連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 64通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
ちょっと前に、マチアス様とオディール姫が帰ったので、今日、二通目の手紙を書いています。お父さんが作ってくれた、すごくおいしい晩ご飯を食べながら、いろいろと話し合ったんですけど……もう、びっくりですよ、ネイラ様!
キュレルの街の守備隊で、分隊長に抜擢されているフェルトさんは、若くて爽やかな美男子で、たくさんの女の人に好かれても、まったく反応しない真面目な人です。ネイラ様もご存知のように、その好青年のフェルトさんが、何年もアリアナお姉ちゃんを思い続けて、やっと求婚したとき、わたしたち家族は、喜んで受け入れました。
フェルトさんは、自分が〈婚外子〉で、お父さんがいないことを打ち明けてくれたけど、わたしたちは、誰も気にしませんでした。お父さんがいった、〈娘の幸せには関係がない〉っていう言葉が、すべてだったんですよ。
でも、いないはずのお父さんは、実はクローゼ子爵家の三男で、若くして亡くなっていたんですよね。クローゼ子爵家の〈神去り〉によって、フェルトさんが事件に巻き込まれていった事情は、わたしなんかより、緊急の手紙で教えてくれたネイラ様の方が、ずっとずっと詳しいと思います。
紆余曲折の結果、フェルトさんの亡くなったお父さんは、マチアス様とオディール姫の息子さんだったことが発覚して、元ルーラ大公が捕まって、元大公のお姉さんであるオディール姫が、大公家を継ぐかもしれなくて……フェルトさんの身の上は、本当に目まぐるしく変化していきました。(紆余曲折って、便利な言葉だと思います。手紙に使ったのは、初めてです、わたし)
そして、今日、うちに来たオディール姫は、わたしたちのいる前で、フェルトさんに尋ねたんです。オディール姫の後継になって、ルーラ大公家を継がないかって。
それを聞いたとき、最初に浮かんだ感想は、〈めんどくさい〉っていうものでした。アリアナお姉ちゃんも、わたしたち家族も、身分や財産は必要としていないし、アリアナお姉ちゃんの幸せを考えたら、平民のままでいる方が、良いに決まっていると思ったんです。
意外と〈大物〉なアリアナお姉ちゃんは、平然とした顔をしていました。フェルトさんを信じて、ついていく覚悟を決めているんですよ。当事者であるフェルトさんは……ものすごくかっこ良かったです。まったく迷う素振りも見せず、爽やかにいい切ったんです。
自分の命よりも、アリアナお姉ちゃんさんが大切だし、フェルトさんが〈婚外子〉だろうが、連座されるかもしれない罪人の血族だろうが、一瞬の迷いもなく受け入れてくれたアリアナお姉ちゃんとカペラ家は、〈大公家とは比べ物にならないほどの宝物〉だって。
フェルトさんの言葉を聞いて、わたしは、感動のあまり泣きそうになりました。フェルトさんってば、アリアナお姉ちゃんが好きになり、わたしが、お姉ちゃんのお婿さんにって見込んだだけのことはあります。とんでもない大貴族の後継にしてあげるっていわれて、迷いもなく断れる人って、世の中にそうはいませんよね。
……って、あれ? ここまで書いて、ちょっと考えちゃいました。わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんは、国を傾けそうなくらいの、絶世の美少女だから、アリアナお姉ちゃんが手に入るなら、大公家を捨てる男の人って、わりとたくさんいたりするんでしょうか? もしかして、ひょっとして、ネイラ様も、アリアナお姉ちゃんを見たら、その、ちょっと、好きになったりする……んでしょうか……?
何だか、話が変な方向に行きそうなので、全然本題までたどり着けませんけど、今日はここまでにしておきます。そうでないと、ますます混乱しそうなので。
ということで、また、次の手紙で会いましょうね。(オディール姫との話し合いは、その後も続いていって、フェルトさんが大公家を継ぐ可能性もあるみたいなんです。次回、ご報告します)
絶賛、混乱中のチェルニ・カペラより
追伸/
自分で自分の気持ちがわからなくて、落ち着かない気分です。どうしちゃったんでしょう、わたし? ネイラ様にも、こういうときってありますか?
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常日自分の内面と向き合う聡明さを持っている、チェルニ・カペラ様
きみが混乱しているのだと思うと、何故か、わたしまで落ち着かなくなりそうです。いつも元気で、明るく、健気なきみのことですから、その心に翳りがあるのかもしれないと思うだけで、心配になってしまうのかもしれませんね。
あまり干渉はしたくないのですが、困ったり、迷ったりするようであれば、わたしに相談してください。多くの物事に対して、力になれると思うので、決して一人で悩まないでください。約束ですよ。
フェルトさんについていうと、オディール姫の申し出を受けて、どう選択するかは、フェルトさん自身の判断であり、それを受け入れるかどうかは、アリアナ嬢の判断です。大公家の問題ともなると、否応なく注目を集めますので、悩みも深くなるでしょう。
ただ、さほど心配する必要はないだろうと思います。オディール姫とマチアス卿は、柔軟な考え方を持つと同時に、世間の常識に流されないだけの強さを身につけています。王家がどう対応し、貴族社会がどう反応しようとも、フェルトさんとアリアナ嬢の幸福を、おざなりにするはずがないのです。
実をいうと、わたしの伯父である宰相閣下と、神霊庁の大神使であるコンラッド猊下には、事前の相談がありました。ルーラ元大公の捕縛に伴い、オディール姫が女大公となることは、すでに決定事項であり、そのオディール姫が、フェルトさんを継嗣にと望む以上、王家や神霊庁、宰相府への根回しが必要となるからです。
オディール姫とマチアス卿、宰相閣下とコンラッド猊下との話し合いの席には、わたしも同席しました。その場で、大きな話題になったのは、アリアナ嬢の存在です。フェルトさんにとって、いかにアリアナ嬢が大切な女性であるか、理解できない者はいませんので、どうか安心してください。我々は皆、アリアナ嬢の幸福なくして、フェルトさんを大公家の継嗣にはできないと、知っているつもりです。
さて、きみの混乱は、少しは落ち着いたのでしょうか。きみの質問に答えると、わたし自身は、あまり〈自分で自分の気持ちがわからなくなる〉という経験はありません。自分の感情を持て余し、自分を律するのが難しくなったことは、何度もありましたが。
今も、きみが心配で、いろいろと問い正したいのに、こうして遠回しな手紙を書いています。何かがきみを悩ませているのなら、必ず相談してくださいね。待っています。
では、また。次の手紙で会いましょう。きみに穏やかな眠りが訪れるよう、願っていますよ。
人の美醜、特に女性の容貌には関心を持っていない、レフ・ティルグ・ネイラ