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フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 3-1

既刊『フェオファーン聖譚曲op.Ⅰ 黄金国の黄昏』を大幅リニューアルしたものを、投稿しております。
同じものを小説家になろうでも連載中です。

opsol bookオプソルブックより書籍化された作品に加筆修正を加えたリニューアル版で、改めての書籍化も決定しており、2022年春期刊行予定となっています!
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03 リトゥス 儀式は止められず|1 鍵に刻まれしは

 ロジオン王国の絶対君主であるエリク王が、召喚魔術の行使を命じてから約一月、魔術大国の威信を賭けた儀式を三日後に控え、人々はそれぞれの立場から準備に奔走していた。最も緊迫しているのは、勿論、叡智えいちの塔の魔術師団である。魔術師団長であるゲーナが、る意味で主役の座から外され、むしろ泰然と日々を過ごしているのに比べ、召喚魔術に関わる二十人余の魔術師を率いる立場となったダニエは、傍目にも明らかな程に憔悴しょうすいしていた。
 叡智の塔の十二階、魔術師団長に次ぐ次席魔術師に与えられた執務室で、今もダニエは作業に追われていた。既に魔術師の身分を象徴するローブさえ脱ぎ捨て、ダニエは一心に魔力を練り上げる。ダニエが行っているのは、転移の魔術陣の上から隷属れいぞくの魔術陣を書き加えるという、非常に困難な術なのである。

 黄金の国とも称されるロジオン王国は、スエラ帝国と世界の覇権を争う大国として君臨している。そして、王国の繁栄はんえいを担っているのは、叡智の塔の魔術師達が長年に渡って生み出してきた、様々な魔術陣だと言っても過言ではなかった。森羅万象に干渉する為の動力源が魔力だとすれば、限り有る動力源を効率良く活用する為の回路に当たるのが、魔術師が刻む魔術陣である。優れた魔術陣を有することは、国家にとって資源や戦力、財力を得るにも等しかった。
 実際に隷属の魔術陣を刻むには、主に二つの方法が有ると言われている。一つは、魔力の伝導率の高い輝石きせき類を触媒しょくばいとした隷属の魔術機器を作成し、そこに魔力をもって術式を埋め込む方法。もう一つは、人の身体に魔術紋を書き入れ、魔力によって定着させる方法である。後者の場合は、魔術紋を刻まれる側がそれを受け入れて相互契約を結ぶか、魔力量の差に物を言わせて強引に従わせるしかなかった。

 賢者の間の会議で議論されたように、異界から人を召喚出来たとして、その人間を隷属れいぞくさせることは決して簡単ではない。いきなり召喚された異界の人間が、ロジオン王国の威光に頭を垂れ、協力的に振る舞ってくれると考える程、ダニエも自惚れてはいない。怒りに燃えて反抗して来るか、混乱して暴れるか、いずれにしろ隷属の魔術機器の装着は難しいと想定するべきだった。
 数年前、召喚魔術の実現可能性について、父であるパーヴェル伯爵から相談を受けたダニエは、ぐにこの問題に行き当たった。ロジオン王国への忠誠心を持たず、身分制度への理解さえないであろう異界人、しかも大きな魔力を持っているかもしれない者を攫って来るなど、この世に厄災を招く結果にも繋がり兼ねなかった。
 骨の髄まで貴族であるダニエにとって、相手の都合や想いなどは、ほとんかえりみる価値を持たない。ダニエはただ、王国とパーヴェル伯爵家、更には彼自身の安全の為に、異界人を効果的に隷属させる方法を模索し始めたのだった。

 一年程の検討期間を経て、ダニエが下した結論は、転移魔術陣の改変だった。召喚対象を指定する転移術式の中に、〈ダニエによって隷属の魔術紋を刻まれた者〉という制限を書き加える。そうすれば、異界人を管理下に置けるだけでなく、術者であるダニエ自身が、異界人を支配下に置くことが可能になるかも知れないのである。その事実に行き着いたとき、ダニエは抑えがたい興奮に昂った。自らが得意とする隷属れいぞく魔術によって、ゲーナを出し抜くことが出来るかも知れないと気付いたからである。

