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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 2-37

 熊みたいな総隊長さんの挑発に乗って、大公騎士団の団長は、四十人もいる騎士たちに抜刀を命じた。キュレルの街のど真ん中で、まだ夜も早い時間なのに!
 あまりにも馬鹿だから、わたしの口がパカンと開いちゃったんだけど、お母さんにいわせると、必ずしも馬鹿だとはいえないんだって。
 
「わたしたちは、ネイラ様のご助力や、神霊様のご加護があるから、気持ちを強くしていられるのよ。王族である大公の権力は強いから、普通だったら、総隊長さんも要求を拒否できなかったと思うし、力づくで押し通されたら、そうそう逆らえないわ。抜刀したのだって、〈無礼があったから〉だって言い張られるだけだしね。貴族社会って、やっぱり理不尽なのよ、子猫ちゃん」
 
 花びらみたいな唇を〈への字〉にして、お母さんがいった。お父さんも、隣でむずかしい顔でうなずいているから、その通りなんだろう。神霊さんに守られた、このルーラ王国だって、やっぱり人の世の〈けがれ〉は存在するんだね。
 わたしが、ちょっと悲しい顔をすると、大好きなお母さんは、にっこりと微笑んだ。大輪の薔薇みたいに綺麗だけど、わたしがお母さんの敵だったら、ちょっと怖いだろうなって思う、迫力のある笑顔だった。
 
「でも、心配はいらないのよ、子羊ちゃん。こんなときのために、ネイラ様が手を打ってくださっているし、神霊王国であるルーラの国民には、ちゃんと〈奥の手〉もあるのよ。ほら、見ていてご覧なさい」
 
 お母さんは、そういって〈鬼哭きこくの鏡〉を指差した。鏡の中では、総隊長さんを脅していた、大公騎士団の団長に向かって、マルティノさんが進み出たところだった。
 王国騎士団から来てくれたマルティノさんは、人格者っていう言葉が、ぴったりな人だと思う。穏やかな物腰ものごしで、とっても落ち着いていて、わたしみたいな平民の少女にも、いつも優しく笑いかけてくれたからね。
 そのマルティノさんが、ネイラ様の佩刀はいとうに似た、銀の星のきらめく剣を掲げ、すっごい威圧感を漂わせながら、大公騎士団の団長に宣言したんだ。
 
「そなた、大公騎士団の団長といったな。では、わたしも名乗ろう。わたしの名は、マルティノ・エル・パロマ子爵。畏れ多くも、〈神威しんいげき〉で在らせられる御方おんかた、われらの至尊しそんたる王国騎士団長閣下の、主席補佐官を拝命する者だ。そなたらの暴虐は、わが目でしかと目撃した。今すぐに剣を収め、王国騎士団まで出頭せよ」
「馬鹿な! なぜ、王国騎士団の幹部が、守備隊の本部などにいるのだ。あり得ない。おまえの言葉など、信用できるものか。だが、しかし、その剣は……」
「そう。漆黒のはがねに、純銀の星の象嵌ぞうがん。王国騎士団の象徴ともいえるこしらえは、王国からの注文品以外、決して作ってはならない禁制品だ。わが剣が模造品でないことくらい、そなたにもわかるだろう?」
「……なぜ、王国騎士団がここにいる?」
「団長閣下が、かくあることを見抜いておられたからだ。王国騎士団の名に懸けて、そなたらの好きにはさせぬ」
「大公騎士団は、王家が独立不羈どくりつふきを認めておられる。王家直属の近衛騎士団ならまだしも、王国騎士団の指図は受けんぞ。下手をすれば、王家との争いになると知っていて、この場に介入する気か?」
「承知の上だ。剣を収めよ」
「聞かぬ! われら大公騎士団は、王国騎士団の風下には立たぬ! われらと争えば、そなたらも困るのだぞ。王家と王国騎士団との亀裂を、ここでさらに深める気か? 部外者は黙って手を引け!」
「では、当事者が、この場に立たせていただきます」
 
 夜空に凛とした声を響かせて、抜身の剣を恐れもせず、大公騎士団の前に立ちふさがった人を見て、わたしは卒倒しそうになった。だって、だって。その人は、わたしの大好きな、アリアナお姉ちゃんだったんだよ!
 
