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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 2-2

 アリアナお姉ちゃんとフェルトさんは、順調に結婚を前提にしたお付き合いというのを始めた。半年くらいお付き合いしてから婚約し、結婚式とか具体的なことを決めるんだって。普段から優しい笑顔のアリアナお姉ちゃんが、もっと幸せそうに笑っているから、お母さんもわたしも、とっても嬉しい。
 お父さんだけは、ちょっと寂しそうな顔をして、仲良くなった総隊長さんと一緒に、お酒を飲みに行ったりしているらしいけど、そこは仕方がないだろう。花嫁の父は複雑なんだって、わたしでも知っているからね。
 
 さて、お姉ちゃんの将来が決まりそうなところで、わたしはわたしとして、自分の未来に向けて少しずつ準備を進めている。あんまりそうはいわれないが、計画的な少女なのだ、わたしは。
 
 少し前の話をすると、街の子供たちが拐われて、フェルトさんや総隊長さんと一緒に追跡した事件のとき、外交官で貴族だった犯人を捕まえられたのは、王国騎士団長のネイラ様が助けてくれたからだった。
 そして、鏡みたいにきらきら輝いている、不思議な銀色の瞳をしたネイラ様は、事件のときのわたしの神霊術を評価して、王立学院の特待生として推薦してくれた。
 
 家族と離れるのが嫌で、高等学校に進学するかどうか迷っていたわたしは、王立学院と聞いて、いきなりその気になった。だって、ルーラ王国で一番の教育が受けられるんだから、その機会は活かさないと。
 
 王立学院から入学を許可するっていう通知をもらってから、最初の準備として、わたしは総隊長さんとお父さんにお願いをした。大きなチャンスをくれたネイラ様に、お礼のお手紙を出したいって。
 人として、当然の礼儀だからそういったのであって、もう一度ネイラ様に会いたいとかは、まったく考えていなかった。多分。
 
 総隊長さんとお父さんは、何だか変な顔になっていたけど、結局は許してくれた。手紙は総隊長さんが預かって、王都の騎士団に渡してくれるって。
 総隊長さんは、ちょっと心配そうな顔をして、「返事が来なくても気にしないように」っていう意味のことを、何回も繰り返していた。いかつい熊みたいな総隊長さんは、繊細な少女の心にまで気を配ってくれる、とっても優しい人なのだ。
 
 わたしなりに一生懸命に考えて、お母さんやお姉ちゃんにも読んでもらってから、お父さんと総隊長さんに手紙を渡した。お父さんは、めずらしく丁寧な字で書いたわたしの手紙を、指先でくるくるっと回しただけで、読もうとはしなかった。ものすごく読みたそうだったけど、お父さんなりの礼儀があるんだろう。
 総隊長さんは、わたしの宛名書きの字を見て、「チェルニちゃんにも苦手なことがあるのか」って呟いていたので、わたしは聞こえないふりをした。もう大好きになった総隊長さんでも、ちょっと失礼だよ。
 
 わたしの書いた手紙が、無事にネイラ様の手元に届くことは、ちっとも疑っていなかったし、同時に返事にも期待はしていなかった。王国騎士団長で高位貴族のネイラ様は、ものすごく身分が上の人だから、キュレルの街の平民の少女に手紙を書いてくれるなんて、誰も思うはずがないだろう。
 わたしは、わたしの未来を大きく広げてくれたネイラ様に、心からお礼をいいたかっただけなんだ。物事のスタートは、そういうところからだと思うから。何事も〈けじめ〉をつけることで、人は立派な大人になっていくんだって、青少年向けの心理学の本にも書いてあったしね。
 
 そして、総隊長さんに手紙を預けてから一週間後、それは突然やって来た。家で夕飯を食べているとき、身体が小さく震えて、髪の毛がぞわって逆立つみたいな、なんともいえない気配を感じたんだ。
 お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、何も気がつかないみたいで、楽しそうに話しながらご飯を食べている。わたしは、小さな声でいった。
 
