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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-4

 フェルトさんを大公家の後継にしたいっていう、お姫様の衝撃の発言に、わたしたちは石像みたいに固まった。大公家って、ルーラ王国に一つしかないはずだし、貴族じゃなくて王族のはずだし。とにかく、雲の上の存在なんだから、固まっちゃうのが当たり前だろう。
 
 いきなり緊迫した空気の中で、最初に復活したのは、当事者であるフェルトさんだった。フェルトさんは、すっごく凛々しい表情で、こういったんだ。
 
「オディール様のお気持ちはありがたいのですが、わたしには無理です。平民の〈婚外子こんがいし〉として育った身には、過ぎた地位です。それに、わたしは、自分の命よりも、婚約者のアリアナさんが大切です。わたしが婚外子だろうが、連座されるかもしれない罪人の血族だろうが、一瞬の迷いもなく受け入れてくれたアリアナさんと、カペラさんご一家は、大公家とは比べ物にならないほどの宝物です。オディール様のお気持ちだけいただき、わたしは守備隊のフェルトとして生きていきます」
 
 おお! フェルトさん、カッコいい! さすが、わたしが見込んだだけのことはあるよ。まあ、わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんが、それだけ見る目があったっていうことなんだけどね。
 
 フェルトさんに拒否されても、お姫様は怒らなかった。それどころか、とっても嬉しそうに、花が咲いたみたいな笑顔になって、横にいるマチアスさんを見た。うふふって。
 
「フェルトは、素晴らしい男性に成長しましたね、マチアス。わたくしたちは、フェルトの教育どころか、名乗りもできなかったけれど、孫が立派になってくれて、本当に嬉しいわ。ありがとう、サリーナ」
「畏れ多いお言葉でございます、オディール様」
「もう〈義母上〉と呼んでもいいのだよ、サリーナ。フェルトは、本当に良い男に育ちましたね、姫。ありがたいことだ。しかし、そう簡単に断らないで、話だけは聞いておくれ、フェルト。わたしたちは、おまえの意思を尊重するつもりだが、家を継ぐことは、悪いことばかりではないからな」
「そうさせていただきなさい、フェルト。マチアス様やオディール様は、おまえのためにならないようなことを、強要したりはなさいませんよ」
「……。わかりました。話だけはお伺いいたします」
「ありがとう、フェルト。嬉しいわ。まず、アリアナさんとの婚姻についていえば、反対する気など微塵みじんもありませんよ。素晴らしいお嬢さんと、素晴らしいご家族ですもの。フェルトが貴族家の当主になるとしても、それは変わらないわ」
「アリアナさんを、カペラ家のお嬢さんのまま、正式な妻に迎えることが可能なのですね? カペラ家とアリアナさんが承知してくれたら、ですが」
「もちろんよ。他国はともかく、ルーラ王国では、貴族と平民の婚姻は合法ですもの。どこかの貴族との養子縁組など、まったく必要ありません。アリアナさんには、カペラ家のお嬢さんとして、輿こし入れしていただきたいの」
「正式な妻であり、唯一の妻ですよ? 何があっても、わたしが死ぬまで」
「当たり前です。アリアナさん以外の女性に目移りなどしたら、わたくしが、あなたを氷漬けにしてあげるわ。永遠にね」
 
 そういって、お姫様はにんまりと笑った。お姫様は、アリアナお姉ちゃんのことを、本当に大切に考えてくれているんだろう。ちょっと部屋が寒くなるくらい、迫力のある笑顔だったからね。わたしなんて、大公のお屋敷で、お姫様が使った氷の神霊術を見ているから、余計に怖かったよ。
 一方のフェルトさんは、お姫様の言葉を聞いて、一気に肩の力が抜けたみたいだった。フェルトさんにとって、お姉ちゃんとの結婚は、最優先みたいだから、それが保証されたことで、落ち着いて話を聞く気になったんだろう。
 お姫様は、優しくうなずいてから、話を続けた。
 
「ふたつ目に、爵位なのだけれど、大公位につけるのは、三代までと決まっているの。うちの家系でいうと、王弟であった父が初代。愚弟が二代。わたくしが三代目となります。わたくしの孫であるフェルトは、初代から数えて四代目になるので、フェルトが爵位を継ぐと同時に、大公から公爵へと爵位が下るの」
「姫のおっしゃるのは、あくまでも通例だよ、フェルト。大公が犯した大罪を考えれば、さらに爵位を落として、侯爵位になることもあり得る」
「ええ。愚弟の罪を思えば、本来は断絶するべき家ですもの。わたくしの代から、侯爵に下がっても良いと思うし、陛下や宰相閣下にもそう上申するつもりよ。それ以下になると、口うるさい貴族たちに、いろいろと勘ぐられるので、侯爵位は確定ではないかしら。大公ではなく侯爵なら、少しは気が楽になるでしょう、フェルト?」
 
