連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-23
あんなに巨大な扉が、一瞬で消えてしまったことに驚いて、わたしたちは、揃って呆然と立ちすくんだ。ヴェル様は、そんなわたしたちの様子に、楽しそうに微笑みながら、宝物庫の秘密を教えてくれた。
「ふふふ。驚きましたか、チェルニちゃん?」
「もちろんですよ、ヴェル様。あんなに大きな扉が、一瞬で消えちゃったんですから。どうなっているんですか?」
「畏れ多くも、御神霊が門衛の御役目を務めてくださる御扉に、何の不思議がありましょう。宝物庫の御扉には、継ぎ目も入り口もないのです。四季守護の御神亀がお許しくださったとき、お許しくださった者に対してのみ、御扉は幻の如く消え去り、入り口が開かれるのですよ」
「すっごいですね。泥棒とか、絶対に入れないじゃないですか!」
「はい。ありがたいというべきか、当然というべきか、御神霊にお仕え申し上げる神霊庁では、宝物を盗まれたことは、過去に一度もありません。盗みに入られたことは、いくらでもありますけれど、その結果は……ねえ?」
そういって、冷たく笑うヴェル様は、やっぱり怖かったけど、わたしは、四色の神亀の方が気になって仕方がなかった。だって、ヴェル様が、神亀のお力のすごさを教えてくれるたびに、短い後ろ足で器用に立ち上がって、それぞれ、わたしに向かって両手を振ってくれるんだよ!
神霊庁の宝物を守ってくれる守護者であり、総隊長さんに加護までくれた神亀は、とてつもなく神々しい存在なんだけど、同時にとっても可愛い神霊さんでもあるみたい。尊い神霊さんに向かって、失礼になるといけないから、口には出さないけどね。
ヴェル様と話している間に、消えた巨大扉の衝撃から立ち直ったわたしたちは、いよいよ宝物庫の中に入ることになった。パレルモさんに先導されるまま、扉のあった場所を、そっとくぐり抜ける。四色の神亀は、扉がなくなってからも、同じ位置に留まっていて、わたしたちは、そのすぐ側を通らせていただくことになるんだ。
ここでも、一人だけ、先に廊下の真ん中を歩かされているわたしは、ちょっと慣れてきちゃって、神亀に手を振り返しながら、ゆっくりと扉のあった入り口を通ることができた。お父さんたちは、慎ましく廊下の端を歩いていたから、逆に神亀との距離が近すぎて、畏れ多さのあまり、表情が引き攣っているみたいだった。
宝物庫の中から、何気なく後ろを振り返って、わたしは、はっと息を飲んだ。真っ白で巨大な廊下があって、上下左右のそれぞれに、青と朱と白と黒の神亀が輝いていた場所が、いつの間にか巨大な一枚板にふさがれていたんだ。
扉というより、それはやっぱり板だった。後ろから見ても、隙間も継ぎ目もくぐり戸もなくて、美しい木目を艶めかせた一枚板が、隙間なく廊下をふさいでいる。四色の神亀の姿は、もう見えなくなっていて、それがちょっとだけ寂しかった。
わたしたちは、宝物庫の中を、奥へ奥へと進んでいった。ものすごく不思議なんだけど、宝物庫っていうわりに、あたりには何もないんだ。棚もなければ展示台もなく、飾り一つ置かれていない、ほわっと白いだけの空間があるだけなんだ。灯りさえないのに、あたりが明るく輝いて見えるのは、どうやら壁や廊下が発光しているかららしい。
わたしたちの疑問を察してくれたヴェル様が、神霊庁の重要機密じゃないかって思うことを、あっさりと教えてくれた。
「我が神霊庁の宝物庫は、内部もまた、不思議な作りでございましょう?」
「本当ですよね。こんなに真っ白なだけの空間だなんて、想像もしていませんでした。ここには、何も保管していないんですか?」
