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連載小説 神霊術少女チェルニ〈連載版〉 3-13

 巨大な海老と蟹の人形がびっくりの〈エビール・カニーナ〉で、お腹いっぱい昼ご飯を食べた後、わたしたちは、次の目的地に向かった。
 お父さんとお母さんは、にこにこと笑っているけど、わたしとアリアナお姉ちゃんは、ずっとそわそわしていた。だって、わたしたちが王都で暮らす、新しい家に行くんだから!
 
 今、わたしたちが住んでいる家は、お母さんが生まれた家を改装したものなんだ。〈野ばら亭〉の家付き娘で、商売上手だったお母さんは、お父さんと結婚してから、一気に〈豪腕〉っていわれる経営者に生まれ変わった。
 お母さんの言葉を借りると、〈最高の男の人と結婚できたら、その人が最高の料理人だったの。その幸運を生かさないなんて、すでに罪悪〉なんだって。実際、わたしの大好きなお父さんの料理は、王都でだって食べられないくらいの、絶品だからね。
 
 やる気に満ち溢れ、お父さんからも温かく応援されたお母さんは、あっという間に〈野ばら亭〉を大きくしてしまった。もともとは、〈キュレルの街でも知る人ぞ知る〉くらいの存在だった〈野ばら亭〉は、十年もしないうちに、王都にまで名の通った高級宿屋兼食堂になったんだ。
 わたしが、幼年学校に入る頃には、もう〈野ばら亭〉も大きな建物になっていたし、わたしたちの家も、かなり増改築されていた。元気なうちに引退して、今は世界中を旅行している、わたしのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんなんて、〈気がついたときには、家が三倍の大きさになっていた。ローズ、張り切りすぎ〉って、大笑いしてたよ。
 
 ともかく、わたしは、小さな頃から今の家に住んでいて、本当に大好きなんだけど、王立学院に通うって決めた以上は、王都に住むしかなかった。自分が決めた道だから、一人で寮暮らしになるんだって、すっかり覚悟を決めていたところに、大好きな家族と一緒に、王都で暮らせるっていうんだよ? わたしにとっては、最高の幸せなんだ。
 お父さん、お母さん、ありがとう! アリアナお姉ちゃんとも、お姉ちゃんがお嫁に行く日まで、一緒にいられるなんて、泣いちゃうくらい嬉しいよ。お姉ちゃん、ありがとう! お姉ちゃんと、離れなくちゃいけないかもしれないフェルトさんには、ちょっと悪いなって思うけど、今回は諦めてもらおう。わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんを、お嫁さんにできるんだから、それくらいは我慢だよね?
 
 王都の賑やかな大通りを、わたしたちを乗せた馬車は、のんびりと進んでいく。さすがに王都だけあって、大きな馬車が余裕ですれ違えるくらい大きな通りは、人の数もすごいから、速度を出すわけにはいかないんだろう。
 スイシャク様とアマツ様は、馬車の窓にへばりついて、まん丸の可愛いお尻と、ほっそりした可愛いお尻を、ふりふりと動かしている。スイシャク様はともかく、アマツ様は、王都なんてめずらしくもないはずなのに、それはそれらしい。〈□□□□□□□□□□は、ゆるりと散策というものをせぬ無骨者也〉〈らの長閑のどかさに癒されん〉だって。
 わたしには聞き取れない言葉は、多分、ネイラ様のお名前のようなものなんだと思う。神霊さんに〈無骨者〉っていわれちゃうネイラ様って、ちょっと、どうなんだろうね?
 
 途中で食材や雑貨をささっと買って、満腹だったお腹が落ち着いた頃、馬車は住宅街に差しかかった。貴族の人たちが多く住んでいる、きらびやかな貴族街にも近くて、わりと大きな家が立ち並んでいる、閑静な住宅街だった。
 前の通りからは、純白の尖塔せんとうも見えているから、王城周辺の一等地なんだと思う。〈豪腕〉のお母さんの娘だけに、世間の相場っていうものを、わりと知っている少女なのだ、わたしは。
 
