連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-17
大公家の継嗣になる話を持ちかけられてから、フェルトさんは、ずっと何かを考え続けていたんだろう。わたしたちに、その話を受けるつもりだって宣言してから、スイシャク様とアマツ様に目を向けたまま、視線を逸らそうとはしなかった。
神霊さんに連なるものを直視することは、わりと不敬に当たるから、普通は視線を下に向けて、恭しい態度を崩さない。ルーラ王国の国民は、子供の頃から、そう教えられるんだ。
フェルトさんも、本来はとっても礼儀正しい人なのに、今は、緊張に顔を強張らせながらも、じっと二柱のご分体を見つめている。それだけでも、フェルトさんの真剣さが伝わってくるよ。
一方、いきなり強気な態度に出られちゃった、スイシャク様とアマツ様はというと、フェルトさんの視線を受け止めながら、少しずつ神威を増していった。不敬を怒っているようにも、フェルトさんの覚悟を試しているようにも思える、はっきりとした神威の高まり……。
フェルトさんは、ますます顔色を青くして、ちょっとふらついているくらいだったけど、それでも怯んだりはしなかった。いとも尊い神霊さんに対して、あんまり褒められた態度じゃないのに、お父さんたちも止めようとはしない。フェルトさんにとって、大切な意味を持った視線なんだって、きっとわかっているんだろう。
ほんの短時間なのに、ものすごく長く感じられる沈黙の後、スイシャク様とアマツ様は、どこか満足そうな気配を漂わせて、神威を薄めてくれた。フェルトさんも、その場にいる皆んなも、揃って大きな息を吐いて、肩の力を抜く。神霊さんの存在は、人の子が直視するには、あまりにも眩しすぎるんだよ。
スイシャク様とアマツ様は、すぐに楽しげなイメージを送ってくれた。〈其の姉たる衣通が選びしは、見かけによらぬ益荒男也〉〈王家の血を受けし者は、斯くあるべし〉〈□□□□□□□□□□□□の申し子に伝えん〉〈我らに尋ねるが良し〉って。
スイシャク様とアマツ様は、フェルトさんを認めてくれて、聞きたいことを質問するようにって、勧めてくれたんだ。
「はい! はい! フェルトさん!」
「……あぁ……何かな、チェルニちゃん?」
「顔色が青いし、身体もぐらぐらしてるみたいだけど、大丈夫なの、フェルトさん?」
「まあ……一応は、大丈夫、かな? 正直にいうと、身体の震えが止まらないけどね。御二柱の尊き御神霊に、不敬をお詫びさせていただきたいと、伝えてもらえないかな、チェルニちゃん?」
「あ。それはいいって。むしろ、強い心を持った〈益荒男〉だって、褒めてくれてるよ。〈益荒男〉って、強くて堂々とした男の人っていう意味なんでしょう? 総隊長さんのこともそういってたから、辞書で調べたんだ、わたし。良かったね、フェルトさん。お姉ちゃんに相応しいってさ」
「! そ、そうなのか。ありがとう。ものすごく、嬉しいよ」
「それから、聞きたいことがあるんだろうから、遠慮せずに聞きなさいって、いってくれてるよ。そうなの、フェルトさん?」
「すべてお見通しであられるのか。当然といえば、当然だな。では、聞いてほしいんだ、チェルニちゃん。今度こそ、不敬に当たる問いかけかもしれないけど」
フェルトさんは、スイシャク様とアマツ様に深々と頭を下げてから、覚悟を決めた人の瞳で、二柱を見つめたまま、こういった。
「わたしは、あの日、あのときに賜った御神託に従うには、大公家に入る方が良いだろうと考えている。そのことについて、不満はないんだ。ただ、わたしは、疑っているんだよ、チェルニちゃん。もしかすると、大公家の継嗣という話自体が、あの御神託のために用意された、〈作られし運命〉ではないのだろうか、と」
フェルトさんの言葉に、わたしは、小さく息を吸い込んだ。フェルトさんが何をいいたいのか、とってもよくわかったから。むしろ、わたしが必死に目を背けて、気づかないようにしていた気持ちを、いい当てられたみたいに感じたから……。