「ねえ、何か来るよ」
 
 三人とも不思議そうな顔をして、わたしを見た。それまで元気いっぱいに話しながら、美味しそうにご飯を食べていたわたしが、急に態度を変えたから、訳がわからなかったんだろう。
 でも、わたしたちの暮らしているルーラ王国は、森羅万象しんらばんしょう八百万やおよろず、すべてのものに神霊さんが宿っている国だ。神霊さんから印をもらうときがそうであるように、神秘的な体験には、みんな耐性がついている。
 家族全員を代表して、お父さんが静かに聞いてくれた。
 
「何が来るんだ、チェルニ。悪い感じのするものか。だったら、お父さんがチェルニを守るから、いってみなさい」
「何かはわからないよ、お父さん。でも、絶対に悪いものじゃない。ただ、ものすごく強くて、ものすごく綺麗で、ものすごく厳しいものが来るよ」
 
 あのときの気持ちは、今でも上手く表現できないけど、わたしは頭の片隅で、町立学校で何回も教えられてきた言葉を思い出していた。〈おそれ〉だ。わたし、チェルニ・カペラは、十四歳になったばかりの人生で、初めて〈畏れ多い〉っていう感覚を知ったんだと思う。
 
 警戒したお母さんとお姉ちゃんは、わたしを守るために、自分に印をくれた神霊さんを呼び出そうとしている。お父さんは、首を振って二人を止めてくれた。
 
「チェルニの言葉を信じよう。多分、余計な真似はしない方がいい」
 
 食堂が緊張に包まれるなか、わたしが感じた〈何か〉は、それからもどんどん近づいて来て、とうとう家にやって来た! 家の屋根を三回、ゆっくりと旋回したかと思ったら、いきなり目の前に現れたんだ。
 
 それは、ルビーみたいに内側から輝いている、手のひらくらいの大きさの鳥だった。羽はうっとりするほど綺麗な真紅で、長くて優雅な尾羽は、先に行くほど朱色になっている。鳥のまわりには、火の粉みたいな朱い鱗粉りんぷんがパチパチと弾けていて、丸い瞳は月に照らされた湖みたいな銀色だった。
 慌てて床にひざまずく前に、紅い鳥はわたしの肩に乗った。フワッて。お父さんたちは、びっくりして硬直している。わたしの方こそ卒倒したいよ。だって、見た瞬間にわかっちゃったから。
 この紅い鳥は、神霊さんの依代よろしろじゃない。わたしたちが光球という形で目にしている、神霊さんの霊力の欠片でもない。現世うつしよ顕現けんげんした、神霊さんの分体そのものなんだよ!
 
 紅い鳥から感じる〈神威しんい〉は圧倒的で、お父さんたちは、一言も口をきけないみたいだった。
 わたしも、ダラダラと冷たい汗が流れたけど、紅い鳥は気にしないで、銀色の瞳でじっとわたしを見つめている。そして、小さな頭を動かして、ちょこんとわたしの頬に頭突きをしたんだ。
 何が気に入ったのか、何回もそっと頭突きを繰り返す鳥。畏れ多いんだけど、尊すぎて怖いんだけど、めちゃくちゃ可愛いじゃないか! 
 
 紅い鳥のあまりにも可愛い仕草に、どっと肩から力が抜けた。まあ、いいか。この神霊さんの分体は、わたしのことを気に入ってくれたみたいで、盛んにイメージを送ってくれるんだ。緊張しなくていいよ、何も怖くないよ、仲良くしようって。
 すっかり普段の調子を取り戻したわたしは、いつもの感じで神霊さんの分体に聞いてみた。
 
「神霊さんは、何かわたしにご用ですか。どうして家に来てくれたんですか。あ、わたしはチェルニ・カペラ、十四歳です。お目にかかれて嬉しいです。よろしくお願いします」
 
 わたしが自己紹介をすると、紅い鳥は小刻みに肩を震わせた。鳥の肩って、どこかよくわからないけど。何となく、鳥に笑われているような気がする。我ながら礼儀正しいのに、なぜなんだろう?
 
