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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 32通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 しばらく前に、アマツ様が届けてくれたお手紙を読んで、わたしは、激しく動揺しています。だって、チェルニちゃんって……。ネイラ様が、わたしのことを、チェルニちゃんって……。
 どうしていいのかわからなくて、キュレルの街中を走り回りたい気分です。もちろん、実際にはやりませんけど。

 えっと。まず、ネイラ様のお名前のことを教えてもらって、ありがとうございます。すごくよくわかる説明で、納得しました。そうですよね。他の国では、王族や貴族の方の名前を伏せたり、別の呼び名をつけたりすることもあるそうですもんね。
 ルーラ王国の場合は、親しいから省略するのではなく、正式に呼ぶことを遠慮して、省略する、と。納得です。

 ネイラ様のお名前の〈レフヴォレフ〉について、ちょっと調べてみました。〈レフヴォレフ〉って、〈獅子の中の獅子〉っていう意味なんですね。王様の名前とかに多いんだって、本に書いてありました。これも納得です。

 わたしがいうのも生意気ですが、〈レフ様〉って、素敵な呼び名だなと思います。ただ、わたしも〈レフ様〉って呼ばせていただくとか……無理です。想像しただけで、部屋の中でごろごろと転げ回りたくなります。ものすごく恥ずかしくて、ものすごく緊張します。
 ここはひとつ、〈レフ様〉って呼んでもいいっていう、許可をいただいたことだけ覚えておいて、気持ちが落ち着いてきたら、呼ばせていただきたいと思います。よろしくお願いします。

 ちなみに、ネイラ様の近しい方が呼ばれるのは、前の方の〈レフ様〉でしょうか、後ろの方の〈レフ様〉でしょうか? できたら、呼ぶ人が少ない方の〈レフ様〉がいいなって思うので、教えてもらえると嬉しいです。

 わたしの名前は、とっても愛称がつけにくいんですよね。〈チェルニ〉でひとかたまりなので、省略されるのも、何となく落ち着かない気持ちになります。
 以前、町立学校の男子の中で、勝手に〈チェル〉って呼んだ子たちがいて、激怒してしまいました。親しくもないし、何だったら相手の子たちの名前も知らないのに、馬鹿じゃないでしょうか? 〈ニの一文字を覚えられないくらいなら、死ぬまで呼びかけるな〉って怒鳴ったら、それっきり話しかけてこなくなったので、良かったですけど。

 ネイラ様に〈チェルニちゃん〉とか呼んでもらうのは、なぜだか死ぬほど恥ずかしい気がする反面、とっても嬉しいと思います。直接会えるのが、いつになるのかわかりませんが、ネイラ様に呼んでいただけるのを、楽しみにしています。(この一行を書くのに、勇気をふりしぼりました)

 では、また。次の手紙でお会いしましょう。少し風が冷たくなってきたので、風邪に気をつけてくださいね。

     呼び名問題の影響で、なかなか動悸どうきがおさまらない、チェルニ・カペラより

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独特の感性が素晴らしいと思う、チェルニ・カペラ様

 これまでの人生において、わたしの名が、前の方の〈レフ〉なのか、後ろの方の〈レフ〉なのかと聞かれたことは、一度もありませんでした。多分、わたしを〈レフ〉と呼んでいる人たちも、気にしたことはないでしょう。きみは、本当に独特の感性を持っていますね。

 わたし自身は、現世うつしよの名を、一種の記号のように捉えており、そこに愛着はありませんでした。身近にいる神霊たちも、わたしを神世かみのよの名で呼びますので、余計にそうだったのかもしれません。
 ところが、きみが〈レフヴォレフ〉の由来を調べ、前か後ろかを聞いてくれたことで、別の意識が生まれました。今、現世に存在するわたしにとって、この現世の名前ひとつにも、確かな意味があることを、意識に上らせたのです。

 現世に生まれたわたしは、単なる記号として〈レフヴォレフ・ティルグ・ネイラ〉の名を与えられたのではなく、そこには、わたしの両親の愛情や、わたしを取り巻く環境や、わたしの生きるべき世界が刻み込まれている……。そんな当たり前のことを、きみの何気ない手紙に、教えられたような気がしています。

 わたしの意識が変わった瞬間、わたしと現世とを結ぶ〈よすが〉が、少しばかり強固なものになりました。それが、ルーラ王国にとってどういった意味を持つのかはともかく、水は流れるべきところへと流れていくのでしょう。

 今回の手紙は、少し抽象的なものになってしまいました。近い将来、きみに説明できるようになると思いますので、今は聞き流してもらえますか? きみが、スイシャク様とアマツ様の御名を、正しく認識することができる頃には、また話しましょうね。

 さて、肝心のきみの呼び名についてですが、やはり〈チェルニちゃん〉しかないかもしれませんね。パヴェルと同じというのは、どこか釈然としないものの、〈カペラ嬢〉や〈チェルニ嬢〉というのは、さすがに妙ですから。
 きみさえ許してくれるのなら、次に会えたときに、〈チェルニちゃん〉と呼ばせてください。それまでは、〈チェルニ・カペラ様〉のままにしておきますので。

 近いうちに、次の手紙で会いましょうね。きみの方こそ、何かと大変なときですから、体調には気をつけてください。では、また。

     ずっと、きみの名前の意味を考えている、レフ・ティルグ・ネイラ

追伸/
 人の名前を、許可もなく愛称で呼ぶことなど、許されざる無礼です。きみの学校の子息たちは、少し教育する必要があるのではありませんか? また、王立学院において、同じ無礼を働くものがいたら、すぐに教えてください。王国の未来のために、教育の徹底を進言することにします。