神威しんいを感じないっていうか……。神霊さんの顕現けんげんとはいえなくても、〈善きもの〉〈尊きもの〉であることは、間違いのないところだろう。
 失礼だとは思いつつ、あまりにも可愛くて、黒い犬から目が離せないでいるわたしに、スイシャク様とアマツ様が、こっそりとイメージを送ってくれた。〈あれなるは、愛しき《たま》の一柱ひとはしら〉〈これから長きときを経て、神に連なるやも知れず〉〈さて、神成かんなりは、幾千年後か〉〈気に入りたる人の子を、一途いちずに守る霊なれば〉って。気難しそうなサミュエル会頭は、どうやら、可愛い犬の御霊みたまに、守られている人らしいんだ。
 
 大きな個室に入って、サミュエル会頭や不動産屋さんたちが席に着くと、お母さんが、優雅にお辞儀をしていった。
 
「改めまして、ようこそお越しくださいました、皆様。本日は、この素晴らしいお店をお貸しいただき、わたくしの主人が作りますお料理を、皆様にご賞味いただきます。どうぞ、楽しみになさってくださいませ。必ずや、皆様のご期待を超えてみせますわよ」
 
 真夏の太陽みたいに、堂々として明るく、ちょっと挑戦的に微笑んで、お母さんが手を広げると、ちょうどルルナお姉さんが現れた。〈野ばら亭〉でお給仕をしているときと同じ、ぴしっとのりのきいた黒い制服に、清潔な純白のエプロン姿で、いつものルルナお姉さんよりも、きりっとした顔をしている。
 ルルナお姉さんが押しているワゴンには、ふかふかのおしぼりや食器類がっていて、すぐにでも食事が始まりそうな感じなんだ。サミュエル会頭の頭の上の犬なんて、ものすごい勢いで、三本の尻尾を振り始めているしね。
 
 わたしとアリアナお姉ちゃんは、お母さんと一緒にお辞儀をして、自分たちの個室に戻った。サミュエル会頭のこととか、犬のこととか、気になるのは確かだけど、今は、お父さんのご飯を堪能たんのうしよう。
 お母さんが確信しているように、サミュエル会頭とお父さんの〈勝負〉は、お父さんが勝つに決まっているんだから!
 

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