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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 4-20

 〈神問かんとわす〉。
 
 ルーラ王国の法務大臣閣下、わたしにとっては、レフ様のお父さんであるネイラ侯爵閣下の口から、その言葉がつむがれた瞬間、またしても世界が揺れた。今度は、不穏なざわめきじゃなくて……何だろう、この感じ?
 わたしたちの暮らしている現世うつしよの遥か上、誰も行くことのできない天上で、尊い神霊さんたちが、一気に活気づいたような気がする。強いていえば、楽しみな計画を教えてもらった子供たちが、瞳を輝かせて待っているような……。神霊さんに対して、不敬な表現かもしれないけど、そんな無邪気な喜びが、世界を震わせているんだよ。
 
 わたしの腕の中にいるスイシャク様と、肩の上にいるアマツ様は、王太子殿下の登場以来、ずっと気配を薄くしたまま、何もイメージを送ってこなかったのに、今はものすごくせわしない。
 スイシャク様は、ふっくふくに膨らんで、ふすっっっふすっっって、鼻息を荒くしたかと思うと、短い羽根をぱたぱたと動かしている。スイシャク様ってば、そんなに勢い良く羽根を動かすなんて、初めてじゃないの?
 アマツ様は、ぶわっと炎を上げて燃え盛り、口笛を吹き鳴らすみたいな声を上げた。ぴゅーい、ぴゅーいって。何かあるたびに振りまかれる鱗粉は、もう絶好調の最高潮で、朱色どころか、金、銀、紫、青、白、赤の極彩色ごくさいしききらめきを、部屋いっぱいにあふれさせているんだよ。
 
 二柱ふたはしらのあまりの興奮ぶりに、なか呆然ぼうぜんとしながら、わたしの頭の中は、疑問でいっぱいになった。だって、王太子殿下に、まるで不必要な存在みたいにいわれたときは、ちっとも怒った様子を見せなかったんだよ? ちょっと悲しそうな雰囲気を出しただけで、とがめる気配もなかったんだよ? それなのに、〈神問〉の一言で、どうしてこんなに興奮しちゃうんだろう?
 
 よくよく思い出してみると、わたしは、〈神問〉っていう言葉を聞いたことがあった。今と同じ、宰相執務室での出来事だったと思うんだけど、ルーラ元大公にだまされて、不当な〈誓文せいもん〉を結んじゃったマチアス様を、何とか自由にするために、レフ様が呼ばれたんだ。
 レフ様は、マチアス様の話を聞いて、すぐに手助けをしてくれた。誓約を司る神霊さん、わたしの前には、金色の龍の姿で顕現けんげんするクニツ様を呼び出して、〈神問〉っていったんだよ。
 
 あのときのレフ様は、何というか、わりと怖かった。目の前に顕現した神霊さんに対して、頭も下げず、へりくだった言葉も使わず、対等の関係みたいな様子で、厳しく問いただしていた。マチアス様をだますために、わざと誤解させて結ばせた誓文は、正しいものなのかって。制約を司る神霊さんとして、それを良いことだと思っているのかって。
 クニツ様も、ルーラ元大公のやり方を、不当なものだと考えていたみたいで、レフ様に求められるまま、すぐにマチアス様の誓文を無効にしてくれた。故意にだまして結ばれたものだから、マチアス様が誓文を破棄しても、何の罰もなかった。
 
 このときの経験から考えると、〈神問〉って、人から神霊さんたちに、何かを問いかけることなんだろうか? いや、待って、待って。あのときのレフ様は、何て名乗っていたんだっけ? そう考えた瞬間、まるで誰かが教えてくれたみたいに、レフ様の言葉がよみがえってきた。レフ様は、煌々こうこうと輝くクニツ様に向かって、こういったんだ。
 