「もちろん、いろいろとありますよ。ルーラ王国に伝わる膨大な宝物や、歴代の神使縁の御物、奉納された献上品などは、すべてここに保管されています。日常の手入れも多いので、普段はこの廊下のあちらこちらの扉が開かれ、多くの神職が作業をしております。今は、わたくしが指示を出しましたので、すべての扉を閉めて、神職が神物庫の前に集まっているのでしょう」
「扉って、わたしには見えないんですけど。普段は隠されているんですか?」
「正確にいうと、普段は扉そのものが存在しないのです。正当な理由で、正当に宝物庫を訪れた者の前には、壁のどこかに、自ずと進むべき扉が現れるのですよ」
「そんなことってあるんですか? あ、疑っているわけじゃなくて、それも神霊術なのかなっていうことなんですけど」
「ふふ。わかっていますとも。向学心の旺盛なチェルニちゃんですからね。神霊庁の宝物庫には、空間を司る御神霊の術がかかっています。他に類を見ないほど、高度で強力な神霊術だといっていいでしょう。〈覡〉であられた第三代の大神使が、この術をかけてくださいました。それから八百余年、神職たちの捧げる魔力を対価に、いまだに術が維持されているのです。ありがたいことです」
「それって、わたしが、教えてもらっても大丈夫なんですか、ヴェル様?」
「まあ、神霊庁の秘儀の一つではありますけれど、チェルニちゃんに隠すことなど、神霊庁には何一つありませんよ」
そんな話をしているうちに、わたしたちは、神物庫に到着した。ヴェル様が何もいわなくても、わたしには、それが目的地だってわかった。だって、二百人くらいはいそうな人たちが、純白の着物と、何色かに分かれた袴姿で、整然と並んで座礼を取っているんだから……。
ちょっと目眩がしそうになったけど、わたしは、根性で踏み止まった。さすがに慣れてきたし、皆んなが礼を取ってくれているのは、十四歳の少女であるわたし、チェルニ・カペラに対してじゃないって、わかっているから。皆んなは、〈神託の巫〉っていう立場や、わたしの腕の中のスイシャク様、肩の上のアマツ様に、頭を下げてくれているんだ。わたしは台座……わたしは台座……。
「チェルニちゃん」
「何ですか、ヴェル様?」
「チェルニちゃんを守護なさる御二柱に、お尋ねをしていただきたいのです。ここから先は、すべてチェルニちゃんと御二柱に、お任せしてもよろしゅうございますか、と」
わたしが尋ねるまでもなく、スイシャク様とアマツ様は、あっさりと肯定のイメージを送ってきた。〈是也〉〈苦しからず〉〈神託の巫の披露目をば、我ら二柱が取り仕切らん〉〈これより起こるは古の神事にて、皆々忘るること勿れ〉〈我らが雛は雛なれど、幼き翼を広げんとぞす〉って。
要は、まだ幼いわたしだけど、〈神託の巫〉として、初めてのお役目を果たすことになっているから、スイシャク様とアマツ様が仕切ってくれる……んだよね? 今から始まるのが古い神事で、神職さんたちに〈忘れずに覚えておくように〉っていうのは、恥ずかしすぎるから、知らなかったことにしよう。そうしよう。
にこにこと微笑んでいるヴェル様に、二柱のお答えを伝えると、すっごく嬉しそうな顔をして、ミル様やパレルモさんと一緒に、神職さんたちの方へ下がっていった。ヴェル様に促されて、お父さんたちもそれに倣う。
座礼を取った神職さんたちの一番前に、ヴェル様たちが座って、その近くを指定されたお父さんたちも、恐縮しながら綺麗な座礼を取って……その場に立っているのは、わたしだけになった。どうしたら良いのか、まったく、全然わからないのに、十四歳の平民の少女が、神霊庁の奥殿の宝物庫の中、よりにもよって神物庫のど真ん前で、すべてを任されちゃったんだよ!