 うわ。こういう交渉にかけては、やっぱり王族なんだね、お姫様。最初は大公家と思わせておいて、実際は侯爵だからって、フェルトさんを安心させようとしているんだから。
 わたしの大好きな、〈豪腕〉のお母さんは、お姫様の作戦がわかったみたいで、ちょっと悪い顔で微笑んでいるけど、他の人たちは、何となく〈大公は無理だけど、侯爵ならましかも〉って、思っちゃってるよ。それって、錯覚だからね、皆んな。侯爵なんて、ルーラ王国に十家くらいしかない、本物の大貴族なんだからね!
 
 今のルーラ王国には、千七百家くらいの貴族家があるんだけど、その半数以上は一代限りの〈騎士爵〉で、三割くらいが〈准男爵〉と〈男爵〉、一割が〈子爵〉だったと思う。上位貴族って呼ばれるのは、〈伯爵〉以上の爵位の場合で、全体の一割にもならないんだ。特に今、大公家は一家、公爵家は三家、侯爵家は十家くらいしか存在しない……んじゃなかったっけ?
 ネイラ様と出会ってから、〈ルーラ王国の貴族制度〉っていう本を読んだから、間違いないと思う。いろいろと雑学を仕入れたい少女なのだ、わたしは。
 
「資産関係も、心配するほどのことはないのよ。大公家ですから、王都の屋敷は広いし、別邸もいくつかあるし、領地もいただいているけれど、爵位が下がるとなると、一部を王国に返上することになると思うの。特に、愚弟の関わった悪事の結果、被害を受けた方々も多いので、その賠償にてていただけるよう、金銭の大半は王家にお預けするつもりでいます。そうした始末を済ませると、大公家、または侯爵家といっても、たいした資産家ではなくなるのではないかしら?」
 
 お姫様の説明を聞いて、フェルトさんは、安心したように表情をゆるめた。お父さんやお姉ちゃん、総隊長さんも、感心したみたいにうなずいている。大人のくせに、ちょっと単純なんじゃないの?
 お姫様とマチアスさんは、そんな皆んなの様子を見て、満足そうな笑顔を浮かべた。こっちが嬉しくなるくらいの、心からの笑顔だった。
 
「ここにいらっしゃるのは、爵位が下がる、財産がなくなると聞いて、安心した顔をする方々ばかりなのね。とてもめずらしくて、とても素晴らしいわ。ありがたいこと。フェルトは、本当に人に恵まれているのね。そうは思わない、マチアス?」
「思いますとも、姫。アリアナさんのようなお嬢さんに愛され、カペラ家のような家族に迎えられるとは、フェルトは幸せ者です。息子を亡くした親としては、クルトが守ってくれたのだと思いたいものです」
「わたくしたちの大切な、優しいクルトのことですもの。残していかなくてはならなかった、小さなフェルトを、今も見守っているに違いないわ」
「ええ、本当に。そして、フェルト。おまえにも、命に代えても守りたい人たちがいるのだろう? ならば、大公家を継ぐ話は、真剣に考えた方がいいのではないかと思う。大公家など、アレクサンスの不始末の責任を取って、潰してしまえばいいとお考えだった姫が、おまえを後継にとおっしゃるには、相応の理由があるのだよ」
「理由ですか、マチアス閣下? それをお教えいただけますか?」
「理由はただひとつ。アリアナ嬢の身を守るためだよ、フェルト。オルソン猊下げいかの鏡を通して、アリアナ嬢をひと目見たときから、姫はアリアナ嬢を心配しておられる。正確にいえば、おまえとアリアナ嬢の将来だがね」
 
 突然、思ってもいないことをいわれて、わたしの心臓がぎゅって痛くなった。お姫様が、アリアナお姉ちゃんを心配するって、どういうこと?
 不安になって、お父さんとお母さんを見ると、二人ともむずかしい顔でマチアスさんを見つめていた。でも、どうしてだか、驚いた様子には見えない。お父さんもお母さんも、心当たりでもあるんだろうか?
 さっと顔色を青くしたフェルトさんは、慌ててマチアスさんに尋ねたんだけど、それに答えたのはお姫様だった。
 
「アリアナさんの身に、危険が迫っているということでしょうか、閣下? 何か、情報を持っておられるのですか?」
「情報ではなく、わたくしの予測なのよ、フェルト。アリアナさんは、あまりにも美しすぎるのだもの。何かの加護があるようだから、キュレルの街にいるだけなら、やり過ごせたのかもしれないけれど、今後はきっと難しくなるわ。アリアナさんは、ますます光り輝くように美しくなるだろうし、カペラ家はやがて王国中の注目を集めるでしょう? 隠して守ることが難しいなら、誰も手出しができないように、権力を壁にする方がいいのではなくて? 賢明なご両親は、そのあたりのことも、よくお考えになっていると思いますよ?」
 
 お姫様ってば、何をおっしゃっているんでしょう? お姉ちゃんは綺麗だけど、ものすごく綺麗だけど、蜃気楼の神霊さんが、これからも守ってくれると思うんだ。
 それに、カペラ家が王国中の注目を集めるって。お父さんやお母さんが、何かを考えているって、どういうこと?
 