「ならば、現世の名をレフヴォレフ・ティルグ・ネイラ、□□、□□□□□□□□□たる我が、神問。誓文の破棄は、是か非か」
 
 レフ様が、自分の名前の後に口にしたのは、神霊さんの化身であるレフ様の本来の名前、いわば神名しんめいなんだと思う。ということは、〈神問〉って、神霊さんから神霊さんへの問いかけなの? 
 わたしが、答の出ない疑問にうなっていると、スイシャク様とアマツ様が、交互にイメージを送ってくれた。〈是といえば是、非といえば非〉〈本来、神から人へと問い掛けたるを、神問とぞ言う〉〈転じて、神から神、神から人、巫覡ふげきより神への問い掛けを、神問と称する也〉〈《神威の覡》たる御方おんかたの、父たる器に選ばれし、《廓然かくぜん》が申したる神問は、巫が《神威の覡》へと奏上そうじょうし、《神威の覡》と神々が、国の行く末をば見定める〉って。
 
 二柱から送られてくるイメージは、最近ではもう、言葉で書かれているくらい鮮明に理解できるものになっているんだけど、今回は、内容そのものがむずかしかった。本来、神霊さんから人へ問いかけるのが〈神問〉だけど、意味が広がっているんだね? そして、レフ様のお父さん、心が晴れやかでわだかまりがないっていう意味らしい、〈廓然〉って名前で呼ばれた、ネイラ侯爵閣下のいう〈神問〉は、〈神託しんたく〉であるわたしから、レフ様へ、何かを質問することなの? 
 二柱によると、この〈神問〉によって、ルーラ王国の行く末が左右されるそうなんだけど、それって責任重大どころの騒ぎじゃないよ! 十四歳の平民の少女であるわたしが、〈神託の巫〉だっていわれたり、レフ様と、こっ、婚約するだけでも、奇跡みたいな話なのに、国の行く末って。もちろん、何かを決めるのは、わたしじゃない。レフ様と神霊さんたちが、話し合うんだと思うけど、それにしても……。
 
 わたしは、思わず肩を落とした。あまりにも重い責任が、肩にかかった気がして、そうせずにはいられなかったんだ。〈神問〉が行われるって、決まったわけじゃないし、王太子殿下が子供たちの誘拐に関わっていなかったら、心配する必要はないんだよね? 〈神問〉の可能性があるから、わたしが、〈神託の巫〉に選ばれたわけじゃないよね?
 わたしが、腕の中のスイシャク様と、肩の上のアマツ様に、すがりつくような目を向けても、返事はなかった。いつも優しいスイシャク様とアマツ様は、ふっすすふっすす、ぴゅういぴゅういとさえずるだけで、はっきりとは教えてくれないんだよ。今さら、普通の鳥の真似なんかしちゃっても、意味がないと思うんだけど……。これは、あれだ。今のわたしの魂の器では、上手く受け止められない話なんだろう、多分。
 
 わたしが、呆然としていると、お父さんが、ぎゅっと抱きしめてくれた。腕の中にスイシャク様、肩の上にアマツ様がいて、敏感なお父さんなら、二柱の存在を感じ取れるはずなのに、まったく気にした様子もない。スイシャク様とアマツ様も、すっかり慣れちゃったみたいで、機嫌良く膨らんだり、鱗粉を撒き散らしたりしている。
 緊張した顔で、ずっと〈鬼哭きこくの鏡〉を見つめていたお母さんは、ぴったりとわたしに寄り添って、背中をでてくれた。お母さんからは、さわやかに甘い薔薇の香りがして、思わずうっとりしてしまう。香水なんて使わなくても、薔薇を司る神霊さんから、印をもらっているお母さんは、いつもほのかに香る、極上の薔薇の香りに包まれているんだよ。
 
