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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 幕間書簡(9) テオルド・シュルツ(エスメラルダ)とトーマス・パテオ

幕間書簡(9)

テオルド・シュルツ(エスメラルダ)とトーマス・パテオ

〈王都で人気の服飾店〈花と夢の乙女たち〉のオーナー兼デザイナーのテオルド(エスメラルダ)と、他国にまで入手ルートを持つ繊維・毛織物問屋の後継者であるトーマスとの書簡〉

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親愛なるトーマスへ

 急で申し訳ないんだけど、折り入ってお願いがあるの。あたしのイメージしたデザインに合う生地を、早々に探し出してほしいのよ。大切な親友の頼みだと思って、何とかしてくれないかしら?(あたしは、親友じゃなくて恋人でもいいのよ? あなたがその気になってくれるのを、いつまでも待ってるわ!)

 さて、どうしてこんな頼み事をしているのか、理由から書くわね。実は今日、うちの店に、とんでもないお客様が来てくれたの。名画の美女よりもろうたけた美少女と、あり得ないくらい可愛い美少女と、すっさまじい美女の三人組よ。お母さんと姉妹だそうで、確かに顔は似ているんだけど、あそこまで美しい母娘って、ある種の奇跡だと思うわ!
 トーマスったら、今、鼻で笑ったでしょう? エスメラルダのいうことは、大袈裟おおげさなんだからって。残念でした。大袈裟どころか、あなたが想像する十倍はすごい美少女と美女だったと思うわよ? 

 その麗しい母娘が、お店に入ってきた瞬間、あたしは一つの天啓てんけいを得たの。これまでは、誰よりも可愛いドレスを作って、女の子たちを綺麗にしてあげているって思っていたけど、その考えは傲慢ごうまんだった。真の美しさと可愛さの前には、あたしのドレスでは、まだまだ力不足だったって!
 美人姉妹のお姉様で、内側から光り輝いているんじゃないのっていうくらい、圧倒的に美しいアリアナちゃんに着てもらうには、あたしのドレスの生地は深みと透明感が不足していた。美人姉妹の妹様で、見た瞬間に身悶みもだえしたくなるくらい可憐なチェルニちゃんに着てもらうには、あたしのデザインは繊細さに欠けていた。美人姉妹のお母様で、このあたしが、ふらふら引き寄せられそうになったほど魅力的な、ローズお姉様に着てもらうには、あたしのドレスはデザインが画一的だった。つまりは、ドレスがモデルに負けていたのよ……。

 実際には、お美しいローズお姉様が、あたしのデザインを気に入ってくださって、何枚か買っていただいたわ。当然、ものすごく似合っていたし、あたしのドレスも素晴らしかった。でも、ドレスがモデルを引き立てたんじゃなく、モデルが素晴らしいからこそ、ドレスが良く見えただけだったんじゃないかしら?
 あたしは、自分のことを天才的なデザイナーだと思っているし、高い評価も得てきたわ。実家から勘当されてでも、デザインの道を極めようって、決意を固めていた。そのあたしが、デザインとかドレスとっていうものを、根本的に見直さなくてはいけない気持ちになったんだから、美しさって罪なものね。

 だから、トーマス。あたしのために、極上の生地を集めてちょうだい。単に値段が高いだけの、高級な生地っていう意味じゃないのよ? 可愛い女の子が夢見るような、美しくて繊細な生地が必要なの。光を弾いて輝くサテン、上品で透明感のある色合いのタフタ、究極に手のかかった繊細なレース、羽根のように軽く透き通るオーガンジー、鮮やかな色と柄のシャンタン……。ああ、想像するだけでうっとりするわ!
 あの母娘に出会ってから、デザインのイメージがいくらでも湧いてくるの。作りたくて、作りたくて仕方ないのに、生地や縫製が追いつかないのよ。この悔しさ、トーマスならわかってくれるでしょう? 何枚かデザイン画も同封するから、相応しい生地を探してね。

 〈花と夢の乙女たち〉の天才デザイナー、エスメラルダは、今日、新しく生まれ変わったわ。可愛くて綺麗なだけじゃない、女の子と女の人を、何倍にも可愛らしく、美しく見せることのできる夢のドレスを、このあたしが生み出すのよ!

 とにかく、トーマスには、お父様の商会の総力をあげて、あたしのために生地を探してほしいの。具体的なイメージを伝えたいから、近いうちにお店に来てね。連絡を待っているわ。

     あなたのエスメラルダより

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テオルドへ

 あのさ、テオ。いつもいつもいってるけど、〈あなたのエスメラルダ〉とか、本当にやめてくれよな。

 男のおまえが、ドレスだの花だの宝石だの、とにかく綺麗なものが大好きで、自分が着飾ることを楽しんでいるのは、よく知っている。幼馴染だからな、おれたち。ドレスのデザインが天職で、小父おじさんの反対を押し切って、家を飛び出したことも、勇気のある選択だったと思っている。小父さんの力を当てにせず、大きな借金を背負ってまで、自分で店を出したことも、心から尊敬している。立派だよ、おまえは。
 でもさ、テオ。どうしてエスメラルダなんだよ? おまえってば、別に〈心は女〉っていうやつじゃないよな? それどころか、おれなんて、足元にも及ばないくらいの女好きで、いつも彼女を怒らせていたじゃないか? いくら女装が似合ってて、誰も男だとは気付かないくらいの美女になるからって、ちょっとどうかと思うんだけど……。

 まあ、おまえのことは別にいいや。あのフリルとレースとリボンだらけの店で、違和感なくオーナー兼デザイナーをやるには、テオルドよりもエスメラルダの方が似合ってるんだろう、多分。いつかテオがいってたみたいに、〈自分がデザインしたドレスを、自分が着るからこそ、わかってくることがある〉んだろうしな。

 生地については、全力で協力するよ。おまえが送ってくれたデザイン画、素晴らしかったからな。おれみたいに、女の服より中身にしか関心のない男から見ても、今までのデザインより格段に進歩していたと思う。何というか……ひらひら、ふりふりした可愛いだけのドレスから、天使が着るみたいに繊細なドレスになってるよな?
 あのデザインを生かすには、平凡な生地や高級なだけの生地じゃだめだ。神事の衣装にするくらいの、品格っていうものが必要だと思う。それで作るのが、ピンクのでっかいリボンだったとしてもな!

 三日後、おまえの店まで行くよ。いつもの通り、裏口から入って良いだろう? おまえの店って、男が入るには、ものすごい勇気がいるからさ。親父に話しておくから、晩飯はうちの家で食おうぜ。うちの父さんと母さんは、昔っからテオルド贔屓びいきだもんな。
 そうそう。おまえの家族は、相変わらず皆んな元気だ。小父さんと弟のシグルドは、王国騎士団の騎士として頑張っているし、小母おばさんは張り切って料理教室に通ってるってさ。もうそろそろ、家にも顔を出してやれよ。小父さんだって、本心では、おまえを応援しているんだからさ。知ってるだろう、テオ?

     トーマスより

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愛するトーマスへ

 もうもう、何て良い男なの、トーマスったら! あんな愛にあふれた手紙を送られたら、わたしの心も燃えちゃうじゃないの! そりゃあ、あたしは女の子を愛しているけど、トーマスのことだって、やっぱり愛してるのよ。知ってるでしょう、トーマス? 

 じゃあ、店で待っているから、よろしくね。家には……そうね、新しいドレスができたら、一度帰ってみるわ。約束する。

     テオじゃなくて、あなただけのエスメラルダよ!

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