子供たちの誘拐事件をきっかけに、ネイラ様と出会って、わたしの生活は大きく変わった。王立学院に推薦してもらって、文通をしてもらって、いつの間にか、すっ、好きになっちゃって。わたしは、そんな自分の変化に、ものすごく戸惑っていた。
そして、もしかすると、自分が〈神託の巫〉なのかもしれないって思ったとき、畏れ多くて信じられない気持ちの裏で、わたしも、ほんの少しだけ、フェルトさんと同じことを疑ったんだ。
ネイラ様と出会ったのも、王立学院に推薦してもらったのも、わたしが〈神託の巫〉だからなのかもしれないって。身分や境遇のかけ離れたネイラ様が、信じられないくらい大きな好意を、わたしに向けてくれているのも、〈神威の覡〉と〈神託の巫〉が、〈対〉になる存在だって、神霊さんによって定められているからなんじゃないかって……。
わたしは、神霊術と勉強が得意な、十四歳の平民の少女にすぎない。優秀ではあるけど、それほど特別でもない。少なくとも、〈神威の覡〉であるネイラ様と比べれば、平凡だといってもいいだろう。
そんなわたしが、〈神託の巫〉かもしれないなんて、考えるだけで笑っちゃうよね? あまりにも厚かましくて、幼稚で、身の程っていうものをわきまえていないんじゃないだろうか。人の決めた身分じゃなくて、魂の格としての身の程だよ? 自分の自惚れが恥ずかしくて、〈神託の巫〉である可能性について、深く考えないようにしていたのは、仕方のないことだったと思うんだ。
もしかして、自分が〈神託の巫〉なのかもしれないと、考えれば考えるほど、わたしは、疑いから逃げられなくなっていく。フェルトさんのいうように、大公家の継嗣の話が、〈作られし運命〉だっていうのなら、わたしとネイラ様との関係も、そうじゃないっていい切れるんだろうか……?
そんなふうに疑う自分が、嫌で嫌でたまらないけど、こだわりがあるのは本当だった。ネイラ様の優しさが、チェルニ・カペラじゃなく、〈神託の巫〉に向けた親切だったら、わたしは、ものすごく悲しい。わたしじゃない誰かが〈神託の巫〉だったとき、ネイラ様がその人と文通して、仲良くなっていくんだとしたら、きっと耐えられないくらいつらいだろう。
スイシャク様とアマツ様や、クローゼ子爵家の事件で出会った人たちに、わりと露骨に仄めかされても、頑なに〈神託の巫〉である可能性から目を背けていたのは、それが怖かったからなのかもしれないね……。
運命の激変に直面したフェルトさんは、きっと、今のわたしと同じように考えたんだろう。マー様とディー様が、亡くなったフェルトさんのお父さんを、今でも大切に思ってくれていることは、すごくうれしかったと思う。大公家の後継にっていう話も、フェルトさんへの愛情からだと考えれば、やっぱりすごくうれしかっただろう。でも、それって、本当にマー様とディー様の思いなのかな?
もっといえば、アリアナお姉ちゃんとの関係だって、疑ってしまったのかもしれない。王家の血を引いているフェルトさんと、〈神託の巫〉が妹かもしれないアリアナお姉ちゃんが、お互いを好きになったのって、本当にただの偶然だったのかな?
アリアナお姉ちゃんのことが大切で、大好きだからこそ、フェルトさんは、自分とアリアナお姉ちゃんの運命について、神霊さんを問いつめないと気が済まなくなったんだよ、きっと。
わたしだって、本音は似たようなものだ。わたしが〈神託の巫〉であるのかどうかよりも、ネイラ様の気持ちが知りたい。れっ、恋愛の相手として見てもらえるなんて、さすがに期待してはいないけど、友達だっていってくれて、優しくしてくれる気持ちが、チェルニ・カペラへのものなのか、〈神託の巫〉へのものなのか、本当はずっと知りたかったんだ。
〈神託の巫〉が、どれほどすごい存在であっても、わたしには、大きく大きく育ってしまった、れっ、恋愛感情の方が、ずっと重い。十四歳の少女には、世間的な地位や名誉より、こっ、恋心の方が重要なんだよ!
