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連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 61通目

レフ・ティルグ・ネイラ様

 今回は、町立学校の話を書こうと思います。め事といえば揉め事なんですけど、別に大した被害はないし、ちゃんと自分で対応するつもりですので、話だけ聞いてもらえると助かります。(もちろん、〈もっとこうした方が良いよ〉っていう助言があれば、その通りにします。よろしくお願いします)

 自分でも思い出せないくらい前、この文通の最初の方で、町立学校の同級生の女の子たちに、ちょっと嫌がらせっぽいことをされているって、書いたと思います。わたしが、王立学院を受験するんだって聞いて、〈チェルニちゃんだけずるい〉とか、〈王立学院を辞退して、皆んなと一緒にキュレルの街の高等学校に行こう〉とか、めちゃくちゃな理屈で、受験をしないように要求された件です。
 わたしが無視していたので、ずっと〈つーん〉としてくるだけだったんですが、今回は、ものすごく面倒でした。わたしが、おじいちゃんの校長先生に会いに行くのを知っていて、わざわざ待ち伏せをしていたんです。

 わたしが、校長室に続く階段を上がっていると、女の子が三人、道をふさぐみたいにして立っていました。一番にからんできたのは、町立学校で可愛いって評判の女の子です。皆んなの人気者で、彼女を好きな男子もいっぱいいて、わたしの目から見ても可愛い顔をしていて……。
 でも、わたしをにらみつけた女の子の肩の上には、指くらいの太さの小さな蛇が、ぐるぐると戸愚呂とぐろを巻いていたんです。チッチ、チッチって鳴いて、盛んにわたしのことを威嚇いかくしながら。

 女の子の蛇は、〈鬼成きなり〉した、クローゼ子爵家のカリナさんみたいに、身体から生えていたわけではありませんでした。薄っすらと透けていたから、きっと実体もなかったんだと思います。
 スイシャク様やアマツ様のお力で、人の子には見えるはずのない蛇がえるんだって、頭ではわかっていても、ものすごく怖いし、それ以上に気持ちが悪くて仕方がありませんでした。いくら小さくても、初めて自分の目で視た蛇は、何ともいえずけがらわしかったんです。

 怖いのをぐっと我慢して、蛇の両隣の女の子たちに目を向けると、二人の肩には蛇はいませんでした。ただ、泥みたいに汚らしい色をした、小さな霧みたいなかたまりが、胸のあたりでもやもや、もやもやと動いているんです。
 ひょっとすると、泥色のもやもやは、悪い気持ちを持っている証拠で、それが進んじゃったら、もやもやが蛇になるんでしょうか? カリナさんみたいに、身体から蛇を生やすのが〈鬼成り〉なら、蛇を乗せているだけの人って、何ていうんでしょうか? 考えれば考えるほど不思議で、でも、そもそも蛇のことなんか考えたくもなくて、ますます嫌な気持ちになりました。

 こんなふうに書くと、心配をかけてしまうかもしれませんね。わたしは大丈夫ですよ、ネイラ様。女の子たちは、わたしが怖いみたいで、顔色を青くしたまま、微かに震えていたし、蛇にしても、小さな牙をき出しにして威嚇いかくしているくせに、身体の方はずりずりと後ずさって、少しずつ女の子の髪の毛の中に潜り込んでいきましたから。
 そして、穢らわしいものを目に映したくなくて、〈嫌だな〉〈見たくないな〉って思った瞬間、蛇も霧も見えなくなっていました。わたしをまもってくれている、スイシャク様とアマツ様が、見えないようにしてくれたんだと思います。

 あれ? 蛇の話を書いただけで、予定の分量になってしまいました。この話題だけっていうのは、とっても嫌なので、一つだけ可愛い小雀ちゃんについて書きます。ネイラ様におしえてもらったように、小雀ちゃんは、本当に賢い雀みたいで、名前をつけて以来、アリアナお姉ちゃんが名前を呼ぶと、すぐに飛んできてくれるようになったんですよ。
 アリアナお姉ちゃんが窓を開けて、鈴みたいに綺麗な声で〈アーちゃん〉っていうと、小雀ちゃんがぴゅうっとやってくるんです。絶世の美少女と、可愛い小雀ちゃんの取り合わせって、ものすごくいやされますね。

 では、また。次の手紙で会いましょうね!

     あれ以来、蛇を見ていないのでほっとしている、チェルニ・カペラより

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悪しきものにも毅然きぜんと立ち向かっている、チェルニ・カペラ様

 そうですか。きみの大切な学舎まなびやに、穢れた蛇がい込んでいたのですか。きみの行手ゆくてはばみ、きみを怖がらせ、きみに気持ちの悪い思いをさせたのですか。そうですか。

 きみの同級生ということは、十四、五歳の少女たちのはずですね。まだいとけないといっていい年齢で、すでに蛇を具現化させているとは、中々にごうの深いことですね。過酷な環境に生まれ育ち、否応いやおうなく魂を疲弊ひへいさせ、悪心あくしんに取りかれるならまだしも、きみの手紙を読む限り、恵まれた環境にある少女たちでしょうに。

 きみの質問に答えると、〈泥色のもやもや〉とは、人の子の魂の内側から生まれた、悪しき思念に他なりません。人の子の魂が穢れ、黒い霧となって砕け散った後は、同じように穢れた魂に吸い寄せられていきます。そのとき、大気を漂う黒い霧を、己が魂に沈殿ちんでんさせる〈媒介ばいかい〉となるのが、〈泥色のもやもや〉なのです。
 黒い霧は、清く美しい魂には、近寄っていけません。ほとんどの者たちには、何かしら神霊の加護がありますので、神霊から与えられたいんが、その者たちを守護するからです。黒い霧は、〈泥色のもやもや〉と結びつくことによって、初めて人の子の魂を〈侵食(しんしょく〉することができるのだと、覚えておいてください。

 少女の肩に乗った小さな蛇は、〈泥色のもやもや〉と黒い霧が融合し、蛇という概念がいねんによって具現化したものです。今はまだ、完全に魂に食い込んでいるわけではないので、肩に乗っているのでしょう。
 黒い霧によって、明確な悪意をたぎらせた蛇は、しばらくすると見えなくなります。消えてなくなるのではなく、人の子の内側、魂の中へと深く入り込み、穢れた力を蓄えるのです。十分な悪意を糧に成長し、人の子を内側から食い破った蛇がどのようなものか、きみは見たことがあるはずです。

 きみの同級生の少女は、とても危ういところに来ているのでしょう。もし、次にきみが出会ったとき、肩に蛇が乗っていなかったら、の者は、少女の魂と一体化しているのだろうと思います。

 〈スイシャク様〉や〈アマツ様〉を始めとする、数多あまたの神霊に、固く守られているきみには、何の危険もありません。ただ、きみの心が傷つくようなら、わたしも手をこまねいてはいられません。この先、何らかの変化があれば、必ず教えてください。約束ですよ。

 今回の手紙は、お互いに不愉快な話題になってしまいましたね。きみにならって、わたしも楽しい話題を一つ。
 今日、きみの父上から、またしても塩キャラメルが送られてきました。父も母も大喜びでしたし、わたしは、薄茶の羽の小雀を思い出して、含み笑いが止まりませんでした。これからは、キャラメルを食べるたびに、楽しくなれるのかもしれませんね。

 では、また。次の手紙で会いましょうね。

     きみの通う町立学校全体を、一度〈浄化の炎〉で燃やそうかと考えている、レフ・ティルグ・ネイラ