 大きな魔力を持って生まれた、高位貴族の嫡男ちゃくなんでありながら、ダニエはいつも満たされないままだった。魔術学院に通っているときも、叡智えいちの塔の魔術師になってからも、ダニエの目の前には、常に大魔術師ゲーナ・テルミンが立ち塞がっていたのである。
 新しい魔術機器の設計図を考えついても、必ずゲーナが先行していた。斬新であるはずの魔術理論を発表しても、ゲーナの亜流ありゅうとしてしか評価されなかった。大きな魔力で魔術陣を発動させても、ゲーナの発動量には遠く及ばなかった。
 この百年以上、ロジオン王国の魔術師達は、ほぼ全員がダニエと同じように、ゲーナという巨大な壁に直面してきた。千年に一人の天才たるゲーナ・テルミンは、己をたのむ者の多い魔術師にとって、福音ふくいんであり厄災でもあった。そして、誰よりも自尊心の強いダニエには、どうしてもゲーナの存在が受け入れられなかったのである。

 ゲーナとダニエが、師弟としての絆を結んでいれば、未だダニエの気持ちも変わったのかも知れなかったが、自由闊達で権威主義を嫌うゲーナと、典型的な選民思想の持ち主であるダニエとでは、相性は最悪だった。ダニエが叡智の塔の魔術師になってから、共に十数年を過ごしても、ゲーナとダニエの心の距離は開いていく一方であり、いつしかダニエは、ゲーナを打ち負かすことだけを目標にするようになっていった。
 あらゆる方面に造詣ぞうけいの深い、謂わば万能型の魔術師であるゲーナは、唯一、契約魔術や隷属れいぞく魔術を苦手としていた。自身に魔術紋を刻まれた経験が、ゲーナに耐えがたい嫌悪感を起こさせるからだろう、とダニエは推理した。ゲーナを超える為に、契約魔術と隷属魔術に特化した研究に注力していったのは、ダニエにとって当然の帰結だった。

 ダニエは、机の上に置かれた紫色の燐光石りんこうせきに目を向けた。今回、異世界からの召喚という巨大な魔術に耐え得る触媒しょくばいとして、宰相であるスヴォーロフ侯爵からは、最上級の輝石きせきが届けられていた。叡智の塔を始め、王城に設置された転移用の魔術陣には、薄青い板状の青光石が使われているのに対し、召喚魔術用に用意された輝石は、透明度の高い紫色の聖紫石である。魔力伝導率が極めて高く、長年に渡って変質し難い輝石であり、最近では滅多めったに産出されない宝玉である。
 両手に載る程の大きさを有する聖紫石を見詰めながら、眉根を寄せたダニエは、小声で刻み込んできた術式を確認していった。

「目的。人間を転移させる。転移起点。異世界及び別次元。座標は不明。対象の捜索場所を最大限に設定。転移到達点。ロジオン王国、叡智えいちの塔、儀式の間。転移対象の条件。人間、健康、潜在的な感染症なし、魔力しくは類似の超常能力を有する。性別年齢不問、ロジオン王国の自然環境にて生存可能。目標多数の場合。最大魔力保有者を自動選定。閾値いきち設定。転移魔術陣発動、次元跳躍、捜索、転移発動、次元再跳躍の合計値算出。よし、ここまでは良い」

 額ににじんできた汗をシャツで乱暴にぬぐい、ダニエは更に確認を続ける。魔術師にとっては、精神力を削る作業が続いた。

「拡大転移魔術陣に回路連結。隷属れいぞく魔術設定。目的。対象人物を隷属化。対象。未定。条件設定。転移発動後から目的地到達までの期間に隷属完了。隷属権者。一位ダニエ・パーヴェル。二位オニシム・パーヴェル。二位以下は設定変更可能。隷属範囲。生死を含む完全隷属。付帯条件。隷属不可の場合は転移発動停止。転移発動停止不可の場合は対象の生命活動を停止。閾値設定。転移魔術陣に連結、発動、付帯条件分残量の合計値算出」

 一気にここまで言い切ると、ダニエはじっと目を瞑り、高鳴る鼓動を落ち着かせようと努めた。数年の間、心血を注いできた魔術陣は、再確認の結果、十分実用に耐えるだけの完成度を誇っている。ダニエは、改めてそう確信したのである。
 残された作業は、発動起点となる聖紫石に、ダニエ自身の魔力を以て術式発動の鍵を暗号化して設定するだけだった。魔術師による鍵の設定は、画家が作品の最後の一筆として署名を入れるに等しいものであり、複雑極まりない魔術陣をダニエの成果として確立させる、記念すべき瞬間でもあった。

 ただ一人の執務室で、ダニエは早くから決めていた暗号を、鍵として聖紫石へ刻み込んだ。ヴァシーリ〈王〉、それがダニエの鍵だった。

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