すっかり動揺して、ぐるぐるぐるぐる悩んでいるわたしを他所に、フェルトさんは、堂々と言葉を続けた。
「わたしは、わたし自身の気持ちを知っている。アリアナさんへの愛情は、わたしの魂の底の底、御神霊でさえ届かない根源から、自然に湧き上がってくるものだ。そして、アリアナさんと、彼女の大切なチェルニちゃんを守るためなら、御神霊の道具として動かされることさえ、大きな喜びとなるだろう。わたし、フェルト・ハルキスは、全身全霊をもって御神託に従うと誓う。しかし、だからこそ、どこまでが閣下とオディール様のお心であり、どこまでが御神霊に定められた運命なのか、知っておきたいんだよ、チェルニちゃん」
うん。わたしのお兄ちゃんになってくれる人は、今日もとってもかっこ良い。わたしは、すっかり混乱しちゃった頭を振って、フェルトさんの目を見つめた。自分のことで悩むのは後にして、今はフェルトさんの覚悟と向き合わなきゃいけないね。
わたしが〈神託の巫〉でも、そうじゃなくても、スイシャク様とアマツ様のイメージを伝えられるのは、わたしだけなんだから。わたしは、気合を込めていった。
「任せて、フェルトさん。聞いてみるよ」
「ありがとう、チェルニちゃん。どんな御回答であれ、わたしの気持ちは変わらないし、やるべきことも変わらない。ありのままを教えてもらえると助かるよ。もし、不敬とのお叱りがあれば、罪はわたし一人にあるとお伝えしてほしい」
「どんな答えでも、そのまま伝えるよ。約束する」
そういって、わたしは、腕の中のスイシャク様と、肩の上のアマツ様の顔をうかがった。黒曜石みたいに澄み切った瞳を、きらきらと輝かせている、まん丸でふくふくした可愛い顔は、優しくて教育熱心なスイシャク様。銀色のお月様みたいな瞳を、いきいきと煌めかせている、朱色の鱗粉をまとった神々しい顔は、優しくて親切なアマツ様……。
わたしの大好きな二柱は、何かを期待するような表情で、じっとわたしを見返していた。
最近のわたしは、スイシャク様やアマツ様とずっと一緒にいるから、二柱に何を望まれているのか、イメージを送られてくるまでもなく、わかるようになってきている。今は、多分、〈祈祷〉で尋ねなさいっていうことじゃないかな? 不敬っていっても良いくらいに率直な、フェルトさんの質問に答えてもらうには、わたしも礼を尽くすべきだと思うんだ。
わたしが、目で尋ねると、スイシャク様とアマツ様は、揃って重々しくうなずいた。巨大な鳥がうなずくって、ちょっと微妙な情景だったけどね。
いとも尊い神霊さんたちに、無言で促されるまま、わたしは椅子の上で姿勢を正し、そっと目を閉じたんだ……。
◆
わたしは、軽く目を閉じたまま、深く意識を集中させた。身体から余分な力を抜いて、気負いのない素直な心で、祈祷を捧げられるように。もう何度も繰り返しているし、家でもちょくちょく練習しているから、わりと自然にできるようになってるんだよ。
空から降る恵みの雨が、輝かしい陽の光に照らされ、水蒸気となって空に還っていく様子を、イメージとして思い浮かべる。それと同じように、十四歳のチェルニ・カペラという存在を、どこまでも薄く広げていく。わたしを形作るすべてが、水蒸気みたいな小さな粒になって、神霊さんへの感謝と共に、空へ空へと昇っていくことをイメージするんだ。
やがて、きゅるきゅると微かな音を立てて、わたしから天へとつながった回路が、少しずつ広がっていった。小さな粒になったわたしの思念は、その回路を通して、するすると天まで駆け上っていく。空気解けて、半ば人としての形を失ったわたしは、いつしか神霊さんへの祈りだけの存在になっていた。
祈祷っていうのは、お願い事をするためのものじゃない。尊い神霊さんたちに、日々の感謝を伝え、行く道を照らしてくださいって祈りを捧げるのが、本来の祈祷なんだ。だから、わたしは、一心に祈り続けた。