 最高においしい料理を作ってくれる、お父さんの大きな手が、わたしの頬を包み込む。お父さんは、わたしを安心させるように、優しい声でいった。
 
「大丈夫だ、チェルニ。何も心配はない……とはいえないが、おまえには、尊い御神霊を始め、たくさんの味方がいてくださる。怖がらなくて良いんだ」
「……お父さん」 
「そうよ、子猫ちゃん。重いお役目をいただくことがあるのかもしれないけど、慈悲を体現しておられる御神霊が、導いてくださるに決まっているわ。果たせないお役目を、可愛い子猫ちゃんに負わせるなんて、なさるはずがないと思うの」 
「第一、ネイラ侯爵閣下の仰せになった〈神問〉が、本当に行われるとは限らないだろう? おれは、今はまだ、王太子殿下を信じたいと思う。いろいろと不穏な話をなさったにしろ、ルーラ王国の正統な王太子殿下だ。物事がはっきりするまでは、ご信頼申し上げていれば良いんじゃないか?」
「本当にそう思う? 王太子殿下は、子供たちの誘拐に、関わってなんかいないのかな? レフ様が、王太子殿下を見限って、断罪したりすることにならないのかな? どう思う、お父さん?」
「おれは、可愛い娘には嘘をつきたくないからな。さっきいったのは、希望を込めての言葉だ。我がルーラ王国の王太子殿下を、信じたいとは思うが、信じられるかといわれると、判断がつかないよ、チェルニ。どうだ、ローズ?」
「まったく同じよ、ダーリン。明確に〈白〉なら、ネイラ侯爵閣下は、〈神問〉なんて言葉を口に出したりなさらないわ。逆に、〈黒〉だと確信しているのなら、もう動いておられるはずだもの。神前裁判の結果、事実が明らかになるまでは、信じようと決めておられるんじゃないかしら?」
「ほら、チェルニ。宰相閣下の執務室でも、話し合いが続くようだ。御神霊のお許しがあるんだから、おれたちも、拝聴しよう」  
「うん。そうするよ、お父さん。話が大き過ぎて、胸がどきどきするから、このままぎゅっとしていてくれる? お母さんも、このままでいてくれる?」
「もちろんだ、チェルニ。おれの、小さな可愛い娘。やっぱり、何だ……その……婚約だの何だの、早過ぎるんじゃないか? お断りはしなくても、将来を決めるのは、せめて王立学院を卒業してから、のんびり、のろのろと……」
「諦めが悪いわよ、ダーリン。ほら。皆様の話が聞こえなくなるから、少し静かにしてちょうだいな」
 
 お母さんがいう通り、宰相閣下の執務室では、紅茶に口をつけながら、話し合いが再開したみたいだった。お父さんとお母さんの、温かな腕に励まされて、わたしは、改めて耳を傾けたんだ。
 
     ◆
 
 わたしが、お父さんとお母さんに、励ましてもらっている間にも、ルーラ王国でも指折りの大貴族と、神霊庁の大神使だいしんし猊下げいかは、穏やかで冷静な表情のまま、ものすごく不穏な会話を続けていたみたいだった。
 
「いずれにしろ、二つの大きな山を越えなければ、ルーラ王国の今後は定まりませぬな。一つは、一月ひとつき以内に開かれる予定の神前裁判。この神前裁判によって、ルーラ元大公と大公騎士団、クローゼ子爵家の者たちが、それぞれに裁かれましょう。諸外国とのつながりについても、神前裁判で明らかになればよろしいのですが、それは難しいかもしれませぬな、猊下」
「左様でございます、宰相閣下。御神霊のお考えは、人の子には計り知れないものでございます。我らは、ルーラ元大公らを裁くのであれば、すべての事実、すべての悪事を白日はくじつの下にさらしたいと、ついつい先走ってしまいますけれど、深淵しんえんにして至高でられる御神霊が、同じようにお考えになられるとは限りませぬ。人の子の思惑で、御神霊を動かそうとするなど、不敬の極みでございますれば、我らはただ、神前裁判の成り行きを見守るのみにございます」
「仰せの通りです、猊下。仮に、神前裁判において、諸外国の干渉が明らかにならず、子供たちの誘拐事件の真相も語られない場合は、もう一つの大きな山を踏み越えねばなりませぬ。つまりは、アイギス王国に対して厳命げんめいしている、子供たちの帰還でございます。四月よつき前に、半年の期限を切りましたので、今から二月ふたつき、神前裁判が終わってから、一月ひとつきほどのこととなりましょう」
 