 アリアナお姉ちゃんは、服装こそアリオンお兄ちゃんのままだったけど、もう偽装は解いていた。あまりの美少女ぶりに、大公騎士団の騎士たちが、声にならない悲鳴を上げていたみたいだけど、まあ、それはいいだろう。アリアナお姉ちゃんの後ろに、ぴったりと張り付いているフェルトさんが、ちゃんと目を光らせているからね。後で、ぼこぼこにされればいいよ。
 アリアナお姉ちゃんは、きらきらしたエメラルドの瞳で、大公騎士団長を見据え、はっきりとした口調でいった。
 
「わたしは、アリアナ・カペラ。皆さんが連行しようとしている、フェルト・ハルキス様の婚約者であり、守備隊本部で拘束されている者たちに、家族全員で焼き殺されそうになった被害者です。これ以上の当事者はおりませんでしょう?」
 
 アリアナお姉ちゃんの言葉に、大公騎士団長も、とっさに反論できないみたいだった。お姉ちゃんのいう通り、当事者中の当事者だもんね。
 マルティノさんに権力で対抗され、アリアナお姉ちゃんに理屈で負けた大公騎士団長は、歯ぎしりの音が聞こえてきそうな顔で、お姉ちゃんたちを睨みつけた。アリアナお姉ちゃんは、やっぱり凛々しい顔をして、そんな団長に追い討ちをかける。
 
「そして、大公騎士団を名乗る方々は、街中で堂々と剣を抜いて、わたしたちを脅迫しました。このことは、然るべきところへ訴え出たいと思います」
「黙れ、小娘。家名からいって、ただの平民なのだろう。おまえたちが、証拠もなしに訴えても、話を聞くのは守備隊くらいのものだ。王国騎士団には、大公騎士団を裁く権限などなく、王都の守備隊も動きはしないぞ」
「守備隊や王国騎士団に訴えるなどとは、一言も申し上げておりません。わたしは、神霊庁に告発をいたします」
 
 アリアナお姉ちゃんが、そう断言した途端に、あたりは沈黙に包まれた。さっき、お母さんがいってた〈奥の手〉って、このことなんだね?
 
 神霊王国であるルーラ王国には、他の国にはない、独特の制度がある。理不尽な目にあっている人を助けるために、王家と対等な存在である神霊庁が、直接、国民の告発を受け付けてくれるんだ。
 どんな権力者でも、資産家でも、大貴族でも、神霊庁に告発されたら、必ず平等に裁かれることになる。わたしたちのルーラ王国が、〈正義の国〉っていわれることがあるのは、この告発制度のおかげだろう。もちろん、適当な罪状で告発したりすれば、逆に厳しく裁かれるんだけどね。
 
「……証拠は? 証拠はあるのか? わたしたちは、何も脅迫などしていない。剣を抜いたのは、そこにいる総隊長が、われらに無礼を働いたからだ。いった、いわないの水掛け論で、神霊庁をわずらわせる気か、小娘」
「証拠なら、いくらでもありますよ? たとえば、先ほどの抜刀と脅迫も」
 
 アリアナお姉ちゃんは、上着のポケットから、薔薇の縁飾りのついた小さな手鏡を取り出して、にっこりと微笑んだ。出た! お姉ちゃんの神霊術のひとつである、鏡の術だよ!
 
