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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-8

 それが、新たな神霊さんを顕現けんげんさせる〈呼び水〉になるとも知らず、わたしは、厳かな気持ちで座礼の形を取った。床に座って、目をつむって、〈祈祷きとう〉の準備を始めるんだ。
 
 祈祷っていうのは、神霊さんに願い事をすることだって思われがちだけど、わたしの大好きな、おじいちゃんの校長先生は、別の意味も教えてくれた。〈尊き神々とつながりを持つことも、祈祷というんじゃよ、サクラっ。何の願い事もなく、ただ、心をご神霊への感謝で満たすことこそ、真の祈祷かもしれんなぁ〉って。
 校長先生は、そういいながら、にこにこと笑っていた。すっごいおじいちゃんだから、言葉の選択が古すぎて、わたしを〈サクラっ娘〉なんて呼んでしまう校長先生は、本当に立派な教育者なんだと思う。
 
 校長先生の教えを思い出して、わたしは、神霊さんへの感謝の気持ちで、頭と心をいっぱいにした。いとも尊いアマツ様は、わたしの安全を願って、自分の羽根を与えようとしてくれた。アマツ様の依頼を受けて、羊を司る神霊さんが、アマツ様の羽根を毛糸にしてくれた。
何て畏れ多くて、何てありがたいことなんだろう……。
 
 わたしが、一心に感謝を捧げていると、わたしの中の最も深いところ……強いていうなら、魂の核とでもいう部分に、ひとつのイメージが浮かび上がってきた。
 一面がほのかな乳白色のもやに包まれた、果ても見えない広大な空間の中で、真紅の光と金色の光が交差している。その近くでは、黒と白の幾何学模様が混じり合った、可愛いパッチワークみたいな光の固まりが、ゆっくりと点滅しているんだ。
 
 誰に教えられたわけでもないのに、わたしにはわかった。真紅の光はアマツ様で、金色の光とパッチワークの光も、何かの神霊さんに違いない。アマツ様は、わたしのために、他の神霊さんたちに頼みごとをしてくれているんだって。
 本当なら、もっと鮮明で、遥かに尊くて、絵にも書けないほど美しい……これは、多分、神世かみのよの光景なんじゃないだろうか? わたしの魂の器が小さくて、アマツ様やスイシャク様の御名ぎょめいも呼べないくらいだから、こんなふうにぼんやりとしか見えないんだろう、きっと。
 
 そう意識した途端、真紅の光にしか見えなかったアマツ様が、ゆらりと姿を変えた。ゆらりゆらり、くるりくるり。やがて、ほのかな白い靄の中に現れたのは、例えようもない神々しさをまとった、巨大な紅い鳥だった。
 
 紅い鳥は、思わず息を飲むほどに大きかった。王都にそびえ立っている王城よりも、もっと大きかったかもしれない。
 胴体の部分は赤みがかった金色で、そこから羽根の方にいくに連れて、紅く紅くなっていく。朱色と金色の鱗粉を振りく羽根先は、轟々ごうごうと渦巻く炎に燃え盛り、陽炎かげろうが立ち上るほどだった。
 紅い色の中に一点、発光するかのような銀色の瞳は、ヴェル様が見せてくれた、〈鏡の世界〉のご神鏡にそっくりだった。金と紅に燃え立つ中で、その美しい瞳だけが、涼やかに優しい。
 
 わたしの肩の上にとまって、可愛い頭をすり寄せて、ぱくぱくご飯を食べるアマツ様からは、想像することさえできない。神世に浮かぶ紅い鳥は、太陽かと見紛みまがうばかりに強大で、神秘的な存在だったんだよ。
 いくらご分体とはいえ、この偉大な神様であるアマツ様と、一緒のベッドで朝寝坊したり、ご飯のお給仕をしたり、羽根にブラシをかけようとしていたのか、わたし……。
 
