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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 2-31

 スイシャク様が見せてくれる視界は、それからも目まぐるしく入れ替わった。くるりくるり、くるりくるり。数日のうちに、その不思議さに慣れてきちゃったけど、考えてみたら、これってすごいことなんだよね?
 改めて、腕の中でふくふくしている、スイシャク様を覗き込むと、つぶらな瞳で首をかしげられた。尊い神霊さんのご分体で、わたしだって崇敬すうけいしていて、でもとっても可愛いくて、思わず口元がむにむにしちゃったよ。
 
 ともあれ、次にわたしの目に映ったのは、必死に馬を走らせている騎士っぽい人だった。あの服装と顔は、はっきりと覚えている。フェルトさんを拘束しようとして、かせの神霊術を使った、悪人の一人だよ。
 いくら郊外とはいえ、まだ夕方になるかどうかっていう時間だから、それなりに歩いている人もいるし、馬車や馬だって走っているのに、騎士っぽい男は、かまわずに馬車道を疾走させている。怒ったような顔で、歯を食いしばっているから、きっと追い詰められた気分なんじゃないかな。
 
 しばらくすると、騎士っぽい男は、急に走る速度を落とした。前からは、中型の箱馬車が走ってくる。紋章とかのついていない、どこにでもある箱馬車だった。
 相手の馬車も、騎士っぽい男の姿を見て、速度を落としたみたい。騎士っぽい男と箱馬車は、それぞれに馬の足を止めて、近寄っていったんだ。
 
 箱馬車の窓を開けて、不機嫌そうな顔をのぞかせたのは、前クローゼ子爵であるオルトさんと、息子のアレンさん。その横には、ナリスさんとミランさんの姿も見えた。クローゼ子爵家の方も、悪人が一台の箱馬車に勢揃いしちゃってるよ。
 騎士っぽい男は、さっと馬を降りて、馬車へと駆け寄った。窓から顔を出したオルトさんは、声を潜めて聞いた。
 
「どうした。出迎えでもあるまいし、何か問題でも起こったのか?」
「残念ながら、不首尾ふしゅびです、クローゼ子爵閣下」
「不首尾とは、どういうことだ? まさか、〈白夜びゃくや〉がしくじったのか? どこが不首尾なのか、はっきりしろ。フェルトはどうした? 〈白夜〉の根城ねじろにいるのか?」
「正確には、わかりません。誘拐も放火も成功したという報告を受け、フェルトも根城に拉致されてきました。ところが、〈野ばら亭〉の娘を入れているはずの木箱には、〈白夜〉の者が詰め込まれていました」
「ということは、誘拐は失敗か。しかし、そうだとしたら、なぜ失敗したという報告が入らないんだ。〈白夜〉からは、成功したと知らせてきたんだな、アレン?」
「そうです。風の神霊術で送られてきた紙には、娘を誘拐し、〈野ばら亭〉は燃やしたと書かれていました」
「わたしも、アレンと一緒に報告を見ましたよ、伯父上。別の紙には、守備隊からフェルトを連れ出したと、はっきり書いてありました」
「〈白夜〉め、口ほどにもない。気にかかることはいくつもあるが、問題はフェルトだ。フェルトは誘い出せたのだろう? しっかりと拘束しているのだろうな?」
「それが、そちらも失敗しました。あの男、力の神霊術を使うのです、二十人以上で取り囲んだのに、あっという間に叩き伏せられました。わたしだけが、隙を見て逃げ出し、閣下に急を報告するべく、馬を走らせておりました」
「力の神霊術だと?」
「はい。それも、強力な術です。十人や二十人では、とても歯が立ちませんでした」
 
 騎士っぽい男の報告に、オルトさんは、すごい形相ぎょうそうで唇を噛み締めた。アレンさんも同じで、なんだか異常に悔しそうに見える。
 不思議に思って、首をかしげていると、わたしとスイシャク様を交互に見たヴェル様が、微笑みながら教えてくれた。
 