フェルトさんの感じている疑問に、どうかお答えください。神霊さんの真意を探ろうとするのは、ただの人の子には、あまりにも不遜なことなのかもしれないけど、フェルトさんは、きっと納得したいだけなんです。神託に不満をいうつもりなんて、欠片もないんです。どんな答えであっても、受け入れる覚悟なんです。でも、人って、自分なりに納得してから、動きたいものでもあるんです。それは、神霊さんへの不敬になるんでしょうか……って。
しばらくすると、いったんは薄れていた神威が、また濃密に漂い始めたんだけど、それは顕現しているスイシャク様やアマツ様とは、別のところからもたらされるものだった。手で掴めるんじゃないかと思うくらい濃密で、重くて強くて大きな神威が、無数に煌めく光とともに、天から深々と降り注いでいるんだ。
わたしの髪の毛が、根本から逆立っているような気がする。身体が震え出して、歯がかちかちと鳴り出した。怖いんだけど、本当にとっても怖いんだけど、それが単なる恐怖かといわれると、そうじゃない。本当に尊いもの、自分とはかけ離れた高みに在る存在を感じ取って、わたしの魂魄が、〈分〉を超えた〈畏れ〉に打ち震えているんじゃないだろうか。
わたしは、解けた意識をかき集め、水の中にいるみたいに重くなった身体を、必死になって動かして、皆んなの様子をうかがった。過保護なスイシャク様とアマツ様に、ぐるぐるに守ってもらっているわたしでも、こんなに威圧されているんだから、お父さんたちは、神威に耐えきれなくて、苦しんでいるんじゃないかって、心配になったんだ。
まぶたをこじ開けて、少しかすんだ目で食堂を見回すと、お父さんたちは、心配そうな顔で、じっとわたしを見ていた。顔色は悪いし、椅子の上で固まったまま、満足に身動きできないみたい。ただ、思ったよりも落ち着いているのは、お父さんたちの体を覆っている紅白の薄い光の幕が、神威を和らげてくれているからなんだろう。誰に教えられなくても、そんな気がするんだよ。
お父さんたちは大丈夫だって、安心して息を吐いたら、わたしを〈チェルニ・カペラ〉として縛っていた最後の柵が、ふわっと解けて消えていった。そう、お父さんたちが大丈夫なら、わたしは安心して、どこまでも自由な気持ちで、神霊さんと向き合えるんだ。
どこまでが〈チェルニ・カペラ〉で、どこからがそうじゃないのか、曖昧な存在になったわたしは、何かに導かれるみたい流されて、天へと昇っていた祈祷に混ぜ合わさった。わたしって、十四歳の少女じゃなく、祈祷と似たような〈もの〉なのかな? 変なのって、ちょっと笑い出したくなったとき、目に映った光景があった。
そこは王都の新しい家の食堂で、皆んなが一点を凝視している。わたしの大好きなお父さんとお母さんは、青ざめた顔を強張らせて、すごく心配そうにしている。いつも優しい総隊長さんは、眉間にしわを寄せて、歯を食いしばっている。アリアナお姉ちゃんは、薔薇の花びらみたいな唇を、きゅっと結んで、強い視線を注いでいる。フェルトさんは、やっぱり青い顔をして、瞳をぎらぎらと光らせている。そして、皆んなの視線の先にいるのは、椅子に腰かけたまま目をつむり、淡く発光しているわたしだった。
そう。すごく不思議なんだけど、そのときのわたしには、食堂にいるわたし自身が、はっきりと見えていたんだよ……。
わたしの腕の中には、純白の羽毛を輝かせた、麗しいご神鳥がいて、肩の上には、真紅の羽毛を煌めかせた、荘厳なご神鳥がいる。可愛いなんて言葉は、絶対に出てこないような、とてつもなく神々しい神霊さんの姿だった。
え? えぇ? アマツ様はまだしも、スイシャク様って、あんな見た目だったの? ふくふくしていないし、まん丸じゃないし、そもそも雀には見えないんだけど? あの巨大雀に見えているのって、もしかしてわたしだけだったりするの?