 自分の罰当たりな言動に衝撃を受けて、わたしがふらふらしている間に、神様たちの相談がまとまったみたいだ。アマツ様が、ひらりと羽根を動かすと、根元の方から小さな羽根が一本抜けて、ふわふわと靄の中を漂っていった。
 小さいといっても、巨大なアマツ様と比べたらっていう意味で、その羽根だけでも、うちの家よりは大きかったと思う。
 赤みがかった金色から、深い深い紅まで、美しいグラデーションに染まった羽根は、根元に近い一ヵ所だけ、金色と赤色とが混じり合った、輝く薔薇色を見せている。これは、あれだ。アマツ様が、わたしの髪の毛のことを、〈尾羽の中段の色味に似ている〉っていってたのは、この薔薇色のことなのかな? 嬉しいといえば嬉しいけど、それって、あまりにも畏れ多いですよ、アマツ様。
 
 ふわふわと漂っている羽根に向かって、今度は白黒の光が、そっと近寄っていった。何となく、紅い羽根を敬っている感じがするのは、パッチワークの光が、とっても可愛くて、ちょっとだけ親しみやすい気がするからかもしれない。
 
 パッチワークの光が、紅い羽根を包み込むと、すぐにすさまじい輝きがほとばしった。まぶしさのあまり、つむったままの目を、もう一度ぎゅっとつむる。
 やがて、目もくらむほどの眩しさが消え去ると、乳白色の靄の中にひと巻き、わたしの身長くらいの大きさの、巨大な真紅の毛糸玉が浮かんでいたんだ。
 
 さっきまでは、厳粛な神話のような光景だったのに……何だろう、これ……急に牧歌的な感じになっちゃったよ……。
 この流れでいくと、パッチワークの光の神霊さんが、羊を司る神霊さんなんだよね? 偉い神様なのはわかっているけど、妙に可愛い。
 
 わたしが、勝手にほのぼのしていると、今度は金色の光がほとばしって、毛糸玉を包み込んだ。何をするつもりなのかわからなくて、ちょっと驚いたけど、アマツ様は、平然と靄の中に浮かんでいるから、きっと大丈夫なんだろう。
 金色の光を受けた毛糸玉は、一瞬、鮮やかな金色に輝いたかと思うと、するするとほどけていった。紅い毛糸の周りを、金色の光が渦を巻き、一緒になって解けていく。するするするり、するするするり。
 
 まるで生き物みたいに、ほのかな乳白色の靄の中を、紅い毛糸が金色の光をまとって泳いでいく。しばらくすると、金色の光は、紅い毛糸に吸い込まれていき、アマツ様の胴体と同じ朱金しゅきん色に輝いていた。
 毛糸は、金の光を吸い込んだところから、もう一度巻かれていった。くるりくるり、くるりくるり。全部の毛糸が巻かれると同時に、アマツ様が前足で毛糸をつかみ取った。わたしにはわからないけど、ご神鳥の羽根を毛糸にしちゃうっていう、どう考えても無理な変換が、これで終わったらしい。
 
 目の裏に浮かんできた光景は、とてつもなく不思議で、ちょっとおもしろいものだったけど、アマツ様からの身に余る好意と、二柱ふたはしらの神霊さんの協力のお陰で、わたしのショートマフラーが製作されたんだよね。
 ご神鳥の羽根を、二柱の神霊さんが毛糸に加工して、〈神威しんいげき〉であるネイラ様が、手ずから編んでくれたショートマフラー……。敬虔けいけんな神霊庁の神職さんが聞いたら、卒倒しちゃうんじゃないの? 神職じゃないわたしだって、改めてさっきの光景を思い出すと、畏れ多さに倒れそうだよ。
 
 これはもう、祈祷するしかないと思う。アマツ様はもちろん、見知らぬ金色の光の神霊さんにも、可愛いパッチワークの光の神霊さんにも、わたしの精一杯の感謝を捧げたい。ネイラ様には、祈祷っていうわけにはいかないから、わたしの心からの感謝と、深い尊敬と、あっ、愛を捧げよう。ネイラ様には迷惑かも、何てことは、今は考えない。考えないったら、考えない。
 
 もう一度、ゆっくりと深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから、わたしは祈祷を始めた。アマツ様への感謝は、直接イメージを送れるから、今回の相手は、金色の光の神霊さんと、パッチワークの光の神霊さんだ。
 わたしは、二柱に同時に祈祷を捧げられるほど、器用でも天才でもないし、まずはパッチワークの神霊さんからにさせてもらおう。
 