 しばらく震えてから、紅い鳥は、クチバシにくわえていた手紙を差し出してくれた。今の今まで、何もくわえてなんかいなかったと思うんだけど、気にしない。神霊さんの分体なんだから、それぐらいは不思議でもないんだろう。
 受け取った手紙は、すごく高そうな封筒で、紅いろうで封がしてあった。宛名はマルーク・カペラ殿。わたしの大好きなお父さんの名前だ。
 
 紅い鳥は、最後にもう一度優しく頭突きをしてから、羽ばたきもせずに飛び立った。フワッて。そして、わたしの頭の上をゆっくり三回まわると、どこかへ飛んで行った。壁も天井もないみたいに、音もなくすり抜けて。
 
 しばらくの間、誰も何もいわなくて、家の食堂は沈黙に包まれていた。わたしは、もう大丈夫になったんだけど、お父さんたちにはすごい圧力がかかっていたみたいで、まだ緊張が続いている。
 仕方がないので、わたしはお父さんの目の前まで行って、紅い鳥にもらった手紙を差し出した。 
 
「はい、お父さんに。さっきの紅い鳥さんが渡してくれた手紙は、お父さん宛だったよ」
 
 わたしの言葉に、大きなため息をついたお父さんは、指で眉間のところをぐりぐりと揉みながらいった。
 
「なあ、チェルニ。さっきの鳥は、普通じゃなかったよな」
「うん。神霊さんの分体そのものだと思う。わたし、初めて見たよ。ものすごく綺麗で、ものすごく力があったね、お父さん」
「神霊の分体って……。どうしてわかるんだ」
「何となくだよ。でも、紅い鳥もそういうイメージを送ってくれたから、間違いないと思うけどな」
「軽くいってくれるなよ。いくらルーラ王国でも、神霊の分体に遭遇できる機会なんて、王家の重要な祭事くらいしかないっていう話なんだからな」
「でも、そうだったんだし、見られてよかったじゃない。それに、お父さん宛の手紙を読んだら、紅い鳥のことも書いてあるかもしれないよ」
 
 そういうと、お父さんはしぶしぶ手紙を手に取り、自分の名前の書かれた宛名を確かめ、差出人を見たところで硬直した。
 
「ルーラ王国騎士団長 レフ・ティルグ・ネイラ……。そう書いてあるぞ、チェルニ」
 
 うん。そうだね、お父さん。紅い鳥を見ているうちに、何となくわかってたよ。あの鳥は、炎の神霊さんの分体で、そんなとんでもない存在におつかいを頼めるのは、きっと〈げき〉であるネイラ様しかいないって。
 
    ◆
 
 あのとき、ネイラ様からお父さんに送られた手紙には、お父さんへのお願いと、わたしへの伝言が書いてあったらしい。むずかしい顔で手紙を読んでいたお父さんは、また大きなため息をついてから、わたしに教えてくれた。
 
「本当にネイラ様からだよ、チェルニ。おまえがお出しした手紙を読んでくださって、返事を書きたいが、未成年の少女に連絡を取るのははばかられるので、父親宛にしてくださったそうだ」
 
 そういって、お父さんはお母さんに手紙を渡した。お母さんてば、お姉ちゃんとお揃いのエメラルドみたいな瞳をきらきらさせて、早速読み始めた。
 
「まあ、何て誠実で礼儀正しいお手紙なんでしょう。あれほどの高位貴族でいらっしゃるのに、平民の一家にまで気を使って下さって。これだけで、お人柄がわかるわね」
「そうだな。まだ若い方だが、人間が出来ているな。ネイラ様が王国騎士団長なら、ルーラ王国は安泰だ」
「それから、あれよね、あなた。ネイラ様は、絶対に美男子に違いないわ。そうなんでしょう、チェルニ?」
 
 お母さんにいわれて、わたしはちょっと考え込んだ。ネイラ様が美男子かどうか、実はよくわからない。不思議な銀色の瞳とか、すごく優しくて悪戯っぽい笑顔とか、穏やかで感じのいい声とか、わたしを〈お嬢さん〉って呼んでくれたときのいい方とか、そんなことばかりが頭を回って、顔の造作まで意識がいかないのだ。
 
 正直に説明すると、お母さんはびっくりした顔をして、もう一度「まあ」っていって、そばにいたアリアナお姉ちゃんと顔を見合わせた。お父さんは、なぜだか絶望的な顔をして、頭をかきむしった。どうしちゃったの、お父さん?
 それから、お父さんとお母さんは食堂の片隅に行って、何だかこそこそと話し合っている。ネイラ様からの手紙を、わたしにも見せてほしいんだけどな。そう思って待っていると、アリアナお姉ちゃんが横に来て、わたしの顔を覗き込んだ。
 
