連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 86通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
王立学院の入学試験を終えたら、すぐにお手紙を書くつもりだったのに、翌日になってしまいました。優しいネイラ様のことだから、きっと、気にかけてくれていましたよね? 遅くなってしまって、本当に申し訳ありません。
翌日になった理由は、神霊術の実技試験を終えた途端、ふっと気が遠くなって、ついさっきまで熟睡していたからです。試験会場には、マルティノ様もきてくれていたから、このことも、ネイラ様に報告されていますよね? びっくりするくらい長く寝て、お父さんのおいしいご飯をお腹いっぱい食べて、今のわたしは、絶好調に元気ですので、心配しないでくださいね。
神霊術の実技試験のとき、わたしは、おじいちゃんの校長先生と相談していた通り、〈霊降〉をするつもりでした。何となく、神霊さんたちも、顕現してくれそうだったし、スイシャク様とアマツ様も乗り気だったし、きっと成功できるって思っていました。
実際には、成功は成功だったものの、やりすぎたっていうか、やりすぎるのを見ていることしかできなかったっていうか……。ただの実技試験だったのに、神霊さんたちが七柱も顕現して、試験会場になった王立学院の校庭を、混乱の坩堝に落とし込んじゃったんですよ。(混乱の坩堝って、本で読んだことはありましたが、自分で書いたのは初めてで、辞書を引いて確かめました)
神霊さんたちが、わりと限度を考えてくれないのは、いつものことだとして、不思議だったのは、神霊さんたちの〈名乗り〉でした。例えば、とてつもなく巨大な錠前として、神々しい銀色に輝きながら顕現したのは、錠前を司る神霊さんでした。わたしが、小さい頃に印をくれて、何かと力を貸そうとしてくれる、大好きな神霊さんです。その錠前の神霊さんが、実技試験のときには、聞いたことのないような名乗りをしていたんです。〈我、戒を司りし□□□□□□〉って。
ご神名に当たるところは、わたしには、全然、まったく聞き取れませんでした。ただ、〈戒を司る〉っていう言霊だけは、はっきりと理解できたと思います。声ともいえない、どこまでも尊い言霊は、わたしがよく知っている、錠前の神霊さんのものだったし。
〈戒〉って、悪いことが起こらないように、事前に注意をしたり、禁止したりすることですよね? だとしたら、わたしが、錠前を司る神霊さんだと思っていたのは、間違いだったんでしょうか? 神霊さんの存在を勘違いするとか、ものすごく不敬な気がして、混乱しそうなんですが、大丈夫でしょうか?
そして、七柱の神霊さんたちは、わたしがよく知っている神霊さんばっかりだったのに、司る権能は、聞いたことのないものばかりでした。もしも、知らずに不敬なことをしていたんだったら、誠心誠意、お詫びしないといけないので、どうか教えてください。スイシャク様とアマツ様は、〈佳き佳き〉とか、膨らんでいるだけなので、ネイラ様だけが頼りなんですよ、わたし。
ともあれ、王立学院の入試も終わったので、またお手紙を再開させていただきたいです。(ネイラ様は、お忙しい方なんですから、返事は適当で良いですからね)入試に落ちる……っていうことは、さすがにないと思うので、この秋からは、わたしも王立学院の生徒です。ネイラ様に推薦していただいた身として、ネイラ様に恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないので、頑張りますね。
王都にいると、それだけで、少しネイラ様に近づいたようで、うれしくなります。また、次の手紙で会いましょうね。
王立学院に行って、ネイラ様が怒っちゃった気持ちが理解できた、チェルニ・カペラより
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神々の愛しき雛たる、チェルニ・カペラ様
早々に手紙を書いてくれて、ありがとう。きみが目を覚まし、父上の〈おいしいご飯をお腹いっぱい〉食べ、すっかり元気になってくれたと分かり、とても安心しました。きみが、ずっと眠り続けていたのは、魂を休ませるために過ぎないということは、よくわかっていたものの、やはり心配ではありましたから。
今回、きみが〈霊降〉をしようとしたのに、現世の奇跡の一つである〈斎庭〉を招来してしまったのは、神々の勇み足です。きみが、日々、〈神託の巫〉として覚醒しようとしていることを喜び、きみと縁のある神々が、必要以上に神威を溢れさせ、次々に顕現してしまったのです。
〈斎庭〉を作り出した七柱の神々と、それを楽しんで黙認していた〈スイシャク様〉〈アマツ様〉には、少しばかり苦情を入れておきました。きみが優しく、常に神霊に心を開いてくれるからといって、無理をさせ過ぎてはいけませんからね。
また、きみが望んでいるわけでもないのに、全力で周囲を威嚇したらしい、神霊庁と王国騎士団、〈黒夜〉の面々にも、軽く注意をしておきました。皆、きみのことが大好きで、きみを守りたい一心なので、わたしも強くはいえないのですけれど。
名乗りの件は、よく気づきましたね。きみの推察の通り、きみの大好きな〈錠前の神霊さん〉は、錠前を司る神霊ではなく、〈戒〉という概念を司る、高位の神の一柱です。錠前を司る神霊は、別に存在しており、人の子に印を与えていますけれど、〈戒〉を司る神霊が印を授けたり、〈眷属〉としたりすることは、悠久の歴史の中でも、数えるほどしかないのではないでしょうか。
〈斎庭〉に顕現した神々は、皆、本来の権能とは違う形で、きみに認識されてきました。ただ、それは、きみが不敬を犯したのではなく、高位の神が有する権能を、〈雛〉であるきみの魂が、正しく受け止められなかっただけなのです。
きみを愛する神々は、きみの魂に負荷をかけたいとは考えていませんので、失礼だなどと、心配する必要はありません。それよりも、素直な心で〈大好きな神霊さん〉だといってもらい、どの神々も、とても喜んでいるのですよ。
近い将来、きみは、きみの大好きな〈スイシャク様〉の神名を、言霊として知るようになると思います。そのときには、〈スイシャク様〉が、決して雀を司っている神ではないのだと、自ずと理解できるでしょう。
他の神々についても、いつか必ず、正しく認識できる日がやって来ます。それまでは、今のままのきみで、神々と親しんでください。どの神も、それを望んでいますので。
では、また、次の手紙で会いましょう。それまで、ゆっくり寝て、しっかりと食べて、疲れを癒してくださいね。
王立学院の生徒たちは、学生の本分を忘れがちだと思う、レフ・ティルグ・ネイラ
追伸/
きみの父上から、栗の渋皮煮の入ったパウンドケーキが送られてきました。早速、父母と共に、濃い紅茶を飲みながらいただき、あまりの美味しさに感動してしまいました。父も母も、深く豊かな秋そのものの美味に、蕩然としていました。本当にありがとう。