 地上を潤す雨水が、輝かしい太陽に照らされて、水蒸気になって天に帰っていく感じ。わたしの感謝の気持ちが、大気中にふわりと溶け出して、霧みたいに広がる感じ。恵みの水蒸気と感謝の霧が、そっとひとつに溶け合って、一緒に空へと立ち上っていく感じ。遥かな高みに登ってから、現世うつしよ神世かみのよの隔たりを超えようと、針みたいに細い細い〈道〉を、螺旋らせんを描きながら昇っていく感じ……。
 
 じっと見守ってくれる、スイシャク様とアマツ様の気配に励まされて、わたしは集中し続けた。もちろん、簡単じゃなかったけど、さっき見た光景が、わたしを助けてくれた。
 白黒パッチワークの、可愛い光の神霊さん。わたしのため、ではないかもしれないけど、ありがとうございました。羊を司る神霊さんって、すごく愛らしいイメージですよね? 羊っていうと、真っ白のもこもこで、顔だけが黒い種類が、可愛くって大好きです。うちのお姉ちゃんが、編み物が得意で、わたしが小さい頃は、何度もあみぐるみを作ってくれました。あみぐるみって、ご存知ですか? わたしも、お姉ちゃんに教えてもらって、作ったことがあるんですよ……。
 
 あれ? 真剣に祈祷を捧げているつもりなのに、何だか妙に馴れ馴れしい感じになっちゃったよ? そして、あみぐるみをイメージした途端に、スイシャク様とアマツ様が、〈はまた!〉とか〈是非もなし〉とか、呆れた感じのイメージを送ってきたのは、どうしてなんだろう?
 
 わたしが、不思議に思った瞬間、針のように細かった〈回路〉が、大きく広がった。そして、凄い勢いで、何かが天から降ってきたんだ。尊くて、畏れ多くて、偉大なる何か。もう、お馴染みになりつつある、神霊さんの気配だった。
 
 その気配は、あっという間にわたしの部屋に顕現して、部屋中を白黒の光で染め上げた。あまりにも眩しくて、目をつむっていたわたしは、左右の肩を叩く、スイシャク様とアマツ様の合図で、そっと目を開いた。
 
 次の瞬間、わたしが、ぱかんと大きく口を開けたのは、仕方ないと思う。だって、わたしの部屋の真ん中に光りながら浮かんでいたのは、抱えるくらいの大きさのある、まん丸でもこもこの、羊の編みぐるみだったんだよ!
 
     ◆
 
 編みぐるみの羊は、とっても愛らしかった。真っ白な毛糸を編み上げた胴体に、黒くて短い手足。頭の部分も、ふわふわした白い毛糸で編まれていて、顔と耳だけが黒いブラックフェイスなんだ。
 黒い顔の中には、まん丸な黒い瞳が輝いている。よく見ると、瞳はぴかぴかのボタンみたい……って、この編みぐるみには、確かに見覚えがあるよ、わたし。それは、大好きなアリアナお姉ちゃんが、わたしの五歳の誕生日にプレゼントしてくれた、お姉ちゃん手作りの編みぐるみにそっくりだった。
 
 神々しく発光しながら、部屋の中で浮かんでいた編みぐるみの羊は、わたしと目があった途端、嬉しそうに飛び跳ねた。ぽんぽん、ぽんぽん、部屋中を跳ね回ったかと思うと、不意にわたしの目の前にやってきた。
 うん。見れば見るほど、お姉ちゃんの羊に似ている。可愛くて、大好きで、いつも持ち歩いていたから、何年かしたらぼろっちくなっちゃって。仕方なく、神霊庁の分庁に持って行って、供養をしてもらったんだ。羊さんは、もしかして、あのとき天に登っていった、お姉ちゃんの羊さんじゃないの?
 