今日、何度目かもわからない緊張に、ちょっとだけ目が回りそうになったけど、わたしの心は、意外と落ち着いていた。神職さんたちは、皆んな、視線を床に落として、わたしの方を見ないでいてくれるし、何よりも、わたしの腕の中にはスイシャク様、肩の上にはアマツ様がいてくれる。わたしが、この後どうするべきかなんて、この尊くて優しい神霊さんのご分体が、教えてくれるに決まっているんだ。
一度だけ大きく深呼吸をして、わたしは、微かに震える足を踏ん張った。ちょきちょきちょきちょき、ちょきちょきちょきちょき。さっきから、うるさいくらいの大きさで、わたしの耳に聞こえてくる音に、応えなくちゃいけないしね。
わたしが、ようやく覚悟を決めたことが、伝わったんだろう。ちょきちょきちょきちょきっていう音以外、怖いほど静まり返った空間に、圧倒的な神威が生まれた。とてつもなく強くて、畏れ多くて、尊くて、清らかな神威は、目で見えるほど濃密さで、あたりを満たしたんだ。
不意に気がつくと、スイシャク様とアマツ様は、わたしの頭上高く舞い上がり、その姿を変えていた。スイシャク様は、雪よりも白い羽根を煌めかせ、純白の炎を身にまとった、世にも神々しく麗しいご神鳥。アマツ様は、紅玉よりも紅い羽根を輝かせ、朱色の炎を燃え立たせた、世にも荘厳で力強いご神鳥……。昨日、〈祈祷〉の影響で、発光する少女になっちゃったときに見た、あの二柱のお姿だった。
あれ? まだ祈祷もしていないのにって、疑問に思う間もなく、わたしの中に、二柱の〈言霊〉が流れ込んできた。いつも送られてくるイメージじゃなく、はっきりとした御言葉は、そう意識すると同時に、わたしの口を通して、皆んなに伝えられたんだ。
《我らに仕えし者らに告げん。頭を上げ、我らを正視するを許さん》
《これより起こるは、目出度き神事》
《我らの縁たる神託の巫、我らの愛しき雛の業にて、久しき慶事の起こるらん》
《巡り来たる時期こそは、其らの得難き福徳也》
《讃え、歓び、言祝がん》
《此れより招く、神世の雫》
《《神成》》
◆
白と紅のご神鳥の御言葉が、わたしの口を通して、〈神成〉っていう音になった瞬間、変化は起こった。床も壁も純白で、ほのかに光っている空間の中に、突然、現れたんだ。淡い紫色の光をまとった、巨大な鋏が……!
それは、わたしの身長くらいありそうな、大きな大きな鋏だった。紙や布を切る裁ち鋏じゃなく、糸なんかを切るときに使う、握り鋏っていう種類の鋏だと思う。もちろん、形がそうだっていうだけで、神物庫の前の真っ白い空間に浮かんでいる、紫色に光る物体が、ただの鋏のはずがないんだけどね。
二柱にいわれるまま、頭を上げた神職さんたちが、巨大な鋏の出現に、呆然と目を見開いている様子が、視界の端に映った。不思議なことや神秘的なことが、当たり前に起こるはずの神霊庁でも、ちょきちょき鳴って人を呼び、空中に飛び出してくる巨大鋏は、めずらしい存在なんだろう。
先頭の列で見守っているミル様は、小さな子供みたいな無邪気さで、深い知性の宿った瞳を輝かせ、その隣に寄り添うヴェル様は、口笛でも吹きたそうな表情で、こみ上げる笑いを噛み殺しているように見える。この二人には、これから起こることが、ある程度わかっているんじゃないのかな?
その一方で、お父さんとお母さんとアリアナお姉ちゃんは、空中の巨大鋏じゃなく、わたしだけを見つめている。昨日は、うっかり失神しちゃったから、わたしが大丈夫なのか心配してくれているんだ。
いつでも、何があっても変わらない、お父さんたちの深い愛情に、心がぽうっと暖かくなって、わたしの身体に力がみなぎった。鋏を呼び出してくれたのは、スイシャク様とアマツ様だけど、ここから先は、わたし自身が頑張らなくっちゃ! なぜだかわからないけど、そう思ったんだよ。
わたしは、紫色の巨大な鋏に、しっかりと目を向けた。鋏は、ちょきちょき鳴るのをやめて、空中でふるふると揺れている。わたしの視線を受けて、鋏の方も、じっとわたしを見つめているみたいだった。鋏のどこに目があるのか考えると、ちょっと怖いんだけど。
巨大雀から麗しのご神鳥へ、姿を変えたままのスイシャク様と、いつにも増して神々しく燃え盛るアマツ様は、わたしの頭上に浮かんだまま、何のイメージも送ってこない。これは、あれだ。〈其が思う通りに為すが良き〉っていうことなんだろう、きっと。
一生懸命に気持ちを落ち着けて、わたしは、巨大な鋏に問いかける。わたしをお呼びになりましたか? わたしには、ここで果たすべき役割があるんですか? わたしは、何をどうしたらいいですか?