 このあたりの家だと、王立学院からも近いなって思っていると、一軒の家の前で、馬車がゆっくりと停車した。周りの大邸宅に比べると、ちょっとだけこじんまりとしていて、その分だけ庭が広くって、焦茶色の煉瓦れんがの壁と、大きな白い張り出し窓の連なる外観が、とっても可愛らしいお家だった。
 
「さあ、着いたわよ。わたしたちカペラ家の新しい家に、ようこそ!」
「お母さん、お母さん! わたしたち、ここに住むの?」
「そうよ。お父さんとお母さんは、キュレルの家と行き来しますけどね。どう? 可愛らしいお家でしょう?」
「うん! すっごく素敵! お姉ちゃんも、そう思うよね? ね?」
「本当ね、チェルニ。ちょっと贅沢なくらい、素敵なお家ね」
「さあ、入りましょう。不動産屋さんに頼んで、お掃除は済ませてもらってあるから、すぐに使えるのよ」
 
 荷物を下ろして、貸切馬車の御者さんにお礼をいって、わたしたちは、家の中に入っていった。キュレルの街の家と同じように、玄関ホールは広々とした造りで、日の光がいっぱいに差し込んでいる。〈玄関が暗いと、住む人の気持ちも暗くなるから、工夫して明かりを入れないとだめ〉っていうのが、お母さんの持論だもんね。
 ちょっと開け閉めが大変じゃないのって思うくらい、窓の多い家の中は、微かに木の香りがする。新築の家じゃないから、お母さんが改装したんじゃないかな?
 
 スイシャク様とアマツ様は、わたしの腕の中と肩の上で、すごく楽しそうに身体を揺らしていた。あまりにも尊い神霊さんだから、当たり前の人の子の生活が、かえって面白くて仕方ないみたいだった。
 〈れなる家屋が、我らの新しきやしろなるか〉〈小さくも愛しきもの也〉〈人の子は、何故なにゆえ狭き所に集まるや〉〈我が覚えたる言葉にて、《住み勝手》とやら言うらし〉〈海老と蟹の人形は見当たらず〉って。
 社って、神様をおまつりしている場所のことだと思うんだけど、いつの間に、うちの家はお社に認定されちゃったんだろう……。それから、海老と蟹の人形は、家には取り付けませんからね、アマツ様。
 
 お母さんは、わたしたちと神霊さんのご分体を引き連れて、簡単に家の中を案内してくれた。予想通り、どこもかしこも新しくって、ぴかぴかに光っている気がする。
 
「建物自体は、何年か前に建ったものなのよ。今回は、外壁をきれいに洗浄してもらって、家の水回りと壁と床を、新しく好みのものに変えたの。アリアナとチェルニのお部屋だけは、不動産屋さんが貼っていた、白い下地の壁紙のままにしてあるから、これから好きに選んでね。王立学院の入試が終わったら、内装の業者さんに来てもらいましょうね」
「やったー! わたし、小鳥柄の壁紙にしようかな?」
「それは、ちょっと、どうなのかしら、チェルニ? ご神霊様方も、お出ましになるんでしょう? 逆に、小鳥柄の方がお喜びなのかしら?」
「どうなんだろう? 後で聞いてみるよ、お姉ちゃん。よくわからないんだけど、うちの家って、知らないうちにお社になったみたいだよ?」
「わたしには、チェルニのいっていることの方が、よくわからない気がするわ。後で教えてね、チェルニ?」
「スイシャク様とアマツ様に聞いてみるよ、お姉ちゃん」
「客間は5室あるから、おまえとフェルト、ルルナとルクスは、一部屋ずつ使ってくれて大丈夫だぞ、ヴィド」
「王都のこの場所で、これだけの屋敷となると、大変なものだよな。さすが、〈野ばら亭〉のカペラ家だ」
「いや、ローズの腕だろう。それなりの値段はしたが、近隣の相場よりは、安く買ったみたいだからな。売買情報が出回る前に、即金で押さえたらしい」
「ははは。らしい、かよ、マルーク。それこそ、おまえらしいよ」
「これからは、王都に来たときに、宿なんか取るなよ、ヴィド。自分の家だと思って、好きに泊まっていってくれ」
「おう。ありがとうな。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「素敵なお家ですね、女将さん。キュレルの街のお家も、とっても素敵だけど」
「ルルナちゃんも、王都の店を手伝ってくれない? もちろん、弟さんたちも連れて。住むところは、用意させてもらうわよ?」
「弟の学校の問題だけですね。お友達と離れるのを、嫌がらないかなぁ、あの子たち」
 
