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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 30通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 昨夜、ネイラ様に手紙を書いて、今日、お返事をもらったのに、また手紙を書いてます。これって、さすがに面倒ですよね?
 書きたいことが山のようにあるんですけど、あんまり頻繁に手紙を出すのも、長すぎる手紙を書くのも、非常識な気がしています。わたしの方は、次々に手紙を送るので、お返事は気にしないでもらえますか? それとも、書き溜めておいて、何通か一緒に送った方がいいですか?
 ネイラ様のご迷惑になりたくないし、非常識な少女だと思われて、嫌われるのはつらいので、どうしたらいいか、教えてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします。(今日の手紙は、早々に書いて送ってしまいます。書きたくて書きたくて、我慢できないんです!)

 わたしにとって、今日は、記念すべき日になりました。うちの家に、本物の〈執事〉さんが来てくれたんですから!

 ネイラ様は、わたしたちのことを心配して、ご自分の執事さんを来させてくれたんですよね。お父さんとお母さんに聞いて、ちょっと泣きたくなりました。すごく嬉しくて、ありがたくて、すぐには言葉も出なかったくらいです。
 だって、貴族の人にとって、自分の家の執事さんって、大切な〈片腕〉じゃないですか? ネイラ様の長年の愛読書で、わたしも大好きな〈騎士と執事の物語〉にも、そう書いてあったと思います。
 ネイラ様の周りには、有能な人がたくさんいるはずなのに、一番身近で、一番信頼できる人を、わざわざ選んでくださったこと、わたしは一生忘れません。本当にありがとうございました。

 その執事さんですが、何なんですか、あの方は! もう、本当に物語の世界から抜け出してきたのかと思いましたよ!
 〈騎士と執事の物語〉の主人公は、誠実で有能だけど、不器用なところのある人だから、ちょっとイメージじゃないですよね。ヴェル様ってば、涼しい顔で〈権謀術数けんぼうじゅっすうをめぐらす〉ことができそうじゃないですか?

 冷たそうに見えて、すごく優しいだろうヴェル様は、ネイラ様の敵になる人に対しては、やっぱり冷たいんじゃないかと思います。それが正しいと思ったら、平気で相手をおとしいれちゃいそうな、〈凄味すごみ〉っていうものも感じます。
 もちろん、ヴェル様は、わたしにはとっても丁寧で、優しいです。氷みたいな瞳の奥で、〈必ず守りますからね〉っていってくれてるみたいな、力強さと暖かさもあって……だから、ヴェル様が〈権謀術数をめぐらす〉執事さんだっていうのは、単なる少女の勘なんですけどね。

 ネイラ様の信頼する執事さんで、ネイラ様のことが大好きなヴェル様のことが、わたしも大好きになりました。(ヴェル様の言葉の端々に、ネイラ様への敬意と愛情が溢れています。もう、だだ漏れっていう感じです)
 ヴェル様のいいつけを守って、事件解決までちゃんと大人しくしていますので、安心して下さいね。

 では、また。次の手紙は、どのくらいしたら書いてもいいのか、教えてくださいね!

     この手紙を書く間も、感謝で涙目になってしまった、チェルニ・カペラより

追伸/
 ネイラ様のお母さんが、〈野ばら亭〉に来たいといってくれてるよって、お父さんとお母さんに話しました。お母さんは、喜んで手を叩いていましたが、お父さんの方は、なぜだか机に額をぶつけていました。ガンガンって。お父さんが落ち着いたら、ちゃんと答を聞こうと思っていますので、もう少し待ってくださいね。

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十四歳の少女とは思えないほど、洞察力に優れた、チェルニ・カペラ様

 早々に手紙を書いてくれて、ありがとう。わたしにとって、きみの書いてくれる手紙は、最大の楽しみであり、喜びでもあります。
 まして、今は心配事の重なっている時期なのですから、何の気兼ねもなく、書きたいだけ書いてもらえれば、わたしも安心です。忙しいときには、わたしも返事を後回しにさせてもらいますから、心配なく。文通が負担にならないよう、お互い自由な気持ちで書き続けていきましょうね。

 パヴェルを派遣することについては、事前に何も説明していなかったのに、きみが好意的に受け止めてくれて、とても安堵あんどしています。正直に告白すると、きみとの〈世間話〉が楽しくて、すっかり書くのを忘れていたのです。
 ちょうどパヴェルが到着する頃に、そのことを思い出し、副官の一人に話したところ、頭を抱えられてしまいました。人間関係において、必要な連絡を怠ると、思わぬすれ違いを生む危険性があるそうですね。(以前の手紙に書いた、〈つーんとする女性が可愛いと、好んで振り回されている副官〉です。彼は、すれ違いも楽しいのかと思いましたが、それは違うらしいのです)
 わたしも気をつけますので、きみも、何か気分を害することがあったら、必ず教えてください。約束ですよ。

 パヴェルの人柄は、おおむね、きみが察した通りだと思います。パヴェルは、とても誠実で情に厚い反面、相手の対応によっては、確かに〈権謀術数をめぐらす〉ことに長けていますから。
 パヴェルは、貴族家の最上級職としての執事ではなく、〈げき〉であるわたしの、直属の補佐という側面を持っています。わたしが比較的、世俗的なわずらしさから自由でいられるのは、パヴェルのお陰でもあるでしょう。
 パヴェルは、大変に有能であり、絶対的に信頼のできる相手です。全身全霊できみを守ってくれるはずですので、安心して甘えてください。(ところで、〈ヴェル様〉という呼び名は、パヴェルの希望なのでしょうか?)

 そうそう。気をつけるといいながら、また大切なことを書き忘れるところでした。パヴェルと同時に、さらに何名か、キュレルの街に派遣する予定でいます。守備隊の守りに、王国騎士団の騎士を数名。そして、パヴェルの部下たちも、何人か同行するでしょう。
 相手は有力な貴族家であり、〈神去かんさり〉が関係する案件ですから、守りを厚くしすぎるということはありません。窮屈かもしれませんが、しばらくの間、我慢してくださいね。

 では、また。次の手紙で会いましょう。それが今日だとしても、待っています。

     きみが、パヴェルに何と呼ばれているのか気にかかる、レフ・ティルグ・ネイラ