祈祷するときのように、天へと思念を上らせるんじゃなく、目の前の鋏に向かって、思念の糸を伸ばしてみる。もちろん、〈糸〉っていうのは、一つの比喩に過ぎないんだけど。鋏さん、鋏さん、どうか教えてくださいな……。
しばらくすると、わたしの身体から、淡いサクラ色の光が現れた。昨日、発光する少女になったわたしは、今日は、自分の意思で光を出せる少女になったみたいだけど、慌てることはなかった。この光は、わたしが祈祷をするときに生まれるもので、だんだんと目に見えるようになってきただけなんだって、何となくわかっていたんだ。
わたしから生み出されたサクラ色の光は、糸のように伸びて、鋏へと向かった。ものすごく細くて、へなちょこな光の糸だから、真っ直ぐに進むこともできなくて、上下左右に蛇行しながら、必死に伸びていくのが、ものすごくもどかしい。多分、いつもは、スイシャク様とアマツ様が、助けてくれていたんじゃないのかな?
何となく気になって、座礼を取ったままの皆んなを、視界の端で見た途端、こんなときなのに、思わず笑いそうになっちゃった。だって、神職さんたちも、お父さんたちも、必死に応援してくれているのが、見て取れたんだよ。へなへな、ひょろひょろと伸びていく、わたしのサクラ色の光に、頑張れ、頑張れって……。
そういえば、わたしの頭上に浮かんでいるご神鳥からも、何となく必死な気配が伝わってくる。圧倒的な神威に満ちた二柱からすれば、苛々するくらいもどかしいはずなのに、大丈夫だから頑張れ、頑張れって……。
皆んなの思いやりがうれしくて、信じて見守ってもらっていることがありがたくて、感謝の気持ちでいっぱいになったとき、のたのたと、這うように進んでいたサクラ色の光が、ようやく鋏へと届いた。わたし一人の力で生み出して、伸ばしていった光の糸が、届いたんだ!
紫の光に包まれて、ふるふると揺れていた巨大な鋏に、細い細いサクラ色の光がからまった瞬間、わたしの頭の中に、はっきりとしたイメージが浮かんできた。今まで送られてきたことのない、それは鋏からのものだった。
〈我、物神と呼ばれしも、そは神ならぬ御霊也〉〈物神、神に成らんとす〉〈天津神、国津神にと愛でられし、双なき神器なりければ、千年万年の刻を経て、霊より神へと変化せん〉〈神託の巫に願う。其、神成の輔翼たれ〉って。
意味として、わからないことだらけだった。巨大鋏は、〈神〉じゃなく〈霊〉で、長く神々に愛用されていて、これから神様になろうとしている……のかな? そして、その〈神成〉を、〈神託の巫〉であるわたしに補佐しろと……。
ここで、思わず〈そんな馬鹿な〉って、心の中で突っ込んじゃったわたしは、悪くないと思う。だって、ただの十四歳の少女だよ、わたし? そりゃあ、いつの間にか〈神託の巫〉だっていうことになってるけど、わからないことばっかりだよ? 神霊さんっていうけど、神と霊って、もしかして別の存在なの? そもそも、〈神成〉なんて言葉、学校でも習わなかったのに、どうしろっていうのさ?