 いつもはおっとりとしたお姉ちゃんが、すごい勢いで印を切り、小さな声で詠唱した。〈薔薇の鏡の神霊さん。わたしの魔力と引き換えに、さっきのやり取りを見せてください〉って。
 すると、手鏡から淡い光があふれ出て、鏡面にたくさんの人影を映し出した。そこには、大公騎士団や守備隊の人たちの姿があって、ほんの少し前のやり取りを、正確に再現し始めたんだ。
 小さな手鏡だから、そこに映る人の姿は小さくても、声は明瞭に響いていた。〈時が惜しい。退け。退かねば斬る!〉。大公騎士団長が、そう叫んだところで、お姉ちゃんは鏡の映像を止めた。久しぶりに見るけど、あれって、見事な神霊術だよね。
 
「先ほどの抜刀と脅迫だけでなく、フェルト・ハルキス様が、クローゼ子爵家の方々に脅迫される様子も、守備隊の牢にいる者たちに襲撃される様子も、すべて残っております。襲撃の際は、この手鏡を持っていてもらいましたから。そういえば、後で見せていただいた映像の中に、そこにいる騎士の方も映っていました。どうしてでしょうね?」
 
 お姉ちゃんは、可愛らしく首を傾げながら、一人の騎士を指差した。そう、大公騎士団長の真横にいる、あの息子だった。
 お姉ちゃんの言葉を受けて、マルティノさんたちが、すかさず声を上げた。
 
「王国騎士団長筆頭補佐官、マルティノ・エル・パロマは、アリアナ・カペラ殿に、告発の意志があることを確認した」
「王国騎士団中隊長、リオネル・セラ・コーエンは、アリアナ・カペラ殿に、告発の意志があることを確認した」
「キュレル守備隊総隊長、ヴィドール・シーラは、アリアナ・カペラ殿に、告発の意志があることを確認した」
「キュレル守備隊分隊長、フェルト・ハルキスは、アリアナ・カペラ殿に、告発の意志があることを確認すると共に、自身でも告発を行う。アリアナさんは、わたしの大切な婚約者ですから」
 
 約一名、余計なことまでいってる人がいるけど、それはそれ。問題は、大公騎士団の出方だよね?
 大公騎士団長は、夜目にもわかるくらいの憤怒ふんどの表情になった。そして、何かを叫ぼうとしたんだけど、不意に顔を強張らせて、小さくつぶやいた。〈黒夜こくや〉って。
 
 守備隊本部に掲げられている、門灯もんとうに照らされて、ぼんやりと浮かび上がったのは、黒い服を着た人たちだった。王国騎士団の軍服みたいに、銀糸の刺繍のある華やかなものじゃなくって、本当に夜の闇に紛れそうな、ひたすらに黒いだけの服。人数は、二十人近くいると思う。
 その中から一人、どこにでもいそうな顔をした、若い男の人が進み出て、こういった。
 
「われらは〈黒夜〉。名を惜しまず、王国の夜に潜みし者。〈黒夜〉は、アリアナ・カペラ嬢に、告発の意志があることを確認した」
 
 ずっと剣を振り上げたままだった、大公騎士団長の腕が、震えながらゆっくりと下ろされた。それを見たマルティノさんは、大公騎士団の人たちに向かって、鋭く叱責の声を上げた。
 
「騎士たる者の本分を忘れた愚か者共! われら全員の口を封じられない以上、そなたたちの目的はすでについえたのだ。この上は、早々に武器を捨てよ! これ以上の恥を晒す気か、大公騎士団!」
 
 騎士の一人が、マルティノさんの気迫に押されて、ふらふらと馬から降りた。その後はもう、次から次へと剣を置き、投降していくだけだった。
 最後には、大公騎士団長も、静かに馬を降りて、剣を投げ捨てた。あんなに自信満々だった人が、頼りなく背中を丸めていたけど、仕方ないよね? なんていったって、自業自得なんだから。
 
     ◆
 
 大公騎士団が投降したところで、〈鬼哭きこくの鏡〉は、別の場所を映し出した。ネイラ様たちのいる、大公の執務室。その壁にかかった鏡の中には、王城にいる宰相閣下の姿も映っている。
 
 大公騎士団の失敗を目の当たりにして、顔色を失った大公を横目に、最初に口を開いたのは、コンラッド猊下げいかだった。猊下は、すごく楽しそうに微笑みながら、ネイラ様に話しかけた。
 
