連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 66通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
ネイラ様って、つくづく現世の常識に収まらない方ですね。わかっていました。わかっていましたけど、今回は、さすがにすごくないですか? 何がって、さっき、アマツ様から渡してもらった、急ぎのお手紙のことです。
改めて文字にすると、すごく不遜っていうか、めちゃくちゃ厚かましい気がするんですが、今のわたしは、自分が〈神託の巫〉じゃないのかって、疑いを持っています。だから、わたしは、ネイラ様に会いたいと思いました。私の相談に乗ってもらえる人は、〈神威の覡〉であるネイラ様しかいないだろうって思ったんです。
だから、アマツ様が、ネイラ様のところへ飛んでいくのを待ってもらわなかったし、〈会って話をしましょう〉って手紙に書いてもらって、とってもうれしかったんです。ありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいです。本当です。
ただ、〈魂魄だけで待ち合わせをしませんか?〉って。〈星々の海を漕ぎ渡り、月の銀橋で会いましょう〉って。わけがわからなすぎて、混乱してしまいました。もう、びっくりですよ、ネイラ様!
人って、魂魄だけになれるものでしたっけ? 星々の海って、単なる比喩ですよね? 月の銀橋って、月に橋なんてありましたっけ? そもそも、いくらネイラ様でも、本当にお月様まで行こうなんて、考えていませんよね?
同じ手紙の中で、〈成人男性の分別として、幼い少女を誘うのは憚られる〉って、書いてくれていましたね。気を遣ってもらえるのは、とってもうれしいんですが、その心配の前に、常識っていうものがあるのではないでしょうか……。
もちろん、ネイラ様にお会いできるのはうれしいです。どんなにうれしいかは、わたしにしかわからないかもしれません。混乱する気持ちや、気後れする気持ちはあっても、とてもとてもうれしいです。わたしが、いろいろと書いてしまったのは、単なる照れ隠しだと思ってくださいね。(でも、あの手紙は、やっぱり変ですよ、ネイラ様?)
詳しいことは会って話すって、わざわざ書かれていたってことは、手紙じゃない方が良いんですよね? 聞き分けの良い少女であるわたしは、山のような疑問を積み上げつつ、お目にかかれる日を待ちます。そう考えるだけで、緊張に震えてきそうですけど。
お会いできるって決まってから、何回も何回も、ネイラ様のお顔が思い出されます。生身のネイラ様とは、一度だけ、ほんの短い時間会っただけなのに、今も面影が目に焼き付いています。そのネイラ様に、ついにお会いできる……。わたしの心臓は、大丈夫なんでしょうかね?
ずっと考えていると、他のことが手につかなくなりそうなので、今から当日までは、忘れてしまおうと思います。次の手紙からは、全然、関係のない話を書きますね。
では、また。次の手紙で会いましょう。そして、王立学院の入試の三日後には、月の銀橋でお会いしましょうね。
今晩だけは、いただいた手紙を枕元に置いて寝ようと思っている、チェルニ・カペラより
追伸/
魂魄になって、ネイラ様に会えるんだっていったら、お父さんは、硝子玉みたいに目を見開いたまま、長椅子に沈み込んでいました。わたしの大好きなお父さんは、ときどき変です。
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個性的な手紙で、いつもわたしを楽しい気持ちにさせてくれる、チェルニ・カペラ様
きみからの手紙を読んで、今日もいろいろと考えさせられました。〈神威の覡〉であるわたしは、人の子よりも、神霊に近しい感性で物事を捉えてしまうのかもしれません。わたしにとっては、違和感を覚えないことでも、不思議に思われる場合があるのだと、驚きとともに受け止めています。
わたしの周りには、神霊の理に明るい者たちが多く、ついつい配慮に欠けていたのでしょう。相手がきみであれば、こうして謝罪をしたり、話し合って理解を得たりもできるでしょうが、ほとんどの相手とは、わたしからの上意下達になってしまいかねないのですから、今後は、少し気をつけようと思います。気づかせてくれて、ありがとう。
反省の意味を込めて、きみに書いた手紙の内容を、信頼できる何人かの相手に話してみました。その結果、爺……神霊庁のエミール・パレ・コンラッド猊下は、めずらしく涙を流すほど大笑いしていました。笑い出したのは、パヴェルも同じで、薄氷の瞳に涙を浮かべ、咳き込む勢いだったのです。
爺といい、パヴェルといい、神霊庁の者たちは、何がそれ程までにおかしいのでしょうか。わたしの手紙に、原因があるだろうとは思うものの、釈然としない気持ちが残ります。
その点、王国騎士団の副官たちの反応は、とても好意的なものでした。きみも知っているリオネルは、〈団長とお嬢様の邂逅とは、何という慶事でございましょう〉と微笑み、ブルーノという名の副官は、〈我ら、お供が叶わぬことだけが、残念でなりません〉と悄然とし、マルティノは……円満な人格者であると信じているマルティノは、なぜか〈生きてこの日を迎えられるとは〉と咽び泣いていました。何というか、最近、わたしは、マルティノのことがわからなくなる瞬間があり、少し困っています。
ともあれ、手紙では伝えられない話が多くありますで、わたしも、きみに会える日を楽しみにしています。わたしが、どれ程きみに会いたいと願っているか、きみが知ったら驚くかもしれませんよ。
では、また、次の手紙で会いましょうね。
常識的な思考を身につけようと考えている、レフ・ティルグ・ネイラ