 わたしが、涙を溜めながら、編みぐるみの羊を見つめていると、いつの間にか膝の上に来ていたスイシャク様が、盛大な溜息をついた。ふーっっっす、ふーっっっす。肩に載っているアマツ様なんて、けっこうな勢いで頬に頭突きをしてくるから、首がかくってなっちゃったよ。
 スイシャク様とアマツ様は、次々にメッセージを送ってきた。〈其は誠に粗忽そこつ者也〉〈半ばまで、良き祈祷であったものを〉〈何故なにゆえくも珍妙ちんみょうなる羊を思い浮かべしか〉〈其の思念に引きられ、□□□□□□□は斯くの如きさま也〉って。
 
 どうやら、わたしの目の前にいる編みぐるみの羊は、アリアナお姉ちゃんの羊じゃなくて、羊を司る神霊さんのご分体らしい。そして、尊い神霊さんのご分体が、まん丸な可愛い編みぐるみになっちゃったのは、わたしがそれを思い浮かべたからだっていうんだよ。
 そういえば、スイシャク様が、巨大でまん丸な雀の姿なのも、わたしのイメージのせいだって、いわれていたような……。編みぐるみの羊さんの、濡れたように光る黒いボタンの瞳を見ながら、わたしが、いたたまれない気持ちになったのは、無理のないことだったと思うんだ。
 
 正気に戻ったわたしは、慌てて両手をついて、ご挨拶をしようとしたんだけど、スイシャク様もアマツ様も、退いてくれなかった。わたしは、スイシャク様とアマツ様の眷属だから、そんなに堅苦しく考えなくてもいいんだって。
 
 編みぐるみの羊さんは、丸くて可愛いお尻を振りながら、わたしに向かってイメージを送ってくれた。穏やかで優しくて、温かい雰囲気のメッセージ。最初は、まったく意味がわからなかったんだけど、しっかりと意識を集中させていたら、何となく意味だけは感じ取れるようになってきた。
 羊を司る神霊さんは、わたしが祈祷として送った感謝の気持ちを、〈嬉しく受け取った〉って。わたしに会いたかったから、祈祷が天に昇ってきた〈回路〉を通して、現世に顕現してくれたらしい。〈珍妙なる姿〉になったのも、わたしの編みぐるみへの愛情からだから、気にすることはないって、慰められちゃったよ。
 
 ありがたくって、わたしが深々と頭を下げると、編みぐるみの羊さんは、とことこ歩いて側に寄ってきた。そして、わたしの膝の上に片足をかけると、軽く揺さぶったんだ。自分の通ってきた回路が閉じないうちに、祈祷を続けなさいって。
 そうだった。祈祷は、まだ半分しか済んでいなかった。アマツ様の羽根を金色の光で包み込んでいた、黄金の光の神霊さんにも、感謝を捧げないといけないんだった。
 
 膝の上にはスイシャク様、肩の上にはアマツ様がいて、編みぐるみのご分体も、わたしの太もものあたりに身体をもたれさせている。普通に考えると、まったく集中できそうにないんだけど、実際は逆だった。
 どんなに愛らしくても、親し気でも、世にも尊い神霊さんのご分体には違いない。わたしの部屋は、いつの間にか清々しい神気が漂うばかりになっていて、もう一度、自然に祈りを捧げることができたんだ。
 
 天から降り注ぐ優しい雨が、明るい陽の光を浴びて、空へと帰っていく感じ。わたしの感謝の気持ちが、人の身を離れて漂って、陽炎みたいに昇っていく感じ。天地の循環に寄り添って、固く結びついて離れずに、遥かな天の彼方へと運ばれていく感じ。螺旋の回廊にも見える回路を、上へ上へと駆け上る感じ……。
 
 さっき、わたしの見た光景の中では、美しい金色の光が、紅い毛糸のために、何かの力を加えていた。ただの十四歳の少女でしかないわたしには、その力の意味はわからないけど、畏れ多くもありがたいものだったことは、はっきりと理解できる。
 神々しい金色の光の神霊さん。何をしていただいたのかわからなくって、申し訳ありません。でも、お力添えをいただいたことは、理解しているつもりです。本当にありがとうございました……。
 
 回路が開いたままだったからか、編みぐるみの羊さんのときよりも、今度の祈祷の方がずっと早かった。回路を通じて、遥か彼方の天空から、凄まじい力を持った何かが、真っ逆さまに降ってくる。あっという間にやってきた何か、もうすっかり馴染んできちゃった神霊さんの気配は、黄金の神気を爆発させながら、わたしの部屋を満たしたんだ。
 
