連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 5通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
チェルニ・カペラは、オーディル川を渡りましたよ、ネイラ様!(定型句の使い方、正しいでしょうか? 決定的な判断を下した、っていう意味のことを書きたかったんですけど。前に読んだ冒険小説に、〈遅い! おれはもう、オーディル川を渡ったんだ!〉っていう台詞があったので、一度使ってみたかったんです)
前の手紙で、ネイラ様に大丈夫っていってもらったので、王立学院の入試を受けることに決めました。早速、校長先生に報告に行くと、またまた「ひゃっほい!」ですって。
ちょっと予想していたので、今回も吹き出さずにすみましたが、校長先生はなかなかの危険人物だと思います。わたしが爆笑しちゃったら、やっぱりお母さんに叱られるのでしょうか?
ネイラ様は、立場なんて関係ないっていってくれましたが、推薦していただいたわたしが、下位の成績だったりしたら、何かと問題だと思います。実力以上の結果は出せないとしても、今からでも準備して、精一杯頑張りますね。
ここでひとつ、入試の内容について、質問させてください。受験科目の中の〈神霊術実技〉って、何をすればいいんでしょうか? 説明のところには、「あなたの得意な神霊術を、試験官の前で実際に行使してください」としか書かれていないんです。
ネイラ様が受験したときも、同じ説明でしたか? あれ? 書いていて疑問に思いましたが、ネイラ様も受験されたんですか? 〈覡〉のネイラ様だったら、わたしなんて、比べ物にならないくらいの特待生でしたよね、きっと。
もしも、ネイラ様が受験していて、差し支えがないんだったら、実技の内容を教えてください。よろしくお願いいたします。(この質問って、カンニングにはならないですよね?)
王立学院の先生については、わたしが平民だから、扱いが良くなかったのかなって、ちょっと思っています。王立学院の生徒って、大半が王都の貴族なんですよね? そこへ、田舎街の平民の子が「特待生だけど、試験も受けさせろ」っていったから、生意気だと思われたんじゃないかなって。
キュレルの街には、ご領主様とその関係者くらいしか、貴族の人がいないので、平民であることが当たり前なんですけど、王立学院は違うのかもしれませんね。
あっ、こんなふうに書いたからといって、心配はいらないですよ? わたし、全然、まったく気にしていないので。王立学院に行くって決めたときから、ある程度は予測していました。
ネイラ様は、普通だったら考えられないほどのチャンスを、わたしに与えてくださいました。わたしは、そのチャンスをつかみ取ると決めました。大切なのはそのことだけで、仮に小さな嫌がらせとかがあったとしても、何の問題もありません。しっかりと勉強して、黙らせるだけです。
わたしの大好きなお母さんは、アリアナお姉ちゃんによく似た、〈儚げな美人〉っていう外見をしているのに、性格は肉食獣みたいです。「こっちが怯えて見せたら、敵の思う壺なのよ、わたしの可愛い子羊ちゃん。中途半端は怪我のもと。戦うべきときには、毅然として戦いなさい。人生、常在戦場の心意気よ」って、しょっちゅういってます。
お母さんは、何と戦ってるのかな? とか。〈常在戦場〉の意味って、実は違うらしいよ、とか。そもそも子羊だったら、絶対に負けちゃうじゃない、とか。突っ込みどころは多いんですけど、お母さんの教育は身についていると思います。(このへんの事情は、そのうち書きますね。ネイラ様になら、いいと思うんですけど、一応お父さんに確認します)
実はわたし、けっこう生意気に思われるみたいで、たくさんの男の子に意地悪をされてきたんです。(これって、内心はコンプレックスになってます。ネイラ様には、打ち明けちゃいますけど)
そんなに大した意地悪じゃなくて、何だかんだとからかわれたり、髪の色を変だといわれたり、つまらないけんかを売られたりするくらいで、実害はないんですけど、嫌な気持ちになるのは事実です。それで、そういう男の子って、こっちがむきになって怒ると、余計に調子に乗るんですよね。
お母さんのいうように、毅然とした態度で無視していると、そのうち何もいってこなくなるみたいです。もちろん、暴力を振るおうとしてきたりしたら、徹底的に叩き潰します。
あれ? 王立学院の入試の話だったのに、何だか脱線してしまいました。しかも、けっこう長くなってるし。
ともかく、わたしは元気いっぱいに、入試に向けて勉強していますので、ご安心ください。
次回からは、楽しいことだけ書こうと思います。次のお手紙でお会いしましょう!