「ふふ。御神鳥とチェルニちゃんが、揃って首をかしげているのは、誠に愛らしいですね。いとも尊き御方には、不敬な発言ではございますが。クローゼ子爵家にとって、力の御神霊の加護は、特別な意味を持つのですよ、チェルニちゃん。歴代の英雄の一人に数えられる初代のクローゼ子爵、近衛騎士団長となったいく人かのクローゼ子爵、そしてマチアス殿が、いずれも力の神霊術の使い手だったのです」
「うわぁ。すごいんですね、クローゼ子爵家。もしかすると、マチアス様が後継になったのも、その関係だったりします?」
「本当に聡明ですね、チェルニちゃんは。先先代の近衛騎士団長だったクローゼ子爵は、ご自分も力の御神霊の印を持った方で、同じ〈印持ち〉のマチアス殿を、高く評価していたのです。けれども、それ以外の者は……」
「もらえなかったんですか、印を?」
「ええ。〈神去かんさり〉になる前は、それなりに神霊術の使い手であったオルト・セル・クローゼも、嫡男のアレン・セル・クローゼも、それ以外の一族の者も、誰も力の御神霊から印を許されてはいないのです。ずいぶんと悔しがり、不平不満を溜めていたようですよ、オルトは。力の御神霊の印は、近衛騎士団長の象徴ともいえるものですから」
 
 うわぁ。お祖父さんやお父さんが持っていている、〈近衛騎士団長の象徴〉の神霊術を、自分たちは使うことができないのに、フェルトさんが使っちゃったんだよね? 何というか、それって、すごく腹が立つんじゃないかな?
 
 わたしが、不安を感じて目を凝らすと、怒りの形相を浮かべていたオルトさんの顔が、見る間に変わっていった。額に〈瞋恚しんに〉の文字がくっきりと浮かんできたかと思うと、どんどんひび割れていったんだ。
 〈瞋恚〉の言葉の意味って、人をねたんで、憎んで、怒り狂うことだったよね? 今のオルトさんには、ぴったり過ぎるんじゃないの?
 
 視界を共有しているヴェル様も、冷たくて厳しい視線で、オルトさんを見つめている。スイシャク様とアマツ様は、わたしを紅白の光でぐるぐる巻きにしながら、交互にメッセージを送ってきた。
 〈益体やくたいもなき者共也〉〈またしても《鬼成きなり》とは、罪深きこと〉〈娘の初手は三岐みまた。父なる者は如何いかが成也なるや〉〈手に負えぬは《瞋恚》の炎。己が魂魄こんぱくこそを焼き尽くす、哀れなる炎〉って。オルトさんってば、〈鬼成り〉しちゃうみたいだね……。
 
 オルトさんは、今までの余裕っぽい態度を捨てちゃって、血走った目を大きく見開くと、こういった。
 
「フェルトが力の神霊術だと? ふざけるな! 力の神霊の印は、クローゼ子爵家の正当な後継にこそ相応ふさわしいものだ。ただの騎士爵の息子のくせに、わたしの父親を名乗るマチアス。どこの馬の骨が生んだとも知れない不義の子、クルトの息子。そんな下賤げせんな者が、どうして印を許されるんだ!」
 
 叩きつけるみたいな勢いで、オルトさんは叫んだけど……あれ? オルトさんってば、今、どさくさにまぎれてなんていったの? フェルトさんのお父さんであるクルトさんを、〈誰が産んだかわからない〉っていった? クローゼ子爵夫人だった、〈毒念どくねん〉のエリナさんが、お母さんじゃないの? えぇ?
 
 わたしが、びっくりして口を開けている間に、額で光る〈瞋恚〉の文字は、ばらばらばらばら、はがれ落ちていく。そして、噛み締めた唇に血がにじんだところで、スイシャク様とアマツ様が、揃って強い警告のメッセージを送ってきた。〈来た〉〈いとも浅ましき、鬼成り也〉って。
 オルトさんの額の文字は、剥がれ落ちたと思った途端、どろりとけた。そして、オルトさんの喉元の皮膚が、ぼこりぼこりと波打ったかと思うと、いきなり大きな蛇が飛び出してきたんだ!
 