 皆んなでわいわい話しながら、ひと通り家の中を探検したところで、旅行の添乗員さんみたいになっているお母さんが、こういった。
 
「客間の準備も整っているし、簡単に片付けたら、お父さんとルーくん、わたしとルルナちゃんは、それぞれに出かけてくるわね。ダーリンたちは、お仕事のための視察。わたしたちは、もう一度日用品の買い出しよ。フェルトさんは、オディール様をお訪ねするのよね? 小型の馬車を何台か借りてあるから、使ってくれていいのよ?」
 
 話を振られたフェルトさんは、ちょっと口ごもってから、お母さんに答えた。
 
「風の神霊術を使って、〈エビール・カニーナ〉から手紙をお出ししたら、オディール様もマチアス閣下も、すぐに会ってくださるとのことでした。その、もしよろしければ、アリアナさんと一緒に、訪問させていただいていいでしょうか? アリアナさんには、何ひとつ隠さず、話の流れを知っていてもらいたいんです」
「もちろん、良いわよ。ねえ、ダーリン?」
「ああ。行ってこい、フェルト。ついていくんだろう、アリアナ?」
「はい、お父さん。フェルトさんが望んでくださるのなら、どこへでもお供します」
「アリアナさん、ありがとう。できましたら、皆さんにもご一緒していただきたかったんですが、急すぎましたね」
「おまえの気持ちは嬉しいが、オディール様ほどのご身分の方を、突然お訪ねするのは、さすがに気がひけるな。どうだ、ローズ?」
「そうね。わたしたちは、今日はご遠慮しましょう。好奇心を刺激されるけど、それが大人の分別ね。大人じゃない子猫ちゃんは、ご一緒させていただいたらどうかしら?」
「そうしていただければ、ありがたいです。では、わたしとアリアナさん、総隊長、チェルニちゃんの四人で、オディール様のお屋敷に向かいます」
 
 え? ちょっと待ってよ、フェルトさん。王立学院の入試を控えた、十四歳の平民の少女が、お姫様のところにお邪魔するの? それって、大丈夫……なんだろうな、多分。
 
     ◆
 
 わたしたちは、お母さんが頼んでくれた馬車に乗って、新しい家を出発した。着いたばかりなのに、せわしないなって思ったけど、今回は仕方ないかな。明日は、神霊庁に行かないといけないし、明後日には、キュレルの街に帰る予定だからね。
 
 ここでいう〈わたしたち〉っていうのは、フェルトさんとアリアナお姉ちゃん、総隊長さん。それから、ちょっと困った顔をした、ルルナお姉さんの五人だった。フェルトさんの話を聞いたお母さんが、お姫様へのお土産を持ってもらう〈メイドさんっぽい人〉として、ルルナお姉さんを指名したんだ。
 お母さんは、ルルナお姉さんと買い物に行く予定だったんだけど、お父さんやルクスさんと一緒に行くから、別に良いんだって。明敏な少女であるわたしは、〈アリアナも心細いだろうし、一緒に行ってあげてね、ルルナちゃん〉とかいってたお母さんが、にんまりしていたことに気づいてる。
 お母さんってば、ルルナお姉さんと使者Bが上手くいくように、けっこう真剣に考えているみたいだからね。
 
 ご両親を亡くしてから、弟たちを養うのに一生懸命で、どんな男の人の誘いにも乗らなかった、優しいルルナお姉さん。どう見ても嫌味で馬鹿っぽくて、傲慢な男の人なのに、何の関係もないルルナお姉さんのために、陰で命さえ捨てる覚悟をしていた使者B……。
 わたしたちカペラ家の女性陣は、わりと使者Bを贔屓ひいきしている。使者Bって、ルルナお姉さんが絡むと、途端に立派な人っぽくなるし、肝心のルルナお姉さんが、どうも使者Bを特別に思っているフシがあるしね。もちろん、余計なお節介はしないけど、会う機会を演出するくらいは、許されるんじゃないかな?
 
