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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 35通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 ヴェル様って、不思議な方だと思いませんか、ネイラ様?(この文通で、先に〈後ろの方のレフ様呼び〉を試してみようと思ったのですが、無理でした。心理的な抵抗感がすっっごいです。生意気すぎるんじゃないの、とか。馴れ馴れしいんじゃないの、とか。わたしの、わりと繊細な心が、勝手に思い止まっちゃうんです)

 何が不思議かというと、まず、ヴェル様の〈大物おおもの感〉です。貴族家のご当主様で、〈神威しんいげき〉であるネイラ様の執事さんなんですから、すごい人なのはわかるんですけど、ヴェル様ってば、迫力がありすぎません?

 ヴェル様が、うちの家に来てくれて、最初に対面したときは、〈王様が来た?〉って思っちゃいました。堂々としすぎているというか、覇気はきがみなぎっているというか、とてもじゃないけど逆らえないというか……。
 わたしの大好きなお父さんとお母さんが、後で教えてくれました。ヴェル様みたいな、ちょっと怖いくらい大物っぽい様子を、〈威風いふうあたりを払う〉っていうんだよって。

 ヴェル様が、ネイラ様の執事さんになったのは、十年以上前なんですよね? ヴェル様が教えてくれました。〈レフ様のご生誕と同時に、わたくしの敬愛する師が、《傅役もりやく》に選ばれ、お側にはべりました。そして、レフ様が十四歳になられ、王立学院の高等部に入学なさると同時に、交代を嫌がる師を説き伏せて、わたくしを執事にお取り立ていただいたのです〉って。
 ヴェル様のお師匠様は、もとの職場に戻って出世するために、嫌々ながら交代したそうなので、わたしも安心しました。(だって、それなりに高齢の方だと、健康上の理由で退職したりするじゃないですか? 一瞬、それを想像しちゃったので)

 ちなみに、見た目からして冷たそうで、近付きにくい感じのするヴェル様は、とっても親切で優しい方でした。それに、悪戯好きでお茶目なところがあって、一緒にいると楽しいんです。ネイラ様は、もちろん、ご存知だと思いますけど。
 ヴェル様は、本気なんだか冗談なんだか、ちっともわからない冗談をいいながら、わたしの勉強をみてくれています。わたしが、ヴェル様の質問に答えるたびに、〈素晴らしいですね、チェルニちゃん。不出来な王族や貴族どもに、爪のあかでもせんじて飲ませたいところです。いや、豚に真珠ですので、やめておきましょうね。ふふふ〉っていうんですけど……あれって冗談……ですよね?

 そんなヴェル様は、ネイラ様のことが本当に大好きで、何よりも大切に思っているみたいです。わたしたちの話の半分は、ネイラ様のことですから。
 〈傅役〉のお師匠様を、いつも〈じい〉って呼んで、人嫌いのネイラ様にしては懐いていたこと。ネイラ様のお父さんは、とっても豪快な方で、気難しい息子(ヴェル様がそういったんです!)を、いつも大らかに見守っていること。ネイラ様のお父さんとお母さんは、息子がかまってくれないので、二人で仲良くしていること。ネイラ様が、穏やかで冷静な人に見えるのは、感情を抑えていないと、物理的に天候不順になっちゃうからだということ……。

 ヴェル様を、うちに派遣してくれて、本当にありがとうございます。いろいろな話が聞けて、クローゼ子爵家の怖さを忘れさせてくれて、わたしはとっても嬉しいです。

 では、また。次の手紙で会いましょうね!

     アマツ様への質問を考えるのが、楽しくて仕方ない、チェルニ・カペラより

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人間関係において、大変に包容力があると思われる、チェルニ・カペラ様

 きみとパヴェルが、上手く人間関係を築いてくれているようで、とても安心しました。パヴェルは、気難しいところのある男なので、きみに対しても、儀礼に沿った接し方をするのではないかと思っていたのですが、見事に予想が外れましたね。
 明るく、大らかで、聡明で、優しいという、きみの性質の素晴らしさが、パヴェルを魅了したのでしょう。きみたちが仲良くなってくれて、わたしも嬉しく思います。

 パヴェルは、いわゆる貴族のたしなみとして、ユーモアを解する男ではありますが、自分から冗談を口にすることは、ほとんどありません。というか、冗談に思われる口調と表情で、本音を話す男なのです。
 きみに話している、少しばかり問題のありそうな言葉は、ほぼ全てが本音だろうと思われます。困ったものですね。

 わたしが、〈気難しい息子〉だというのは、ある意味、正しい評価だと思います。わたしなりに、現世うつしよの父母を敬愛していますし、あまり反抗したこともありません。ただ、わたしには、世の常の親子関係というものが、今ひとつわかりにくく、結果的に距離を感じさせてしまったのでしょう。

 きみからの手紙には、いつも〈わたしの大好きなお父さん、お母さん、お姉ちゃん〉と書かれていますね。きみの言葉の素直さと、きみたち家族の親密さに、わたしも思うところがありました。
 縁あって、この現世で親子の契りを結んだのですから、わたしの親となってくれた方々と、もっと理解し合いたいと考えるようになったのです。

 先日、きみの父上からいただいた、ブランデーケーキを食べながら、そんな話をしてみたら、母に泣かれてしまいました。とても嬉しい、と。
 母にとって、わたしは〈神々からあずかれる宝珠ほうじゅ〉ではなく、血を分けた唯一の息子なのだそうです。
 いつも大らかな父は、そんな母の肩を抱いて、涙を拭ってあげていました。上手く表現するのがむずかしいのですが、この父母のもとに生を受けた喜びを、改めて感じさせられる光景でした。

 ブランデーケーキといえば、わたしの好物について、質問してもらっていましたね。いろいろと考えてみたものの、結局は思いつきませんでした。強いていえば、味の濃すぎるものは好きではなく、特に甘すぎるものが苦手……といったくらいでしょうか。
 今は、きみの父上が作ってくれた、マロングラッセとブランデーケーキが好物です。〈野ばら亭〉で食事ができれば、きっと好物が増え続けることでしょう。早く〈野ばら亭〉を訪問できるよう、願っています。

 では、また。次の手紙で会いましょうね。

     きみに(後ろの方の)レフと呼ばれる日を、楽しみにしている、レフ・ティルグ・ネイラ