 オルトさんの喉元の蛇は、カリナさんみたいに腐ってはいなかった。ただ、毒々しい色の炎に巻かれて、轟々ごうごうと燃え盛っていた。
 首元の蛇は、くるっと一周、オルトさんの首に巻きついてから、威嚇いかくするみたいに伸び上がった。オルトさんの首と同じくらいの太さのある、どす黒い炎に包まれた胴体は、途中から四匹の蛇に分かれている。赤黒い炎の蛇と、青黒い炎の蛇と、灰色に血管みたいな赤い色が走る炎の蛇と、黒ずんだ黄色い炎の蛇。
 四匹の蛇は、口からねばねばした液体をしたたらせながら、気持ちの悪い鳴き声を上げていた。ギシャーギシャーって。
 
 スイシャク様が、すぐに〈怨嗟えんさ〉〈妬心としん〉〈傲岸ごうがん〉〈憤怒ふんど〉の蛇だって教えてくれた。〈嫉妬と怒りに身を焼く四岐よまた〉なんだって。うん。なんとなく、そんな感じがする。すごくする。
 
 オルト・セル・クローゼという人は、子供たちの誘拐事件に加担して、〈神去り〉になって、マチアスさんを馬鹿にして、使者ABを利用しようとして、遂にはフェルトさんや、わたしたちまで殺そうとした。神霊さんにだって救いようのない、救う価値のない、最低最悪の罪人に違いない。
 でも、ほんの少しだけ、髪の毛一本の分くらいだけ、わたしはオルトさんを可哀想に思った。オルトさんの逆上ぶりを見ていたら、魂の底の底から、力の神霊さんの印がほしくって、ずっと妬んで苦しんできたんだって、わかっちゃったから……。
 
 もちろん、そんなことは言い訳にもならなくて、厳しい罰が必要なことには、全然、まったく変わりはないんだけどね!
 
     ◆
 
 四匹の蛇は、ギシャーギシャーって、勢いよく鳴きながら燃えているけど、オルトさん自身は、なんとか平静を取りつくろうことはできたんだろう。唇に滲んだ血を、手のこうで乱暴にぬぐってから、騎士っぽい男にいった。
 
「誘拐が失敗だというなら、我々はいったん屋敷に戻る。おまえは、大公閣下に事情を御説明して、御指示を仰げ。騎士の増員も必要だぞ」
「承知しました。わたしの同僚が三名、〈白夜〉の根城に取り残されているのですが、やつらはどうしますか?」
「捨てておけ。キュレルの守備隊に連行されたところで、平民ごときが大公家の私設騎士団に手出しできるものか。閣下に手を回していただくしかないだろう」
「さすがに露見しますよ、〈白夜〉への依頼は」
「我がクローゼ子爵家は、関与していない。〈白夜〉に依頼したのは、ロマンとギョームの二人だ。主家しゅけの後継を案じた二人が、勝手に依頼をしただけのこと。クローゼ子爵家の罪は、臣下の管理不行き届きだけだ。そして、その責任を取るのは、当代のクローゼ子爵だろうさ」
「なかなか、苦しい釈明ですな。通りますか、そんな話が? 宰相は納得しないでしょう」
「大公閣下が、無理にも通してくださるさ。いくら宰相でも、この程度のことで、正面から大公閣下に敵対はしない。平民の殺人未遂くらい、目をつぶるだろう」
「そう簡単に収まりますかね。まあ、議論していても仕方ない。行ってきますよ」
 
 そういうと、騎士っぽい男は、箱馬車を置いて馬に乗り、王城の方角に一気に走り出した。オルトさんたちの乗った馬車も、急いで方向転換して、元の道を引き返していく。
 わたしは、その様子を見ながら、けっこう混乱しちゃってた。だって、新しい情報が多過ぎたからね。
 
