連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 20通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
〈ほどほど〉って、本当にむずかしいことなんですね、ネイラ様。
今日は、アリアナお姉ちゃんが、高等学校に登校する日で、わたしは自宅学習だったので、お母さんと二人、ずっと洋服の相談をしていました。
何のことかっていうと、来週、フェルトさんと守備隊の総隊長さんが、うちを訪ねてくるじゃないですか? そのとき、わたしとお母さんが、どんな服でお迎えしたらいいのか、けっこう悩んでいるんです。
多分、絶対、きっと、フェルトさんの用事は、アリアナお姉ちゃんへの申し込みのはずです。交際なのか結婚なのか、いずれにしても、わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんと、お付き合いをさせてほしいって、正式にお願いされると思います。(前回の手紙にも書きましたが、もしも、そうじゃなかったら、さすがに温厚なわたしも怒りますよ)
そういう場面で、母親と妹が着るべき服装って、どんな感じがいいんでしょう? 自分の家にいるわけだから、あんまり着飾るのも変だし、かといって普段着っていうわけにもいかないし。お母さんと二人で、ああでもない、こうでもないって、着せ替えごっこをしているうちに、一日が終わっちゃいました。
ネイラ様は、どんな服がいいと思われますか?(すみません。馬鹿すぎる質問なので、あまり気にしないでください。ルーラ王国の騎士団長閣下に、何を聞いているんでしょう、わたしってば)
ところで、ネイラ様みたいな貴族の方たちって、お家でも正装をしたりするんですか? 毎日、晩ご飯のたびに着替えるんだって、本に書いてありましたけど、本当ですか? それって、すごく面倒で窮屈じゃないですか? 考えれば考えるほど、不思議な気がします。
わたしとお母さんは、山のような洋服と格闘していたわけですが、お父さんはといえば、ずっと暗い顔でぶつぶついってました。わたしの大好きなお父さんは、家族に不機嫌な顔を見せない人で、一見無愛想なようでいて、本当はとっても穏やかで優しいんです。
そのお父さんが、寂しそうな目をして、じっとアリアナお姉ちゃんを見ているのが、もう可哀想で可哀想で……。わたしまで、暗くなっちゃいそうなくらいです。
本当の本音をいえば、わたしだって、大好きなアリアナお姉ちゃんには、ずっと家にいてもらって、わたしたちのアリアナお姉ちゃんでいてもらいたいです。アリアナお姉ちゃんがお嫁に行っちゃうなんて、考えただけで寂しくてたまらなくて、この手紙を書きながら、泣きたくなってしまいました。
でも、何よりも一番大切なのは、アリアナお姉ちゃんの幸せですからね。お姉ちゃんが、フェルトさんと一緒にいて幸せなんだったら、わたしは二人を応援するだけなんです。
わたしの大好きなお母さんは、落ち込んでいるお父さんを見て、一緒になって落ち込んでいるわたしを、優しく抱きしめてくれました。〈ダーリンには、わたしがついているんだから、何も心配しなくていいのよ、小鳥ちゃん〉って。
〈ダーリン〉と〈小鳥ちゃん〉はどうかと思いますが、お母さんが大丈夫だって断言する以上、お父さんは、大丈夫なんでしょう、多分。
今日の晩ご飯には、アリアナお姉ちゃんの好物の、秋鮭のレモンバターソテーと、カボチャのポタージュと、ローストビーフのサラダが出ました。これからも、お姉ちゃんの好きなものを、たくさん作ってくれるんだと思います。
わたしがいうのも何ですが、男親の愛情って、切ないものがありますよね。今日も明日も明後日も、お父さんに優しくしてあげようって、固く決心しているんです、わたし。
ネイラ様と約束したマロングラッセは、良い感じに漬け込まれているみたいです。もう数日で、ネイラ様に渡せるねって、お父さんにいったら、うーうー唸りながら、髪の毛を掻きむしっていました。お父さんってば、やっぱり情緒不安定なのかな? 早く元気になってくれると、嬉しいんですけど。
では、また。次のお手紙で、お会いしましょう。ネイラ様も、風邪をひかないように、気をつけてくださいね。
普段着でご飯を食べる方が、おいしいんじゃないかと思う、チェルニ・カペラより
←→
母娘のふれあいが、とても微笑ましい、チェルニ・カペラ様
わたしたちが出会ったとき、きみは少年を思わせるような、とても身軽な服装をしていましたね。馬に乗って誘拐犯を追跡するために、相応しい身なりを整えてくれたのだと、すぐにわかりました。そう思うと、場面に合った服装をするというのは、確かに大切なことなのでしょうね。
わたしの場合は、侍従や侍女が整えてくれた服を、そのまま身につけることが多いので、あまり悩んだことがありませんでした。華美にならず、動きやすければ、それで良かったのです。
その場に相応しい服装なのかどうか、貴族社会の煩雑な決まりごとに照らし合わせて考えるのは、侍従や侍女の職分であり、わたしには無関係なのだと、心のどこかで考えていたのかもしれません。
きみの手紙を読んで、服装ひとつに込められた礼儀や、思い遣りというものを、忘れてはならないのだと、教えられた気がします。
こう書くと、きみは〈そんなつもりじゃなかったんです。ネイラ様ってば、深読みし過ぎです〉と、慌てて否定するのでしょうね。どうです? わたしも、きみの反応を予測できるようになったと思いませんか?
そういえば、わたしが王立学院にいた頃、上位貴族の多くは、学院所定の制服を着用せず、華やかに装っていたようです。特に、侯爵家以上の爵位を持つ家の令嬢ともなると、夜会にでも行くつもりなのかと、首を傾げたくなるようなドレス姿の者も目にしました。
彼女たちは、いったい何を考えて、学びの場である学院で、煌びやかなドレスをまとっていたのでしょうか? わたしには、想像もつきませんので、今度、副官にでも尋ねてみましょう。
貴族社会では、晩餐の度に正装する家も、あるにはあると思います。ただ、それでは時間がかかり過ぎますので、来客のない場合は、普通の服装で食べている家がほとんどではないでしょうか。
幸いなことに、わたしの父母も、儀礼に固執する性質ではなく、毎日の夕食ごとに正装したりはしません。きみがいうように、面倒だし、窮屈ですからね。厳格な時代に生まれなくて良かったと、わたしも胸を撫で下ろしていますよ。
きみの父上のことは……何というか、わたしが言葉を差し挟むのは、控えたいと思います。ただ、素晴らしい奥方が、そばに寄り添っておられるのですから、程なく衝撃から立ち直ってくれるのではないでしょうか。
わたしは、きみたちの大好きな、大切な〈アリアナお姉ちゃん〉の幸せを、心から願っています。(祈りではなく、単なる願いなら大丈夫でしょう)
では、また、次の手紙でお会いしましょうね。マロングラッセも、楽しみにしています。
きみが王都で買ってもらった、グレーのドレスを勧めたい、レフ・ティルグ・ネイラより