あまりにも高度な鋏の要求に、思わず呆然としていると、頭上からイメージが降りてきた。さすがに見かねたのか、スイシャク様とアマツ様が、道筋を教えてくれるんだろう。降りてきたイメージは、こうだった。
〈神世に在りし物神は、自ずと神に変じたり〉〈現世に残されし物神は、神への縁なかりせば、神に変ずること能わず〉〈其は、祈祷にて神降ろすべし〉。現世にある物神が、神様になるには、神世との縁をつないでくれる神様さんに、お願いする必要がある……んだろう、多分。
一つだけ溜息を吐いて、わたしは、改めて精神を統一した。やるべきことは、もうわかったから、軽く目をつむって、かなり慣れてきた祈祷をやってみる。神霊さんへの感謝で心を満たして、自分の自我を薄くして祈念を天へと届けるんだ。
今日の祈祷は、神器である巨大鋏のお手伝いだから、お願いできる神霊さんに呼びかける。尊い神器が、天への縁を願っておられます。神世と現世をつないでくださる神霊さん、どうかお力をお貸し下さいって。
いつものように、それは突然やってきた。わたしの存在が薄くなって、霧のように空気中に漂って、ふわりふわりと天へ昇っていったと思うや否や、畏れ多いばかりの圧倒的な神威が、私をめがけて、真っ直ぐに降り注いできたんだ。
座礼を取ったままの皆んなが、必死に動揺を押し殺している中で、わたしは、思わず微笑んでいた。だって、間もなく顕現するだろう神霊さんの気配には、覚えがあったから。黒と白が入り混じった、パッチワークみたいな光は、アリアナお姉ちゃんが作ってくれた編みぐるみにそっくりな、可愛い羊の神霊さんじゃないの?
次の瞬間、純白の宝物庫の大広間が、白と黒と、それからさらに何色も入り混じった、輝かしい光に満たされた。目を射るくらいに強いのに、どこか優しくて柔らかい光は、やっぱり、わたしの知っているものだった。光の洪水が消えた後、大広間の中央に浮かんでいた神霊さんの姿は、記憶とはまったく違っていたけどね。
それは、白と黒に光り輝く被毛の中に、極彩色の毛色をのぞかせた、羊っぽい動物に見えた。黒い顔と黒々とした瞳は可愛らしいんだけど、くるっと巻いた大きな角は、まるで黄金みたいだし、全体的にすらっとしているし、さらさらの長い毛は光をまとって流れているし……。わたしの腰にへばりついていた、可愛い編みぐるみとは、ほとんど似たところのない、神々しい存在に変わっちゃってるんだよ。
スイシャク様とアマツ様が、〈我らにも、面子とやら申すもの有り〉〈この場にて、其の面白き趣味に合わしたれば、神の威厳が損なわれん〉って、イメージを送ってきたから、まあ、そういうことなんだろう。
編みぐるみの神霊さんから、羊っぽい神々しい姿に変わった神霊さんは、わたしに向かってうなずいてくれてから、巨大鋏の周りを飛び跳ね始めた。ぽぉんぽん、ぽぉんぽんって、優雅にゆっくりと。その度に、羊の神霊さんの後ろ足から、金色の光の粒があふれ出し、粒子がより合わされていく。何周かする頃には、光の粒子は、一本の長い長い金の毛糸になっていた。
羊の神霊さんが、飛び跳ねるのをやめると、金の毛糸の一端がするすると伸びていき、鋏の持ち手のところで、可愛らしい蝶々結びになった。それを待っていたように、毛糸のもう一端は、するすると上に昇っていく。宝物庫の天井は、どこかに消えてしまっていて、白く霞むもやの中を、上へ上へ、どこまでも昇っていくんだ。
わたしも、神職さんたちも、お父さんたちも、息をひそめて見守る間に、黄金の毛糸は、目指す高みにまで昇り切ったらしい。天から鋏の持ち手まで、ぴんと張られた金の毛糸は、微かに鱗粉をまとわせながら、きらきらと煌めいていた。
羊の神霊さんは、それを満足そうに眺めてから、わたしに向かって、イメージを送ってきた。〈縁は結ばれたり〉〈其が告げるべし、神成の刻〉って。
そう。十四歳のわたし、チェルニ・カペラは、何の巡り合わせか、これから神様の誕生に立ち会うらしいよ……。