 オルトさんと、騎士っぽい男の会話を思い返して、わたしがうなっていると、ヴェル様が優しく話しかけてくれた。
 
「可愛らしい顔に、大きな疑問符が浮かんでいますよ、チェルニちゃん。驚きましたか?」
「はい! はい!」
「ふふ。何でしょう、チェルニちゃん?」
「オルトさんってば、さっきの会話の中で、フェルトさんのお父さんのことを話してましたよね? お父さんのクルトさんって、クローゼ子爵家の三男じゃなかったんですか? わたしの聞き間違いですか?」
「聞き間違いではありません。オルト・セル・クローゼは、力の御神霊から印を賜った、フェルト殿への嫉妬のあまり、つい口を滑らせたのでしょう」
「フェルトさんの生まれのこと、何か知っているんですか、ヴェル様?」
「古い噂としては、以前にも流れていたのですよ。貴族社会のたしなみとして、誰も追及したりはしませんでしたが。詳しいことがわかったのは、つい先日です。我が主人のお力で、マチアス殿が不当な契約から解放されたときに、話してくれました」
「わたしが教えてもらってもいいことですか、ヴェル様?」
「もちろんですよ、チェルニちゃん。〈野ばら亭〉の皆さんは、フェルト殿の家族になるのですから。ただし、今はまだ、フェルト殿ご自身も知らないことなので、先にお教えすることはできません。この事件が解決し、関係者の処分と処遇が確定するまで、待ってもらえますか? 形としては、フェルト殿もマチアス殿も、クローゼ子爵家に連なっていますし、関係各所との調整も必要ですので」
 
 なるほど。ヴェル様の話は、今ひとつわからないけど、フェルトさん自身が知らないことなら、わたしも聞かなかったことにしよう。聞き分けのいい少女なのだ、わたしは。
 
「了解です。わたしの大好きなお父さんが、〈父親が誰であれ、アリアナの幸福とは関係ない〉って、前にいってたので、大丈夫です!」
「娘と呼ばれる存在が、すべてチェルニちゃんのようであったら、この現世うつしよの父親たちは、さぞ幸福なことでしょうね」
 
 にっこりと微笑んで、そういったヴェル様は、代わりにいろいろなことを教えてくれた。子爵家くらいの貴族だったら、護衛騎士は二人か三人が普通で、クローゼ子爵家の人数は、明らかに多過ぎること。不審に思った〈黒夜こくや〉の調べで、その護衛騎士たちは、大公家からの貸し出しだって判明したこと。大公家は、五十人まで私設騎士団を持っていいって、王国の法律で認められていること。今の大公閣下は、何かと悪い噂のある人で、エリナさんとの関係も有名だったこと……。
 事情がわかって、納得できたのは確かだけど、平民の十四歳の少女が耳にするには、やっぱり重たい話だったと思う。
 
 そして、ちょうどヴェル様の説明が終わったとき、スイシャク様が視点を切り替えてくれた。くるくるっと動いて、わたしの目に入ってきたのは、王都の街の高級店、葉巻を扱っているはずの、〈白夜〉の本拠地だった。
 豪華な応接室みたいな部屋には、五人の男の人がいた。三人は、以前、スイシャク様が見せてくれたときと同じ、上品な商人に見える人たちで、〈白夜〉の首謀者と幹部たち。二人は、どことなく呆然とした顔をした、普通っぽい人たち。
 ヴェル様が、〈あの二人のこんは、《虜囚の鏡》の中で、神の業火に焼かれていますよ〉って教えてくれたから、〈野ばら亭〉を放火するための下準備に来た、悪人たちなんだろう。
 
 人の魂には、精神を司るこんと、肉体を司るはくがあって、そのこんだけを虜囚にしたんだって、ヴェル様がいってた。こんのない状態で、〈黒夜〉の〈人形〉にするんだって。
 二人の悪人の、抜けがらみたいな顔を見ていると、それが本当に怖いことなんだって、わたしにもよくわかったよ。
 
