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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 44通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 前々から思っていたんですけど、ネイラ様って、何気なく冗談を書いてくれますよね。わたしが、ちょっと緊張していたり、落ち込んだり、考え込んだりしたときに。前回の手紙でも、身分差を気にしているようなことを書いちゃったので、慰めてくれたんですよね?
 わたしが気にしないように、神霊庁を通して、王家に身分の緩和を働きかけるなんて、あまりにも壮大な冗談なので、びっくりしちゃいました。念のために、本当に念のためにお尋ねしますが、冗談です……よね? わたしって、わりと常識的で小心者の少女なので、冗談だといってください。ね? ね?

 えっと。ネイラ様の冗談が衝撃的で、思わずその話から書き始めてしまいました。そもそも、この手紙で話題にしたかったのは、前回の〈多重展開〉についてなんです。
 今日、ちょうど町立学校に登校する日だったので、おじいちゃんの校長先生に、ネイラ様に教えてもらった話をしてみました。王立学院に推薦してくれたのが、まさかのネイラ様だったので、私たちに交流があることは、校長先生も知っているからです。(あれ? ひょっとして、他の人に話しちゃだめでしたか? もしそうなら、すぐに教えてください。忘れてもらえるように、校長先生にお願いしてみます)

 多重展開ができるかどうかは、〈魂の器〉の問題なんだって、わたしが、一生懸命に説明すると、校長先生は身体を乗り出して、ずっと相槌あいづちを打っていました。〈ほう、ほほう〉って。物語以外で、〈ほう、ほほう〉なんていう人は、校長先生くらいしか知らないので、思わず吹き出しそうになって、困っちゃいました。
 しかも、説明が終わるまで、ずっと〈ほう、ほほう〉っていってた校長先生は、わたしが口を閉じると、大きな声で唸ったんです。〈ううむ、うむ〉って。〈ほう、ほほう〉の次は、〈ううむ、うむ〉ですからね! 笑いの発作をこらえるのに必死で、お腹の筋肉が痙攣けいれんしそうになりましたよ、わたし。

 わたしの大好きな校長先生は、不意打ちのようにへんてこな言葉を使うので、気が抜けません。わたしは、校長先生を大変尊敬しているし、礼節を知る少女でもあるので、失礼にも笑い出さないように、ひたすら我慢、我慢なんです。

 ちょっと話が逸れちゃいましたけど、ネイラ様の話を聞いた校長先生は、かなりの衝撃を受けていたみたいです。長年、神霊術について考えていたし、たくさんの学者の先生の教えを受けたのに、〈それほどまでに素朴な答えに、なぜ、たどり着けなかったのか!〉ということらしいです。
 今回、初めて教えてもらったところによると、校長先生は、実は王立学院の卒業生だったそうです。つまり、神霊王国であるルーラ王国で、最高峰の教育を受けたのに、神霊術の本質を理解していなかったのが恥ずかしい……って。

 校長先生が、しょぼんとしちゃったので、わたしは、ポケットに入っていたキャラメルを進呈しんていして、こっそり慰めておきました。ただのキャラメルじゃなく、お父さんが作ってくれる特別製で、けっこうな貴重品なんですよ?
 校長先生は、キャラメルをなめながら、〈何とも清らかな甘さじゃのう、サクラっ娘〉って、優しく笑ってくれました。きっと、気持ちを立て直して、元気になってくれたんだと思います。

 ネイラ様が良かったら、ほんのちょっとでいいので、いつか校長先生とお話してもらえませんか? きっと、すごく喜んでくれる気がするんです。厚かましいことを書いて、本当にすみません。
 ちなみに、もしも、ほんのちょっとでも、校長先生とお話してもいいよって思ってもらえるんなら、あんまり先じゃない方がいいかもしれません。何しろ、かなりおじいちゃんの校長先生なので。(校長先生の寿命のことを考えると、今から泣きそうになっちゃうんです、わたし……)

 では、また。次の手紙で会いましょうね!

     神霊術の実技試験は、多重展開に決めようかと思っている、チェルニ・カペラより

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校長先生とのやり取りが微笑ましい、チェルニ・カペラ様

 人が決めた身分などというものに対して、きみがこだわりを持たずにいてくれるようなので、とても安心しています。この機会に、ルーラ王国の制度に一石を投じてみようかとも思ったのですが、きみがそれを望まないのであれば、もう少し様子を見てみましょう。

 今後、少女から大人の女性に成長していくにつれて、きみの美しい瞳に、好ましくない現実というものが、映っていくのかもしれません。できることなら、きみには美しく清らかなものだけを目にしてほしいのですが、固く守っているだけでは、人の子の魂は、成長しないものなのでしょう。余計な〈お節介〉を焼かないように、わたしも自らを律したいと思っています。
 もちろん、本当に困ったり、悩んだりしたときには、必ずわたしを頼ってくださいね。約束ですよ。

 きみの大好きな校長先生の話は、いつも楽しく読ませてもらっています。さらにいうと、校長先生の名前は、以前から知っていました。ユーゼフ・バラン先生ですよね? 王立学院の開校以来、ただ一人、主席で卒業した平民として、王都の学術関係者の間では、記憶に残る名前なのです。
 バラン先生は、王立学院を卒業後、われて研究室に残ったものの、十年ほどで職を辞して、キュレルの街に引きこもってしまったと聞いています。当時の王立学院は、今以上に貴族主義な場所だったそうですから、嫌な思いをされたのかもしれませんね。

 もちろん、引きこもったといっても、学問や教育に対する熱意は、少しも損なわれていなかったのでしょう。バラン先生は、独自の研究の成果として、多くの専門書を出版しておられ、王立学院の大図書館や、王国が管理する王立図書館にも、何冊も著書が収蔵されているのです。
 権威ある学者の中には、王立学院の研究室を飛び出したバラン先生のことを、〈異端児〉扱いする者もいるようですが、誠に愚かなことです。彼らが見ているのは、深淵しんえんなる真実ではなく、学閥がくばつや権力といったものなのでしょう。

 バラン先生と出会えるのは、わたしにとっても望ましいことです。きみに再会できたら、その話もしましょうね。
 ちなみに、バラン先生は、そこまでの高齢者ではありませんよ? まだ六十歳を過ぎたところですので、寿命の心配をするのは早すぎます。多分、きみの反応を面白がって、実際よりも〈おじいちゃん〉のふりをしているのでしょう。良かったですね。

 では、また。次の手紙で会いましょうね。近い将来、実際に会える日を楽しみにしています。

     厚かましくも、きみからキャラメルをもらいたいと思った、レフ・ティルグ・ネイラ