 これから会うのは、王族のお姫様なんだから、わたしたちは、それなりに身なりを整えている。アリアナお姉ちゃんは、深い紺色のベルベットの生地に、白いレースのついたドレスで、とんでもなく可憐で清楚な美少女だった。
 ルルナお姉さんは、うちのお母さんが用意していた、メイドさんっぽい黒のドレスで、白い襟とカフスがきりっとしている。おっとりと柔らかな雰囲気のルルナお姉さんが着ると、すごく若々しくて可愛いんだけど……どうして、こんなドレスを持ってきてたんだろうね、お母さんってば?
 
 わたしは、お母さんにいわれて用意していた、アリアナお姉ちゃんとお揃いの生地のドレスを着ている。生地はお揃い、レースもお揃いで、デザインだけが違うんだ。お姉ちゃんのドレスは、ふんわりと裾が広がっていて、わたしのドレスは、大きめのひだのプリーツスカート。お姉ちゃんのドレスは、左右の腰のところにレースのリボンがついていて、わたしのドレスは、腰の後ろ部分に大きな共布のリボンがついている。
 とっても可愛くて、賢そうに見えて、わたしの髪の色にも合う、お気に入りのドレスは、ちょっと丈が短めになっている気がする。去年の冬に着たときは、長いくらいだったのに、いつの間にか背が伸びているみたいだよ、わたし。
 
 スイシャク様とアマツ様は、相変わらず上機嫌で、馬車の窓から王都の街を眺めている。そう、お姫様のお屋敷に行くことになったら、当然のように、二柱ふたはしらのご分体も着いてきちゃったんだ。
 スイシャク様とアマツ様は、〈が参る所には、我らも行かん〉〈雛を導くは我らが役目〉〈其は目の離せぬ粗忽そこつ者なれば〉とかって、メッセージを送ってくれるんだけど、それってどうなんだろう? 王立学院の入試のときとか、王立学院に通うようになってからとか、神霊さんと一緒とかいうことにならないよね、さすがに……。
 
 ぱかぱか、ぱかぱか。ゆっくりと街中を走っていた馬車は、人通りの少ない馬車道に差しかかった途端、一気に速度を上げた。風の神霊術をちょっとだけ使って、馬を補助しているんだろう。スイシャク様とアマツ様が乗っているからか、尊い力のかたまりが、ぐらぐらに揺れていた気配がしたからね。
 
 やがて、移り気な秋の空が、微かに夕方の色を帯び始めた頃、わたしたちは、目的地に到着した。王都の郊外らしい、緑の多い風景の中に、豪華なお屋敷が点在している。多分、貴族やお金持ちの人たちが持っている、別邸とか別荘とかいう建物なんじゃないかな?
 門番さんに門を開けてもらって、そこからさらに走って、ようやく馬車が止まったのは、お城って呼んでもいいくらい大きな、真っ白なお屋敷の前だった。ちょっとだけ王城にも似ているし、元大公のお城にも似ている。もちろん、元大公のお城と違って、けがれた気配なんて、微塵もなかった。
 
 馬車の扉が開かれると、大きな玄関扉を開け放って、何人かの人が出迎えてくれた。お父さんくらいの年齢の、貴族っぽい男の人は、執事さんなのかな? ヴェル様の鏡を通して、元大公の部屋を見せてもらったとき、お姫様の近くに控えていた人だと思う。
 それから、ルルナお姉さんの着ているメイドさんっぽいドレスに似た、黒いドレス姿の女の人が三人いて、腰を落としたお辞儀じぎをして、整列していた。あのお辞儀って、実はすごく疲れるんだよね。物語の本に出てきたから、前にこっそり試してみたら、短時間でふくらはぎがつりそうになっちゃったよ、わたし。
 
 いかにも貴族のお屋敷らしいお出迎えに、わたしたちは、わりと緊張しながら馬車を降りた。執事さんらしき男の人は、びしっと背筋を伸ばし、お辞儀をしたままの姿勢で、フェルトさんに向かっていった。
 