     ◆
 
 わたしが首をひねっていると、お姫様とマチアスさんが笑いかけてくれた。何だかくすぐったくなるくらい、親し気で優しい表情。アリアナお姉ちゃんだけじゃなく、わたしのことも〈身内〉だと思ってくれているんじゃないかな。えへへ。
 
「オディール様のおっしゃることは、よくわかります。アリアナさんは、本当に美しい。大貴族や王族に見染みそめられたとしても当然で、今まで無事だったことの方が、奇跡だと思います。わたしからは、それ以上はいえませんが……」
 
 困った顔をして、口をつぐんだフェルトさんに、助け舟を出したのは、わたしの大好きなお父さんだった。フェルトさんは、アリアナお姉ちゃんと蜃気楼の神霊さんのことを知っているけど、勝手には話せないからね。わたしが見込んだだけあって、思慮深い人なんだ、フェルトさんは。
 お父さんは、一度だけ、横にいるお母さんの目を見てうなずいてから、お姫様とマチアスさんにいった。
 
「口をはさむご無礼を、お許しくださいますでしょうか、姫君、閣下?」
「もちろんですわ、カペラ殿。祖父祖母と名乗りもしなかった身で、厚かましいのは承知しておりますけれど、わたくしたちは、もう親族のようなものですわ。少なくとも、わたくしの心の中では。どうぞ、何でもおっしゃってね?」
「ご配慮を賜り、誠に畏れ多いことでございます。アリアナのことは、わたくしどもも苦心して参りました。実は……」
 
 お父さんは、慎重に言葉を選びながら、アリアナお姉ちゃんのことを話し始めた。生まれたときから、とてつもなく美しくて、たくさんの人が養女にしたいと迫ったり、誘拐しようとしたりしたこと。お父さんとお母さんは、アリアナお姉ちゃんを守りきれないんじゃないかと心配して、お姉ちゃんの顔に傷をつけようかと悩んでいたこと。お姉ちゃんが一歳になったとき、蜃気楼の神霊さんに印をもらったこと。お姉ちゃんが大きくなるまでは、お父さんとお母さんが、蜃気楼の神霊術を使って、アリアナお姉ちゃんを〈常識の範囲内の美人〉に見せていたこと……。
 
 お姫様とマチアスさん、それにフェルトさんのお母さんは、びっくりした顔をしたまま、熱心に話を聞いてくれた。
 
「まあまあ、まあまあ。何ということでしょう。では、こんなにも美しいアリアナさんは、まだ隠蔽いんぺいされた姿なのね?」
「左様でございます、姫君。そして、フェルトとの婚約の話が出てから、アリアナの美しさを、隠しきれなくなっている気がして、妻と共に案じていたのです。おまえも、何か感じているんだろう、アリアナ?」
「はい、お父さん。印は授かったままですし、必要なときにはお力を貸してくださると思うのですが、偽装の効力そのものは、段々と薄れている気がします。〈役目を終えた〉という尊いお声が、聞くともなく耳に残っているような……」
「それは、〈神韻しんいん〉ですよ、アリアナさん」
 
 その瞬間、お姫様の口にした〈神韻〉っていう言葉が、神々しい気配を伴って、うちの応接間に響き渡った。
 
 町立学校のおじいちゃんの校長先生が、以前に教えてくれた言葉だから、意味は知っているよ。〈神韻〉っていうのは、神霊さんの〈言霊ことだま〉の余韻よいんみたいなものなんだ。
 神霊さんの〈言霊〉は、人の身で聞くことのできるものではないから、微かな気配とか、薄っすらとした記憶となって、神霊さんの意志である〈神意しんい〉を、わたしたちに伝えてくれるらしい。〈神韻〉を捏造ねつぞうしたり、勝手に〈神韻〉だと思い込んじゃったりする人が出てくるのは、ルーラ王国の困ったところなんだけどね。
 
