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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 63通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 蛇だとか泥色のもやもやだとか、気味の悪い話ばかり書いてしまったので、今日は、楽しい話題にしたいと思います。さっき、お母さんから教えてもらいました。うちの家に、これからすごいお客様が来るんですって!
 一人目と二人目のお客様は、アリアナお姉ちゃんと婚約間近なフェルトさんと、守備隊の総隊長さんです。この二人のことは、ネイラ様も覚えてくれていましたよね?

 わたしの運命を変えた夏の日、孤児院の子供たちを誘拐した犯人を追いかける最中に、わたしとネイラ様は出会いましたね。あのとき、わたしを馬に乗せてくれていた、若い美男子がフェルトさん。犯人のシャルルとにらみ合っていた、いかつい熊みたいな男の人が、守備隊の総隊長さんです。

 フェルトさんは、アリアナお姉ちゃんに会いたくて、しょっちゅう〈野ばら亭〉に顔を出すし、キュレルの街で人望を集める総隊長さんは、今ではうちのお父さんの飲みお友達です。アリアナお姉ちゃんが、お嫁に行っちゃうのが寂しくて、お父さんってば、総隊長さんに愚痴りながら、お酒を飲んでいるんですよ。
 この二人は、お客様というよりは、〈今日もフェルトさんと総隊長さんが、ご飯を食べていくわよ〉っていう感じの人たちなので、まったくめずらしくありません。問題は、三人目と四人目のお客様の方なんです。

 これから、カペラ家にやって来るのは、クローゼ子爵家の事件のときに、大きな存在感を放っていた方々……。クローゼ子爵に復位ふくいしたマチアス様と、大公家のお姫様だったオディール様なんです。
 お母さんは、〈フェルトさんのお祖父様とお祖母様に当たる方々が、揃って訪ねて来られるのよ〉って、あっさりした口調で話していましたけど、びっくりですよね。大公家のお姫様なんていう、身分の高さだけじゃなく、物語の登場人物に会うような興奮があります。雀の視界を通して、マチアス様とお姫様の、悲恋を知っちゃいましたからね、わたし。(実際には、悲恋とはいえないみたいで、本当に良かったと思います)

 今、わたしは、着替えのために部屋に戻っています。お客様に失礼のないように、わたしもアリアナお姉ちゃんも、きちんとした服を着るようにいわれたんです。アリアナお姉ちゃんは、王都の〈花と夢の乙女たち〉で買ってもらった、紫色のドレス。わたしは、同じお店で買ってもらった、グレーのドレスを着るつもりです。
 アリアナお姉ちゃんのドレスは、上等な紫色の絹に、繊細な黒いレースがついていて、すっごく上品で、びっくりするくらいお姉ちゃんに似合います。まあ、アリアナお姉ちゃんだったら、黒いズボンに白の綿のシャツを着たって、ため息が出るくらい優雅で綺麗なんですけどね。
 わたしのドレスは、上品な光沢のあるグレーの生地で、えりそでの白いレースが、とっても可愛らしいんですよ。ネイラ様からショートマフラーをいただいたとき、包み紙にかけてあった赤いリボンは、お姉ちゃんが髪留めにしてくれたので、顔の両側の髪をくるくるってねじって、髪留めをつけたら、〈よそゆきのチェルニ・カペラ〉の出来上がりです。

 さて、そろそろ馬車が着いたみたいです。今日の食事会の話は、次の手紙に書きたいと思います。そこで、また会いましょうね。

     アリアナお姉ちゃんみたいに、大人っぽいドレスが似合うようになりたい、チェルニ・カペラより

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あわただしい毎日を、健気けなげに過ごしている、チェルニ・カペラ様

 きみの手紙を読んでいると、その場の情景が浮かんでくるような気がします。グレーのドレスに、赤いリボンの髪留めをつけたきみは、さぞかし愛らしいことでしょうね。顔の両側の髪の毛を、くるくるねじったきみを、この目で見たいものです。近い将来、きみと会えるようになったら、是非ともねじった髪型をお願いします。

 フェルトさんと総隊長さん……キュレルの街の守備隊を統括する、ヴィドール・シーラ殿のことは、今もよく覚えています。若々しい美男子で、とても誠実そうなフェルトさんは、神霊から厚い恩寵おんちょうを受けているのだと、すぐに分かる人でした。〈厳つい熊みたい〉な総隊長さんも、とても善良で有能で、いかにも神霊の好みそうな〈良き者〉でしたね。
 わたしは、あまり好ましくない者の顔は、すぐに記憶から消してしまう癖があります。反面、何らかの理由で覚えておく必要を感じたり、良い印象を受けた者の顔は、忘れることがありません。フェルトさんや総隊長さんは、きっといつまでも記憶に残り続けるでしょう。

 それにしても、マチアスきょうとオディール姫は、随分ずいぶんと早くカペラ家を訪ねたのですね。あのお二人は、長い間、多くの我慢を強いられてきたので、ようやく元大公のしがらみから解放された今、できるだけ自由に行動したいと考えておられるのでしょう。
 マチアス卿は、沈着冷静でありながら勇猛果敢な方で、今でも〈騎士の中の騎士〉と慕われています。オディール姫は、何というか、大変に生き生きとした、自由闊達かったつな姫君として、とても有名な方でした。そのお二人が、かつての疾風しっぷうごとき勢いを取り戻し、思うまま走り抜けていける環境を取り戻されたのだとしたら、わたしも嬉しく思います。

 マチアス卿とオディール姫の話は、次の手紙で聞かせてくださいね。また、手紙を通してきみに会えるのを、楽しみにしています。

     きみの愛らしい顔は、未来永劫みらいえいごう忘れない、レフ・ティルグ・ネイラ