「ようこそ、お出でくださいました、フェルト様。お着きをお待ち申し上げておりました、皆様」
 
 おお! 本当に貴族のお屋敷みたい。まあ、お姫様は、貴族どころか王族なんだから、当たり前なんだろうな。
 
「わざわざお出迎えいただき、ありがとうございます。オディール様とマチアス閣下にお呼びいただき、参上いたしました。同行していただいたのは、わたしの上司であるヴィドール・シイラ総隊長と、わたしの婚約者であるアリアナ・カペラ嬢。アリアナさんの妹であるチェルニ・カペラ嬢。付き添いをお願いした、〈野ばら亭〉のルルナ・プルス嬢です」
「ご丁寧に恐れ入ります、フェルト様。ご案内申し上げます。どうぞ、皆様、お進みくださいませ」
 
 フェルトさんって、初めてこのお屋敷に来たはずなのに、すごく落ち着いてるよね。もっというなら、堂々としているし、お屋敷の〈格〉にも負けていない気がする。お姉ちゃんに結婚を申し込むときに、石みたいに硬直しちゃって、総隊長さんにぶっ叩かれていた人とは思えないよ。
 
 執事さんとメイドさんたちは、ゆっくりと上品に頭を上げて、それぞれに固まった。フェルトさんと総隊長さんとルルナお姉さんを見てから、〈うわぁ〉っていう感じにわたしを見て、〈……〉っていう感じでお姉ちゃんに吸い寄せられて、わたしを見て、お姉ちゃんに吸い寄せられて……最後はわたしを見て、硬直しちゃったんだ。
 これは、あれだ。馬車の中で、門番さんがお姉ちゃんに吸い寄せられたときと違って、わたしの腕の中のスイシャク様と、肩の上のアマツ様の存在を、何となく感じているんじゃないかな? 二柱とも、あんまり存在を隠そうとはしていないみたいだしね。
 
 執事さんは、わたしが見てもわかるくらい、細かく身体を震えさせながら、一生懸命に声を出した。
 
「もしや、畏れ多くも、御神霊のご降臨を賜ったのでございましょうか? オディール様より、その可能性についてお聞かせいただき、驚き騒ぐことのないようにと、申しつかっております。この場では、拝跪はいきのご挨拶もいたしませず、まずはご案内をさせていただきたく存じます」
「それでけっこうです。わたしの妹になってくれるご令嬢を、お守りくださる御神霊方は、こだわりをお持ちにはならないでしょう」
「畏まりました。ご降臨に衷心ちゅうしんよりの感謝をたてまつるのみにて、ご案内を申し上げます」
 
 そういって、執事さんは、わたしたちを先導してくれた。教育の行き届いたメイドさんたちは、スイシャク様とアマツ様の気配に震えつつも、ささっとルルナお姉さんに近寄って、荷物を持ってくれた。
 ルルナお姉さんってば、〈そんなに重くはないんですけど、お言葉に甘えちゃいますね。アリアナお嬢様のお母様からお預かりした、お土産なんです。マロングラッセとフルーツケーキ。《野ばら亭》の旦那さんのお手製だから、最高においしいんですよ。いつお渡ししたらいいのかわからないんで、適当によろしくお願いしますね〉とかいってるよ。この雰囲気にも、のんびり平然としているルルナお姉さんって、実は大物だよね。
 
 明るい玄関ホールを抜けて、広くて長い廊下を通って、豪華な螺旋らせん階段を登って、わたしたちの新しい家の二十倍くらいありそうなお屋敷を、どんどん進んでいくと、ようやく目的の部屋に着いたみたい。
 太陽の彫刻のある巨大な両面扉の前で、執事さんが〈フェルト・ハルキス様、並びにお連れ様をご案内いたしました〉と声をかけると、左右に立っていた護衛騎士っぽい人たちが、深々と頭を下げてから、扉を開けてくれた。
 
 物語に出てくる貴族みたいで、かっこ良い雰囲気なんだけど、もしかして、毎日こんな感じなのかな? だとしたら、すごく面倒臭い……って思うのは、わたしが根っからの庶民だからなんだろう。
 こわごわ入っていった、気品に満ち溢れた大きな応接室で、お姫様とマチアスさんが、床に両手をついた姿勢のまま、わたしたちを出迎えてくれた瞬間に、そんな感想も吹っ飛んじゃったけどね!