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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 53通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 さて、前回の手紙に続いて、使者Bの話を書きたいと思います。考えてみれば、そう思うのって、すごく不思議なことですよね? 使者Bってば、クローゼ子爵家に雇われている人だし、フェルトさんを強引に連れて行こうとしていたし、どこからどう見ても、完全に悪役だったのに。
 今では、使者AとBが、重い罪に問われないように、心から願っているわたしがいます。何だったら、ちょっとだけ、ルルナお姉さんとの仲を応援しているくらいです。わたしだけでなく、アリアナお姉ちゃんもお母さんも、同じ意見みたいなんです。

 使者AとBは、クローゼ子爵家の人たちに命じられるまま、フェルトさんやわたしたちを襲うように、〈百夜びゃくや〉っていう犯罪組織に頼みに行きました。そして、帰りの馬車で、二人で話し合っていました。スイシャク様の雀のおかげで、しっかり聞いていたんです、わたし。
 使者Bは、ルルナお姉さんとお姉さんの仕事場である〈野ばら亭〉を守るためなら、命を捨てても良いっていいました。〈頼みもしないのに、自分の飯をくれるような女を、傷つけてたまるか!〉って……。

 使者Bの言葉を聞いた瞬間、わたしは、思わず泣きそうになりました。あのときの使者Bは、あまりにも真剣で、捨て身で、似合わない言葉だけど高潔で、うっかり感動しちゃったんです。
 使者Bとルルナお姉さんは、お店で二回会っただけで、口をきいたのもほんの少しです。使者Bが、お姉さんを守って殺されても、ルルナお姉さんには、まったく話が伝わらないはずなんです。それなのに、ルルナお姉さんを命懸けで守ろうとする使者Bは、あの瞬間だけは、とても立派な騎士だったと思います。

 使者Bが、〈傷つけてたまるか!〉って声に出した途端に、黒い砂粒みたいなものが、Bの身体から舞い上がり、きらきらときらめきながら、空気に溶けていきました。あれって、魂のけがれなんですよね?
 クローゼ子爵家に勤めていて、少しずつ魂を穢していた使者Bが、正しい判断をしたことによって、一時的に浄化されたんじゃないかって、そう思っています。というか、そうだったら良いなって。今、膝の上に抱っこしているスイシャク様が、ふっすふっす、上機嫌に鼻息を吹き上げたので、そうなんでしょう、きっと。

 ルルナお姉さんとの出会いが、どう見ても小悪党だった使者Bを、まともな人に変えようとしているのも、〈えにし〉っていうものなんでしょうか。その不思議さを思うと、アマツ様のいう〈いじらしき〉っていう感覚が、わたしにもわかるような気がして、何だかしみじみした気分になります。
 ルルナお姉さんの方も、使者Bを特別な目で見ているみたいだから良いけど、そうでなかったら、思い込みの激しすぎる要注意人物じゃないの……っていう疑問は、この際、封印することにします。そうします。

 この手紙のお届けを、アマツ様にお願いしたら、ご飯を食べに食堂へ行ってきますね。今日は、熟成させていた牛肉が食べ頃らしいので、炭火焼きが出てくるんじゃないかと期待しています。炭火でお肉を焼くだけのはずなのに、お父さんの作ってくれる炭火焼きは、頬っぺたが落ちそうなくらいおいしいんですよ?

 では、また。次の手紙は、さすがに明日以降にしますので、そのときに会いましょうね。

     ネイラ様よりも、使者Bを見た回数の方が多いことに気づいて、わりとショックを受けている、チェルニ・カペラより

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わたしにとって、可憐な木鐸ぼくたくになりつつある、チェルニ・カペラ様

 木鐸というのは、〈舌〉と呼ばれる木製の振り子の付いた、金属製の鈴のことです。古い時代、政令などが発せられるときには、この木鐸を鳴らして人を集めたことから、世に警告を発する〈善き人〉のことを、木鐸とたとえるようになりました。文学少女であり、優等生であるきみなら、知っていたかもしれませんけれど。

 きみの書いてくれる手紙は、いつも生き生きとした活力に満ちていて、わたし自身が、その場にいるかのような気持ちにさせてくれます。先程、〈アマツ様〉が届けてくれた手紙も、使者Bの心の変化が鮮明に感じられると同時に、可愛らしい木鐸の音を響かせてくれたのですよ。

 物心ついた頃から、わたしは、一つの疑問を持っていました。人々は、なぜ、進んで自らの魂を穢してしまうのかということです。避けがたい不幸に陥った結果、運命を呪い、憎悪や悲嘆に囚われて、魂を歪めてしまうというのなら、それはわかります。けれども、多くの人たちは、自分自身が生み出した妬みや怒りや妄執によって、驚くほど簡単に、魂を曇らせてしまうのです。
 わたしから見ると、魂に穢れを持つ者の多くは、〈そうなりたいから、そうなった〉としか思えませんでした。クローゼ子爵家の者たちにしても、周りから見れば、何不自由のない立場でしょうに、本人たちは魂を暗くよどませて、救いがたい犯罪に手を染めていったのですから。

 きみの手紙を読むまでは、使者Bにしても、同じたぐいの人間だろうと、無条件に決めてかかっていました。しかし、それは違うのですね。クローゼ子爵の家人かじんであるという環境から、魂をびつかせていても、小さなきっかけさえあれば、自分の力で立ち直ることもできるのですね。
 無意識のうちに、そうした再生の可能性を無視していたわたしは、少しばかり傲慢ごうまんではなかったのかと、反省しています。〈アマツ様〉が〈いじらしき〉と舞い飛び、〈スイシャク様〉が〈大慈大悲だいじだいひ〉と願う意味も、少しだけわかったのかもしれません。ありがとう。

 そうそう。〈アマツ様〉といえば、わたしに手紙を渡すや否や、あっさりと消えてしまったので、不思議に思っていたところでした。いつもは、きみの手紙を読むわたしを、じっと観察しては、楽しそうにからかっているのに。
 〈アマツ様〉は、どうやら、きみの父上の熟成肉の炭火焼きを堪能するべく、文字通り飛んで行ったのですね。何とも微笑ましく、うらやましい話です。そう遠くない時期に、わたしもいただきに行きたいものだと、改めて思いました。

 では、また。次の手紙で会いましょうね。

     出会いの機会が使者Bにも劣るといわれ、大変に動揺している、レフ・ティルグ・ネイラ