 〈白夜〉の長らしい、穏やかで上品な顔をしたおじいさんが、瞳だけを刃物みたいに光らせて、二人の〈人形〉に聞いた。
 
「今、何といったんだ、お前たち?」
「風の神霊術で、次々に連絡が来ました。〈野ばら亭〉の娘の誘拐に失敗。〈野ばら亭〉の放火に失敗。フェルト・ハルキスの拘束に失敗。今回の仕事に当たった者のうち、二十人が捕縛された模様です」
「……。誰に捕縛されたというんだ?」
「キュレルの街の守備隊です」
「田舎街の守備隊ごときが、なぜ我らを止められる? 事前に情報が漏れていたのか? そうでもなければ、捕縛など不可能だろう」
「クローゼ子爵家に売られたんじゃありませんか、かしら?」
「馬鹿馬鹿しい。奴らがそんなことをして、何の得があるんだ?」
「しかし、そうとでも考えないと、説明がつきませんよ。おい、おまえたち。放火の下準備は、問題なく実行したといったな。間違いないんだろうな?」
「はい。間違いありません」
「捕縛された者たちは、もう連行されたのか?」
「王都郊外の根城から、キュレルの街までは、それなりの距離がありますから。時間的にいって、連行している途中だと思われます」
「どうします、頭? このまま身を隠しますか?」
 
 〈頭〉って呼ばれたおじいさんは、少しの間、厳しい顔で考え込んでから、〈人形〉の二人と幹部たちに命令した。
 
「二十人もの人間を連行するんだ。どうしても足は遅くなる。〈白夜〉を総動員して、キュレルに向かう道筋で襲撃しろ。何人くらい集められる?」
「今すぐとなると、二十人には欠けますな」
「十分だ。飛び道具と神霊術を使って、全員殺せ」
「まさか、拘束されている仲間もですか?」
「そうだ。二十人で二十人を助けることなど、王国騎士団でもなければ不可能だ。口をふさげば、それでいい」
「わかりました。すぐに準備にかかります」
「急げ」
 
 〈白夜〉ってば、拘束された仲間を、口封じのために殺そうとしているよ! 〈野ばら亭〉を放火しようとしていたことでも、わかってはいたけど、本当に悪人なんだね。
 フェルトさんたちが心配になって、思わずヴェル様を見たら、大丈夫だよって、笑ってくれた。うん。ヴェル様たちが、それを予測していないはずがないし、〈黒夜〉にはすべての情報が流れているんだから、きっと大丈夫なんだろう。
 
 信頼の気持ちを込めて、ヴェル様に笑い返したところで、くるくるっと視界が動いた。目に飛び込んできたのは、もうおなじみのクローゼ子爵家だった。
 お屋敷の奥にある図書室の、さらに奥にある隠し扉の向こう。使者ABと一緒に、戸棚を確かめているマチアスさんの手元に、薄っすらと光る紙が現れた。風の神霊術を使った、連絡なんだろう。マチアスさんは、その紙を開いてから、こういった。
 
「〈黒夜〉からの連絡だ。もうしばらくしたら、オルトたちが逃げ帰ってくるらしい」
「目当てのものも見つかりましたし、離れに戻りますか、閣下?」
「いや、証拠さえ手に入れば、隠れる必要などないからな。別れの挨拶に、この場でオルトたちを迎えてやろう。仮にも、父と呼び、息子と呼んだ間柄だったんだ。長過ぎる因縁いんねんに、そろそろけじめをつけたい」
 
 そういって、マチアスさんは、微かに笑った。マチアスさんの気持ちが透けて見える、哀しそうな微笑みだった。
 
 こうして、わたしが家でのんびりと紅茶を飲んでいる間に、あっちでもこっちでも、事態は目まぐるしく動き続けていくんだね……。