「ルーラ王国神霊庁が大神使、エミール・パレ・コンラッドは、アリアナ・カペラ殿に告発の意志があることを確認いたしました。よろしゅうございますか、レフ様?」
「ええ。もちろん、異論はありません。王国騎士団長、レフ・ティルグ・ネイラは、アリアナ・カペラ殿に告発の意志があることを確認しました」
「誠に素晴らしいお嬢様ですね、アリアナ嬢は。凛として美しく、気高い勇気と愛情に満ちておられる。さすが、チェルニちゃんのお姉様だけのことはあります。そうそう。チェルニちゃんは、わたくしを、ミル様と呼んでくださることになりましたよ、レフ様」
「だから、うるさいよ、じい。宰相閣下はいかがですか?」
「オルソン猊下の鏡を通して、全て見聞きしたよ、レフ。ルーラ王国宰相、アルベルトス・ティグネル・ロドニカは、アリアナ・カペラ殿に告発の意志があることを確認した。証人は十分であるゆえ、アレクサンス殿を拘束し、取り調べるとしよう」
「待て、待て、宰相。何かの間違いだ。わたしは何も知らぬ!」
「己が騎士団を動かしながら、何も知らぬとは、無理押しが過ぎるな、アレクサンス殿。もう口を閉じるが良い」
「閉じぬ。閉じてたまるか! 仮に、神霊庁の裁判にかけられるのだとしても、わたしを拘束することは出来ぬぞ! どうしても、わたしを罪人扱いしたいのなら、陛下のお許しをもらうのだな!」
 
 大公が必死に叫んだ、ちょうどそのとき、官吏っぽい男の人が、宰相閣下の手元に、小さな紙を差し出した。素早く目を通した宰相閣下は、椅子の上で威儀いぎを正すと、厳かな口調で宣言した。
 
「たった今、陛下のご裁可を賜った。〈アレクサンス・ティグネルト・ルーラ大公より、一時的にティグネルト・ルーラの名を剥奪はくだつする。身の潔白を完全に証明するまで、この決定がくつがえることはない〉とな。陛下と王太子殿下は、別室の鏡をご覧になっていたのだよ、アレクサンス殿」
 
 その瞬間、大公は力を失い、ぐったりと頭を垂れた。マチアスさんの〈影縫い〉の神霊術で、縫い止められていなかったら、卒倒していたかもしれない。それくらい、大公の瞳は力を失い、うつろになっていたんだ。
 オルトさんは、大公を助け起こそうとして動けず、その場でもがきながら、大公を呼び続けた。〈父上、父上〉って、必死な声で。
 
 ネイラ様は、そんなオルトさんに、銀色の視線を向けた。大公の執務室に現れてから、一度もオルトさんを見なかったネイラ様が、初めてオルトさんを〈た〉んだよ。
 
 それからは、あっという間だった。ネイラ様の銀色の視線が、オルトさんじゃなく、オルトさんの胸元から生えている、けがれた炎の蛇を捉えた瞬間、赤黒い炎を吹き上げた〈怨嗟えんさ〉の蛇と、青黒い炎の〈妬心としん〉の蛇と、灰色に血管みたいな赤い色が走る炎の〈傲岸ごうがん〉の蛇と、黒ずんだ黄色い炎の〈憤怒ふんど〉の蛇が、いっせいに青白い炎をまとって燃え上がった。
 炎の蛇さえも焼き尽くす〈業火ごうか〉は、大公の執務室いっぱいに燃え広がり、轟々ごうごうと炎を吹き上げた。オルトさんとアレンさんとナリスさんとミランさんの身体にも、ネイラ様の業火が燃え移り、四人は胸を掻きむしって、苦しそうにあえいだ。オルトさんの炎の蛇は、もう骨だけになっているのに、崩れ去ることもなく、ずっと激しく焼かれ続けている。大公は……。
 
「どうか、罪深き罪人共に、しばしの猶予ゆうよをお与えくださいませ、レフ様。御身おんみの尊きご神眼しんがんを前にしては、罪人らが、塵芥ちりあくたと消え去りましょう。現世うつしよの裁きを為すまで、何卒なにとぞご容赦くださいませ」
 