 キュレルの街の噂にならないか、心配になるくらいの光が収まったとき、わたしの部屋の中に浮かんでいたのは、きらきらと輝く巨大な黄金の〈水引き〉だった。うん。何が出現しても、もう簡単に驚いたりはしないよ、わたし……。
 
 静まり返った部屋の中で、わたしは、きらきらと輝きを発している、黄金の水引きと見つめ合った。水引きに目なんかないじゃないの、って思わないでもなかったけど、確かに見つめ合っていたと思う。
 そして、唐突に気がついたんだけど、このひと抱えもありそうな水引きって、ネイラ様が呼び寄せていた、契約を司る神霊さんじゃないの? あのときの神霊さんのご分体は、雪の結晶みたいな純白で、目の前に浮かんでいる神霊さんのご分体は、黄金よりも輝かしい金色だけど、複雑な水引きの結び方が、すごく似ているように見えるよ?
 
 金色の水引きも、わたしに何かのメッセージを送ってくれるんだけど、正直なところ、まったく意味がわからない。編みぐるみの羊さんと比べると、メッセージの数が多くて、ひとつひとつが長くて、情報が複雑で、むずかしいんだよ。
 今のわたしに理解できるのは、水引きの神霊さんが、わたしに何かをさせたがっているっていうことだけだった。
 
 無言のまま見つめ合うわたしたちに、しびれを切らしたみたいに、肩口のアマツ様が、わたしの頬に軽く頭突きをした。メッセージを仲介してあげるから、水引きの神霊さんの話を聞いてあげなさいって。水引きの神霊さんは、わたしにお願いがあるんだって。
 もちろん、感謝を捧げるべき神霊さんだから、拒否するなんて選択肢はない。わたしは、元気良く返事をして、アマツ様に従うことにした。
 だって、わたしたちに力を貸してくれて、慈悲を与えてくれて、正しい道を指し示してくれる、ありがたい神霊さんだよ? 深い深いご恩を、少しでもお返しできるんだったら、そりゃあ頑張るよ。十四歳にして、恩を知る少女なのだ、わたしは。
 
 金色の水引きは、わたしの返事を聞いて、嬉しそうに発光した。そして、水引からアマツ様、アマツ様からわたしへと、いくつものメッセージが送られてきた。
 〈我は□□□□□、契約を司る也〉〈不当なる誓文せいもんにて、力の申し子を縛りたる〉〈の□□□□□□□□□□、現世にては《神威の覡》たる御方おんかたの助力にて、誓文は正されん〉〈白は贖罪しょくざい〉〈神威の覡の御前にて、不当なる誓文を正さんと、彼のときは白をまといたる故〉〈契約の神をたばかりし罪、《神敵しんてき》に思い知らせん〉〈裁きの場にて、我が言葉を伝えよ〉って。
 
 待って、待って。水引きの神霊さんのメッセージは、やっぱり複雑だったから、わたしは一生懸命に考えた。アマツ様やスイシャク様に、補足してもらいながら、整理したところによると、水引きの神霊さんは、やっぱり契約を司る神霊さんで、マチアスさんの誓文を破棄するために、ネイラ様が呼び出した神様だった。
 そして、あのとき真っ白だったのは、不当な誓文を受け付けちゃったことを償いたかったからで、神霊さんを騙した〈神敵〉を裁くために、裁判で契約の神霊さんのお言葉を伝えるようにって、そういってるんだよね?
 
 わたしが確認すると、スイシャク様とアマツ様は紅白の光、編みぐるみの神霊さんは黒白の光、契約の神霊さんは金色の光をきらめかせた。どうやら、わたしの解釈で合っているらしい。
 〈神敵〉っていうのは、マチアスさんを騙したり、子供たちを誘拐する手伝いをしたりした、大公で間違いないだろう。人には見えない神霊さんの文字で、額に赤々と〈神敵〉って刻まれていたしね。〈裁きの場〉っていうのは、近々開かれるらしい、神霊庁の裁判のことだと思う。そこで、契約の神霊さんのお言葉を伝えるって……わたしが!?
 
 あまりの無茶振りに、わたしは、石のように硬直した。チェルニ・カペラの人生は、十四歳にして、すでに波瀾万丈はらんばんじょうだよ……。