生意気だと思われがちな、チェルニ・カペラより
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可愛い子羊の、チェルニ・カペラ様
きみのお母上は、なかなか立派な騎士道精神をお持ちですね。王国騎士団の中でも、〈常在戦場〉の心意気を持つ者は、それほど多くはありません。そうであってほしいと、願ってはいるのですが。(〈常在戦場〉は、確かに別の意味もあります。きみは本当に、十四歳の少女とは思えないほど博識ですね)
王立学院の入試は、わたしも受験しています。わたしは、内部からの進学でしたが、内部進学者も、外部入試と同じ試験を受ける決まりなのです。王都に住む貴族の子弟は、特待生には選ばれないのが、王立学院の内規でもあります。
〈神霊術実技〉は、本当に得意の神霊術を見せるだけの試験です。勉強は得意ではないけれど、神霊術に素晴らしい才能を持っているという生徒を、学院が見逃すことがないように、実技が組まれているのです。
実際には、受験生を百人ごとに組分けし、その組の全員が見ている前で、順番に神霊術を披露していきます。十四、五歳の子供たちにとっては、かなりの緊張を強いられることになるでしょうね。
わたしは、試験官だけが見ていればいいと思うのですが、王立学院としては、別の思惑があって、公開試験にしているようです。
……。ここからは、少し書きにくい内容です。わたしが黙っていても、どこからか噂が耳に入る可能性もありますので、きみには正直に告白します。
実は、この実技試験で、わたしは大きな失敗をしてしまいました。思い出すと、今でもため息をつきたくなるような失敗です。
当時のわたしは、貴族社会のしがらみや人間関係が、何かと面倒でたまらず、嫌気がさしていました。入試にしても、無意味に注目されたり、便宜を図ろうとされたり、まとわりつかれたりするのが嫌で、少々気持ちが荒んでいたのです。
実技の順番が回ってきたとき、わたしは苛々した気持ちを、そのまま神霊術としてぶつけてしまいました。炎の御神霊を召喚して、王立学院の校舎を丸ごと燃やしてしまったのです。
現実の炎ではなく、幻の炎にするだけの正気は残っていましたので、実際の被害はありませんでした。ただ、御神霊の業火だっただけに、同級生となる生徒たちはもちろん、先生方にも怖がられてしまい、卒業するまで遠巻きにされたままでした。
正直なところ、いろいろな人から距離を置かれたことで、わたしの学院生活は快適なものになりましたが、御神霊に憂さ晴らしを願ったことだけは、今でもとても恥ずかしいと思っています。
実技の際、きみは何の神霊術を使うのでしょうか? 上の文と矛盾していることを承知でいうと、きみには思い切り、全力で術を使ってほしいと願っています。
貴族の中には、身分にしか価値を見出せない愚か者も多く存在します。貴族が過半数を占める王立学院で、きみが自由に学んでいくには、最初に実力を見せつけた方が、手間が省けるのではないでしょうか。
わたしの方も、回を重ねるごとに手紙が長くなっている気がします。まだまだ、いくらでも書きたいことがあるのに。とりあえず、今日はここまでにして、また次の手紙で会いましょうね。
楽しくないことも書いてほしいと願っている、レフ・ティルグ・ネイラ
追伸・きみに意地悪をした男の子たちのことは、この先もずっと無視しておけばいいと思います。きみは、まったく生意気などではありませんからね。
王立学院に入学してからも、男子に意地悪をされることがあったりしたら、わたしに教えてください。さり気なく注意しておきますので。