連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 40通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
今日は、相談に乗ってもらいたいんですよ、ネイラ様。何の相談かというと、王立学院の入試で行われる、神霊術の実技試験についてです。
わたしの大好きな、おじいちゃんの校長先生は、この件に関しては、めずらしく好戦的になっています。実技試験の場で、〈自分が使える最高の神霊術を使って、王都の者たちの度肝を抜いてやれ!〉って。校長先生ってば、いつもは神霊術に優劣なんかないって教えてくれるのに、それとこれとは別なんだそうです。
以前、手紙に書いたと思いますが、おじいちゃんの校長先生は、王立学院の入試担当の先生と、大喧嘩をしちゃってます。特待生として推薦入学が決まっているわたしが、力試しに入試を受けることを、生意気だと思われたみたいで、ちょっと威圧的な態度を取られたからです。
校長先生は、入試担当の先生に、〈入試を受けるのは勝手ですが、教え子が恥をかかないように、やめさせた方がいいんじゃないですか?〉って笑われたことが、よっぽど我慢ならなかったんでしょうね。自分じゃなく、教え子が馬鹿にされるなんて……って。
立派な大人なのに単純なんじゃないのって、ちょっと思ったりはしますけど、それもこれも、教え子への愛情があればこそですよね? それに、馬鹿にされたままでいるのは、わたしとしてもつまらないので、自分にやれるだけのことはやってみたいと思うんです。
ちなみに、わたしが使える神霊術は、全部で三十くらいあって、中にはすごくめずらしい術や、派手な感じの術も含まれています。ただ、入試に使えるのは一種類だけなんですよね? そう考えると、選ぶのがとってもむずかしいんです。
今のところ、第一候補にしているのは、サクラの神霊術です。校庭にサクラの木を生やして、花びらを秋空に舞わせたら、とっても綺麗じゃないかと思うんです。どうでしょうか、ネイラ様?
他にも、空に虹をかける術とか、色とりどりの花火を上げる術とか、いろいろと考えています。ご意見をいただけるとありがたいので、よろしくお願いします。(覡であるネイラ様に、こういう相談をするのって、不正になりませんよね? もし、問題があるようなら、教えてくださいね)
そういえば、ネイラ様が得意とする神霊術は、三種類あるんだって、世間ではいわれていますよね? 力を司る神霊さんの術と、炎を司る神霊さんの術と、剣を司る神霊さんの術。だから、ネイラ様こそが、この世で最も強い騎士なんだって。
でも、実際にネイラ様にお会いしてから、わたしは、違うんじゃないかって思うようになりました。ネイラ様って、他にもいくらでも、神霊術を使えるんじゃありませんか? もしくは、どんな神霊術でも、使えるんじゃありませんか? 差し支えがなかったら、いつか教えてほしいです。
では、また、次の手紙で会いましょう。朝晩は、けっこう寒くなってきたので、風邪に気をつけてくださいね。
昼間の入試に、花火は映えないんじゃないかと悩んでいる、チェルニ・カペラより
追伸/
試行錯誤を重ね、試作に次ぐ試作の結果、何とかグレーのショートマフラーが完成し、アマツ様に配達をお願いしました。すごく恥ずかしいのですが、もらっていただけると嬉しいです。
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健気という言葉の意味を教えてくれた、チェルニ・カペラ様
きみが贈ってくれたショートマフラーを、ありがたく受け取りました。きみの気持ちが嬉しく、懸命な編み目がいじらしく、たまらない気持ちになりましたので、父母や部下たちにも見せて歩きました。
皆が皆、微妙な表情で微笑んでいたのは、マフラーに宿った神霊の気配の故でしょうか。きみが作ってくれたショートマフラーからは、幾柱かの神霊の息吹が、濃密に漂っていますからね。
それにしても、これほど嬉しい贈り物をもらったのは、わたしの人生で初めてのことです。宝剣も金貨も勲章も、わたしにはあまり意味がなく、贈られて嬉しいと感じるのは、本くらいのものでしたから。
もちろん、父母や伯父らが、わたしのためにと選んでくれた品には、それなりの喜びと愛着を感じていました。結局は、そこに込められた思いこそが、贈り物の価値を決めるのでしょうね。
日々、冷たくなる秋風の中、きみにもらったマフラーを使いたいと思う反面、汚すのが嫌で、しまっておきたい気もします。こうした相反する気持ちを体験するのも、めったにないことであり、得難い経験だと思っています。本当にありがとう。
神霊術の実技として、入試の場で桜を咲かせるというのは、とても素晴らしい選択ですね。平和的で美しく、極めて難しい術でもありますので、きっと高い評価を得られるのではないでしょうか。
虹をかけたり、花火を上げたりするのも、大変にきみらしく、高度な神霊術でもありますが、昼間の時間帯であることを考えると、やはり桜に軍配が上がるかもしれません。満開の桜の花を咲かせて、きみの素敵な校長先生がいわれるように、〈王都の者たちの度肝を抜いて〉やりましょう。
わたしの神霊術については、きみの見立ての通りとも、そうでないともいえます。世に神霊術と呼ばれるもので、わたしに振るえない力はありませんが、それが神霊術そのものかと聞かれれば、否と答えるしかないからです。
詳しい説明は、またきみと会えたときに譲りたいと思います。隠すことなく、きみに教えると約束しましょう。
では、また。次の手紙で会いましょうね。きみこそ、今は大変な事件に巻き込まれている時期でもあり、十分に体調に気をつけてくださいね。
きみの真似をして、マフラーを飾り棚に置くことにした、レフ・ティルグ・ネイラ
追伸/
〈野ばら亭〉に派遣した、副官たちからの報告を読んで、他の副官たちが騒めいています。あまりにも恵まれた食生活に、羨望を禁じ得ないようです。わたしでさえ羨ましいのですから、当然ですね。