 宰相閣下の説明で、わたしは、総隊長さんたちから聞かされた話を思い出した。わたしの運命を大きく変えた夏の日から、一週間くらい後だったんだけど、守備隊の制服に身を固めた総隊長さんとフェルトさんが、〈野ばら亭〉を訪ねてきたことがあった。子供たちの誘拐事件の解決のために、頑張って協力してくれたからって、王国からの贈られるご褒美ほうびの目録と、王立学院の入学許可書を持ってきてくれたんだ。
 総隊長さんは、〈関係者として、結果が気になるだろうから、特別に許可をもらってきた〉っていって、秘密の情報を教えてくれた。総隊長さんたちが、アイギス王国のシャルルなんとかっていう外交官を、誘拐犯として捕まえたから、ルーラ王国では、正式にアイギス王国に抗議したんだって。それも、普通の抗議じゃない。〈まだ、二十人以上行方不明になっている子供たちを、半年以内に全員無事に帰国させること。そして、犯人を全員引き渡すこと。この二つを実行しないのなら、問答無用で開戦する〉っていう、ものすごく強硬な抗議だったんだ。
 
 子供たちを見捨てるなんて、できるはずがないけど、戦争が始まったらどうしようって、青くなったわたしに、総隊長さんは、優しく教えてくれた。アイギス王国は、そんなに強い国じゃないし、魔術そのものを切ってしまうレフ様がいる以上、ルーラ王国の王国騎士団には、絶対に勝てないってわかっている。だから、アイギス王国の王様は、死に物狂いで事件を解決しようとするはずだっていったんだよ。
 宰相閣下のいう期限は、あのときの話に出ていた、〈半年以内〉のことだろう。そう、確かに、アイギス王国に与えられた半年の猶予ゆうよは、もう二月ふたつきもすれば、終わってしまうんだ。
 
「アイギス王国もヨアニヤ王国も、平気で誓約を反故ほごにしかねない、恥知らずな国でございます。大切なルーラ王国の子供たちは、本当に帰ってくると思っておられますの、宰相閣下?」
「もちろんです、オディール姫。我が国は、この現世うつしよで唯一の神霊王国。神話の世界にのみ存在する、正義の国になり得るだろう、たった一つの国でございます。まして、今代のルーラ王国には、おそれ多くも〈神威しんいげき〉が御坐おわします。その御威光の前には、アイギス、ヨアニヤの不正義など、瞬く間に焼き尽くされてしまいましょう。わたくしは、それを疑ってはおりませぬ」
「兄上、兄上。いかにも宰相らしい物言いでは、皆様に伝わりませぬ。ずばりと仰ってはいかがですか?」
「少しは格好をつけさせておくれ、アス。まあ、率直に申し上げますと、わたくしがアイギス王国と交渉いたしました際、レフにも同席してもらったのですよ。そして、アイギス王国が不誠実な言動をいたしましたので、レフに頼んで、少しばかりおどしてもらいました。レフもまた、子らをさらったアイギス王国に怒りを隠しませんでしたので、王弟やアイギス王国の騎士団長を始め、交渉の場にいたアイギス王国騎士団の全員が、恐慌きょうこうおちいるほど、強大な神威をお示しになりました」
「我らルーラ王国の誇りたる、王国騎士団の副官方から、様子はうかがっております。〈神鳴かんなり〉の一言で雷を呼び、会談の行われた平原を、雷鳴らいめいと薄紫の閃光せんこうで埋め尽くしてしまわれたとか。大地が揺れ動くほどのお力に、アイギス王国の者はすべて、瞬時に崩れ落ちたそうでございますよ」
「そうなのです、猊下。ご神鏡しんきょうたる〈神照かみてらす〉様の光で、厚くお守りいただいておりました我らでさえ、誠に耐えがたく、震えるしかない、圧倒的なご神威でございました。その経験がある以上、〈神威の覡〉の御坐すルーラ王国と、正面から戦うくらいなら、アイギス王国は、それこそ死に物狂いで子供たちを探すでしょう」
「レフが教えてくれたのですが、子供たちについては、何柱いくはしらかの御神霊が、守護してくださっているのだとか。今は、現世への介入を避けようと、表立って動かれていないだけで、アイギスの出方でかたによっては、大鉈おおなたが振るわれる可能性もあるそうでございます、オディール姫」
 