「アリアナさんの聞いたお声は、間違いなく〈神韻〉でしょう。蜃気楼のご神霊による偽装術を使い続けるなど、本来であれば、人の身には過ぎた力ですからね。神霊術を用いなくても、アリアナさんを守れるようになれば、役目を終えたとおぼすのではないかしら?」
「やはり、そう思われますか、姫君? わたくしと妻も、そう考えております。これもまた、ご神霊のご意向なのかもしれません」
「ご神霊の恩寵おんちょうに頼らずとも、アリアナさんを守れるのであれば、ご神霊はそれを望まれましょう。そしてね、フェルト。ルーラ大公家の継嗣けいしとしての身分は、アリアナさんへの強い守りになるのよ」
「大貴族の、つっ、妻であれば、不用意に手を出せなくなるという意味なのでしょうか? わたしが、大公家の継嗣けいしとなれば、アリアナさんは、大公家の、よっ、嫁という立場になりますので」
 
 フェルトさんってば、〈妻〉だの〈嫁〉だのいうたびに、赤くなってどもっちゃってるんだけど? わたしも、ネイラ様に、こっ、恋をしているんだって思うだけで、心理的にも口調的にもつっかえちゃうから、人のことはいえないけどね。
 
「そうよ、フェルト。ルーラ大公家に輿入れするお嬢さんに、手出しをする命知らずなど、そうはいないでしょう。何よりも、ルーラ大公家には、騎士団がありますからね」
「大公騎士団ですか?」
「そう嫌な顔をするな、フェルト。もちろん、今の騎士団員は全員を残らず更迭こうてつする。大公の命令だからと、簡単に人の命を奪おうとする恥知らずなど、害毒にしかならないからな。大公騎士団の団長や、主だった騎士たちは、裁判を受けてから、ある程度の罪に問われるだろう」
「大公騎士団に、アリアナさんの護衛をさせるべきだと、決めつけているわけではないのよ? 窮屈に思われるでしょうし、アリアナさんなら、きっと自分の身は自分で守れるのでしょう。ただ、騎士団を持つ家の妻女を害そうとする者は、やはり滅多めったにいないと思うの。あなたが、自由に生きていきたい気持ちは、わたくしにもわかるのだけれど、ある程度の重荷を背負うからこそ、かえって自由になれる場合もあるのではないかしら?」
「……お心遣い、ありがたく存じます、オディール様。よく考えてみます」
「本来は、ゆっくりと時間をかけて選択するべき問題だが、あまり猶予はないかもしれないのだ、フェルト。カペラ家を取り巻く環境は、間もなく変わり始めるだろうから。そうではありませんか、カペラ殿?」
 
 そういったのはマチアスさんで、深い色をした瞳は、じっとお父さんを見つめている。わたしたちを取り巻く環境が変わるって、どういうこと? 大好きなアリアナお姉ちゃんが、本当はもっとすごい美人だって、わかっちゃうから?
 わたしが、ぐるぐると悩んでいると、お父さんは、大きなため息をついてから、マチアスさんに向かって頭を下げた。
 
「オルソン猊下げいかも、あまり時間はかからないのではないか、というお見立てでございました、閣下。わたくしと妻は、せめてあと一月ひとつき二月ふたつき、チェルニが王立学院に入学するまでは、猶予をいただきたいと思っていたのですが、難しいのかもしれません」
「息子しか持たなかったわたしには、相応ふさわしい言葉は浮かびません。これほどまでに愛らしいお嬢さんたちなのですから、ご心中はお察しいたします」
「マチアスったら、この上もなくありがたく、尊いことですのに、何をいっているの?」
「真っ当な父親は、娘には平凡な幸せをつかんでほしいと、願っているものなのですよ、姫。そうでしょう、カペラ殿?」
「左様でございます、閣下。一人の父親としては、どちらの娘にも、穏やかな人生を歩いてほしいと考えておりましたが、どうやら無理なようです。アリアナはまだしも、チェルニは背負うものが大き過ぎますので。〈見神けんしん〉の機会など、人の子の身には過分なものですのに……」
 
 〈見神〉。ルーラ王国では、神霊さんに〈まみえる〉ことを、〈見神〉っていう。〈げき〉や〈〉にしか許されないんじゃないかって思われている、それは神事しんじを超えた神事なんだ。
 
 お父さんが口にした言葉は、何だかすごく重い響きを伴って、わたしの意識の中に入り込んできた。
 あれ? あれれ? スイシャク様やアマツ様は、ご分体としての顕現けんげんだから、尊いことは同じでも、〈見神〉とはいわない……んだよね……?
 
 ぐるぐる、ぐるぐる。ぐるぐる、ぐるぐる。何だか、不安になっちゃって、考えがまとまらない。わたし、チェルニ・カペラは、十四歳の少女にして、激流に流される木の葉の気分になっちゃったよ……。
 

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