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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 84通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 今日は、キュレルの街の自分の部屋で、この手紙を書いています。生まれ育ったところって、やっぱり落ち着きますね。お昼前まで寝て、おいしいご飯を食べて、スイシャク様とアマツ様と一緒にごろごろして……わたしは、もう元気いっぱいです。
 お母さんは、わたしの顔を見て、〈すぐに回復するのは、若いからこそよ〉って、笑っていました。最近、いろいろなことがありすぎて、一気に歳を取ったような気がしていたんですが、どうやら錯覚だったみたいですね。

 ところで、今日は、うれしい贈り物をもらいました。わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんが、こっそりセーターを編んでくれていたんです。お姉ちゃんには、りんご色の可愛いカーディガンをもらったばっかりだったので、びっくりしました。
 わたしが、受験勉強を頑張っているので、応援する気持ちで編んでくれたそうです。いつもながら、本当に優しいお姉ちゃんです。うれしくて、感動して、ぎゅうぎゅう抱き着いたら、お姉ちゃんも、ほんの少し頬を染めて、ぎゅぎゅっと抱き返してくれました。まったくもって、素晴らしい姉だと思います。

 お姉ちゃんが編んでくれたセーターは、ものすごくったものでした。ふんわりとしたキャラメル色で、すそそでが、幅広の焦茶色こげちゃいろです。しかも、その焦茶色の部分が、毛皮みたいに見える編み方になっているんですよ。
 お姉ちゃんは、〈裏パイルのループをひっかく〉とか、〈毛羽立けばだたせて起毛きもうする〉とかいってましたが、意味がわかりません。ルーラ王国語に聞こえないっていうか、頭が言語として理解することをこばんでいるというか……。授業で習う古語こごの方が、ずっと簡単ですよ。

 そして、今回のセーターには、さらに可愛い工夫がされていました。何と、左の裾の部分から、白い猫の耳だけが、ぴょこんと飛び出した柄が編み込まれているんです。後ろ側には、右の裾の部分に、白猫の尻尾しっぽが、ちょこんと出ているんですから、可愛さは倍増です。アリアナお姉ちゃんってば、編み物が上手いだけじゃなく、趣味も良いんですよね。
 明日は、町立学校に行く予定なので、このセーターを来ていくつもりです。猫の耳と尻尾の色に合わせて、下に白いスカートをはいたら、可愛くないですか? セーターを目立たせるんだったら、あえて茶色のスカートにした方が良いでしょうか? (こういう質問の仕方って、単なるお約束というか、本当に答を求めているわけではないので、気にしないでくださいね)

 本当は、お姉ちゃんに勧められるまま、早速セーターを試着して、可愛いってほめてもらって……少し悲しくなりました。アリアナお姉ちゃんが、お嫁に行っちゃったら、こうしてセーターを編んでもらうこともなくなるのかなって、つい思ってしまったんです。
 アリアナお姉ちゃんは、すぐにわたしの表情に気づいてくれて、それはもう、優しく微笑んでくれました。大丈夫だよって。アリアナお姉ちゃんがお嫁に行っても、わたしが、誰かと結婚したりしても、ずっと〈チェルニのセーターは、わたしが編むのよ〉って。わたしが、思わず泣いちゃったのは、当然ですよね?

 今日は、神霊さんとも事件とも関係のない、日常的な手紙にしてみました。こういう日もないと、十四歳の少女といえども、疲れちゃいますもんね。
 ということで、また、次の手紙でお会いしましょう。いつも、すぐにお返事をもらって、ものすごくうれしいんですけど、無理はしないでくださいね。ネイラ様の邪魔になるのは、絶対に嫌だし、わたしは、いつまでも待っていますので。

     大人になる頃には、ネイラ様にセーターを編んでみたい、チェルニ・カペラより

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少女らしい繊細さがいじらしい、チェルニ・カペラ様

 きみの書いてくれた手紙を読んで、可愛らしいセーターを着たきみを想像しようとして、早々に挫折ざせつしてしまいました。きみの姿は、脳裏のうりに焼き付いているので、すぐに思い出せるのですが、〈裏パイルのループ地〉を〈ひっかいて毛羽立たせた〉セーターというものが、まったく思い浮かばないのです。
 何となくくやしくて、早速、改善策を取りました。といっても、こうした問題において、わたしが頼れる相手は決まっています。副官のマルティノです。セーターの記述を詳しく伝え、彼の奥方に補足説明をしてもらえるよう、依頼しました。明日には、何らかの回答を得られるのではないでしょうか。多分。

 それにしても、世間の姉妹という存在は、皆、きみたちのように仲睦なかむつまじいわけではないと思います。わたしが知る姉妹たちは、多くの場合、どちらが条件の良い相手に嫁ぐかを競ったり、分け与えられるものの価値を比べたりしています。表面上は仲の良い姉妹であっても、悪口と気づかない形で悪口をいい、みずからが上に見えるよう、立ち回るものなのです。
 と、書いたところで、問題点に気付きました。わたしは、少しばかり、貴族の女性に対して、偏見を抱いているのかもしれませんね。わたしが見聞きした事例だけで、すべてを語れるわけではないでしょうに。きみにならって、書き直さずに出しますけれど、今夜は一人、反省したいと思います。

 わたしが書きたかったのは、いつもいつも、きみが書いてくれる姉妹の関係が、とても微笑ましく、尊いものだということです。アリアナ嬢の言葉の通り、フェルトさんとの婚姻こんいん後も、きっときみのためにセーターを編んでくれるのでしょう。
 今は、少女らしく可愛らしいセーターで、きみが大人の女性になるにつれて、美しいセーターに変わっていくのでしょうか。その様子を、わたしも知りたいと思います。できることなら、手紙で教えてもらうのではなく、わたしの目で。

 では、また、次の手紙で会いましょう。王立学院の受験まで、あまり日数もありませんので、風邪をひかないように、気をつけてくださいね。

     マルティノの奥方からの返事を楽しみにしている、レフ・ティルグ・ネイラ

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