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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 62通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 前回のお手紙では、町立学校の同級生で、小さな蛇を肩に乗せちゃってた女の子のことで、いろいろと教えていただき、どうもありがとうございました。真剣に検討した結果、町立学校の卒業までに、彼女と話をすることにしました。一度だけ〈自分を振り返ってみた方が良いよ〉って、伝えてみようと思うんです。
 わたしは、同級生にお説教をするほど偉くないし、必死に説得するほど、女の子に親近感を持っているわけでもありません。でも、いつも神霊さんに助けてもらっている者の責任として、やっぱり完全に無視したりはできませんから。

 十四歳で心に蛇を飼ってしまう少女に、わたしの言葉が響くかというと、すごくむずかしいはずです。そもそも、蛇の女の子は、わたしを嫌っているみたいなので、逆効果になる可能性が高いんですよね、きっと。
 そのときは、きっぱり、あっさり、女の子から距離をおくつもりなので、安心してください。わたしは、蛇の女の子の将来よりも、自分の身を守ります。だから、間違っても、町立学校ごと浄化の炎で燃やすなんて、過激な冗談を実行に移さないでくださいね。(あれって、冗談……ですよね?)約束ですよ。

 それはそうと、一つ、ネイラ様に質問させてほしいんです。町立学校の階段で、三人の女の子に囲まれ、小さな蛇と対峙たいじしたとき、怖くなったわたしは、反射的に〈嫌だな〉って思いました。次の瞬間、女の子の肩の上の蛇も、別の女の子の胸元でうごめいていた泥色のもやもやも、綺麗さっぱり見えなくなりました。ようやく安心して、もう女の子たちから離れようかとしたら、肩に蛇を乗せていた子が、震える声でいったんです。〈さっきの目の色って、何なの、カペラさん?〉って。
 不思議に思って聞き返すと、青っぽい色のわたしの瞳が、一瞬、ぴかぴかと光ったっていうんです。ぴかぴかして、鏡みたいで、すごく不気味だったって。女の子の言葉に驚いて、少し傷ついて、よく確認してもらおうとして近寄ったら、彼女たちは叫びながら逃げていきました。〈来ないで、気持ち悪い!〉って。

 ネイラ様にだけ、正直に告白します。思春期の少女であるわたしは、同級生に〈気持ち悪い〉っていわれて、少し……かなり傷つきました。勝手に寄って来て、勝手に怒って、勝手に逃げ出して、挙げ句の果てに〈気持ち悪い〉って、さすがにひどすぎませんか? 十四の女の子に〈気持ち悪い〉って!
 傷ついたし、ものすごく腹が立ちました。もう、勝手に蛇に取りかれたら良いのにって、そのときは本気で思いました。自分でも性格が悪い気がするし、ネイラ様にはそういう自分を知られたくないんですけど、正直な気持ちなので仕方ありません。ネイラ様が思ってくれているような、良い子じゃないんですよ、わたし。(でも、ネイラ様に嫌われるのはつらいです。だめだよって怒られたら、生まれ変わりますので、見捨てずに教えてください。お願いします)

 ただ、ある事実に気がついた途端、わたしは落ち込みから一気に復活しました。ぴかぴかと光る、鏡みたいな瞳って、ネイラ様と同じなんじゃありませんか? 一度だけ、ネイラ様にお会いしたときもそう思ったし、元大公が捕まったときに、鏡越しにみたネイラ様の瞳も、ご神鏡しんきょうそのものみたいに輝いていましたよね?
 新聞とか雑誌とか、ネイラ様について書いてある文章を見ると、ネイラ様の瞳は、〈世にもめずらしい灰色の金剛石の色〉とか、〈唯一無二の美しきグレー〉とか表現されていました。これって、すごく綺麗で輝きの強い灰色の瞳、っていう意味ですよね? 近いといえば近いけど、わたしが見たご神鏡みたいなネイラ様の瞳とは、やっぱり別だと思うんですよ。

 ネイラ様の瞳は、あまりにも美しくて、尊い光に満ちていました。ネイラ様と同じなわけはないけど……少しでも似ているのであれば、わたしはうれしいです。今はもう、蛇の女の子たちに逃げられても、全然、まったく、これっぽっちも気になりません。えへへ。

 ちょっと長くなったので、今日はこのあたりにしておきます。読み返すと、出すのが恥ずかしくなる気がするので、すぐに封をしてしまいますね。次の手紙は、きっと楽しい話にします。また、そこで会いましょう!

     肩に蛇を乗せている方が、よっぽど気持ち悪いと思うチェルニ・カペラより

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微塵みじんも性格の悪いところなどない、チェルニ・カペラ様

 キュレルの街の町立学校は、そろそろ建て替えた方が良いのではないでしょうか。何年前に建てられた建物なのか分かりませんが、学校というものは、大抵が古くなっていますからね。更地にしてしまって、新しい校舎にしたら、きみの後輩にあたる生徒たちも、気持ち良く学べると思うのです。
 わたしは、炎の神霊術だけでなく、力の神霊術も得意としています。わたしが使えない神霊術も、得意としない神霊術も存在しないということは、一応脇に置いておいて、一般に知られている認識として、わたしは、力を司る神霊からも印を得ているのです。校舎を一つ、一瞬でちりにするくらいは、苦でもありません。校舎を燃やされるのは嫌でも、倒壊させるのは許容できるということなら、すぐに教えてください。約束ですよ。

 さて、腹の立つ話はともかく、きみの質問に答えましょうか。手紙を読んで、さすがに神霊の眷属たるきみは、素晴らしい感性を持っていると感心しました。きみの指摘の通り、わたしの瞳は、見る者によって色を変えるようなのです。
 多くの者たちにとって、わたしの瞳は〈灰色の金剛石〉であり、とてもめずらしくはあるけれど、特殊とまではいえない色をしています。一方、強い神霊術を使える者や、神霊の加護かごの厚い者にとって、わたしの瞳は極めて表現の難しい、神鏡そのままの色に映っているのです。神の裁きを受ける者にもまた、わたしの瞳が神鏡に見えるのは、何とも皮肉なことですけれど。
 神霊の愛子まなごたるきみに、わたしの瞳が〈ご神鏡みたい〉に見えるのは、当然の結果でしょう。現世うつしよに於いて、きみほど神霊に鍾愛しょうあいされる魂はなく、きみほど強い神霊術を使える者はいないのですから。

 わたしの瞳を美しいといってくれて、どうもありがとう。わたしの目にも、きみの瞳は、美しく輝いています。清々しい夏空の色であれ、強い意志をたたえた神鏡の色であれ、チェルニ・カペラ嬢の瞳は、この上もない宝玉だと思っていますよ。

     きみが〈良い子〉でなくても、まったく問題ないと考えている、レフ・ティルグ・ネイラ