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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 4通目

レフ・ティルグ・ネイラ様
 
 受けるべきか、受けざるべきか、それが問題なんです、ネイラ様。
 
 唐突ですが、わたしは今、とっても悩んでいます。(もしかして、わりといつも唐突でしょうか?)
 といっても、そんなに深刻なことではなくて、王立学院の入学試験を受けるかどうか、わたしなりに悩んでいるところなんです。
 
 ネイラ様が推薦してくださったので、わたしは、無試験の特待生として、王立学院に入学できるそうです。それはすごくありがたかったんですけど、校長先生と担任の先生からは、試しに入学試験も受けてみたらどうかって、勧められています。
 入学許可は出ているんだから、特待生として王立学院に入学する。でも、入試だけは別に受けて、自分の実力を把握した方がいいんじゃないかって、先生たちはいってました。
 
 おじいちゃんみたいな、わたしの大好きな校長先生が、王立学院に問い合わせをしてくれたら、特に問題はないそうです。わたしが受けることで、合格者の数が変わることはないし、ただ入試の順位が記録されるだけなんですって。
 
 でも、ややこしいのはここからです。最初のうち、校長先生は「何事も勉強。切磋琢磨する機会は逃さない方がいい」って、ほんわかと笑っていました。
 それが、何回か王立学院の担当者の人とやり取りをするうちに、風向きが変わってきちゃったんです。わたしには、はっきりといいませんが、どうやら王立学院の先生とけんかをしたみたいです。
 「自信があるのは結構ですが、教え子が恥をかいても知りませんよ。黙って特待生で潜り込んだ方が無難じゃないですか、などとぬかしおった! 入試を受けて、実力を見せつけてやれ! サクラっ!」って。校長先生は、血管が切れないか心配になるくらい、赤い顔をしていました。
 
 ちなみに、〈サクラっ娘〉っていうのは、校長先生が私を呼ぶときのあだ名です。わたしの髪が、サクラの花みたいな色だからって。うちの校長先生ってば、とってもおじいちゃんなので、発想と言葉使いが大昔なんです。
 お母さんには〈子猫ちゃん〉とかいわれ、校長先生には〈サクラっ娘〉とか呼ばれているわたしですから、ネイラ様が前の手紙で書いてくれた、〈冷たい汗が流れる〉っていう感じが、とてもよくわかります。
 この間読んでみた歴史小説に、〈耐え難きを耐え、忍び難きを忍んでこそ、わたしの心は磨かれるのだ〉って書いてありましたけど、それってこういう気持ちなんでしょうかね?
 
 話を戻すと、わたしが悩んでいるのは、王立学院に失礼にならないのかなっていうことです。せっかく特待生にしてもらったのに、わざわざ入試を受けるのって、生意気じゃないでしょうか? ネイラ様のご意見を聞かせていただけると、とっても助かります。
 失礼だよって教えてもらえたら、わたしが校長先生たちを説得します。もしも、大丈夫だよっていうことなら、頑張って入試を受けてみようと思います。自分に自信があるわけではありませんが、何事も挑戦ですからね。
 
 昨日、わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんが、毛糸の色を聞きにきてくれました。お姉ちゃんは、編み物が得意で、毎年セーターとかカーディガンを編んでくれるんです。
 お姉ちゃんが、鈴が鳴るみたいな綺麗な声で、「何色がいいかしら、チェルニ?」って聞いてくれると、もうすぐ秋だなって気がします。
 
 今年は何となく、紅いセーターが着たくなって、お姉ちゃんにお願いしました。秋りんごの色のセーターで、ポケットのところだけ緑色にしてもらいます。できあがりが今から楽しみです。
 
 では、また。次の手紙でお会いしましょう!
 
 
     わりと勉強が好きな、チェルニ・カペラ
 
 
 
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サクラっ娘の、チェルニ・カペラ様
 
 書いていて気がつきました。子猫ちゃんよりは、サクラっ娘の方が、遥かにわたしの心理的重圧が少ないようです。いろいろと考えてみましたが、今のところ、これといった理由は思い当たりません。
 わたしのこれまでの人生において、自分でもわからない、ということはあまり多くなかったのですが、きみと出会ってからは、わからないことが日々増え続けています。そして、わからないことを喜ぶ自分がいるという事実に、とても驚いているのです。
 
 王立学院の入試については、きみが自由に選択してください。聡明なきみのことですから、推薦者であるわたしの立場を、あれこれと考えてくれたのではありませんか? 気持ちはとても嬉しいのですが、まったく遠慮は要りません。
 わたしが持っている力は、必要なときに必要なことができるように、貸し与えられているに過ぎません。きみが何をしても、わたしの立場がなくなることはありませんし、それでなくなるような立場なら、わたしには必要のないものでしょう。
 校長先生の仰るように、良い機会ですから、試験を受けてみてもいいのではないでしょうか。きみには、自由に、のびのびと、望み通りのことをしてほしいと思っています。
 
 それにしても、推薦に甘んじることなく、受験しようという意欲のある生徒を軽んじ、出身校の先生方に不快な思いをさせるとは、王立学院も落ちたものです。それとなく、事情を聞いておこうと思います。
 わたしがこう書けば、きみは王立学院の立場を考えて、何もしないでほしいと望むのでしょうね。今は、具体的な処分の要請などは一切行わず、きみの手紙だけを鵜呑みにすることもしませんので、安心してください。何の先入観もなく、今後の入学生の利益だけを考えると、約束します。
 
 秋りんごの色のセーターは、きみにとても似合うでしょうね。きみの髪は、ピンクブロンドというよりはサクラブロンドで、とても美しく清々しい色合いですから。
 妹に毎年編み物をしてくれるような、優しいお姉さんがいて、本当に素晴らしいと思います。
 
 では、また。次の手紙で会いましょうね。
 
 
     校長先生の気持ちがとてもよくわかる、レフ・ティルグ・ネイラ