 話の締めくくりに、レフ様のお父さんがいった言葉に、わたしは、思わずうなずいた。実は、子供たちが苦しんでいるんだから、アイギス王国の返事なんて待たないで、神霊術で探してもらえないのかって、ずっと思っていたんだよ、わたし。
 場所がルーラ王国じゃなく、神霊さんのいない外国だから、神霊術を使えないのか。もしくは、外交っていうものに配慮して、時期を待っているのか。ルーラ王国から外国に移住した人は、神霊術が使えなくなるっていうから、その影響なのかとか……。十四歳の少女なりに、悩んでいたんだ。
 
 でも、神霊さんが、子供たちを守護してくれているっていうことは、外国でも、神霊さんの力が届くんだよね? そもそも、子供たちの居場所だって、本当はわかっているんだよね? 人には人の法律があり、国と国との関係もあるから、半年の間は、アイギス王国に猶予をあげているんだよね?
 お父さんもお母さんも、深い安堵あんどの息をいた。宰相執務室にいたオディール姫も、マチアス様も、本当にうれしそうに微笑んだ。壁際の定位置に戻っていた総隊長さんと、キュレルの街の守備隊員だったアランさん、フェルトさんは、ぐっとこぶしを握って、歓声を上げるのを我慢したみたいだった。子供たちの誘拐を聞いて、激怒していたアリアナお姉ちゃんは、エメラルドみたいな瞳をうるませて、優しく微笑んだ。
 わたしは……腕も中のスイシャク様を、ぎゅっと抱きしめて、必死に涙を我慢した。子供たちが苦しんでいるんなら、レフ様が放っておくはずがないって、わかっていたけど、信じていたけど……やっぱりほっとしたんだよ……。
 
 皆んなの喜ぶ顔を見て、穏やかな笑みを浮かべた宰相閣下は、こう続けた。
 
「一方、わたくしたちが、王太子殿下のご真意を計りかねているのは、御神霊の尊いご加護のゆえなのです。我らが王太子殿下は、庇護ひごすべき子らを見捨てるようなお方ではないと、信じております。しかし、御神霊のご加護があり、子らの身の安全が図られているのなら、安心して利用なさる可能性はあるのです。困ったことに」
「アスの申す通りです。だからこそ、我らはオディール姫に女大公にょたいこうとして立っていただき、お力をお貸しいただきたく思います。レフは、人であって人ではなく、半ば神々の領域におられる御方。〈神威の覡〉のご威光にすがるばかりではなく、人の子である我らも、でき得る限りの方策を練らねばならぬのです」
 
 おお! お姫様がルーラ大公になるのって、そういう意味があったの? フェルトさんとアリアナお姉ちゃんは、びっくりした顔をしているけど、オディール姫とマチアス様は、少しも驚いていなかった。事前に話を聞いていたっていうよりは、そう予想していたんじゃないのかな。  
 オディール姫は、強い意志をうかがわせる、りんとした表情になって、しっかりと宰相閣下を見つめた。
 
「何なりとお申し付けくださいませ、宰相閣下。もとはといえば、わたくしの愚弟の犯した大罪たいざいですもの。本来なら、大公家の存続など、許されませんでしょう。わたくしは、ルーラ大公家を守りたいなどとは、欠片かけらも思っておりません。宰相閣下にお使いいただいた後、叩き潰してくださってもよろしゅうございます」
かたじけのうございます、姫。我らが、更なる証拠を集めるためには、大公家の隅々すみずみまで、調べ尽くす必要がございます。アレクサンス殿のご妻子が、ルーラ大公家を継承けいしょうすれば、多くのものが隠されてしまいましょう。どうか、早々に女大公となり、大公家の城から離宮、宝物庫、別邸に至るまで、すべてを我らにお見せください。王国騎士団と〈黒夜こくや〉が総力を上げ、市井しせいでいうところの〈家探やさがし〉をいたします。ルーラ王国の未来を守るという意味では、〈宝探し〉かもしれませぬな」
 
 そういって、宰相閣下は、悪戯っ子みたいな顔で笑った。わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんは、どうやら〈家探し〉もしくは〈宝探し〉のために、お嫁入り先が、大公家になっちゃうみたいだよ……。