 そういって、ネイラ様の視線をさえぎるように、大公を背にして座礼を取ったのは、コンラッド猊下だった。その後ろでは、額に刻印された赤い〈神敵しんてき〉の文字から、すさまじい勢いで業火を吹き上げたまま、大公が、死人みたいな顔で痙攣けいれんしていたんだよ。
 うん。コンラッド猊下のいう通りだね。このままだと、ネイラ様の銀色の視線に焼かれて、大公たちは、生きながら灰になっちゃうと思うし、そうなったら、尋問も裁判もできないだろう。
 
 ネイラ様は、軽くうなずいて視線を外すと、ヴェル様の名前を呼んだ。
 
「パヴェル」
御前おんまえに。お戻りになられますか、レフ様?」
「われらは王城へ。オディール姫とマチアス卿は、いかがなされますか?」
「マチアス共々、ひとまずは別邸に戻らせていただいても、よろしゅうございましょうか、至高の御方おんかた様?」
「もちろん。人手をお貸ししましょうか、姫?」
「お言葉、かたじけのうございます。愚弟の手の者が、今はもう、わたくしの忠実な執事となっておりますので、支障はございません」
「ならば、良かった。爺は、いかがする?」
「共に王城に参上いたしますよ、レフ様」
「わかった。では、共に。ブルーノ」
「何なりと」
「そなたは、この場に留まり、屋敷の者を残らず捕縛し、証拠を保全するための指示をせよ。配置はできておろう?」
「御意にございます、閣下。王国騎士団から百名、この屋敷を囲ませております」
「よろしい。オディール姫とマチアス卿には、数日中に王城に来ていただくことになろうかと思いますので、よしなに」
「御意にございます。お呼びいただければ、いつなりと参上いたします」
「ありがとう。宰相閣下から、何かご指示はございますか?」
「ないよ、レフ。すべての後始末はこれからだが、いったんは事件の終わりを祝うとしよう。ささやかに祝杯を上げるので、戻っておいで。コンラッド猊下も、どうかご一緒に」
 
 鏡の向こうの宰相閣下は、そういって、楽しそうに微笑んだ。いつの間にか、黒い光のくいが消えたことで、呆然と床に転がったままの大公たちのことは、誰も心配していないみたいだけど、別にいいよね?
 
 宰相閣下のいう通り、まだ何も解決していないし、子供たちも取り戻せていないけど、お姉ちゃんやフェルトさんが巻き込まれた、クローゼ子爵家の事件は、こうして一応の終わりを迎えたらしい。
 
 お父さんとお母さんは、嬉しそうに何かを話していたけど、わたしは、あんまり聞いていなかった。大公の執務室にいるネイラ様が、鏡を通って帰っていく姿を、じっと見ていたかったんだ。
 だって、次は、いつネイラ様に会えるのか、わからなかったから。今日だって、わたしが、一方的に鏡を見ているだけだから、会ったとはいえないかもしれないけど。
 
 そのとき、光り輝く鏡に、足を踏み入れようとしていたネイラ様が、不意に振り返った。わたしの目に映ったのは、さっきまでの神霊さんそのものの顔じゃなくて、わたしが知っている、優しくて親切で温かい、ネイラ様の表情だった。
 そして、ネイラ様は、わたしを見てわらってくれた。ネイラ様からは、わたしの姿は見えないはずなのに、銀色の月みたいに美しくて、ご神鏡みたいに輝いている瞳は、確かにわたしを捉えていた。
 
 ネイラ様と目が合った瞬間、わたしは震えた。顔が真っ赤になって、ぶわっと涙があふれてきた。ネイラ様に会えてうれしい。でも、すぐに会えなくなるのが、悲しい。もっともっと、ネイラ様を見ていたいと思ったんだ。
 
 どうしよう? いくら鈍感なわたしだって、さすがに気がついちゃった。どうしよう、どうしよう? わたし、ネイラ様のこと、好きになっちゃってるよ……。