「ネイラ様からお返事をいただけて、よかったわね、チェルニ」
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
「チェルニが嬉しいと、わたしも嬉しいわ。本当によかった」
 
 お姉ちゃんは、ふんわりと優しく笑った。返事を期待するようなことは、わたしには一言もいわなかったけど、きっと気にして待っていてくれたんだろう。まったくもって、素晴らしい姉である。
 
 しばらくすると、話し合いを終えたらしいお父さんが、わたしに四つに折られた便箋を渡してくれた。
 
「これは、おれ宛のものに同封されていた、おまえ宛の手紙だ。お父さんの了解を得られるなら、おまえに渡してほしいと書いてあった。内容はわかっているから、見せなくていいぞ、チェルニ。それから、おまえが望むなら、また手紙をお出ししても構わない。総隊長の手をわずらわせなくても、さっきの炎の御神霊が、仲介の労を取ってくださるそうだ。誠に畏れ多いことにな」
 
 お父さんの話が嬉しくて、わたしは顔が真っ赤になるのがわかった。やった! わたし宛の手紙をもらったし、お返事まで書ける!
 便箋を受け取ったわたしは、大急ぎで部屋に戻った。何となく、誰もいないところで読みたかったのだ。
 
 便箋に書かれていたのは、とっても綺麗な文字だった。流れるみたいに自然なのに、すごく読みやすい。〈流麗な文字〉って、きっとこういう字をいうんだろう。字の稽古をしようと、わたしは密かに決意した。
 微かに漂っている神霊さんの気配を感じながら、早速、わたしは文字を目で追った。
 
 
『チェルニ・カペラ様
 
 先日は、丁寧で心のこもった手紙を送ってくれて、どうもありがとう。
 
 王立学院への推薦に際して、きみやご両親のお気持ちを確かめないまま、自分勝手に物事を進めてしまったことを反省しています。かえってご迷惑になったのではないかと、後になって心配していました。喜んでもらえたのであれば、わたしも嬉しく思います。こちらこそ、ありがとう。
 
 王立学院に行く前でも、行った後でも、わたしで力になれることがあれば、何でもいってください。小さな子供たちのために勇敢に戦ってくれた、素晴らしい神霊術師のお嬢さんへの、感謝と敬意の気持ちです。
 
 また、暇ができたときで構いませんので、きみの楽しい手紙を届けてもらえるのであれば、とても嬉しく思います。その際は、きみのもとへ手紙を運んでくれた、紅い鳥を思い浮かべてください。
 
 きみの幸福と活躍を祈っています。いつかまた、お目にかかりましょう。
 
       レフ・ティルグ・ネイラ』
 
 長くはない手紙を、繰り返し繰り返し、百回くらいは読んだと思う。だって、ネイラ様からの返事だよ? 手紙を待ってるって、書いてもらってるんだよ? 社交辞令っていうのかもしれないけど、また会おうっていわれてるんだよ?
 
 興奮に我を忘れたわたしは、すぐに紅い鳥を思い浮かべた。真紅の羽、朱色の燐光、銀色の瞳……。すると、訪れたんだよ、あの瞬間が。
 
 ルーラ王国の人たちの神霊術は、神霊さんから印をもらうことによって、初めて使うことができるようになる。いつ、どこで、どんな神霊さんに印をもらえるのかは、まったく決まっていない。印をもらうときの方法も、やっぱり決まっていない。そして、印がどんなものなのかも、一切決まっていないのだ。
 
 整骨院を経営しているナグルさんは、五歳くらいのときに木登りをして、そのまま下に落ちてしまった。で、ポッキリと肩の骨を折って泣き出したら、優しい女の人の手で、額に文字を書かれたんだって。
 女の人の手っていうのは、単なるイメージであって、本当に手だけが現れたわけではなかった。でも、小さなナグルさんは、何となくわかったんだって。手が書いてくれた文字を再現したら、痛いのが治るって。
 動く方の手で、ナグルさんは印を切った。文字の意味はわからなくても、神霊さんが与えてくれたものだから、簡単に再現できた。そして、泣き声を聞いて、ナグルさんのお母さんが慌てて飛んできたときには、もう肩の骨は元通りだったんだ。
 