わたしが、ちょっと間の抜けた感想に身悶えている間にも、情景は変化していった。二柱のご神鳥は、不意に鳥の形を揺らめかせたかと思うと、純白と真紅の光の渦になって、淡く発光しているわたしの周りを、くるくるくるりと旋回したんだ。
紅白の光の渦に包まれたわたしは、身体から溢れ出す光を強くした。ぴかぴかっていうくらいに、発光しているんだけど……これで〈平凡な少女〉っていい張るのは、さすがに無理があるかもしれない。いくら神秘のルーラ王国でも、〈平凡な少女〉は、自分でも知らないうちに、ぴかぴかと光ったりはしないだろう。
発光したわたしは、そのまま、ゆっくりと目を開いた。わたしの目は……夏空の色っていわれる、〈天糸〉の目は……冴え冴えとした銀色だったんだ……。
そのとき、天へとつながった回路を通して、二つの〈声〉が降ってきた。男の人とも女の人ともわからない、宝石みたいに美しく神々しい声と、若々しくて男らしくて、でも人には絶対に出せないほど尊く厳かな声だった。
わたしには、それがスイシャク様とアマツ様の声だって、すぐにわかった。うちの食堂に顕現しているご分体じゃなく、天に在られる神霊さんそのものの〈声〉だって。神々しい声はスイシャク様、荘厳な声はアマツ様からの、これが〈言霊〉っていうものなんだろう。
視界の片隅で、お父さんたちが目を見開くのが見えたけど、銀色の瞳を輝かせたわたしは、かまわずスイシャク様とアマツ様の〈言霊〉を伝えていた。わたしが知らない間に、わたしの口を通して、スイシャク様とアマツ様の声が響いたんだ。
《□□□□□□□□□□□□の申し子に応えん。其は、正しく王家の血を継ぐ男子。神の恩寵深き者也。恩寵深き者に、自ずと役目の与えらるるは、現世神世の因果ならん》
《我らは定めず。只、人の子の行く方を照らすのみ。神敵が掠めたるものは、正しき者へと還るべし。神託に従うは、人の子の冥加とならん》
《変えること能わぬ定めを天命、動かし難き定めを宿命、流れ変わりゆく定めを運命とぞ言わん。其に与えられしは、王家の男子たる宿命、衣通と出会いたる運命。その先に待つは、神さえ知らぬ明日なりけり》
《人の子は、神の道具に非ざる也。人の子の生を綾なす糸こそは、神にも届かぬ混沌の果て》
《神威の覡は□□□□□□□□□□の化身。如何なる神とて、微塵たりとも動かすこと能わず。況や、人の子たる神託の巫においてをや。彼の御方の御心は、其が自ら尋ねるが吉》
ぴかぴか光ったままのわたしが、口を閉じると同時に、解けて漂っていたわたしも、すっと目の前が暗くなった。身体がぐらりと傾いて、身体があることに気がついて、転げ落ちると思ったとき、赤と白の光の帯が、わたしを何重にも巻き込んで支えてくれた。
椅子を蹴って立ち上がったお父さんが、二柱の神霊さんごと、わたしを抱きかかえてくれるのを感じながら、わたしは、ぼうっとしたまま、〈言霊〉の最後の最後に聞こえてきた声を思い出していた。
口を閉じてから聞こえてきたから、皆んなにはわからなかったと思うけど、スイシャク様とアマツ様の声は、揃っていったんだ。〈上々の首尾也。我らが雛よ〉って……。