連載小説 神霊術少女チェルニ 往復書簡 85通目
レフ・ティルグ・ネイラ様
今日は、キュレルの街の町立学校に行ってきました。わたしたち卒業生は、もう卒業前の待機期間に入っているので、授業はありません。わたしは、おじいちゃんの校長先生に会いたくて、久しぶりに登校したんです。
町立学校では、校長先生が大歓迎してくれました。わたしは、お父さんが持たせてくれた、栗の渋皮煮がごろごろ入ったパウンドケーキを、校長先生と仲良く分け合いながら、校長先生に相談しました。王立学院の入試まで約一週間、神霊術の実技試験の内容について、そろそろ決めておきたいですって。
校長先生は、ものすごく学識が豊かで、生徒のことを大切にしてくれる、素晴らしい教育者です。校長先生が、王立学院の入試担当の先生とけんかしちゃったから、推薦入学するはずだったわたしが、入試を受ける羽目になった……とか。責任をとって、一緒に実技試験について考えてほしい……とか、思っているわけではありません。ありませんったら、ありません。
ところが、校長先生と二人、実技試験の内容について、話し始めたところで、ずっと気配を消していたスイシャク様とアマツ様から、突然〈《霊降》〉っていうイメージが送られてきました。王立学院の入試で〈霊降〉を披露するのは、ありかなしか、校長先生に聞くようにいわれたんです。〈霊降〉って何なのか、そのときのわたしには、あんまりわかっていなかったんですけどね。
校長先生は、ちょっとびっくりした顔をしてから、丁寧に教えてくれました。神霊術を使うときに現れる光球が、神霊さんの姿で顕現するのが〈霊降〉。神霊術を使わないのに、神霊さんの御心のままに顕現したのが、〈神降〉なんだそうです。
校長先生は、一度だけ〈霊降〉を見た経験があるっていって、王立学院の入学試験を見学したときのことを、話してくれました。ネイラ様が、つきまとってくる貴族の子どもたちに嫌気が差して、王立学院の校舎を敷地ごと全部、浄化の炎で燃やしちゃった、あの入学試験です。
校長先生が、物陰から息を殺して見つめる前で、ネイラ様は炎の神霊術を使ったんですよね。印も切らず、詠唱もなく、たった一言、ネイラ様が〈神火〉って口にした瞬間に、秋晴れの真昼の校庭は、夜かとばかりの闇に包まれたんだって聞きました。そして、生徒や先生たちが、悲鳴も上げられないほどの恐怖に震える中、巨大な力の気配とともに現れたのは、神の炎を身にまとって光り輝く、闇の空を埋め尽くすばかりの、大きな大きな真紅の鳥だったって……。
衝撃のあまり、少し話が逸れてしまいました。今まで、いろいろと悩んできましたが、今日の校長先生との相談の結果、王立学院の実技試験は、〈霊降〉でやってみようと思います。
わたしが、そう決めた途端、何となく、天上の神霊さんたちがざわついていたというか、おもしろがっていたというか、ちょっと不穏な気配もあったんですけど、気にしないようにします。ネイラ様と同じ神霊術で、実技試験を受けるんだって考えただけで、うれしくなりますからね。
明日、王都に向けて出発した後は、何日かお手紙をお休みさせていただいても良いでしょうか? 一応は受験生なので、勉強に集中している気分になろうかな、と。入学試験が終わったら、また手紙でお会いしましょう。頑張ります!
入試のときに顕現したアマツ様を、実際に見てみたかった、チェルニ・カペラより
追伸/
王都に出発する前に、お父さんが、ネイラ様のお家に、パウンドケーキをお送りするそうです。栗の渋皮煮が、これでもかっていうくらい入っていて、甘さが控えめで、ものすごくおいしい秋の味がします。濃い目に入れた紅茶がぴったりです。楽しみにしていてくださいね。
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純粋な少女らしさが愛らしい、チェルニ・カペラ様
今回の手紙を読んで、やはり微笑ましい気持ちになりました。町立学校の卒業を控えた少女が、父上の手作りのおやつを持って、校長先生に会いに行く。しかも、そのおやつを仲良く分け合いながら、教えを受けているのですから。
きみの大好きなおじいちゃんの校長先生、王都の学会では〈反逆児〉とも呼ばれてきた、ユーゼフ・バラン先生は、さぞかし楽しい時間を過ごしておられるのでしょう。世の中の生徒と呼ばれる者が、すべてきみのようであったら、教育者ほど恵まれた職業はないのかもしませんね。
王立学院の入試で、〈霊降〉を実践するのは、なかなか刺激的な選択だと思います。王立学院の長い歴史の中で、実技試験で〈霊降〉を行ったのは、わたし一人であり、今後も現れないのではないかといわれていました。きみが、それに続いてくれたら、チェルニ・カペラ嬢の存在が、一気に認知される結果になるでしょう。
きみ自身は、そんなことを望んではいませんね。わたしは、きみの友達ですから、よく理解しているつもりです。ただ、〈神託の巫〉の宣旨を受けた以上、目立たずに暮らしていくのは難しく、何よりも、きみを鍾愛する神々が、それを許すとは思えません。
きみが、真実、ひっそりと生きていきたいと望むのであれば、貴族も神霊庁も神々も、わたしが黙らせますけれど、健気にも、〈役目を果たしたい〉と望んでくれるきみならば、いっそ力を見せつけることによって、平穏を保つ方が簡単なのかもしれませんね。
天上の神々が、楽しげにざわめいている様子は、わたしにも伝わっています。可愛いきみの力を示したいし、きみの〈護り〉の一助にしたい。何よりも、きみと一緒に人々を驚かせたくて、浮き足立っているようなのです。
多くの神々は、存外、好奇心が強く、楽しいことが大好きです。〈神託の巫〉と入学試験に、自分たちが協力できるとなれば、大喜びで集ってくるでしょう。わたしは、あまり大事にならないように目を配りながら、きみの健闘を願っていますからね。
では、王立学院の入試が終わるまで、わたしも、大人しく待っているとしましょう。次の手紙で会えるのを、楽しみにしています。
栗の渋皮煮の入ったパウンドケーキがとても楽しみな、レフ・ティルグ・ネイラ