 ルーラ王国では、この〈印をもらった瞬間〉の経験談が、人気のある話題不動の一位になっている。そりゃあ、誰だって興味はあるし、過去の偉い人の体験談なんて、物語みたいに素敵なんだ。強い印ほど、もらえる瞬間は神秘的になるからね。
 わたし自身、三十以上の神霊さんから印をもらっているから、いろいろなパターンを経験している。話題の豊富な少女なのだ、わたしは。
 
 紅い鳥を思い浮かべたとき、わたしはいつの間にか何もない空間に立っていて、身体を包む炎の熱気だけを感じていた。ただの熱じゃない。とてつもなく熱くて、人の魂まで燃やしてしまえるような灼熱しゃくねつ。これが〈業火ごうか〉というものだって、なぜかはっきりと理解できた。
 すごく怖かったけど、安心する気持ちもあったんだ。この炎は、わたしを焼かない。傷つけない。むしろ、寒くなったら暖めてくれて、何かのときにはわたしを守ってくれるって、心から信じられた。
 
 わたしが炎に身を委ねると、炎はポーンと弾け、無数の朱色の火の玉になって、わたしの周りを嬉しそうに回った。くるくるくるくる、くるくるくるくる。
 そして、いくつかの火の玉が、わたしの頬に吸い込まれていったんだ。ちょうど、紅い鳥が優しく頭突きをしていったところに。
 
 その瞬間、わたしは現実に戻った。自分の部屋にいて、ネイラ様からの手紙を持って座っている、さっきまでのわたしに。でも、わたしの魂には、炎の神霊さんからもらった印が、くっきりと刻み込まれていたんだ。
 
 早速、もらったばかりの印を切りながら、わたしは神霊さんにいった。
 
「炎を司る神霊さん。わたしに印をくださって、ありがとうございます。お礼のご挨拶をさせていただけませんか。対価はわたしの魔力と、よろしければ髪をちょっぴり」
 
 その途端、目の前に現れたのは、霊力の欠片である光球じゃなく、さっき帰っていったはずの紅い鳥だった。畏れ多くも、気軽に呼び出しちゃったよ、分体を。
 
「紅い鳥さん。ネイラ様へのお手紙を運ぶために、印をくださったんですね。本当にありがとうございます」
 
 そういって深々と頭を下げると、紅い鳥は不本意そうな顔をして、またしてもわたしの頬に頭突きをした。今回は、ちょっと勢いが強い。それに、鳥の不本意な顔って、意味がわからないし。
 でも、印をもらったからだろうか。神霊さんのいいたいことが、さっきよりはっきりとしたイメージで伝わってきた。ネイラ様が、炎の神霊さんにお願いしてくれたのは、わたしの手紙を運ぶことだけで、印をくれたのは神霊さんの自由な意思なんだって。
 神霊さんは、わたしの髪が分体の〈尾羽の中段の色味に似ている〉から、気に入ってくれたそうだ。独特の感性だね、鳥って。
 
 さて、こうして思いがけなく、ネイラ様と交流を持つことができたわたしは、一週間に一度くらいの頻度で手紙を出している。特にむずかしいことではなく、日常のあれそれを。ネイラ様には庶民の暮らしはわからないだろうから、その方が楽しいかなって思ったんだ。
 ネイラ様も、すごく忙しい人のはずなのに、きちんと返事を書いてくれる。まだ日は浅いけど、文通相手だと思っていいよね? 
 
 お姉ちゃんとフェルトさんのお付き合いが始まったときも、わたしはすぐにネイラ様にお知らせした。二人が了解してくれたから、フェルトさんのお父さんの事情も、名前だけは伏せて書いた。
 後になって考えると、フェルトさんの個人情報まで書くなんて、礼節を知るわたしにしてはめずらしいことだったんだけど、きっと〈虫の知らせ〉だったんじゃないかな。いつもより早く、ほんの数日で帰ってきた返事には、重い警告が書かれていたから。
 
 〈神去かんさり〉。ネイラ様は、そう知らせてくれたんだ。


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